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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1657号 判決 1976年6月17日

控訴人

三輪貨物自動車株式会社

右代表者

三輪武

控訴人

佐々木弘志

右両名訴訟代理人

奥村孝

外一名

被控訴人

竹林進

被控訴人

中村伸作

右両名訴訟代理人

張有忠

主文

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。

被控訴人らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原告中村重内に関する部分を除き、原判決二枚目裏一三行目の「1カ」を「一か」と、同四枚目表九行目及び同五枚目裏八行目の「稼動」を「稼働」と、それぞれ訂正する。)。

(控訴人ら代理人の主張)

(一)  免責乃至無過失の主張(原判決事実中「被告等の答弁並びに抗弁」二項)を次のとおり敷衍する。

本件交通事故については (1)被控訴人伸作運転の自動二輪車(以下、単車と略称する。)が時速八〇粁以上の高速度で直進したこと、(2)先頭車を追抜くように走行する単車の前照灯の光芒を控訴人佐々木が認めたのは約五五米前方であること、(3)同控訴人は時速約一八粁で約4.2米進行して単車の異常な高速度に気づいたが、その際の単車の位置は約二七米前方であること、(4)同控訴人は直ちに急制動の措置をとり、約2.1米進み、その地点で衝突したことの各事実がある。

結果論としては、約五五米前方で光芒を認めた際に直ちに停車していれば本件衝突事故を回避しえたかも知れないが、控訴人佐々木としては、約五五米前方の単車の異常な高速度に気づくことはできなかつたのである。同控訴人は、右(2)の時点から右(3)の時点まで時速一八粁で4.2米移動しているが、その所要時間は0.84秒である。その間に、単車の異常な高速度を予見することは不可能である。

なお、同控訴人運転の大型貨物自動車(以下、事故車と略称する。)が4.2米移動する間に、単車は約二六米移動しているので、これを比較すれば単車の速度は事故車の速度の約6.19倍の高速(時速一八粁に対して時速一一一粁、時速一五粁に対して時速九二粁)であることが明らかである。

人の反応時間(目で見てから反射的に運動に反応する時間)は0.5秒前後であるから、0.84秒は全く一瞬といつてよいのであり、したがつて、控訴人佐々木が右(2)の時点で光芒を見、次いで右(3)の時点で光芒を見たのは引き続いて注視していたのと同視すべきであり、単車の動向を注視すべき注意義務を怠つたものということはできない。

(二)  免責の主張を、次のとおり補充する。

事故車には、構造上の欠陥も機能の障害もなかつたものである。

(証拠関係)<省略>

理由

一事故の発生

被控訴人ら主張の日時場所において事故車と単車とが衝突し、単車の運転者たる被控訴人伸作が負傷し、単車の同乗者たる訴外竹林俊雄が死亡したことは当事者間に争いがない。

二控訴人らの責任

(一)  控訴人会社が事故車を自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

(二)  控訴人佐々木の過失及びこれに関連する被控訴人伸作の過失について判断する。

<証拠>によれば、本件事故現場は、阪急電鉄高架北側に位置して東西に通ずる山手幹線道路(南側から幅員9.2米のアスフアルト舗道、幅員2.0米の分離帯、幅員6.7米のアスフアルト舗装の西行車線、幅員2.0米の中央分離帯、幅員6.7米のアスフアルト舗装の東行車線、幅員2.0米の分離帯、幅員5.0米の車道、幅員4.0米の歩道)と南北に通ずる道路(北側部分において幅員6.0米、南側部分において幅員15.0米の歩車道の区別のないアスフアルト舗装道路)との交差点であり、交通整理は行われておらず、東西の見透しは良好であり、事故当時の山手幹線道路の最高速度は公安委員会の指定により時速四〇粁と定められており、交通量は閑散としており、路面は乾燥していたこと、控訴人佐々木は事故車を運転し、山手幹線道路を時速約三〇粁で東進し、本件交差点において南北に通ずる道路に右折すべく右交差点に差しかかつた際に西行車線の交通状況を見たところ、約九〇米東方に数台の乗用車が西進して来るのが現認されただけであつたので、西進車両の進路を妨害することなく右折通過可能と判断し、時速一五ないし二〇粁で右折を開始し、約8.9米進行し西行車線に進入した後東方を一瞥すると約五五米東方に西進して来る先頭の乗用車を追い抜くようにしてその右側(西進乗用車にとつては進行方向左側)を走行する単車の前照灯の光芒を現認したが、単車と事故車との位置関係から単車が制限速度を遵守して進行してくれば本件交差点に到達するまでに右折通過可能と判断し、そのまま進行を続け、約4.2米進行した際、再び単車に注目したところ東方約二七米の地点に迫つているのを現認し、その速度が異常に高速度であることに気付き、衝突の危険を感じて直ちに急制動の措置をとり、約2.1米進行し、西行車線の中約一米を残して停車したのに対して、被控訴人伸作は友人の訴外竹林俊雄を単車の後部座席に同乗させ西行車線を時速約八〇粁の高速度で前方を注視することなく進行し、そのまま本件交差点に進入したため、停止して間もない事故車左前端部に衝突したことが認められる。前顕乙第三号証の五によれば、控訴人伸作は、本件事故前に児童公園で自動二輪車の運転の練習をしていたが、児童公園出発後間もない事故直前から事故後約一〇日間の記憶を喪失したことが認められるのであつて、<証拠判断、省略>。

ところで、本件事故当時の道路交通法第三七条(昭和四六年法律第九八号による改正前)によれば、右折車は交差点において直進し又は左折しようとする車両等があるときは当該車両等の進行を妨げてはならないが(同条第一項)、その反面、右折車が「既に右折している」場合には、直進車又は左折車は右折車の進行を妨げてはならない(同条第二項)ものとされていたのであり、同法第三七条第二項にいう「既に右折している車両等」とは、「単に右折中であるというだけでは足りず、右折を完了している状態又はそれに近い状態にある車両等」をいうものと解すべきである(最高裁判所昭和四六年九月二八日判決、刑集二五巻六号七八三頁参照)。これを本件についてみるに、前記認定のとおり、単車が本件交差点に進入するときには事故車は既に幅員6.7米の西行車線の中、余すところ約一米の地点にまで達していたのであるから、右折完了に近い状態、すなわち同条項にいう「既に右折している車両」に該当するものというべく、本件においては直進車たる単車は右折車たる事故車の進行を妨げてはならなかつたのである。

しかも、前記のとおり、控訴人佐々木が右折を開始した際には単車は未だ現認されていないのであり、西進先頭車が約九〇米東方に位置していたのであるから、西進車が前記制限最高速度の時速四〇粁(秒速11.11米)で進行すれば、先頭車が本件交差点に到達するまでに8.1秒を要するのに対して、前記認定のとおり、控訴人佐々木が西進先頭車を約九〇米東方に確認してから衝突するまでに15.2米進行し、更に西行車線の約一米を残していたのであり、前顕甲第二二号証、乙第一号証、当審における控訴人佐々木弘志本人尋問の結果によれば、事故車の車長は8.8米であることが認められるから、同控訴人が西進車両を現認してから西行車線を通過し終るまでには約二五米進行すれば足りるのであり、仮に最も遅い時速約一五粁(秒速4.17米)で進行したとしても約六秒で足りるのである。しかも、前記説示のとおり、本件の如き各車両の位置関係に徴すれば、事故車に優先権が認められるのである。右の諸事実に照らせば、控訴人佐々木が右折開始時点において事故車が西進車より先に交差点を右折通過可能と判断したことは正当である。けだし、交通関与者は、他の交通関与者が交通秩序に従つた適切な行動に出ることを信頼するのが相当な場合には、たとえ他の交通関与者の不適切な行動によつて結果が発生したとしても、これに対しては責任を負わないと解するのが相当である(信頼の原則)ところ、本件被害車両が自動二輪車であることは当事者間に争いがなく、その運転には運転免許が必要であるからその運転者には交通法規を遵守することが期待され、その適切な運転を信頼するのが相当な場合であるというべきであり、控訴人佐々木としては単車が制限速度の約二倍の高速度で猛進して来ることまで予想すべき注意義務を肯定することは不当であるからである。

次に、前記認定のとおり、控訴人佐々木は単車を約五五米東方に発見してから単車が東方約二七米に接近して来たのに気付き急制動の措置をとるまでに4.2米進行しているが、最も遅い時速一五粁で進行したとしてもその間約1.0秒であつて、単車を五五米東方の地点に発見した時点において単車の光芒の動きを見てその異常な高速度を予見すべきことを期待することは不可能を強いるものであり、その一秒後に単車の異常な高速度に気付いて気制動の措置をとつたことを以て同控訴人の措置が遅きに失したものということはできない。のみならず、前記のとおり事故車は西行車線中、約一米を残して停止し、事故車の停止後に単車が事故車の最前部に衝突しているのであり、しかも前顕甲第一四、第二〇号証によれば、衝突地点附近においては分離帯が途切れていることが認められるから、単車の通行方向左側には空間があり、その運転者たる被控訴人伸作において僅かに左へ転把すれば衝突直前の段階においてもなお本件衝突を回避することは可能であつたものと認められる。

以上の次第であるから、本件事故発生は、もつぱら、制限速度の時速四〇粁をはるかに超える時速約八〇粁で猛進し、しかも前方を注視しなかつた被控訴人伸作の無謀運転に基因するものであり、控訴人佐々木には何らの過失はないものと認められる。

したがつて、控訴人佐々木には民法第七〇九条の不法行為責任は認められない。

(三)  控訴人会社の免責の抗弁について判断する。

右(二)で認定したとおり、本件事故は、被控訴人伸作の一方的過失に基因するものであり、控訴人佐々木は無過失である。

このように、事故の原因がもつぱら被控訴人伸作の過失に存し、控訴人佐々木に過失がない以上、同控訴人に対する控訴人会社の選任監督上の過失、事故車の構造上の欠陥又は機能の障害の存否について判断するまでもなく、本件事故と相当因果関係のある控訴人会社の過失、事故車の構造上の欠陥又は機能の障害はないものというべきである。

したがつて、自賠法第三条但書により、控訴人会社は本件事故につき運行供用者責任を免れることができる。

三結論

以上のとおり、控訴人らには責任原因がないから、被控訴人らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきである。

よつて、民訴法第三八六条により原判決中被控訴人らの請求を認容した部分を取り消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(北浦憲二 弓削孟 篠田省二)

【参考・原判決抄】

【主文】被告等は各自原告進に対し金一、三二六、三七〇円、原告伸作に対し金七〇五、六三三円及び右各金員に対する昭和四一年一月二七日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告進、同伸作その余の請求、原告重内の請求を棄却する。

訴訟費用中原告進被告等の間に生じた分は二分しその一を同原告進その余を被告等の、原告伸作と被告等との間に生じた分は三分しその二を原告伸作その余を被告等の負担とし原告重内と被告等の間に生じた分は原告重内の負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

【事実】(当事者の求める裁判)

原告等 被告等は各自原告竹林に対し金二、一七六、一六三円、原告中村伸作に対し金二、〇四八、四八六円、原告中村重内に対し金七五、〇〇〇円及び右各金員に対する当該各原告に対する訴状送達の日の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

被告等 原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

(原告等の請求原因、被告等の抗弁に対する認否)

一、事故の発生

昭和四〇年三月一三日午後一〇時五〇分頃、神戸市葺合区割塚通六丁目地先、阪急電鉄高架線北側道路上(市電脇浜三丁目停留所北方約五〇〇米)で原告中村伸作運転の自動二輪車と被告佐々木運転の大型貨物自動車(兵―カ五八〇四号)が衝突し、右自動二輪車後部座席に同乗していた訴外竹林俊雄は即死し、原告伸作は右脚骨折、切断手術を受ける重傷を受けた。

【理由】一、原告等主張日時場所でその主張の大型貨物自動車と自動二輪車が衝突し自動二輪車を運転する原告伸作が負傷し、同乗の訴外中村俊雄が死亡したこと、被告会社が右大型貨物自動車を運行の用に供していたことは当事者間に争がない。

二、被告佐々木の責任について

<証拠>によると、本件事故現場は阪急電車高架北側に位置する歩車道の区別のある巾員9.2米の道路の北側に新設された車道巾員東行西行共に6.7米、中央分離帯のあるアスフアルト舗装道路が巾員北側部分において六米、南側部分において一五米のアスフアルト舗装南北道路と交差する地点にあり、右東西道路は制限速度時速五〇粁と定められていること、被告佐々木は大型貨物自動車を運転し、右東西道路を東進し右交差点で右折南北道路に入り南進すべく右交差点にさしかかつた際西行道路の交通状況を見たところ、約九〇米位前方に数台の乗用車が対向して来るのが認められたのみであつたので、西行車輛の進路妨害をすることなく右折できるものと判断し、時速約一五粁で右折にかかり西行車道に乗り入れ東方を一瞥すると約五五米東方に対向して来る先頭の乗用車を追抜くようにしてその右側を走行する自動二輪車の前照灯の光茫を認めたこと、同被告は右自動二輪車の速度が普通の速度であり、自車との距離もあり、右自動二輪車が交差点に到達する迄に右折を完了することができるものと判断し、そのまま進行を続け約四米進行し更に自動二輪車に目を向けたとき東方約二七米の地点に迫つているのを発見し且その速度が異常に高速度であることに気付き、衝突の危険を察知し、急制動の措置をとり約2.1米進行後西行車線約一米を残して停車したが、自動二輪車はそのまま進行を続け、大型貨物自動車左前部角バンパー附近に激突したこと、右自動二輪車の時速は事故直前追抜かれた乗用車の運転者の直感では八〇粁を超える高速度であつたこと、が認められる。<排斥証拠省略>

ところで交差点で右折する車輛は交差点を直進する車輛に進路を譲らねばならないところ、約五五米東方に先頭車を追越すような位置にはじめて自動二輪車の前照灯の光茫を認めたのであるからその光茫の動きを注視さえすれば、被告佐々木においてその速度が異常に高速度であることを予見することができたものと認められ本件事故が前記の通り事故車左前部角バンパー附近に自動二輪車が激突していることに鑑みても急制動の措置を僅に早くとつていさえすれば、本件衝突事故は回避することができたことは明かである。

そして夜間信号機による交通整理の行われていない交差点を右折する場合、直進車が交差点に到達する以前に右折を完了するためには、直進車との距離、速度をその前照灯の光茫のみにより推測するほかはないのであるから、その距離、速度を推測できる程度に直進車の前照灯の光茫を注視すべき注意義務があると云うべきである。之を本件について考えると、被告佐々木は先頭直進車を今少し注視していたならば、その後方の自動二輪車の前照灯の光茫の行方を捕捉することができたものと考えられるし、少くとも自動二輪車が先頭直進車を追越す位置に来ていることをはじめて認めた際にはその前照灯の光茫により先頭直進車より高速で進行していることは推知することができた筈であるにも拘らず、被告佐々木は先頭車と等速度で進行するものと軽信しそのまま約四米余り進行を続け、はじめて自動二輪車が異常な高速度で直進している事に気付き急制動の措置をとつたことは直進車の動向を注視すべき前記注意義務に違反するものと認めるのが相当である。

被告等は本件事故は原告伸作が前方注視を怠り、制限速度を遙に超える時速八〇粁以上の高速度で直進した一方的過失によるものであると主張し、原告伸作にその主張のような重大な速度違反があつたことは前認定の通りであるが、異常な高速度で走行していることを予見することができる場合に尚直進車が制限速度を遵守し進行することを信頼し右折を継続することができるものとは解することはできない。

被告等の無過失乃至免責の主張は採用できない。

被告佐々木が本件事故に対する責任を問われた刑事裁判で無罪の言渡を受け該判決が確定していることも、不法行為に基く損害賠償の制度自体損害の負担の公平をはかることを目的とするものであるから、右認定に消長を及ぼすものではない。

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