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大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)1989号 判決 1977年7月29日

控訴人 南勇

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 新垣忠彦

被控訴人 太田進

右訴訟代理人弁護士 細川喜信

主文

原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。

右取消にかかる部分につき、被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は、「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

《以下事実省略》

理由

一、亡安蔵と訴外会社との間で、昭和四三年九月二五日、安蔵がその所有にかかる本件土地を同会社に売渡し、同会社がこれを買受ける旨の契約が締結されたが、昭和四五年九月、右売買契約が合意解除されたことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)、安蔵、訴外会社間の前記売買契約はおおむね次のとおりの約定によるものであった。すなわち、

(イ)、売買代金を三、六〇〇万円、その総額の支払期日を昭和四四年四月一五日とし、右代金完済まで本件土地の所有権は安蔵が留保すること。

(ロ)、訴外会社は代金完済前においても本件土地について宅地造成工事に着手することができるが、右代金の不払、その他同会社の責に帰すべき事由により売買契約が解除されたときは、右工事により本件土地につき生じた一切の利益は安蔵がこれを取得すること。

(2)、ところが、訴外会社は、安蔵の督促にもかかわらず、約定期日の前後を通じ、右代金を全く支払わなかった。そこで、安蔵はその後同会社と折衝し、その結果、前記のように、両者の間で本件土地売買契約を解除する旨の合意が成立したものである。なお、右合意に際し、それまでに施工されていた宅地造成工事により本件土地に生じた一切の利益は、安蔵が無償で取得する旨の確認がなされている。

(3)、被控訴人は、昭和四三年一〇月一〇日、訴外会社から本件土地の宅地造成工事(以上「本件工事」という)を、総代金額一、八七三万円の約で請負い、そのころ右工事に着手し、着手金として二〇〇万円を受領した。右請負契約において、残代金の支払時期は、原則的には工事を完成しこれを引渡したときとされていたが、同時に、被控訴人の資金上の都合により出来高に応じた繰り上げ支給を求めることもできるという趣旨の約定もなされていた。

(4)、訴外会社は実質上、訴外小寺義人の個人経営にかかるものであるが、同人は宅地の造成、分譲等の事業を行うための会社を次々と設立し、その都度不渡手形を振出して倒産を繰り返していたものであり、訴外会社も昭和四四年八月ごろ、銀行取引を停止され事実上倒産した。

(5)、本件工事に着手した後、被控訴人は前記繰り上げ支給の約定に基づき出来高に応じた工事代金の支払を求め、訴外会社から右代金の支払にあてる趣旨で数通の手形(ただし、その振出名義人は証拠上明らかでない。)の交付を受けたが、それらの手形はすべて不渡りとなった。そして、その後、訴外会社は銀行取引も停止されたのであるが、そのような経緯があるにもかかわらず、被控訴人は本件工事を続行し、昭和四四年一二月末日ごろまでにこれを完成し、同会社に引渡した。その間、被控訴人は同会社から右工事代金として現金三〇万円程度の支払を受けただけで、工事完成後も残代金一、六四三万円につき全く支払を受けていない。

(6)、被控訴人は、かつて、前記小寺が設立した会社の工事を請負ったことがあるが、その際も受取手形が不渡りとなった経験を有するうえ、右(4)認定の同人の事業経営の方法、次々と設立した会社の実態等を十分承知しながら、右不渡りとなった手形金を後に回収し得たことから、さしたる不安も抱かずに、本件工事を請負い、かつ、漫然と完成に至るまでこれを続行したものである。

二、そこで、以上認定の事実を前提として、被控訴人主張の不当利得が成立するかどうかを判断する。

(一)、(利得、損失、因果関係について)

被控訴人は、一、八七三万円で本件土地についての本件工事を請負い、これを完成したにもかかわらず、内金二三〇万円の支払を受けたのみで訴外会社の倒産により残代金額の回収ができなくなったのであるから、これにより、被控訴人に請負残代金額に対応する工事部分に要した財産および労務の提供に相当する損失を生ぜしめたものということができるところ、農地に施された宅地造成工事は、通常、その土地の価値の増大をもたらすものといって差支えないから、特段の反証のないかぎり、他面において、本件土地所有者である安蔵に右被控訴人の損失に相当する利得を生ぜしめたもので、右損失と利得との間には直接の因果関係があると解することができる。もっとも、本件においては、被控訴人の給付(本件工事)を受領した者は安蔵ではなく、訴外会社であるが、右給付により本件土地についての被控訴人の所有権の内容が直接拡張されたものとみることができるから、右給付の受領者が訴外会社である事実は、前記直接の因果関係を認める妨げとはならないというべきである。ただ、本件工事は訴外会社の依頼によるものであり、従って、被控訴人は訴外会社に対して工事代金債権を取得するから、右工事により安蔵の受けた利得は一応訴外会社の財産に由来することになるが、訴外会社の倒産により右代金債権の残額はすべて無価値に帰したものというべきなので、この場合、安蔵の受けた前記利得は被控訴人の財産、労務に由来するものと解するのが相当である。

(二)、(「法律上の原因」の有無について)

民法七〇三条の「法律上の原因なくして」とは、形式的、一般的には利得者に正常に帰属したと認められる利得であっても、損失者に対する関係で実質的、相対的に観察した場合、これをそのまま利得者に保有せしめることが公平の原則に反し、是認できないことを意味すると解するのが相当である。そこで、以下、本件についてこの点を検討することとする。

まず、本件土地売買契約が解除された場合、本件工事により同土地に生じた利益は安蔵が無償でこれを取得する旨の訴外会社、安蔵間の特約は、それだけでは被控訴人との関係において右利益を安蔵に保有せしめるについての「法律上の原因」とはなり得ないと解される。しかし、前記第一項(4)ないし(6)に認定した訴外小寺義人の事業経営の実態とそれに対する被控訴人の認識、過去における右小寺ないしは同人が経営する会社と被控訴人とのかかわり合い、本件工事の着手から完成に至るまでの経緯によれば、被控訴人としては、請負契約締結の当初から本件工事代金債権が回収不能となる危険性を十分予知できたはずであり、しかも、その危険性の程度はその後益益強固となってきたにもかかわらず、何ら債権確保のための方策を講ずることもなく、漫然と工事に着手し、完成に至るまでこれを続行したことになる。してみると、右工事代金債権の回収不能は、専ら被控訴人が自らの不注意によりこれを招いたものであり、そのことについての危険を被控訴人が引受けたものとみるべきであるから、後になって訴外会社が無資力になったとしてこれを安蔵に転稼することはかえって公平の原則にもとるものと考えられる。そして、以上の諸事情からすれば、訴外会社と安蔵間の前記特約につき、被控訴人は同会社と同一の立場にたつとみるのが相当であり、従って、本件の場合、右特約は、被控訴人との関係においても、安蔵の利得保有を正当化せしめる「法律上の原因」に該当するものと解するのが相当である。

(三)、そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、被控訴人主張の不当利得は成立せず、控訴人らに対し右不当利得の返還を求める被控訴人の請求は理由がないというべきである。

三、次に、被控訴人は、安蔵と訴外会社との間で、安蔵が訴外会社の本件工事代金残額債務につき、債務引受に類する契約を締結したと主張するけれども、そのように認めるべき証拠はない。なお、第一項認定の事実関係から被控訴人主張の右契約の成立を推認することもできない。従って、控訴人らに対し右契約の履行を求める請求もまた失当というほかはない。

四、以上により、被控訴人の本訴各請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべきであり、従って、原判決中、被控訴人の不当利得返還請求を認容した部分は不当であって、民訴法三八六条により取消を免れないというべきである。

よって、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 尾方滋)

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