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大阪高等裁判所 昭和50年(ラ)389号 決定 1976年2月19日

抗告人 沢幸一(仮名)

相手方 山本ヤス子(仮名)

主文

原審判を取り消す。

本件を大阪家庭裁判所岸和田支部に差戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消し、公正なる遺産分割を命ぜられたい。」というにあり、その理由は別紙記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

一件記録によれば、遺産分割の対象たる遺産は、原審判別紙遺産目録記載の一九筆(うち二筆は宅地、三筆は山林で、その余はすべて田と畑で農地である)の土地であることが認められる。そして、原審判は、相手方山本ヤス子に○○市××所在の田三筆を、相手方古賀ヨシテルに×××市△△町所在の山林二筆のほか○○市所在の田一筆の分割を命じていることが明らかである。そして、本件記録によれば、本件の相続人は抗告人と相手方らの三名であり、相手方山本ヤス子は昭和二九年四月二八日夫山本敏夫と婚姻の届出をし、本決定頭書の住所に居住していること、また、相手方古賀ヨシテルは昭和三四年三月三〇日夫勇吉と婚姻の届出をし、本決定頭書の住所に居住していること、そして、抗告人は、実質的に死亡した両親の財産を管理、所有してきており、現在農地は親族の者に作つてもらつているが、子供が成人したらすべて返してもらつて子供らに農業を営ますよう生活設計をたてていること、しかし、本人は現在はプラスチックの工場を経営していることが認められる。

ところで、民法第九〇六条は、遺産分割の際の基準を設定しているわけであるが、そこには二つの理念が働いていると解される。その一つは遺産の分割は共同相続人の間に「公平」に行われなければならないということである。しかも、「その公平」とは、単に算術的に正確に相続分に応じた分配が行われるというのではなく、相続財産とそれを受領すべき相続人との関係をも考慮に入れて「具体的公平」に分割が行われなければならないということである。例えば、現に相続財産中の農地の所在地に住所を有しない者に当該農地(該農地が市街化調整区域内に存する時はなおさらである。)を割り当てる如きは、仮に算術的には公平であつても、通常の場合ならば具体的に不衡平であるということになる場合が起るであろう。この理念から、場合によつては主要な財産を特定の一人の相続人に割り当て、他の共同相続人に対して債務を負担させるというような分割方法も考えられる。そして、家事審判規則第一〇九条は、「家庭裁判所は、特別の事由があると認めるときは、遺産分割の方法として、共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて、現物をもつてする分割に代えることができる。」旨規定しているのである。

今、本件記録を精査するに、本件では、前記特別の事由が存するのではないかと認められる節もないではないので、本件各農地は市街化調整区域内に存するのかどうか、分割を受ける相手方の今後の農地の取扱い状況はどうなるのか、抗告人は果して将来農業を営むのかどうかの点につきなお審理を尽すを要すると思料され、結局、前記規則第一〇九条所定の特別事情の存否の前提たる諸事実の審理、若し、特別事情が存するならば、各相続財産の取引価額の審理、その他民法第九〇六条所定の諸般の事情の調査審理になお欠くる点が存するものといわなければならない。

勿論、家庭裁判所のなす遺産分割の審判は、民法第九〇六条に基づき裁判所の裁量によつてなされるものではあるが、同条の理念は前判示のとおりであつて、審理不尽のため「公平」の理念に欠くる結果を生来するときは、結局失当な審判といわざるをえないわけである。

そこで、原決定には前示の如き点に審理不尽があるので、結局、失当としてこれを取り消し、前示の点についてより審理を尽くしたうえ、これにもとづき適切な審判をなさしめるのが相当であると思料される。従つて、抗告人の本件抗告理由は結局において理由がある。

よつて、原審判は失当としてこれを取り消し、本件を大阪家庭裁判所岸和田支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 北浦憲二 裁判官 弓削孟 光広龍夫)

参考 大阪家裁岸和田支 昭四九(家)八八五号、昭五〇・一〇・二二審判

主文

1 別紙遺産目録(3)、(4)、(5)の物件を申立人山本ヤス子の取得とする。

2 別紙遺産目録(14)、(17)、(18)の物件を申立人古賀ヨシテルの取得とする。

3 別紙遺産目録のうち、(1)、(2)、(6)ないし(13)、(15)、(16)、(19)の各物件を相手方の取得とする。

4 相手方は、別紙遺産目録記載の物件のうち(3)、(4)、(5)、(14)、(17)、(18)の各土地について大阪法務局岸和田支局昭和四六年九月二八日受付、第二〇〇七〇号、第二〇〇六九号、第二〇五八一号、の各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

理由

一 本件申立

申立人らは申立外沢多喜夫の子であり、同人が昭和三六年三月一〇日死亡したのでその遺産についての相続人である。沢多喜夫の妻沢ヨシイは申立人らの母であるが、昭和三六年三月一五日死亡したので申立人らの沢多喜夫の遺産についての上記母の相続分についても申立人らは相続することとなつた。相手方は、申立人らの子であり、亡沢多喜夫及び亡沢ヨシイの相続人である。亡多喜夫、亡ヨシイは、いずれもその死亡に際し何らの遺言もしていないので、その相続人である申立人ら、及び相手方は各三分の一ずつの相続分を有している。しかるに相手方は、別紙目録記載の相続財産を全て自己単独の所有名義にしている。申立人らは相続を放棄したこともないし、遺産分割の協議をしたこともない。よつてここに遺産の分割を求めて本申立に及ぶ。

二 本審判に至るまでの経過

本件記録並びに関連事件である当庁昭和四九年(家イ)第一六号遺産分割申立事件の記録によれば、次の事情が認められる。

申立人ら及び相手方の父申立外沢多喜夫は昭和三六年三月一〇日に、母申立外沢ヨシイは、同年同月一五日に相次いで死亡し、申立人ら及び相手方の三人がその実子として沢多喜夫の遺産を相続した。沢多喜夫の遺産の範囲は別紙遺産目録記載のとおりである。

昭和四三年相手方はプラスチックの工場を作るからといつて、亡沢多喜夫名義の遺産のうち二筆に限つて相手方名義にするよう申立人らに依頼し、申立外秋山国男がこの接渉に当つた。申立人らはこの申出を当初拒否したが、結局三筆の田地の名義換えを承諾したが、その際「田畠等を売つた場合、必ずその金額を分配する」旨の誓約書(昭四三・九・二〇付)を相手方は書いた。さらに昭和四六年相手方より「遺産のうち相続人以外の者との共有山林について分割登記したい」といわれ、申立人らは、当該山林に限るという趣旨でこれを承諾し、申立人らは、印鑑証明を相手方に交付した。その際、相手方は「相続財産を売つた場合、その状態に応じて金額を分配する」旨の誓約書(昭四六・九・二〇付)を書いた。ところが、昭和四六年九月二八日相手方は、本件遺産目録の全土地につき単独で昭和三六年三月一〇日相続を原因とする所有権移転登記をしてしまつた。昭和四八年九月、申立人らは始めてこれに気付き、相手方に抗議をし、その後親族会議などをして種々交渉したが、結局話し合いがつかず、申立人らは昭和四九年一月二三日当裁判所に対し遺産分割の調停申立をした(当庁昭和四九年(家イ)第一六号事件)。

同調停は五回に亘つて続けられたが、結局話し合いがつかず、申立人らは昭和四九年八月一四日一旦これを取下げた。そして昭和四九年一〇月二九日当裁判所に遺産分割の審判申立(昭和四九年(家)第八八五号)をなし、当裁判所は、調査の結果、一旦は調停による解決可能と判断して調停に付し(昭和五〇年(家イ)第一七八号)たものの結局合意による解決には至らず、本審判に至つたものである。

以上の経過に照らせば、相続人である申立人らと相手方の間で、相続財産についての分割協議がされることがないままで相手方が単独で本件遺産につき自己所有名義に所有権移転登記をしたものであることが明らかである。

三 遺産の分割

本件遺産は別紙遺産目録のとおりであり、相続人の範囲が申立人らと相手方の三人であつて夫々の相続分が各三分の一宛であることは明らかである。

本件調停ならびに審判の全手続を通じ、申立人山本ヤス子は、本件遺産目録のうち(3)、(4)、(5)の各物件の取得を望み、申立人古賀ヨシテルは(14)、(17)、(18)の各物件の取得を要求した。いずれも法定相続分の三分の一を大幅に下回るが、長男である相手方の立場を考慮しその程度の取得でもよいとする意向であつた。相手方は、各申立人に対し、それぞれ田地一枚位なら与えるがそれ以上は譲歩できないと主張し、並行線を辿つたものである。

ところで、不動産である遺産の分割に際しては、通常は夫々の物件の厳密なる価額評価をなし、各法定相続分を基準として能うかぎり均等なる配分を図るのが最も妥当であることはいうまでもないが、当事者が費用負担等の関係からか必ずしもそれを望まず、特に申立人らが相続分を大幅に下回る場合でもそれを了承している様な場合には、現在の農家相続の実情に鑑みそれら当事者の意向を尊重することは勿論、その夫々が取得したいと望む不動産が、他の当事者の取得することとなる物件と、その評価等の点で格段の差異の認められない様な場合には、それら当事者の意向を尊重した現実的な遺産分割を行うべきであろう。調査の結果によると申立人らは、いずれも相手方の姉であるところ、中学を卒業して後、他家へ嫁したものであつて、現在の農家における相続の在り様からいつてその述べるところにはそれなりの合理的根拠がある。まして本件の場合は、不動産取引を目的とするものではなく、単に相続人間の均衡を図つてその分割をなすところにその主眼があるのであるから、各物件の固定資産税課税台帳における評価額を基準として比較検討することを以て足りる場合に該当する。

ところで本件記録によると、申立人山本ヤス子が取得したいと望むところの(3)、(4)、(5)の各物件の評価額は、

(3)の物件 三万六三五七円

(4)の物件 七万六二〇二円

(5)の物件 六万四七〇九円

であつて、総合計一七万七二六八円であり、申立人古賀ヨシテルが望む(14)、(17)、(18)の各物件の評価額は、

(14)の物件 一六万三一〇一円

(17)の物件 四五〇〇円

(18)の物件 一万七五〇〇円

であつて、総合計一八万五一〇一円である。

そして(1)ないし(19)の本件全遺産の評価額の総合計は四六四万三一五〇円であつて、申立人らの夫々の取得する物件の評価額の合計は、法定相続分の三分の一を大幅に下回ることが明らかである。

そうだとすれば、申立人らがその最大限として望むところの各物件の取得を全て認めたところで全遺産の中で占める割合は極く少量というほかはなく相手方に格段の不利益を与えるものではない(なお、相手方が本件調停ならびに調査の過程で述べるところは均分相続制を採用する現行民法の根幹を否定する素朴な言辞に過ぎないものであつて当裁判所の採るところではない)。

そうすると、結局、申立人らの希望を全て認め、その他の全遺産を相手方の全部取得することとして本件遺産を分割することが、本件において最も当事者双方の意向にも合致し、結果として現在の農家相続の実状にも即応するものということができる。

四 結論

以上の理由で申立人ら及び相手方に夫々主文のとおりに本件遺産を分割することとするが、申立人ら取得の本件遺産目録(3)、(4)、(5)、(14)、(17)、(18)の各物件については申立人らが相続開始と同時にそれら各物件を夫々取得したこととなるのにもかかわらず、既に相手方によつて昭和四六年九月二八日に、昭和三六年三月一〇日相続を原因とする各所有権移転登記がなされているのであるから、それら所有権移転登記はいずれも実体関係を伴わない無効のものといわざるをえず、相手方に対しそれら登記の抹消登記手続をなすべき旨を定めるのが相当である。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 秋山賢三)

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