大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1712号 判決 1976年6月16日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は被告の負担とする。
事実
(原判決の主文)
1 被告は原告に対し、原判決添付目録記載(一)(二)の土地家屋について、同(三)記載の各仮登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の趣旨)
原判決主文1項と同旨。
(不服の範囲)
原判決全部
(当事者の主張)
次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである。
一 原告の主張
1 本件仮登記は、昭和(以下略)四二年二月一日荒木繁夫(以下荒木という。)に対する被告の債権の担保の一環として、所有権移転請求権仮登記及び根抵当権設定登記とともになされたもので本件土地家屋の使用を目的とするものではない。民法三九五条の立法趣旨から見ると、このような短期賃借権の仮登記は、先順位の抵当権による競売開始決定がなされるまでに本登記を経由したものに限つて、競落人に対抗することができるのである。
2 仮にそうでなくとも、右の立法趣旨からすれば、競売申立登記前に条件が成就せず、したがつて貸借権が発生していない場合には、競落人は賃借権の仮登記の抹消請求ができる。被告の場合は、本件競売申立登記前に停止条件が成就していないから、原告の抹消登記に応じる義務がある。
3 仮にそうでなくても、仮登記のある賃借権者は、停止条件が成就し賃借権が発生した場合、条件成就のときを起算点として、その主張の賃借期間内に賃借権の本登記手続を求めるべきであるのに、被告は現在に至るまでその手続をしていないから、もはやその賃借権をもつて競落人たる原告に対抗することはできない。
二 被告の主張
停止条件成就の時期について、次のとおり主張を変更する。
(一) 荒木は四一年一二月二〇日被告との間で、本件土地家屋について元本極度額一〇〇万円の根抵当権設定契約を結んだが、この契約には、荒木が他から差押の申立を受けたときは期限の利益を失い、被告に対する債務を一時に弁済する旨の特約が含まれていた。また、これと同時に荒木は被告との間に、右債務の不履行のときは本件土地家屋につき被告のため賃借権が発生する(その内容は賃料一カ月二〇〇〇円、同支払期毎月末日、存続期間三年、特約譲渡転貸ができる)旨の停止条件つき賃貸借契約を締結した。
(二) ところで、荒木は先順位の抵当権者である株式会社福徳相互銀行から、本件土地家屋について抵当権を実行されたため、右特約に基づき被告に対する六五万円余の債務の期限の利益を失い、これを一時に支払わなければならなくなつたが、その不履行の結果右の停止条件が成就し、被告は本件土地家屋について賃借権を取得するに至つた。
(三) このように前記銀行の申立に基づく競売開始決定の日(四二年七月一日)以前に停止条件が成就し、被告の賃借権が確定的に発生しているから、被告は仮登記を本登記にするまでもなく、民法三九五条により抵当権者(ひいては競落人たる原告)に賃借権を対抗できるのである。
(証拠)(省略)
理由
一 本件土地家屋はもと荒木の所有に属していたところ、原告が四三年一一月二九日これを競落し、同年一二月二〇日その旨の所有権取得登記を経由したこと、本件土地家屋について被告のため本件賃借権設定の仮登記が存在することは、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない乙一ないし三号証に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(1) 荒木は四一年一二月二〇日被告との間で、本件土地家屋について元本極度額一〇〇万円の根抵当権設定契約を締結したが、この契約には被告主張のような特約が付されていた。
荒木は同時に被告との間で、債務不履行の場合は本件土地家屋を代物弁済として被告の所有とすることができる旨の代物弁済の予約をし、さらに被告主張のような停止条件つき賃貸借契約を締結した。
四二年二月一日被告は右各契約を原因として、本件土地家屋につき所有権移転請求権仮登記、根抵当権設定登記及び賃借権設定仮登記(本件仮登記)を経由した。
(2) その後、先順位の抵当権者である株式会社福徳相互銀行が任意競売の申立をした結果、四二年七月一日本件土地家屋について競売手続開始決定があり、前記のとおり原告がこれを競落して右競売手続が完結した。
なお、右競売申立当時、被告は荒木に対し六五万九二四〇円を下らない債権を有していた。
三 前項の認定事実によれば、先順位の抵当権者から競売の申立(差押の申立)を受けることによつて、前記特約に基づき、荒木は被告に対する債務六五万円余を一時に支払う義務を生じるから、この義務の不履行により停止条件が成就し、本件土地家屋について被告のために賃借権が発生することになる。
ところで、一般に抵当権者自身が抵当権設定契約と同時に、抵当債務の不履行を停止条件として抵当物件につき短期賃貸借を結びこれが仮登記をすることは、抵当権設定行為に際してしばしば行われるところであるが、この場合の賃貸借は特段の事情がない限り担保不動産の利用を目的とするものではなくて、抵当権の担保価値の確保(ひいては債権の担保)のためのものと解される。すなわち、抵当権設定登記以後に、第三者が短期賃借権を取得してその対抗要件を具備すれば、民法三九五条によつて抵当権者(競落人)に対抗することができる結果、目的物件の担保価値が減少することを免れない。しかし、前記賃借権の設定と仮登記をしておき、これを本登記にすることにすれば右第三者の賃借権を排除し、抵当権の実効を確保することができるのである。したがつて、右賃借権は、抵当権実行による差押の効力発生時に右のような対抗要件を備えた短期賃借権者が存在しないときには、競売手続の完結により当然に消滅するものと解すべきであり、このことは他の抵当権者による競売申立の場合にも結論を異にするものではない。
そして、本件賃借権の設定及びこれが仮登記も特段の事情が認められないから、右と同様の目的により同一の特質を有するものというべきである。そうであるならば、本件土地家屋については、先順位の抵当権者の申立によつて、抵当権が実行されたのであるが、本件仮登記以後この競売開始決定による差押の効力が発生するまでに、第三者の短期賃借権が設定され、かつその対抗要件が具備された事実がないから、右競売手続の完結により、被告の本件賃借権はその目的を達して当然に消滅したものと解すべきである。
したがつて、本件土地家屋につき本件仮登記の抹消を求める原告の請求は理由がある。
四 そうすると、右と結論を同じくする原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。