大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)23号 判決 1977年12月28日
控訴人 河内博
右訴訟代理人弁護士 酒井武義
被控訴人 吉田由信
右訴訟代理人弁護士 太田稔
同 鬼追明夫
同 吉田訓康
同 辛島宏
同 安木健
同 出水順
主文
原判決(当審で取下げられた請求に関する部分を除く。)を取消す。
被控訴人は、控訴人に対し、金二九一、八二二円およびこれに対する昭和四九年一二月二四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求(当審における拡張部分を含め)を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。
この判決は控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
(一) 原判決を取消す。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、金六、九九一、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年五月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え(金五、一七四、〇〇〇円およびこれに対する同日から支払済まで年五分の割合による金員の支払請求を超える請求は当審で拡張した請求である。なお、当審では不法行為による損害賠償請求を取下げる。)。
(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二 被控訴人
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。との判決。
第二控訴人の請求原因
一 控訴人は、被控訴人から、昭和四一年三月二四日、三、〇〇〇、〇〇〇円を利息日歩一五銭の約定で借受け、更に同年六月末ごろ、五〇〇、〇〇〇円を弁済期日同年九月三〇日の約定で借受け、同年六月末ごろ、右合計三、五〇〇、〇〇〇円の貸金債権担保のため、被控訴人との間で、控訴人所有の別紙目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)とその地上の同目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)につき抵当権設定契約をなすとともに、控訴人が同年九月三〇日の弁済期日に右債務の履行をしないときには、その債務の履行に代えて本件土地、建物の所有権を被控訴人に移転する旨の代物弁済予約をなし、同年七月二日、抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記を経由した。
二 被控訴人は、昭和四一年一〇月二一日、本件土地、建物につき同月一七日代物弁済を原因とする所有権移転登記を経由し、同月二九日以降本件土地、建物を占有している。
三 本件土地、建物については、被控訴人より先順位の根抵当権者である訴外大同信用組合(以下、訴外組合という。)の根抵当権実行の申立により競売手続が行われた結果、被控訴人は、昭和四四年一一月二六日、本件土地、建物を競落し、同年一二月二五日、代金を完納して所有権を取得し、昭和四五年三月二八日、所有権移転登記を経由した。
四 被控訴人は、昭和四一年一一月一日から昭和四四年一二月二五日まで本件建物を使用して簡易旅館を経営し、収益を得たものであるが、被控訴人は、次の理由により、右代物弁済予約に基づいて本件土地、建物の所有権を取得したものではなく、右の収益は法律上の原因のない利得として控訴人に返還されるべきものである。
(一) 右代物弁済予約は公序良俗に反して無効である。すなわち、控訴人の被控訴人に対する債務の額が三、五〇〇、〇〇〇円にすぎなかったのに、予約当時における本件土地、建物の価格は約二〇、〇〇〇、〇〇〇円であって債務額の約六倍であったこと、弁済期までの期間がわずか三ヶ月にすぎなかったこと、貸金の利息が日歩一五銭という高利であったこと、控訴人には短期の弁済期に貸金を完済する能力がなく、しかも被控訴人はそのことを知悉していたことなどの諸事情からすれば、右予約が控訴人の窮迫に乗じて暴利を得ることを目的としたものであることは明らかであり、公序良俗に反するというべきである。
(二) 本件土地、建物につき昭和四一年一〇月二一日になされた所有権移転登記は、被控訴人からの代物弁済予約完結の意思表示もないまま、予め控訴人から徴していた代物弁済証書、白紙委任状、印鑑証明書と訴外組合から騙取した登記済権利証を用いて被控訴人が一方的になしたものであるから、その原因を欠いて無効である。被控訴人が右登記後の同年一〇月三一日に右予約完結の意思表示をしても右登記が有効となるものではない。無効な所有権移転登記を維持したまま予約完結の意思表示をなすことは衡平の理念に反し、信義誠実の要請にもとるもので、右意思表示自体効力を生じない。
(三) 仮に右(一)、(二)の主張が認められないとしても、右代物弁済予約は債権担保を目的とするもので、いわゆる帰属清算型の仮登記担保契約であるから、代物弁済予約完結および所有権移転登記がなされても、目的不動産について評価清算がなされるまでは所有権は移転しないものである。右評価清算のときとは、債権者が目的不動産を評価してその価額と債権額との差額を清算金として債務者に支払うか又はこれを提供したときであり、そのときまでは仮登記担保関係は消滅せず、債務者は債務を弁済して目的不動産を取戻すことができると解すべきである。したがって仮登記担保権者は、仮登記担保関係が消滅するまでの間の目的不動産の使用による収益を利得する権利はなく、右収益は当然被担保債権の弁済に充当され、これが債権額に達したときには特段の意思表示を要せず目的不動産は債務者に復帰するもので、その債権額を超える分は不当利得として債務者に返還すべきものである。本件においては、被控訴人は、本件土地、建物について右評価清算を行っていないから、本件土地、建物の所有権は、被控訴人の競落による所有権取得時まではなお控訴人に属していたのである。
五 本件建物は簡易旅館用の建物であって、一一三の客室(二畳敷部屋一八室、一畳敷部屋九五室)を有し、その一泊最低料金は二畳敷部屋で三〇〇円、一畳敷部屋で一五〇円であって、平均すると常時右客室の九割が利用されていたもので、一日当りの経費は二、一〇〇円程度である。被控訴人は、昭和四一年一一月一日から昭和四四年一二月二五日までに本件建物での簡易旅館経営により、二〇、一一二、〇〇〇円の宿泊料収入を得ており、その間の必要経費一四、三三五、五六〇円を控除した五、七七六、四四〇円の純益を得たものであり、右純益は控訴人の債務の弁済に充てられるべきものである。被控訴人は、本件土地、建物の競落代金から控訴人に対する貸金元利金七、〇七〇、二八〇円のうち六、〇一四、九九五円の配当を受けているから、元利金残額は一、〇五五、二八五円であり、右純益五、七七六、四四〇円から元利金残額一、〇五五、二八五円を控除した四、七二一、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)は控訴人に返還されるべきである。
六 また、本件土地、建物の昭和四一年一〇月一七日現在の価額は九、三七〇、〇〇〇円であり、この金額から控訴人に対する被控訴人の残債権三、三〇〇、〇〇〇円(控訴人は、同年八月二日、被控訴人に対し、借入金のうち二〇〇、〇〇〇円を弁済した。)と訴外組合の残債権三、八〇〇、〇〇〇円を控除すると、同時点における清算金は二、二七〇、〇〇〇円となり、被控訴人は、控訴人に対して右金額を支払うべきである。
七 よって、控訴人は、被控訴人に対し、不当利得返還請求として、前記五、六の合計金六、九九一、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年五月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被控訴人の答弁および主張
一 請求原因第二、一、二の事実は認める。第二、三の事実中本件土地、建物につき控訴人主張のとおり競売の申立がなされ、被控訴人がこれを競落して所有権移転登記を経由したことは認める。第二、四の冒頭の事実中被控訴人は昭和四一年一一月一日から昭和四四年一二月二五日まで本件建物を使用して簡易旅館を経営し、収益を得たことは認めるが、その余の主張は争う。第二、五、六の事実は否認する。
二 被控訴人は、昭和四一年六月末ごろ、控訴人との間で、本件土地、建物につき第二、一のとおりの代物弁済予約をなし、同月一七日、右予約完結権を行使して本件土地、建物の所有権を取得し、同月二一日、予め交付を受けていた登記に必要な書類を用いて所有権移転登記を経由するとともに、控訴人にその旨を通告し、同月二五日ごろから本件土地、建物の引渡を受けて同年一一月一日から宿泊料を収取しており、右収益は被控訴人の本件土地、建物の所有権に基くものである。
三 本件代物弁済予約が債権担保を目的とする仮登記担保契約であるとしても、清算金の未払は単なる本登記手続義務の履行を拒みうる抗弁事由にすぎず、本件のように債務者が予め本登記に必要な書類を債権者に交付した場合には、この抗弁権を放棄しているものとみるべきである。また、帰属清算の場合清算金の支払時期は本登記時であるから、以後は仮登記担保関係は消滅し、債務者の目的不動産の取戻権も消滅し、あとには清算金の支払関係が残るだけである。本件の如く債権者が目的不動産について本登記を了し、その引渡まで受けている場合には、債務者には目的不動産の果実収取権はなく、その収益を債務者に返還すべきものとする根拠はない。なお、債務者の取戻請求の意思表示なしに当然に目的不動産の所有権が債務者に復帰することはありえないというべきところ、本件においては、控訴人から右の意思表示がなされたことはないから、予約完結後本件土地、建物の所有権が控訴人に復帰したこともない。
四 仮に仮登記担保契約が消滅していなかったとしても、被控訴人、控訴人間の債権債務関係は次のとおりであり、被控訴人には清算金の支払義務はない。
(一) 本件建物使用による収益金 一、七八九、八二五円
被控訴人の得た宿泊料から電気、水道、電話料金、衛生費等の経費を差引いた額は平均して一ヶ月一一八、五九三円であり、この金額から更に管理人中江礼一夫婦に対して一ヶ月五〇、〇〇〇円、清掃、洗濯、雑用の人夫賃として一ヶ月二〇、〇〇〇円が支払われていたから一ヶ月の純益は四八、五九三円で、昭和四一年一一月一日から昭和四四年一一月二五日までの純益は合計一、七八九、八二五円となる。
(二) 三、五〇〇、〇〇〇円に対する遅延損害金 三、一八四、五五二円
控訴人は、被控訴人に対し、三、五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四一年一〇月一八日から昭和四四年一二月二五日までの約定の日歩八銭二厘の割合による遅延損害金三、一八四、五五二円を支払うべきである。
(三) 本件外の貸金元利金 一、四六七、九七〇円
被控訴人は、昭和四一年三月一八日、控訴人に対し、七〇〇、〇〇〇円を弁済期同年五月一五日、遅延損害金日歩九銭の約定で貸与した。右七〇〇、〇〇〇円およびこれに対する同月一六日から昭和四四年一二月二五日まで日歩九銭の割合による遅延損害金の合計は一、四六七、九七〇円となる。
(四) 求償債権 九二〇、〇〇〇円
被控訴人は、昭和四一年一〇月二七日、控訴人の宮本隆繁、宮本美佐子に対する一、二〇〇、〇〇〇円の貸金債務を引受け、昭和四九年一二月二〇日までに九二〇、〇〇〇円を弁済したから、控訴人に対し、九二〇、〇〇〇円の求償債権を有する。なお、被控訴人は、宮本隆繁が控訴人に対する右債権担保のため、本件土地、建物に順位三番の抵当権設定登記をしていたので、これを抹消するため代払いしたのである。
五 仮に代物弁済の目的物の評価額が債権額を超えるものを返還し、かつ清算時までの目的物からの収益金を清算すべきものとすると、その額は目的物の債務額の差額二、〇七〇、〇〇〇円と前記四(一)の収益金一、七八九、八二五円の合計三、八五九、八二五円となる。これに対して被控訴人の控訴人に対する債権額は前記四(二)ないし(四)の合計五、五七二、五二二円となる。被控訴人は、昭和五二年二月一四日の当審口頭弁論期日において、控訴人に対し、右債権を自働債権とし、清算金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
六 仮に前記四(二)の遅延損害金が競売手続で一部支払われたとしても、なお一、〇五五、二八五円は未払であるうえ、競落代金一一、一二〇、〇〇〇円は適正な価格ではなく、控訴人主張によっても九、三七〇、〇〇〇円が適正価格であるからその差額一、七五〇、〇〇〇円は競落人たる被控訴人の負担によって清算されたことになり、これに右未払損害金を加えると二、八〇五、二八五円の債権がある。被控訴人の本件建物使用による収益金は前記四(一)のとおり一、七八九、八二五円で右債権額以下であるから、被控訴人には清算金支払義務は存しない。
七 仮に被控訴人に清算金支払義務があるとしても、消滅時効が完成しているから、これを援用する。すなわち、控訴人、被控訴人ともに皮革製品卸売を業とするもので、本件代物弁済予約は簡易旅館営業のための資金を得る目的でなされたものであるから、清算金請求権は商行為によって生じた債権である。ところで本件代物弁済予約は帰属清算型の担保契約であり、清算金の支払時期は本件土地、建物につき所有権移転登記がなされた昭和四一年一〇月二一日であるから、清算金請求権は同日から五年の経過によって消滅時効が完成したものである。仮に本件建物使用による収益金返還債権が本件建物の使用によって日々発生するものとしても、控訴人が本訴において収益金の清算を請求したのは昭和四九年九月三〇日(同年八月二六日付準備書面の陳述による。)であるから、これより五年前の昭和四四年九月三〇日までの収益金の清算請求権は時効によって消滅したものである。
第四被控訴人の主張に対する控訴人の認否および反論
一 第三、二の事実中本件土地、建物につき被控訴人主張の登記がなされたこと、被控訴人が昭和四一年一一月一日から本件建物について宿泊料を収取していることは認めるが、その余の事実は否認する。第三、三の主張は争う。第三、四のうち(一)の事実は否認する。(二)の主張は争う。被控訴人は、競落代金から元金三、五〇〇、〇〇〇円について利息として三、五七〇、二八〇円の配当を受けている。(三)の事実は否認する。(四)の事実中被控訴人が宮本隆繁らに九二〇、〇〇〇円を支払ったことは認めるが、その余の事実は否認する。第三、五ないし七の主張は争う。
二 宮本隆繁は被控訴人より後順位の抵当権者であるから、被控訴人は、控訴人の宮本に対する抵当債務を引受ける必要がなく、右債務支払について利害関係を有しないものであり、右債務支払は控訴人の意思に反するものであるから、被控訴人は、右弁済によって控訴人に対して求債債権を取得しえないというべきである。
第五控訴人の主張に対する被控訴人の認否
第四、二の事実は否認する。
第六証拠《省略》
理由
一 請求原因第二、一、二の事実および本件土地、建物については、被控訴人より先順位の根抵当権者である訴外組合の根抵当権実行の申立により競売手続が行われた結果、被控訴人は、昭和四四年一一月二六日、本件土地、建物を競落し、昭和四五年三月二八日所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。
二 被控訴人は、昭和四一年一一月一日から昭和四四年一二月二五日まで本件建物を使用して簡易旅館を経営し、収益を得たことは当事者間に争いがない。
控訴人は、被控訴人主張の右代物弁済予約に基づく本件土地、建物の所有権取得は理由がなく、右収益は法律上の原因のない利得として控訴人に返還されるべきものである旨主張するので、以下控訴人の右主張について順次判断する。
(一) 控訴人は、右代物弁済予約は公序良俗に反して無効である旨主張する。
《証拠省略》を綜合すると、控訴人、被控訴人間では、前記三、五〇〇、〇〇〇円の利息は日歩一五銭とする約定がなされていたが、本件土地、建物につき設定された抵当権の被担保債権としては利息年一割五分、遅延損害金日歩八銭二厘とすることが約されて、その旨の抵当権設定登記が経由されたこと、本件土地、建物の昭和四一年一〇月一七日当時の価格は九、三七〇、〇〇〇円相当であり、同年六月末ごろの代物弁済予約時の価格も右金額を超えることはなかったこと、右予約当時本件土地、建物には訴外組合が控訴人に貸与していた二、八〇〇、〇〇〇円の債権を担保するため、被控訴人より先順位の元本極度額二、八〇〇、〇〇〇円とする根抵当権の設定登記がなされていたこと、控訴人は、当時他にも多額の借入金があって、同年九月三〇日の弁済期日に被控訴人に対する右借受元利金を完済することは困難な状況であったことが認められる。右認定事実によれば、右予約当時の被控訴人の債権額と本件土地、建物の価額との差額はさして大きいものではなかったのみならず、右代物弁済予約は債権担保を目的とするものであることは前記一の事実によって明らかであるから、控訴人が債務を履行せず、代物弁済予約の完結によって被控訴人が本件土地、建物を取得しようとする場合には、本件土地、建物の適正評価額が債権額を超えるときはその超過額を清算金として控訴人に交付すべきものである。それゆえ、被控訴人の債権額が本件土地、建物の価格に比して低額であったというだけでは右代物弁済予約が暴利行為であるということはできず、他に右予約が控訴人の窮迫に乗じて暴利を得ることを目的としたものであることを認めるに足る証拠もないから、控訴人の右主張は理由がない。
(二) 《証拠省略》によると、控訴人は、昭和四一年六月末ごろ、右代物弁済予約をした際、後日代物弁済予約が完結されたときに被控訴人だけで本件土地、建物につき所有権移転登記をなしうるための書類として、予め被控訴人に対し、右三、五〇〇、〇〇〇円の債務の代物弁済として本件土地、建物の所有権を被控訴人に移転する旨記載された代物弁済証書を作成して交付し、更に登記手続用の白紙委任状、控訴人の印鑑証明書をも交付したこと、控訴人は、その後約定の弁済期である同年九月三〇日に右債務の履行をしなかったので、被控訴人は、控訴人には無断で、訴外組合から控訴人が同組合に預けていた本件土地、建物の権利証の交付を受け、同年一〇月二一日、右権利証と控訴人から交付を受けていた前記の各書類を使用して本件土地、建物につき同月一七日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続を了したこと、被控訴人は、そのあと、同月三一日付の書面で控訴人に対し、右代物弁済予約を完結する旨の意思表示をしたことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。
控訴人は、右所有権移転登記は無効である旨主張する。
右事実によれば、右所有権移転登記時には代物弁済予約完結の意思表示はなされていなかったのであるが、右登記は、その後の予約完結の意思表示によって現在の権利関係と符合するに至ったものであるから、有効な登記であるというべきである。また、右登記は、被控訴人が控訴人に断りなく手続を行ったものではあるが、控訴人は、右予約当時、本件土地、建物について右予約完結による所有権移転登記手続を被控訴人だけでなすことを予め承諾していたのであるから、右登記は控訴人の意思に基づかないものということはできない。なお、無効な所有権移転登記を維持しながら予約完結の意思表示をなしたからといって、その意思表示が効力を生じないということもできない。したがって右登記が効力を生じない旨の控訴人の主張は理由がない。
(三) 本件代物弁済予約が債権担保の目的を有するもので、債権者は債権額と担保の目的となった不動産の価額についての清算を行うべき義務があることは前記(一)のとおりであるが、特別の事情の認められない本件にあっては、右仮登記担保関係はいわゆる帰属清算型に属するものというべく、債権者は、債務者の債務不履行によって右予約完結の意思表示をしたときには、仮登記担保権を実行する権限を取得し、これに基づいて目的不動産を適正に評価し、右評価額が債権額を超えるときには、その超過額を清算金として債務者に支払うことによって目的不動産の所有権を確定的に取得することができる反面、債務者は右評価清算のときまでは債権者に債権全額を支払うことによって目的不動産を取戻しうるものであり、右評価清算のときとは、債権者が清算金の提供をしたときと解するのが相当である。
これを本件についてみると、代物弁済予約が完結された昭和四一年一〇月三一日当時において本件土地、建物の評価額は被控訴人の債権額を超えていたことは前記(一)の事実によって明らかであるところ、被控訴人は、その後控訴人に対し、右評価額と債権額の差額についてこれを清算金として提供したことを認めうべき証拠はないから、本件土地、建物については右評価清算は未だなされてなかったものというほかはない。
被控訴人は、帰属清算の場合、清算金の支払時期は本登記時であるから、以後は仮登記担保関係は消滅している旨主張する。しかし、被控訴人が控訴人から本件土地、建物につき本登記および引渡を受けても、右登記、引渡は、代物弁済予約完結に基く仮登記担保権の行使として、目的不動産の換価手続の一環としてなされたものにすぎないのであるから、本件土地、建物の本登記および引渡がなされても、前記の評価清算がなされるまでは、仮登記担保関係は消滅せず、したがって仮登記担保関係が存続している間においては、被控訴人が収受した本件土地、建物からの収益も専ら被担保債権額の弁済に充当されるべきものである。
被控訴人は、昭和四四年一一月二六日、本件土地、建物を競落したことは前記一のとおりであり、《証拠省略》によると、被控訴人は、昭和四四年一二月二六日までに競落代金を完納し、同日、配当手続がなされたことが認められ、この事実によると、被控訴人は、おそくとも同日までに本件土地、建物の所有権を取得し、これによって仮登記担保関係は消滅し、控訴人は本件土地、建物の所有権を確定的に失うに至った。
ところで、帰属清算型の仮登記担保関係においても、評価清算が行われないうちに目的不動産が先順位の担保権者の申立による任意競売手続によって換価処分された場合には、その処分時が清算の基準時となるものと解すべきである。
本件においては、以上の事実によると、本件土地、建物についての仮登記担保関係は、評価清算が行われないまま経過するうち、昭和四四年一二月二六日、先順位の担保権者の申立による任意競売手続によって本件土地、建物が換価処分されたことによって消滅したものであるから、清算の基準時は、競落人が代金を完納して本件土地、建物の所有権を取得した時、すなわち昭和四四年一二月二六日とするのが相当である(なお、代金完納時は競落時たる同年一一月二六日から配当時たる同年一二月二六日までの間であることは明らかであり、同年一二月二六日より前である可能性があるけれども、右時点が同日より前であることは、本件土地、建物からの収益が自己の所有権に基くものであることを立証すべき被控訴人の立証責任に属するものと解されるところ、右所有権取得時が同日より前であることについての証拠はない)。
また、本件では被控訴人が昭和四一年一一月一日以降本件土地、建物からの収益を取得していたもので、右収益は債権額に充当されるべきものであるから、その収益額が債権額に達したときは債権が完済されたことになるといわざるを得ない。しかし、本件においては、後記のとおり、昭和四四年一二月二六日に至るまで完済に至らなかったこと計算上明らかであるから、清算の基準時は前記のとおり本件土地、建物の競落による所有権移転の日とすべきことには変りはない。
三 次に清算金額について判断する。
(一) 本件建物使用による収益金 三、五六五、六二八円
《証拠省略》を綜合すると、本件建物は簡易旅館用の建物で、客室数は、一畳の部屋が七三室、一・五畳の部屋が一八室、二畳の部屋が一〇室合計一〇一室であること、控訴人は、昭和四一年六月末ごろ本件建物の建築を完成し、同年七月一日から同年一〇月末ごろまで本件建物において簡易旅館営業を経営したが、その間客室の利用率は八割ないし九割であったこと、被控訴人は、同年一一月一日から、住込みの管理人として中江礼一夫婦を一ヶ月五〇、〇〇〇円の給与で雇用し、本件建物で同様の営業を行っていたが、宿泊料は一日につき二一〇円の部屋が一八室、一三〇円の部屋が五室、そのほかの部屋は一六〇円であったこと、本件建物附近の簡易旅館では、昭和四五年に開催された万国博覧会に関連する建築工事に従事する労務者が増加したことから、昭和四一年末ごろから昭和四三年ごろまでは客室の利用率は九割をこえることもあったが、その後、より設備のよい旅館が建築されるのにともなって次第に客数が減少してきたこと、本件建物は構造材の材質は不良で設計、設備も旧式のものであり、昭和四三年ごろ以降は建築当初に比して相当客室の利用率が減少してきていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》
本件においては、被控訴人が本件建物における簡易旅館営業によって昭和四一年一一月一日から昭和四四年一二月二五日までに得た宿泊料収入額およびその間の必要経費額を認定しうる商業帳簿等の的確な証拠は存しないのであるが、右認定の事実によれば、本件建物での営業においては、一日二一〇円の部屋一八室、一六〇円の部屋七八室、一三〇円の部屋五室、合計一〇一室の客室について、控え目にみても右期間を通じて平均八割程度は利用客があったものと推認することができるから、右期間(一、一五一日)の宿泊料収入は別紙計算書1記載のとおり一五、五七〇、七二八円となる。
《証拠省略》によると、株式会社芳屋は、大阪市西成区海道町において簡易旅館業を経営しており、右旅館の客室数は一畳部屋が六五室、一・五畳部屋が六二室、合計一二七室であるが、その宿泊料収入は昭和四〇年六月一日から昭和四一年五月三一日までが五、四八四、七九五円、同年六月一日から昭和四二年五月三一日までが六、〇四二、七八〇円であったことが認められる。
前記認定の本件建物の宿泊料収入は年間四、九三七、七二〇円となるが、この金額は、芳屋経営の同種旅館の右宿泊料収入と対比してみても、右旅館が本件建物より客室が多いことを考慮に入れると、ほぼ同程度の収入額であると考えられ、右認定額が不合理な金額とはいえない。
当審における鑑定人木原幸一の鑑定の結果中本件建物における前記期間中の宿泊料収入額を二〇、一一二、〇〇〇円とする部分は、その鑑定の前提とされた本件建物の客室数、宿泊料金が事実と異っているうえ、客室の利用率が高率で相当でないから、これを採用することはできず、他に右収入額の認定を左右しうべき証拠はない。
当審における鑑定人木原幸一の鑑定の結果および当審鑑定証人木原幸一の証言によると、同鑑定人は、本件建物における簡易旅館営業についての必要経費は、人件費(管理人、雑役)、衛生費(消毒費)、ふとん、枕カバー損料、電気、水道料、什器、備品、保険費、雑費で一室(客一人)当り一二五円相当である旨の鑑定をしたことと、同鑑定人は、昭和四一年から西成区釜ヶ崎において簡易宿泊所を営み、大阪府簡易宿泊所環境衛生同業組合の理事長をしているものであるが、右必要経費額は当時の給与水準や自己の営業上の資料に基づいて算出したものであることが認められる。これらの事実によれば、本件建物における右期間中の簡易旅館営業の必要経費は一室(客一人)当り一二五円と推認するのが相当であるから、右期間中の右必要経費額は別紙計算書2記載のとおり一一、六二五、一〇〇円となる。
そのほか、本件簡易宿泊所経営の場合、被控訴人の住所はこれと異にするから、被控訴人において時々同所に出向き、管理人の管理状況を監督するなど、被控訴人自身が行うべき経営上の労務の提供がある。これを金銭に見積れば、一ヶ月一万円を相当とし、前記経営期間中の右経費は三八万円と評価すべきである。
したがって右期間内の純収益額は別紙計算書3記載のとおり三、五六五、六二八円となる。
なお、《証拠省略》によれば、本件建物の管理人であった中江礼一とその妻美知子は、被控訴人の指示によって宿泊客から料金を受領し、その中から必要な支払をすませた残額を毎日のように被控訴人の取引先の福徳相互銀行花園支店の外務員米田正彦に交付して預金していたこと、中江は、その際米由から仮預り証を受取ってこれを被控訴人に渡していたが、昭和四一年一一月から昭和四三年三月まで(但し、昭和四二年六月分を除く。)に被控訴人が受取った仮預り証のうち残っているものの金額の合計は一、八九七、五八九円であることが認められる。しかし、右仮預り証の日付からみて、中江が米田に対して交付していたのが毎日ではなく、時に数日おきになっており、また、一日に一回というわけでもなく、一日数回支払っていることがあるところから考えると、中江が右書面の日付の日以外の日に支払い、或いはその日付の日にほかにも支払をしている可能性があって、右書面の金額がその期間内の総支払額であると認めることはできないのみならず、中江が宿泊料から支出した金銭がすべて本件建物における営業の必要経費であったことを認めうべき証拠もないから、右仮預り証の金額をもって営業による純収益額を算定することは相当ではない。
(二) 競売による配当後の残債権額 一、〇五五、二八五円
控訴人は、本件土地、建物についての任意競売手続による配当後の被控訴人の控訴人に対する残債権額は一、〇五五、二八五円であると主張し、被控訴人は、右残債権額が三、五〇〇、〇〇〇円に対する昭和四一年一〇月一八日から昭和四四年一二月二五日まで日歩八銭二厘の割合による遅延損害金三、一八四、五五二円であると主張する。
《証拠省略》によると、被控訴人は、本件土地、建物の任意競売手続において、本件貸金元金三、五〇〇、〇〇〇円とこれに対する利息、損害金三、五七〇、二八〇円、合計七、〇七〇、二八〇円の配当要求をして本件土地、建物の換価処分による売得金から六、〇一四、九九五円の配当を受け、その余の売得金は競売費用と先順位担保権者たる訴外組合に対する配当に充てられ、被控訴人の残債権額は一、〇五五、二八五円となったことが認められる。右事実によると、被控訴人主張の右遅延損害金は被控訴人の配当要求金額に含まれていたものと認められ、他に被控訴人の被担保債権額が右配当要求額を超えていたことを認めうべき証拠もないから被控訴人の右主張は理由がない。
更に被控訴人は、本件土地、建物の競落代金は適正な価格ではなく、適正価格との差額一、七五〇、〇〇〇円は競落人たる被控訴人の負担によるものであるから、この金額が清算に際して支払われるべきである旨主張する。
《証拠省略》によると、被控訴人は、本件土地、建物の競落代金として一一、一二〇、〇〇〇円を支払ったことが認められるが、本件土地、建物の価格は、昭和四一年一〇月一七日当時九、三七〇、〇〇〇円相当であったことは前記二(一)で認定したとおりであるから、右競落時がその後三年余り経過した昭和四四年一一月二六日であり、その間に相当の地価、その他物価の上昇があったことを考慮に入れると、競落時における右競落代金は不当に高額とはいえず、本件土地、建物の適正な価格であったと認めるのが相当である。
《証拠省略》によると、競売手続における鑑定人広瀬俊雄は昭和四三年四月五日当時の本件土地、建物の価格を三、二三一、一〇〇円と鑑定し、これに基づいて競売裁判所は最低入札価額を右同額と定めたこと、被控訴人以外の入札人の入札価額は四、六〇〇、〇〇〇円、四、五〇〇、〇〇〇円、三、五一〇、〇〇〇円であったことが認められる。しかし、右鑑定は、競売手続上最低競売価格を定めるためのものでもともと低めの金額であるうえ、その理由も極めて簡単であって根拠が明らかではなく、当審における鑑定人貝原寿一の鑑定の結果に照らして採用し難いものであり、被控訴人以外の入札人は、本件建物は現に被控訴人が簿易旅館営業に使用中のもので、その引渡を求めることが必ずしも容易でないことをも慮って入札価額を定めたものと思われるからその入札価額を本件土地、建物の適正価格認定の資料となし難く、他に前記の適正価格の認定を左右しうべき証拠はない。したがって被控訴人の右主張も採用することができない。
(三) 控訴人は、本件土地、建物の昭和四一年一〇月一七日現在の価額から控訴人に対する被控訴人の残債権と訴外組合の残債権を控除した二、二七〇、〇〇〇円をも清算金として支払うべきである旨主張するが、本件土地、建物についての仮登記担保関係の清算の基準時は昭和四四年一二月二六日とするべきことは前判示のとおりであるから、右基準時における清算のほかに、昭和四一年一〇月一七日の時点においても清算をなすべきことを前提とする控訴人の右主張は理由がない。
(四) 以上の次第で、本件土地、建物の換価処分時において被控訴人が控訴人に対して支払うべき清算金額は、右(一)の三、五六五、六二八円から(二)の一、〇五五、二八五円を控除した二、五一〇、三四三円となる(本件簡易宿泊所経営による利益三、五六五、六二八円は、配当要求に示された利息遅延損害金三、五七〇、二八〇円の範囲内であるから、元本の逓減はなく、従って、利息遅延損害金の計算に影響を及ぼさない)。
四 被控訴人は、昭和五二年二月一四日の当審口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件外の貸金元利金一、四六七、九七〇円と求償債権九二〇、〇〇〇円の各債権を自働債権とし、控訴人の清算金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。そこで右相殺の抗弁について順次判断する。
(一) 《証拠省略》を綜合すると、被控訴人は、昭和四一年三月一八日、控訴人に対し、七〇〇、〇〇〇円を弁済期同年五月一五日、利息年一割八分、遅延損害金日歩九銭の約定で貸与したことが認められ(る。)《証拠判断省略》
右貸金元金七〇〇、〇〇〇円とこれに対する昭和四一年五月一六日から昭和四四年一二月二五日まで(一、三二〇日)日歩九銭の割合による遅延損害金の合計額は一、五三一、六〇〇円となることは計算上明らかであるから、被控訴人の右一、四六七、九七〇円の債権を自働債権とする相殺の主張は理由がある。
したがって、右相殺により、控訴人の清算金債権額は二、五一〇、三四三円から一、四六七、九七〇円を控除した一、〇四二、三七三円となる。
(二) 《証拠省略》によると、宮本隆繁、宮本美佐子らは、昭和四一年五月三〇日ごろ、控訴人に対し、四、九三〇、〇〇〇円を貸与し、同年一〇月一二日、右債権担保のため本件土地、建物に宮本隆繁を権利者とする抵当権設定登記を経由したこと、被控訴人は、同年一一月ごろ、宮本隆繁ら債権者に対し、被控訴人が控訴人に代わって右債務を支払うから右抵当権設定登記を抹消してほしい旨を申入れてその承諾を得、同年一二月一〇日、右登記の抹消登記を受けたこと、その後、被控訴人は、宮本隆繁、宮本美佐子に対し、昭和四六年一二月末日までに五〇〇、〇〇〇円、昭和四八年一二月末日までに一〇〇、〇〇〇円、昭和四九年二月二三日、同年四月二四日、同年六月二九日、同年八月二四日にそれぞれ五〇、〇〇〇円づつ、同年一二月二三日に一二〇、〇〇〇円、以上合計九二〇、〇〇〇円を支払った(被控訴人が宮本隆繁らに対して九二〇、〇〇〇円を支払ったことは当事者間に争いがない。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、被控訴人は、控訴人に対して事務管理費用の償還請求として、右弁済金額の支払を請求しうるものというべきである。
控訴人は、宮本隆繁は被控訴人より後順位の抵当権者であるから、右債務支払について利害関係を有しないもので、右債務支払は控訴人の意思に反するから、被控訴人は右弁済によって求償権を取得しえない旨主張する。
しかし、被控訴人の右債務の支払が控訴人の意思に反するものであることを認めうべき証拠はない。また、宮本の控訴人に対する抵当債権が被控訴人の債権に劣後するものであるからといって被控訴人が民法第四七四条第二項の利害関係のない第三者に該当するということはできず、右認定事実からすると、被控訴人は右債務支払をなすにつき利害関係を有する者であると認めることができる。従って、いずれの理由によっても控訴人の右主張は理由がない。
(三) ところで、被控訴人の控訴人に対する、宮本らに対する弁済による求償債権は、弁済時に発生し、相殺適状になるものであるから、控訴人の請求にかかる清算金および遅延損害金債権は、右求償債権発生時に遡って相殺により対当額について消滅したものというべきである。
そこで次に相殺充当について検討する。
控訴人は、被控訴人に対し、昭和四四年一二月二六日当時一、〇四二、三七三円の清算金債権を有することは前記(一)のとおりであり、右債権は同日履行期が到来したというべきであるから、相殺の受働債権である控訴人の請求にかかる債権は、右清算金元金一、〇四二、三七三円とこれに対する昭和四五年五月二七日以降年五分の割合による遅延損害金債権である。これに対して相殺の自働債権たる求償債権は、右(二)のとおり、昭和四六年一二月末日に五〇〇、〇〇〇円、昭和四八年一二月末日に一〇〇、〇〇〇円、昭和四九年二月二三日、同年四月二四日、同年六月二九日、同年八月二四日に各五〇、〇〇〇円、同年一二月二三日に一二〇、〇〇〇円がそれぞれ発生し、相殺適状となるから、右各日時において順次右受働債権のうちまず遅延損害金、次いで清算金元本に充当されるもので、その充当関係は別紙計算書4(1)ないし(7)記載のとおりであり、清算金元本額は昭和四九年一二月二三日当時二九一、八二二円(円未満切捨)となる。
五 次に被控訴人の消滅時効完成の抗弁について判断する。
原審および当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果を綜合すると、控訴人、被控訴人は、ともに皮革製品等の卸売を業としていたもので、本件代物弁済予約は控訴人が簡易旅館営業のための資金を得る目的でなされたものであることが認められるから、本件清算金債権は商行為によって生じた債権として、これを行使しうる時から五年の経過によって消滅時効が完成するものというべきである。
本件代物弁済予約は、帰属清算型の仮登記担保契約であり、本件土地、建物については昭和四一年一〇月二一日被控訴人への所有権移転登記がなされたことは前判示のとおりである。しかし、帰属清算型の仮登記担保関係は、目的不動産について本登記がなされても、債権者において評価清算をするまでは消滅するものではなく、評価清算時までは債務者も債権全額を弁済して目的不動産を取戻しうるのであるから、右評価清算の時までは清算金債権の成否もその金額も確定せず、これを行使することもできないものといわなければならない。本件においては、昭和四四年一二月二六日の目的不動産の処分時が清算の基準時となるものであることは前判示のとおりであるから、清算金債権は同日発生し、控訴人においてこれを行使しうることとなったものというべきである。したがって右清算金債権の消滅時効の起算日は同日であるところ、同日から五年間経過前の昭和四九年九月三〇日の本件原審口頭弁論期日において控訴人が清算金を請求したことは本件記録上明らかであるから、時効は中断され、未だ完成していないものというほかはない。
更に、被控訴人は、昭和四四年九月三〇日までに生じた本件建物の収益金の返還請求権は時効によって消滅した旨主張するが、本訴請求の目的である清算金債権は同年一二月二六日に発生したものであって、本件建物の収益金はそれぞれその時点における債権の弁済に充当され、清算済となっている。従って、被控訴人の右主張も理由がない。
六 以上の次第で、控訴人は、被控訴人に対し、金二九一、八二二円およびこれに対する相殺による充当後の昭和四九年一二月二四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるが、その余の請求は失当である。
よって、控訴人の請求を棄却した原判決(当審で取下げられた請求に関する部分を除く。)は相当でないからこれを取消して控訴人の請求を右の限度で認容し、その余の請求(当審における拡張部分を含め)を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 坂井芳雄 判事 乾達彦 山本矩夫)
<以下省略>