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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1581号 判決 1979年2月26日

控訴人

秋山八恵子こと

伊藤八恵子

右訴訟代理人

曾我乙彦

被控訴人

岩見清

右訴訟代理人

下村末治

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「一、原判決を取消す。二、(本案前)本件訴を却下する。(本案)被控訴人の請求を棄却する。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張関係は、次に付加するほか、原判決別紙請求の原因記載のとおりであるから、これを引用し、証拠関係は次のとおりである。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は、昭和四九年七月二四日本訴と当事者及び訴訟物を同じくする訴(大阪地方裁判所昭和四九年(ワ)第三五七四号家屋明渡請求事件、以下、旧訴という)を提起し、昭和五〇年一月三〇日被控訴人勝訴の判決が言渡されたのに、同年三月二六日旧訴を取下げたものであるところ、同年五月二日本訴を提起したものであるから、本訴は再訴禁止の規定に違反し不適法として却下されるべきものである。

もつとも、被控訴人が旧訴を取下げた事情が被控訴人の後記主張二のとおりであることは認める。

二、被控訴人の本件建物に対する賃借権は、被控訴人の訴外秋山圭(以下、秋山という)に対する金一〇〇万円の債権を担保するために設定されたものであるが、本件建物の賃借権は少くとも金一〇〇〇万円を下らないものであつて、被控訴人は、秋山に対し右被担保債権額一〇〇万円より超過する金九〇〇万円を清算金として交付するのでなければ、右賃借権に基づき本件建物の引渡を請求することができないものであるから、右賃借権を被保全債権として代位行使することができない。

三、控訴人は、秋山から本件建物を使用収益することを許され、秋山に対し本件建物を使用収益させる旨請求する権利を有するものであつて、不法占拠者として本件建物の返還義務を負担しているものではない。なお、控訴人は、本件建物について独立した占有権を有するものではなく、単に両親である秋山夫婦と同居していただけにすぎないし、その後岡山で結婚して、現在は本件建物に居住していない。

(被控訴人の主張)

一、控訴人の前記主張一は、本訴が再訴禁止の規定に違反するとの点を除き、認める。

同二、三は争う。

二、被控訴人が旧訴を取下げた事情は次のとおりである。

旧訴訴訟代理人(本訴訴訟代理人)は、昭和五〇年一月三〇日旧訴の判決が言渡された後、旧訴担当部より呼出を受け出頭したところ、旧訴担当裁判官より「誠に申訳ないが、書記官の見落しもあつて、被告に訴状不送達のまま欠席判決をしてしまつた。この状態であれは控訴審で取消されるのは明らかであるが、訴状も送達されていない状態であるから、一たん訴を取下げて再度訴を提起して貰えないか。」という趣旨のことをいわれ、訴の取下を求められたので、裁判所の困つている事情を了解し、訴訟経済も考え、旧訴担当裁判官の見解を信用して旧訴を取下げたものである。

ところで、民訴法二三七条二項の趣旨は、当事者の取下権の濫用の防止、裁判に至るまでに払われた裁判所の努力が当事者の恣意によつて一方的に無駄にされ、裁判所が当事者の恣意によつて翻弄されることを防ぐことを目的としているものであるが、旧訴は前記のような経過の下に裁判所の指導と懇請に基づいて取下げられたものであり、しかも再訴を認めることにより被告側にとつても救済となる許りでなく、訴訟経済上も再訴を認める方が得策であるから、本訴は再訴禁止の規定には違反しない。

(証拠)<省略>

理由

一先ず、控訴人の本案前の主張について判断する。

民訴法二三七条二項は、終局判決を得た後に訴を取下げることにより裁判を徒労に帰せしめたことに対する制裁的趣旨の規定であり、同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶような不当な事態の生起を防止する目的に出たものにはほかならず、右のような趣旨・目的に反しないことが明らかである旧訴の取下者に対し一律絶対的に司法的救済の道を閉ざすことをまで意図しているものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人が昭和四九年七月二四日本訴と当事者及び訴訟物を同じくする旧訴を提起し、昭和五〇年一月三〇日被控訴人勝訴の判決が言渡されたのに、同年三月二六日旧訴を取下げたこと、被控訴人が旧訴を取下げた事情が被控訴人主張のように、旧訴担当裁判官より「被告に訴状不送達のまま欠席判決をした。控訴審で判決の取消されることが明らかであるから、一たん訴を取下げて再度訴を提起してほしい。」旨の要請を受けたためであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、旧訴の判決が控訴審において訴訟手続の違法を理由に取消されることは必至であつたことから、被控訴人は旧訴担当裁判官の要請を容れて旧訴を取下げたものであつて、旧訴の取下によりその裁判が徒労に帰したのは被控訴人の責に帰すべき事由によるものではなく、また、被控訴人において同一紛争をむし返して訴訟制度をもてあそぶといつたような不当な意図を有していたことも認められないから、被控訴人の旧訴の取下には同条項の趣旨・目的に反する点のないことが明らかである。

したがつて、本訴は民訴法二三七条二項により許されないものであるとはいえないから、控訴人の本案前の主張は理由がなく採用することができない。

二進んで、本案について判断するに、被控訴人主張の請求の原因一ないし五の事実は、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。

三ところで、控訴人は、本件建物の賃借権は金一〇〇万円の債権担保のために設定されたものであるから、被控訴人は秋山に対し清算金九〇〇万円を交付しない限り本件建物の引渡を請求することができない旨主張するので、先ず本件建物の債借権が金一〇〇万円の債権担保のために設定されたものであるかどうかの点について判断するに<証拠判断略>、かえつて、<証拠>によると、被控訴人は、昭和四八年四月二八日大阪市内上六公証役場において、秋山との間に、同人から本件建物を期間三年、賃料一か月金五万円、毎月末日翌月分持参支払、敷金一〇〇万円差入れの約で賃借する旨の建物賃貸借契約の公正証書を作成して本件建物を賃借し、右同日敷金一〇〇万円及び第一回家賃金五万円を秋山に支払つたこと、被控訴人と秋山との間の大阪地方裁判所昭和四八年(ワ)第四九三二号家屋明渡請求事件において同年一二月二五日、「秋山は被控訴人に対し前記公正証書に関する債務として元利合計金二〇〇万円の支払義務があることを確認し、昭和四九年一月三一日限り支払う。秋山が右金員を支払えば右公正証書に基づく本件建物の賃貸借契約は当然終了するが、右期日に右金員を支払わないときは同年二月一日に本件建物を被控訴人に明渡す。」旨を定めた訴訟上の和解が成立したことが認められ、本件建物の賃借権が金一〇〇万円の債権担保のため設定されたものでないことが明らかであるから、控訴人の右主張はその前提を欠き理由がなく採用することができない。

したがつて、被控訴人は、控訴人主張のような清算金とは何ら係わりなく、本件建物の賃借権(本件建物の賃貸借は借家法二条により期間の定めのない賃貸借に更新されたものと認められる。)に基づき、賃貸人である秋山に対し本件建物の引渡を請求する権利を有するものというべきである。

四次に、控訴人は秋山に対し本件建物の使用収益権を有する旨主張するのでこの点について判断するに、控訴人はただ秋山に対し本件建物の使用収益権を有する旨主張するだけであつて、裁判所の釈明にも応ぜず、右使用収益の権原である契約の内容(使用貸借か賃貸借かなどのほか、その成立時期)について何ら明確な主張をしないから、控訴人の右主張は具体性を欠きそれ自体失当であつて採用することができない。

五そして、<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、<る。>。

1  被控訴人は、被告・秋山及び利害関係人・秋山小松(以下、小松という)に対する大阪地方裁判所昭和四八年(ワ)第四九三二号家屋明渡請求事件の和解調書の執行力ある正本に基づき、右両名に対する本件建物明渡の強制執行を同裁判所執行官に申し立て、同執行官が昭和四九年三月八日執行予告のため本件建物に臨んだところ、小松において「本件店舗(本件建物)は昭和四八年一二月二〇日以降大都興業株式会社(以下、大都興業という)が営業許可を得て経営している。」旨陳述し、雇人より大都興業名義の営業許可証を呈示したので、右執行は中止された。

2  本件店舗(グリル喫茶・梨香)は、昭和四八年一二月二〇日大都興業(代表取締役・秋山)が営業許可を得ていたが、右営業許可は昭和四九年二月二日控訴人名義に切替えられた。

3  そこで、被控訴人は、同年五月二〇日大都興業に対する本件建物の占有を解いてこれを執行官に保管させる旨の仮処分決定を、同月二四日控訴人に対する右同様の仮処分決定をそれぞれ得たうえ、右各仮処分決定正本に基づく仮処分の執行並びに前記和解調書の執行力ある正本に基づく秋山及び小松に対する本件建物明渡の強制執行を一括して同裁判所執行官に申し立て、同執行官が同年五月二七日本件建物に出張したところ、同執行官の質問に対し、秋山及び小松において「一階店舗(本件建物)は控訴人だけが営業名義人として使用していて、秋山及び小松は無関係である。」旨答えたので、右強制執行を不能とし、本件建物の表出人口に大都興業営業所の紙貼り表示があつたことから、本件建物は控訴人と大都興業の占有と認めて前記各仮処分の執行をした。

4  被控訴人と大都興業との間の同裁判所昭和四九年(ワ)第三五七四号家屋明渡請求事件において、昭和五〇年七月八日の被告(大都興業)代表者尋問の際、秋山は「一階の喫茶店(本件建物)を使用しているのは控訴人だけである。大都興業は昭和四九年二月頃以降一階の喫茶店を使用せず、その上にある二、三階を使用しているものであつて、先に執行官が大都興業において一階の喫茶店を使用しているものと認めたのは誤りである。」旨の供述をした。

5  大阪市北区役所備付けの住民基本台帳の世帯主・秋山の住民票のうち、その養女である控訴人の欄は昭和四九年五月一三日付の岡山市御舟入町一の三四への転出届出を理由として、同年六月二〇日消除され、昭和四九年五月一三日頃以降、控訴人は秋山の家族ではなくなつた。

以上認定の諸事実を総合勘案すれば、控訴人は、秋山及び小松とは何らの関係もなく、グリル喫茶・梨香の営業者として現在本件建物を独立して占有しているものと認めるのが相当であり、したがつて、控訴人は本件建物の所有者である秋山に対抗できる何らの権原もなしに、本件建物を占有しているものと認めざるを得ないものといわなければならない。

六してみると、秋山は本件建物の所有権に基づき控訴人に対して不法占有を理由に本件建物の明渡請求権を有するものであり、本件建物の賃借権に基づき、賃貸人である秋山が控訴人に対して有する右明渡請求権を代位行使して、控訴人に対し本件建物の明渡を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。

七以上の次第で、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(仲西二郎 藤原弘道 豊永格)

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