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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1362号 判決 1976年3月10日

控訴人

春次光子

右訴訟代理人

井関和彦

被控訴人

黒川雅之

右訴訟代理人

尾崎昭夫

外一名

主文

原判決を取消す。

本件は大阪地方裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。<以下、省略>

理由

一控訴人は、本訴において、被控訴人に対し、控訴人が昭和四五年一一月一二日訴外請負会社にその建設を注文した鉄筋コンクリート造八階建ビルデイングの設計監理につき、被控訴人が監理技師として担当した建築設計の過程において冷暖房機の設置等に関するカロリー計算に誤りがあつた点に債務不履行があるとし、これによつて蒙つた損害の賠償を請求するものであるところ、被控訴人は、右のような紛争については、控訴人、被控訴人間に仲裁契約が存する旨妨訴の抗弁を主張するので、以下、右抗弁の当否について検討する。

二まず、成立に争いない乙第一号証および弁論の全趣旨によれば、(1)控訴人は書面によつて本件請負契約を締結したものであるところ、右書面にはこの種の契約にさいし広く一般に用いられている日本建築学会、日本建築協会、日本建築家協会、全国建設業協会のいわゆる四会連合協定にかかる「工事請負契約約款」全三〇カ条を添付し、これをも契約内容としたこと、(2)右四会連合約款二九条には「Ⅰこの契約について紛争を生じたときは、当事者の双方または一方から相手方の承認する第三者を選んで、これに紛争の解決を依頼するか、または建設業法による建設工事紛争審査会のあつせんまたは調停に付する。Ⅱ前項によつて紛争解決の見込がないときは、建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に付する。」旨の約定が存すること、および、(3)本件請負契約書には、注文者控訴人と請負人訴外請負会社の署名押印があるほか、被控訴人も「監理技師としての責任を負うため」と明記して整理技師名下の所定欄に署名押印していることが認められる。

そうすると、被控訴人も、本件請負契約について、監理技師として一定の限度で前記四会連合約款の関係条項の適用を受けることは明らかである。

控訴人は、右四会連合約款は契約にさいしその内容を遂一検討したものでないこと等の理由により控訴人を拘束するものでない旨主張するが、右のような概括的な理由による控訴人の主張はにわかに首肯し難いところである。かえつて、原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は契約にさいし請負会社担当員から「請負契約にさいしては通常右約款をつけるものである。」等の説明を聞いたうえ、右約款を契約内容とすることを諒承したことが認められる。

三そこで、すすんで、右約款のうちいわゆる仲裁契約を定めた二九条が、はたして、被控訴人主張のとおり、注文者(控訴人)と監理技師(被控訴人)との間の紛争にも適用されるものと解すべきか否か、いいかえれば、前記認定にかかる二九条にいう「当事者」とは注文者および請負人のほか監理技師をも指称するものと解すべきか否かについて検討する(注文者と請負人との間の紛争について右条項の適用があることは疑いを容れない。)。

前掲乙第一号証によつて右約款を通覧し、関係法規に照らすと、次のことが明らかである(以下に摘示する本件約款中の条項については別紙参照)。すなわち、

1、まず、本件約款中、二九条以外の条項における「当事者」なる文言の用法をみると、権利義務の承継などを定めた四条一項、二項、保証人の義務を定めた五条、監理技師の職務内容等に関して定めた六条三項、請負契約解除後の処置について定めた二八条三項において「当事者」とはいずれも注文者と請負人を指し、監理技師はこれを考えておらず、右のような用法に例外はないと解するのが、文理上および各条項の内容上相当であり、かえつて、三者を一括挙示するときは、すべて「甲(注文者)、乙(請負人)、丙(監理技師)」と明示していること(一二条三項、一三条二項、一四条二項、五項、一七条二項、二三条三項、二四条二項、二八条一項、三項、三〇条)。

2、また、約款の由来についてみても、本件約款はもともと建設業法一九条一項が法定した請負契約内容に則して作成されたもので、二九条の仲裁約定も同法同条項一一号所定の「契約に関する紛争の解決方法」を定めたものと解されるところ、同法は専ら建設工事請負の適正化等を図ることを目的としたもので、同法自体の規制対象も請負契約当事者すなわち注文者と請負人との関係であつて、監理技師はその対象として予想していないと考えられること(ちなみに公の刊行物によれば、四会連合約款と同趣旨のもとで中央建設業審議会によつて作成された「民間建設工事標準請負契約約款(乙)中の本件約款二九条に相当する一九条では、仲裁契約当事者を、明文をもつて、甲(注文者)と乙(請負人)とに限定している点も参照)。

3、本件約款においても、注文者と監理技師との間の関係を定めた条項(六条一項、四項、八条一項、三項)が存するが、それらは、すべて右両者間に締結されている設計監理委託契約における約定を対請負人との関係において明確にしたものと考えられるので、右は本件約款全体からすれば副次的なものであること。

4、のみならず、本件約款二九条は、仲裁人として建設業法所定の建設工事紛争審査会を指定しているから、右条項の解釈すなわち同条項が紛争当事者として予定している者如何については、右審査会が取扱いうる紛争当事者如何によつてこれを逆に推測することも可能であると考えられるところ、同法(第三章の二)および同法施行令によれば、審査会が仲裁調停等の機能を与えられた当事者は請負契約当事者すなわち注文者と請負人であつて、監理技師はこれを予想していないと解されること。

以上の諸点を彼此検討すると、本件のような注文者と監理技師との間の紛争は、注文者と請負人との間の紛争内容と関連性のあることはこれを否みえないけれども、前者の紛争は工事請負契約とは別個の観念である設計監理委託契約によつてその黒白を決すべきものであると考えるのが順当であり、したがつて、本件工事請負契約約款二九条の仲裁約定は専ら注文者と請負人との間に生じた紛争に適用されるもので、監理技師は同条の適用を受けないものと解するのが相当である。

四そうすると、被控訴人の四会連合約款二九条を根拠とする仲裁契約存在の妨訴抗弁は失当である。

よつて、これと異なり被控訴人の妨訴の抗弁を認め控訴人の本件訴を却下した原判決は、取消を免れず、本案につきさらに審理を遂げさせるため本件を原審である大阪地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。

(朝田孝 戸根住夫 畑郁夫)

別紙<略>

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