大阪高等裁判所 昭和50年(ネ)939号 判決 1977年11月29日
控訴人・附帯被控訴人(以下、単に「控訴人」と表示する。) 有光正美
右訴訟代理人弁護士 蒲田豊彦
被控訴人・附帯控訴人(以下、単に「被控訴人」と表示する。) 橘作康
右訴訟代理人弁護士 森昌
主文
一、原判決を取消す。
二、被控訴人の地代確認請求の訴えを却下する。
三、控訴人は被控訴人に対し金三二万二、四五二円を支払え。
四、被控訴人の当審における新請求のうち、その余の部分を棄却する。
五、訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、本件控訴に基づき、「原判決を取消す。被控訴人の地代確認請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴につき、第一次的に、「被控訴人の訴えの変更を許さない。」旨の裁判を、予備的に、被控訴人の新請求棄却の判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を、附帯控訴として、従前の訴えを交換的に変更し、「控訴人は被控訴人に対し金七九万七、六五二円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
《以下事実省略》
理由
一、控訴人が被控訴人から本件土地(大阪市阿倍野区晴明通四番一、宅地四九三・五八平方メートルのうち二四三・三七平方メートル)を普通建物所有の目的で賃借していること、同土地の賃料は、昭和四四年四月以降一ヵ月あたり金一万一、〇四三円であったこと、被控訴人は、昭和四七年四月二七日、控訴人に対し右賃料を月額三万三、二〇〇円とする旨通知したことはいずれも当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、右通知にさきだつ同年三月末日、被控訴人は控訴人に対し、金額を明示しないで同年四月分以降の本件土地賃料を増額したい旨口頭で申入れたことが認められる。そして、右認定のように金額を明示しない申入れであっても、借地法一二条による賃料増額請求の意思表示として有効と解しうるから、被控訴人は、昭和四七年三月末日、同年四月分以降の本件土地賃料につき同請求権を行使したものというべきである。
従って、その増額請求(以下「本件増額請求」という)の当否について検討するに、従前の賃料改訂時である昭和四四年四月から右増額請求時までの間、一般諸物価、とりわけ地価が上昇の一途をたどっていたことは公知の事実であり、《証拠省略》によれば、その間、本件土地に対する公租公課も逐年増徴され、昭和四七年度分は昭和四四年度分の三倍を超えるに至ったことが認められる。してみると、本件土地の従前の賃料は、右のような経済的事情の変動のため、本件増額請求当時、不相当に低額となっていたものであり、同増額請求により右賃料は昭和四七年四月一日以降相当額に改訂されたものというべきである。
二、そこで、以下、本件増額請求に基づき改訂されるべき賃料の額について判断する。
右改訂額については、成立に争いのない甲第一号証(不動産鑑定士補丹羽良作成の鑑定評価書)の鑑定記載および原審鑑定人小野三郎、同真鍋准の各鑑定結果が存在し、それらはいずれも同一の積算方式によるものであるが、主として、同方式に基づく賃料算定のための基礎価額(投下資本相当額)の査定方法ならびにこれに期待利廻りを乗じたいわゆる「純賃料」についての補正方法等が異なるため、それぞれの結論にはかなりのへだたりがあり、その結論と鑑定理由だけからでは、いずれを是とし、いずれを非とすべきかはにわかに決しがたい。ところで、賃料算定の方法としては、右積算方式のほかに、既定賃料額にその後の経済変動率、とりわけ地価の変動率を乗ずるいわゆるスライド方式が往々にして採用されているが、この方式も既定賃料額そのものが当事者双方の力関係その他何らかの不合理な要素に左右されて定められた場合でないかぎり、積算方式同様、賃料算定方法の一つとして一応の合理性を肯定することができる。そして、当事者の合意によって決定された既定賃料は、特段の事情が立証されないかぎり、賃貸借当事者間の個別的、主観的事情を反映した妥当な金額であると推定するのが相当と解されるので、本件についてこの点をみるのに、《証拠省略》によれば、月額一万一、〇四三円の従前の賃料は裁判上の和解により決定されたものであることが認められるところ、この賃料額について前示特段の事情の立証はない。従って、右金額は当事者間の主観的、個別的事情を反映した妥当な金額であったものと推定することができるから、右従前の賃料額を基礎とし、スライド方式に基づき改訂賃料額を試算し、これを勘案することにより前示各鑑定結果(鑑定記載)の当否を検証してみることにする。
1、《証拠省略》によれば、本件土地は行政上住居専用地域に指定されている場所に所在することが認められるところ、日本不動産研究所発表にかかる全国市街地価格指数によると、六大都市中住宅地の指数は、昭和三〇年を一〇〇とした場合、昭和四四年は一、五二五、昭和四七年は二、五〇四である(第二三回日本統計年鑑による)ことが明らかなので、この変動率を従前の賃料額に乗じて改訂賃料額を試算することにするが、一般に土地に対する公租公課の額は地価の変動に正比例するものではないから、右変動率を乗ずる対象からその額を控除し、別個にこれを加算する方法によるのが相当と解されるので、本件土地に対する公租公課の額についてみるのに、《証拠省略》によると、昭和四四年度のそれは年額二万五、三〇〇円程度、昭和四七年度のそれは年額八万三、五〇〇円程度であることが認められる。そこで、これらに基づき改訂賃料額を試算すると、次のとおり月額二万一、六一一円となる。
(算式)
(11,043円-25,300円×1/12)×2,504/1,525+83,500円×1/2=21,611円
2、ところで、総理府統計局発表の物価指数によると、人口五万人以上の都市における地代家賃の指数は、昭和四五年を一〇〇とした場合、昭和四四年が九二・二、昭和四七年が一一七・三であって(前記統計年鑑による)、その上昇率は前示地価の変動率に較べて二分の一にも満たないことが明らかであるが、一般的にみて、地代家賃は諸般の事情のため、経済事情の変動に応じて適宜に改訂されにくい性質があるから、スライド方式による場合であっても、地価変動率に代えて右上昇率を採用する方法は相当といいがたい。しかし、昭和四〇年代における地価の高騰について投機的、思惑的要因の寄与があることは公知の事実というべきところ、右投機的、思惑的要因による地価高騰に伴う不利益のすべてを借地人側に負担させるのは、公平の原則上、相当でないと考えられるので、右地代家賃の上昇率をも斟酌して、前記試算結果に多少の減額補正をした金額をもって、本件増額請求により改訂されるべき適正賃料額と認めるのが相当と解される。
以上のような諸点に照し考えると、本件土地の改訂賃料額を一ヵ月金二万〇、六二二円とする前示小野鑑定は、結論においておおむね妥当であり、右金額算定過程も、結果的にみて、控訴人が主張し、或いは主張しない賃貸借当事者間の個別的、主観的事情および比隣の地代額を斟酌した査定、補正方法として適当と認められるが、これと相違する前示甲第一号証の鑑定記載ならびに真鍋鑑定は採用できず、他にこの判断を不当とすべき事情をうかがうに足りる的確な証拠はない。ただ、右小野鑑定は必要経費として「管理費」を計上し、これを算定金額に含ませているが、建物賃貸借と異り、土地の賃貸借の場合においては、通常、とりたてて管理費を賃料に加算すべき必要性は乏しく、とりわけ、本件土地賃貸借については賃料持参払の約定が存在することが《証拠省略》により認められるから、右必要性はないものと解すべきである。そこで、右管理費に相当する金額を前示鑑定額から控除すると残額はほぼ金二万円となるので、月額二万円を適正賃料の額と認めるのが相当である。従って、本件土地賃料は本件増額請求に基づき昭和四七年四月一日以降一ヵ月につき金二万円に改訂されたものというべきである。
三、被控訴人は、附帯控訴に基づき、訴えの交換的変更を申立てるところ、控訴人はこれに異議を述べているが、被控訴人の従前の旧請求は本件増額請求により改訂された賃料額の確認を求める趣旨のものであり、変更後の新請求は右改訂賃料額に基づく未払賃料の支払を求める趣旨のものであって、両者は請求の基礎を同じくすることが明らかであるうえ、その証拠関係も共通であって、右訴えの変更により著しく訴訟手続を遅滞させる場合にあたらないから、民訴法二三二条一項によってこれを許容するのが相当である。
もっとも、控訴人は右変更に伴う従前の訴えの取下げに同意せず、従って、従前の訴えはなお当審に係属していることになるので、これについて判断するに、被控訴人が昭和五〇年四月一日以降の本件土地賃料につき再度の増額請求をしたことは被控訴人の自認するところであるから、本件増額請求に基づく賃料がいかほどであるかという点はもはや過去の法律関係に帰するに至り、その確認を求める利益は失われたものといわなければならない。してみると、右従前の訴えは不適法として却下を免れないというべきである。
次に、控訴人に対し、昭和四七年四月一日から昭和五〇年三月末日までの本件土地賃料のうち、本件増額請求により改訂された適正賃料額と従前の賃料額との差額の支払を求める被控訴人の新請求は、すでに説示したところから、次のとおり金三二万二、四五二円の限度で理由があるが、その余は失当というほかはない。
(算式)
(20,000円-11,043円)×36=322,452円
四、よって、被控訴人の従前の訴えに基づく旧請求を一部認容し、その余を棄却した原判決は全部不当に帰するに至ったから、民訴法三八六条によりこれを取消したうえ、右訴えを却下し、当審における新請求については、控訴人に対して金三二万二、四五二円の支払を求める限度でこれを認容してその余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 尾方滋)