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大阪高等裁判所 昭和51年(う)1250号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本判決は、いわゆる大阪釜ケ崎の日雇労働者が警備中の警察官の腹部を左手拳で二回殴つたという公務執行妨害事件について、背後から押されるなどで前のめりになつた際に誤つて被告人の手が警察官の腹部に当つたとみるのが真相に近いと判断した一審判決を覆して有罪を言渡したものである。この種事件の事実認定上参考になると思われる。

【判旨】

二ところで、原審においては、原審証人の西里巡査部長が公訴事実に副う供述をしているほか、被告人藪田弘の犯行を目撃したとする原審証人難波順之助、同村田和人、同水岡龍司の各証言、並びに西里証言を補強する内容の同棚次久男の証言等が存するのであるが、原判決は、右各証言を措信しない理由をあげすべてこれらを排斥し、原審証人竹田保、被告人両名の各供述を措信しているので、記録と当審における事実取調の結果に基づき、以下に逐次その当否について検討する。

(一) 西里晃の証言について

原審証人西里晃は、被告人藪田弘から暴行を受けた状況について、「(前記のようにロープをはさんで警察官が西成分会員らと対峙中)分会員の後方から一人の男(被告人藪田)が現われ、半ば右半身の格好で金網に体をつけるような体勢になり、自分のやや左斜前でほぼ正対する位置から、ロープの間こしに左手拳で連続二回腹部(鳩尾の辺り)を殴られた。」旨、公訴事実にそう供述をしている。

右証言内容に徴し明らかなように、西里証言の正確性が問われているのは、同人とほぼ正対する至近距離(前記のとおり約三、四〇センチメートル)から受けた自己の暴行被害事実に関する目撃内容であり、かような証言事項の単純性、並びに被害者である西里巡査部長が右加害行為を直接且つ全面的に現認把握可能な態勢及び位置関係にあつた事実等にかんがみ、被害状況に関する同人の証言内容は、とくに誤認を生じさせるような事情が介在するか或は故意に事実を歪曲して供述する等の特別な事情が存しない限り、通常措信すべき性質のものと考えられるから、かかる事由が存しないのに該証言が措信できないとして排斥することは、証拠の取捨選択を誤り、採証法則に違反したものといわねばならない。

かかる観念から、原判決が西里証言を排斥する理由として指摘する諸点を逐一検討してみるのに、これら事由を総合考慮してみても、西里証言の信用性を否定する根拠とするには甚だ薄弱である。以下に分説する。

(1) 先ず、西里巡査部長は、腹部に打撃を受けたのち犯人を推測したのではなく、その左斜前方約一メートルくらいの地点に被告人藪田弘が現われたのに気付き、以後暴行を受けるまでの間同被告人から注意をそらしておらず、且つ同巡査部長と同被告人との間には犯行状況の現認を妨げる障害物は何も存在しなかつたから、他人の行為と本件被害事実とを誤認混同するような事情はなかつたものである。更に、被害事実は手拳で二回腹部を殴打されたという内容であるが、故意に殴る動作と、物のはずみで前のめりになり誤つて相手の腹部に手を当てた動作とは、とくに西里巡査部長のように予め相手の動作に注意していた者であれば、行為者の外形的動作如何により容易に判別可能であるうえ、本件の場合、一回というのでなく連続二回の打撃であり右判別は一段と容易であるから、いかに事件発生時に現場が前記のごとき混乱した状況下にあつたとはいえ、原判決がいうような、「……被告人藪田の手の動きの細かい点について充分且つ冷静に現認することが可能であつたか否かはなはだ疑問である。」との結論に至るような性質、種類の事柄ではない。

(2) 原判決は、西里巡査部長が原審第四回公判において、殴られたという際の痛みや衝撃につき、当初検察官の主尋問に対し、「(鳩尾を二回手拳で殴られた際)かなりの衝撃を受けて帽子が飛びかかり、腹部を一寸押えて前かがみの様な格好になつたが、その時はかなり緊張していたので痛みは感じなかつた。」旨証言したが、弁護人の反対尋問に対し、「痛みを感じなかつたといつても、身体に触れられたのだから感じないことはない。痛いといつてうずくまるほどの痛みがなかつたということである。」旨証言し、原審第一八回公判においては、「痛みはあつた。前に痛みがなかつたといつたのは、うずくまるほどの痛みはなかつたということである。」旨証言している個所等をあげ、ささいな衝撃にも苦痛を覚える鳩尾に大きな打撃があつたといいながら痛みは感じなかつたという納得し難い供述をしているし、他方痛みについての供述にも変更がある等々の点を指摘したうえ、「警備に従事中に暴行を受けてその公務の執行を妨害されたと主張している警察官にとり最も強く印象にのこる筈の暴行を受けた際の「痛み」や「衝撃」など極めて重要で核心にわたる事項についての供述が変転し矛盾があり、一貫性を欠いていることには極めて奇異の感を禁じえない。」とする。

しかし、原判決が指摘する証言部分を、質問と応答との関係、質問内容の如何、或は尋問経過等に照らしてみるとき、その間に表現の差異があると受けとれる個所が存するにしても、原判決がいうような供述内容の変転や矛盾が存在するとは認め難い。たしかに、痛みを感じたかどうかという結論部分だけを問題にすれば、最初の証言とその後の証言との間に差異がないとはいえないけれども、「かなりの衝撃があつたが、その時は緊張していたので痛みは感じなかつた。」という場合、その真意が文字どおり「全く痛みはなかつた。」という意味であるのか、それとも「それほど痛みはなかつた。」という意味であるのかは必ずしも明白でなく、後者を意味する場合も少なくないのであるから、当初の証言は、当審において証人西里自身舌足らずというように、言葉不足であることは否定できないが、矛盾する供述をしたときめつけるほどの差異とはいえない。つまり、打撃や痛みの大きさ、程度というものは、これを受ける当人が主観的・感覚的に把握するものであつて、当人の側の心身の状態、とくに緊張度や事態に対する予知・予想、「構え」の有無等により左右されるから、打撃の強さと痛みの大きさ、程度につき一見相反する説明がなされても、別段異とするに足りない場合が多いし、しかも瞬間的な打撃や痛み等について後日事細かな説明を与えること自体が困難であるうえ、言葉の選択や言い回わしの点で意外に微妙で難しい表現上の側面があり、これがため説明の前後のつながりにあやふやと受けとれるような表現が混在してくることも、或る程度止むをえないといわねばならぬからである。

そもそも、暴行の有無自体が主たる問題である場合に、痛みの強さ等について事細かに尋問すること自体が疑問であり、暴行の強さについても、痛みなどの主観的な感覚如何をしさいに追及することによつてでなく、加害行為の手段・方法、回数、被害の部位など外形的・客観的側面を中心にして検討するのが妥当な方法であり、社会通念にも合致する結論に到達し易いものである。

この点に関する原判決の批判は、当らない。

(3) 次に、原判決は、右利きと認められる被告人が利き腕でない左手で連続二回殴つてきたという内容の西里証言は、「故意に攻撃を加える意図を有する者がとる体勢としては、極めて不自然である」というが、被告人は他の分会員より遅れて西里巡査部長の左斜前の金網付近に現われるや、半ば右半身になり金網に体をつける感じの態勢をとるとすぐ左腕を突き出すようにして連続二回殴打したのであつて、その際右腕は金網に妨げられて使用できない状態にあつたのであるから、仮に被告人が右利きであつたとしても、別段不自然さはなく、要するに当時における西成分会員らと警官隊との対峙状況やその場に被告人が入り込んだ位置、金網の存在など現場の具体的状況との関係で、被告人が右のような姿勢をとつたまでのことであると認められ、この点に関する西里証言に疑問とすべきところはない。

(4) 更に、原判決は、「故意に暴行を加えた者であれば、暴行の直後或は逮捕する旨告げられた際、瞬時に踵を返してその場を逃げ出すか、居直る態度に出るのが通常であると思われるのに、西里証人は、『被告人藪田に逮捕する旨告げたとき、同人は私の方をみながら二、三歩あとずさりし、それから反転して走つて逃げはじめた』と証言しており、このような被告人の動作は故意に暴行を加えた者の動作として不自然である。」という。なるほど、暴行の常習者や逮捕を予期して犯行に出た者等にあつては、多くの場合原判決指摘のような行動に出ることが予想されようが、本件の場合のごとく、自己の仲間が警官隊と小競合いをするなど喧騒混乱する現場に加わつた者が周囲の混乱に同調しさしたる罪の意識もなく警察官に乱暴したところ、いきなり逮捕と告げられたような場合には、逮捕といわれて始めて自分の行き過ぎに気付き一瞬狼狽してその場にたじろぐ等といつた事態になることが少なくないのであつて、被告人藪田弘の本件犯行も、多分に群集心理に支配されその場の混乱に同調した類いの行為と認められるから、同被告人が暴行直後には逃げ出さず、逮捕する旨告げられて二、三歩あとずさりしそれから反転逃走したというのは、むしろ自然な動作といえるのである。これを不自然とする原判決の批難は当らない。

なお、西里証人は、当審において、原審証言中の言葉不足の点を率直に認めて釈明し、本件各公訴事実について臨場感に溢れる具体的な供述をしている。

右に検討したとおり西里証言は十分措信できるものと認められるから、この点に関する原判決の証拠判断は失当といわざるをえない。

(二) 難波順之助の証言について

原審証人難波順之助は、被告人藪田弘が西里巡査部長の腹部を左手拳で二回連続して殴るのを同被告人の右斜め後方二、三メートルのところから現認した旨証言しているところ、原判決は、右証言につき、難波と右被告人との間には二重、三重に人垣があつたため、被告人の左手が被害者の腹部に当たつたかどうかなど手の動きの細かい点について目撃しえたかどうか疑問である、当時の混乱した現場の状況から他の分会員の手が被害者の身体に当つたのを被告人の行為と思い違いをした疑いがある、としてこれを排斥した。

しかしながら、難波警備課長は、本件現場警備の責任者として警官隊と対峙する西成分会員の右斜後方約三メートル位の位置(歩道上)にあつて、その動向を全般的に観察しながら指揮に当つていた際同被告人の暴行を目撃したのであり、目撃位置が同被告人の右斜後方であつたため、左側方まで見えなかつたものの、同被告人との間には現認を妨げる障害物はなく(この点、原判決がいうような二重、三重の人垣があつたという事実はない)、約三メートルという至近距離からの目撃であり、且つ同警備課長が御堂筋方向から一人で車道を走つてくる同被告人を認め何をするのかと注意していた矢先、その眼前で同人が暴行に及んだのを目撃したという現認状況等に徴すると、原判決指摘の現場の混乱等の事情を十分考慮に入れても、他人の行為を同被告人の行為と見誤つたとは認め難い。しかして、難波警備課長は、当審において、同被告人が西里巡査部長を殴打すべく左手を前に突き出した際その手拳部分は勿論それが同人の腹部に当る状況も現認しうる位置関係にあり、現にそれを現認した旨原審証言を更に細部にわたり補足する内容の供述をしている。

難波証言を排斥した原判決の判断は、失当である。

(三) 村田和人の証言について

原審証人村田和人は、検察官の主尋問に対しては、ほぼ一貫して「被告人藪田弘が中里巡査部長の腹部を手で突くのを一回みた。」との供述を維持し、右殴打行為の一部始終を全体的に目撃したと受取れる内容を述べていたが、弁護人の反対尋問の際には、「殴り始め(腕の振り始め)の動作はみていない。手が腹に当つているのを見ただけである。」と答えている。これを一見すると、前後で趣旨を異にする証言をしているようにもみられるが、しかしこれらの供述の前後を通観すると、同証人は、先ず、暴行行為自体に関しては、同被告人の手が西里巡査部長の腹部に当つた時点の状態を目撃したにとどまる旨を供述すると共に、他方、同巡査部長が右と同時に「公妨だ」と叫び逮捕行為に移つたこと等瞬間的な四囲の状況から判断し、即座に同人の腹部を同被告人が手で突いて暴行した旨判断したという趣旨内容を述べていることが明らかである。つまり同証言では、直接の目撃状況と、これを基礎にした推測判断との両者が含まれているのであるが、この両者が明確に区別されずに尋問がなされる等した結果両者が混在し、これが一見趣旨を異にする証言がされたとの印象を与える原因となつたものであり、同証言が前後矛盾し異なる趣旨内容を含むものではないのである。(なお原判決は村田証言を排斥した理由の一つとして、同証人に対する検察官の尋問に、「強引とも思われるほどの誘導尋問」にわたる点があつたともいうのであるが、その間の尋問経過をみると、同証人の証言中に不明確な個所があつたためその趣旨を明確にし確認するためになした尋問であると認められるから、強引な誘導尋問というのは当らない。)

かように、村田証言は措信すべきものと考えられるが、勿論同証人は同被告人の手が西里巡査部長の腹部に当つていたのを目撃したに止まるから、そのことだけから直ちに同被告人が同人の腹部を殴打したと認定するのは即断に過ぎるといえようが、同証人は西里巡査部長のすぐ右横に並んで阻止線を張つていたもので、被害発生場所の直近にあつた者として、目撃事実に基づいてした前記の「同被告人が西里巡査部長の腹部を手で突いた」旨の推測判断は、西里証言を裏付ける重要な一資料たる価値を有するものと認められる。

なお、村田巡査は、当審において目撃部分と推測部分とを明確に区分し、かつ目撃部分を補足して推測判断の根拠を明示している。

村田証言を措信できないとした原判決の判断は、失当である。

ところで、原審証人棚次久男は原判決指摘のとおり、被告人藪田の犯行状況を全く目撃していないけれど、棚次証言を記録と当審における事実取調の結果ことに当審証人西里晃に照らし考察すると、西里巡査部長の右横に一人を置いた位置で警備していた棚次巡査は、被告人藪田弘の犯行直後の西里巡査部長と同被告人の各挙動を目撃し、次いで右西里の同被告人に対する現行犯人逮捕行為に協力しその間に被告人井上勉による公訴事実第二の暴行を受けたことについては直接自己の経験した事実を供述しているものと認められ、被告人藪田弘の犯行状況についてはその直後の情況についての証拠となつているから、棚次証言を公訴第一の証左とならないとした原判決の見解は首肯しがたい。

(四) 証人竹田保の証言及び被告人両名の各供述等について原判決は、証人竹田保の証言や被告人井上勉の供述は措信しうるとして、「当時の本件現場の喧噪、混乱状況にかんがみると、右証人竹田や被告人井上がそれぞれ供述しているように身体を押されたり前のめりになるようなことはおこりがちなことであるうえ、証人竹田の前記目撃位置(被告人藪田のすぐ左後方にいたことを指す)にもかんがみ同証人の右の供述に限つては虚偽性をうかがうべき由もなく、被告人井上は本件現場における西成分会の責任者として、分会員らが警察の挑発にのることがないように配慮し、四囲の状況に注意を払つていたというのであるから、同被告人の右供述にも信を措きうるものである……」等と説示しているので、以下に検討する。

先ず、竹田証人は総評大阪地域合同労組執行委員長の立場にあり、本件当日は西成分会員を支援するため本件現場に来ていたものであるところ、同人は、その証言の核心部分である事件の目撃状況について、概略、「自分は(前記分会員らの列の)二列目にいたのだが、御堂筋方向から二、三人の男が一緒に走つてきて、その先頭にいた被告人藪田が分会員の列に割り込んでロープの前まででていき、右手で金網をつかみ左手でロープを持ちのぞき込んだが、そのとき後から走つてきた二人が同被告人の背中に当たりもたれかかつたため、同被告人は前のめりになつた。」「(同被告人は)よろめいて、ロープを持つた方の左手が前にでたが、(前にいる警察官に)当るのはみていない。腕は伸びていないので、当つてもかする程度と思う。」旨証言し、また、「自分は前から二列目で同被告人の斜うしろの位置にいて目撃したのだが、前列の分会員らは全員ロープを持つてかがみ込んでいる状態だつたので、同被告人の手の様子もよくみえた。」旨供述しているが、右証言内容は、記録と当審における事実取調の結果により認められる事実関係と著しくそごし矛盾するだけでなく、被告人両名の供述とも食い違つていて、到底措信し難いものである。すなわち、被告人藪田弘は、捜査段階及び原審公判廷において一貫して、西成分会員らの列には自分一人で割つて入つたと述べていて、他の者と一緒に入つたとはいつていないし、また、ロープを両手でつかみ中央部をのぞこうとした際、ロープが若干動いたようだとは述べているが、その際うしろから他の分会員に押されたとも、或は押されて前にのめつたなどとは全く供述していないところであり、更に、事件発生時に前列の分会員らがロープを持つてかがみ込んでいたとの証言部分についてみても、かかる状態を認めさせるような証拠は、同証言を除いては他には皆無なのである。

次に、被告人井上勉は、「当時分会員らの最前列にいて、ロープ越しに警察官と対峙していたところ、一寸右肩を押されるような感じがあつたので、そちらをみると、一番右端の最前列にいた労働者(被告人藪田)が上半身をかしいだ恰好で前のめりになつているのがちらりと見えたが、それ以上特別なこともなかつたのですぐに正面を向き直つたとき、右側の方で『逮捕や』という声がきこえた。」旨供述している。要するに、自分がうしろから押される感じがしたのでみると、被告人藪田弘が前のめりの姿勢になつたのが見えた旨を述べるものであり、これによつて、事件発生時には前列の者が背後から押されるような状況が存したこと及びこれが原因で同被告人も前のめりになつたのであろうということ、この両者を言外に含めた趣旨で供述したものと考えられるが、しかしながら、被告人藪田弘につきかかる状況が現実には存しなかつたことは、前記竹田証言に関し説示したとおりであるから、被告人井上勉の右犯行目撃状況等に関する供述部分は措信できないものである、当審における同被告人の供述によつても右結論を左右しえない。

被告人藪田弘は、捜査段階及び原審公判審理を通じ終始西里巡査部長の腹部を殴打した事実を否認しており、先ず、当日本件現場に来た経過につき、「当日自分は西成分会から支給された弁当をたべたあと、本件現場近くの御堂筋に面した道路脇の花壇の傍で休息していたところ、午後一時すぎごろ、このビルの南方でもめているという声がきこえ、何事かと思い足速やに本件現場に来たところ、警察官と一団となつている十数名の労働者がロープをはさんで対峙している状態だつた。」旨、そして犯行時の状況については、「自分はもめている状況がよくわからなかつたので、人垣を分け金網のフエンスの右端(東側)に副つて前に出て、見易いと思い両手でロープをつかんで中央部分(左方)をみたが、特に何事もないようだつた。ロープをにぎつたとき多少力が入り、ロープがのびてゆれ五ないし一〇センチメートルほど動いたが、相手には当つていないと思う。かりにその警察官に自分の手が当つたとしても何かのはずみで当つたものだと思う。」という趣旨の供述をし、さらに「『逮捕や』という声がきこえ、顔をあげて前をみると警察官がぼくの方を向いていたので、一瞬ぼくを逮捕しようとしているんだと感じたが、相手にふれてもいないのに何故逮捕するのかと思い、一瞬あとずさりをした。」旨供述するのであるが、右犯行時に関する供述部分は、前記の措信すべき西里晃、難波順之助らの各目撃証言等関係証拠に照らし、到底措信できないものである。

(矢島好信 山本久巳 久米喜三郎)

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