大阪高等裁判所 昭和51年(う)1505号 判決 1977年11月15日
主文
本件各控訴を棄却する。
被告人三名に対し、当審における未決勾留日数中各三三〇日をそれぞれの原判決の刑に算入する。
当審における訴訟費用中、証人町田寛雄に支給した分は被告人榎英充、同下崎節夫の連帯負担とし、国選弁護人黒田宏二に支給した分は被告人辻廣和の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、被告人榎につき弁護人加藤充、同寺沢達夫共同作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(ただし、事実誤認の主張のうち松本誉一郎に対する恐喝の点は、当公判廷において撤回する旨陳述)、被告人下崎につき弁護人新原一世作成の控訴趣意書、被告人辻につき弁護人佐々木哲蔵作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。
第一、被告人榎の弁護人加藤充、同寺沢達夫の控訴趣意について
一、控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、被告人榎に対する原判決中、原判示第一(二)のうちの鄭容洙に対する拐取者みのしろ金取得についての事実の認定には、次のような事実の誤認がある。すなわち、
(1) 被告人榎は、鄭容洙に対する拐取者みのしろ金取得につき共謀した事実はない。しかるに、当初みのしろ金取得の目的を持たなかった被告人榎が、途中からみのしろ金取得の目的を持つに至った共犯者に架電した際、他の共犯者とともに鄭容球の安否を憂慮する鄭容洙の憂慮に乗じて同人から財物を交付させることを共謀したと認定し
(2) 額面金一、〇〇〇万円の小切手一通は、鄭容球が直接信用組合大阪商銀今里支店長(以下大阪商銀という)に架電して振出させたものであるから鄭容球の所有に属し、鄭容洙はそれを運んだだけのものであるのに、「鄭容洙をしてその所有にかかる現金九九〇万円及び額面金一、〇〇〇万円の小切手一通を準備させた」旨認定した
原判決には、いずれも事実の誤認がある、というのである。
よって記録を精査し、原判決挙示の関係各証拠及び当審における事実取調の結果を仔細に検討して順次判断する。
(1) まず共謀の点について審究すると被告人榎らは鄭容球を姫路市内の県営住宅の一戸に略取して金員を要求した際、鄭容球が五〇〇万円を出すことができるが、五、〇〇〇万円もの金はないから出せないと言うと、被告人榎が兄弟にでも作らせたらよいではないかと言っていること、被告人榎と姜炯一が取りあえず原判示のとおりの経過で松本誉一郎から現金三〇〇万円と額面金二〇〇万円の小切手一通を受け取るために大阪へ行くが、あとのことについては、略取現場に残った被告人下崎、山口らに電話連絡することにしたこと、そのあと被告人下崎、山口らの強硬な要求によって鄭容球が実弟鄭容洙及び大阪商銀に架電して交渉した結果、鄭容洙がその所有の現金九九〇万円と鄭容球のため大阪商銀が振出した額面金一、〇〇〇万円の小切手一通を松本を介して被告人榎に渡すことになり、被告人榎が大阪市内から山口に電話連絡した際、同人から総額金二、三三〇万円を松本からもらって来い、その中に鄭容洙が持って来る現金も含まれている旨を聞いており、また、その電話のあと被告人榎に同行した姜が同被告人から鄭容洙が金を作ったらしいと言うことを聞いていること、その後被告人榎が松本に電話した際、同人から鄭容洙が一、〇〇〇万円持って来るがどうしたらよいのかと聞かれて、一人で出て来いと答えていることなどが認められ、これらの事実を総合して考えてみると、被告人榎は原判示のとおり、被告人下崎、姜、山口及び山本とともに被拐取者鄭容球の安否を憂慮する鄭容洙の憂慮に乗じて同人から財物を交付させることを共謀した事実が認められるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。
(2) 次に小切手の点について審究すると鄭容洙が松本を介して被告人榎に交付した額面金一、〇〇〇万円の小切手一通は、所論のとおり鄭容球の依頼によって大阪商銀が振出したのではあるが、一方、容鄭球の依頼により鄭容洙が大阪商銀に赴いて右小切手を受け取るに際し、同商銀の求めにより、右小切手と同額の約束手形に振出人鄭容球、連帯保証人鄭容洙と記載し、その各名下に鄭容洙の印鑑をそれぞれ押捺して約束手形一通を作成し、それを担保として差入れたうえ右小切手を受け取り所持し、それを松本を介して被告人榎に交付したことが認められるのであって、単に右小切手を運んだだけのものではない。ところで刑法二二五条ノ二第二項にいう「其財物を交付せしめ」とは憂慮する者の所持・管理する財物をその者から交付せしめることで足り、憂慮する者の所有に属することまでは必要でないと解するのが相当である。してみれば「その所持にかかる」とすべきところを「その所有にかかる」と認定した原判決には事実の誤認があるが、その誤りは判決に影響を及ぼすほどの事実誤認とはいうことができない。
その他記録を精査するも、原判決には所論のような事実の誤認は、認められない。論旨は理由がない。
二、控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は原判決の刑は重過ぎるというのである。
所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して案ずるに、原判示第一(一)(二)の各犯行の発端は、被告人榎がいわゆるB帳簿を種に鄭容球から大金を喝取しようと企てたことからであり、同被告人が主謀者であること、(一)の鄭容球の営利の目的で略取した所為は、被告人榎が中心となってその実行に先立ち各自の役割を決め、犯行に使用する道具として改造拳銃、模造刀剣、手錠、ガムテープ、ロープ、布団袋等を準備し、被告人下崎に略取する場所を手配さすなど、周到な計画のもとに進められたものであり、また、犯行自体は深夜、帰宅途中の鄭容球を東大阪市内の同人宅の付近の路上から自動車に乗せて拉致し、右改造拳銃、模造刀剣等の道具を用いて脅迫を加えながら、かねて手配していた姫路市内の県営住宅の一戸に営利の目的で略取したものであり、被告人榎は姫路に向う途中の路上で待機していて右犯行に合流したものであって、その罪質、態様ともにまことに悪質であるというべきであり、また、(二)の松本に対する恐喝及び鄭容洙に対する拐取者みのしろ金取得の各所為は略取された鄭容球の生命・身体に危害を加えられるのではないかと畏怖した者、あるいは、同人の安否を憂慮する者から多額の現金及び小切手を被告人榎自らに交付させたものであって、その罪質態様は悪質であり、かつ、分前として現金四〇〇万円を受取って費消してしまったこと、原判示第二の所為は、鄭容洙から盗難保険金詐欺の手段としてゲーム機械の窃取方を依頼されて承諾し、自らも姜炯一及び辻廣和を誘い入れてゲーム機械一二台を運び出し、その結果鄭容洙において盗難保険金名下に保険会社から額面金八四〇万円の小切手一通の交付を受けて騙取したこと、被告人榎は右搬出したゲーム機械を売却した代金二七二万円を右姜、辻らとともに遊興費等に使ったことなど、その罪質、態様は悪質であること、出資の受入、預り金及び金利等の取締に関する法律違反の罪により罰金一〇万円に処せられた前科があること、などに徴すると、昭和四三年五月ごろから鄭容球、その弟鄭容洙、鄭容球の兄鄭容謹がそれぞれ独立して経営しているパチンコ店に順次勤務し、店を移るたびに店員から主任、主任から店長になったもので、鄭容謹の経営するパチンコ店アロー会館の店長を解雇される数ヵ月前までは真面目に勤務していたこと、被告人榎が鄭容謹から解雇された際、その弟鄭容球の経営するパチンコ店の事務員として勤めていた今田巌が同被告人の義父というだけで何の落度もないのに解雇されたこと、保険金詐欺事件の主犯ではないこと、悔悟していること、罰金刑一回以外に前科がないこと、その他所論の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の刑(懲役五年)は重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
第二、被告人下崎節夫の弁護人新原一世の控訴趣意について
一、控訴趣意中、事実誤認の主張について
(一) 控訴趣意中、原判示第一(二)のうちの鄭容洙に対する拐取者みのしろ金取得について
論旨は要するに
(1) 被告人らはあくまで鄭容球から同人の金を取ることが唯一の目的であって、同人の弟鄭容洙からみのしろ金を取る犯意は全くなかったものであるのに、被告人ら五名の者が共謀のうえ、鄭容球の安否を憂慮する鄭容洙からその憂慮に乗じて財物を交付さす犯意を生じこれを実行したと認定し
(2) 本件の現金九九〇万円は鄭容球が鄭容洙から借り受けたものであり、また、額面金一、〇〇〇万円の小切手一通も鄭容球が自ら電話して大阪商銀から借り入れたものであって、これらの財物はいずれも鄭容球の所有に属するものであるのに、鄭容洙の所有であると認定した。
原判決にはいずれも事実誤認があるというのである。
そこで記録を精査し、原判決挙示の関係各証拠及び当審における事実取調の結果を検討して次のとおり判断する。
(1) さきに被告人榎関係の事実誤認の主張に対する判断のところで触れたように、被告人下崎、山口らは当初鄭容球の金を取るつもりであったが、同人が自分だけでは現金三〇〇万円と額面金二〇〇万円の小切手一通しか出来ないということから、原判示経緯のもと被告人榎及び姜が大阪へ向った後、鄭容球に対し、その実弟鄭容洙及び大阪商銀に電話をかけさせて現金九九〇万円及び額面金一、〇〇〇万円の小切手一通を準備させ、大阪から電話連絡して来た被告人榎及び姜と五人共謀のうえ鄭容球の安否を憂慮する鄭容洙から右財物を松本を介して被告人榎をして受取らしめたことが認められるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
(2) 次に、額面金一、〇〇〇万円の小切手一通については、さきに被告人榎の関係のところで判示したとおり、原判決は、鄭容洙をして「その所持にかかる」とすべきところを、「その所有にかかる」と事実を誤認しているが、その誤りは判決に影響を及ぼすほどの事実の誤認ではない。また、現金九九〇万円については、鄭容洙が鄭容球から、「さらわれたんや、どないかして一、〇〇〇万円作ってくれ」と懇願されたため実兄の安否を憂慮して承諾し、自分の店の現金や銀行から払い戻しを受けた現金などをかき集めたもので、同人の所有に属するものであることが明らかであり、兄鄭容球の安否を憂慮する鄭容洙がその所有にかかる現金九九〇万円を松本を介して被告人榎に交付したことが認められるから、原判決には所論のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。
(二) 控訴趣意中、原判示第一(二)のうちの松本誉一郎に対する恐喝について
論旨は、恐喝罪が成立するためには、財物を交付する者にその財物を交付するか否かにつき自由裁量があることを要するところ、本件は常務取締役である松本が社長である鄭容球の指図命令に従って現金一四〇万円と額面金二〇〇万円の小切手一通を被告人榎らに渡したものであって、松本には右財物を被告人榎らに渡すか否かにつき、自由裁量がなかったものである。しかるに原判決は、畏怖した松本から現金一四〇万円及び額面金二〇〇万円の小切手一通を喝取したと認定したのは事実を誤認したものであり、右は判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。
よって案ずるに、原判決挙示の関係各証拠によれば、松本は鄭容球に対し多年社長の片腕たる常務取締役と社長という親密な関係にあったため心情的に兄弟のような感情を抱いていたものであって、前記被告人らに強いられて電話をかけた鄭容球から被告人榎らに略取されて金員を要求されているので現金と小切手を被告人榎らに渡すようにとの旨を言われるや、その内容からして被告人榎らの要求に応じないと社長の鄭容球の生命・身体に如何なる危害を加えられるかも図りしれないと畏怖し、鄭容球を危害から守るために被告人榎らにその保管する現金一四〇万円と額面金二〇〇万円の小切手一通を交付したものであって、単に社長の指示命令に盲従したものでないことが認められるから、原判決には事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。
二、控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、原判決の刑は重過ぎるというのである。
所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して案ずるに、被告人下崎は、被告人榎から原判示第一の犯行に誘われて多額の分け前欲しさから加担し、犯行の謀議に加わったこと、同被告人の要請で倉敷にいる山本勝も仲間に入れるため電話で呼び寄せ姫路駅まで迎えに行ったこと、犯行に使用する道具を被告人榎らとともに買いに行ったこと、役割に従って鄭容球を略取する場所として姫路市内の県営住宅の一戸を手配し、被告人下崎の姫路市内の自宅前まで他の共犯者らが鄭容球を拉致して来たのを右県営住宅の一戸へ案内したこと、そこで被告人榎らが鄭容球に対し脅迫、暴行を加えているのを傍らで見ながら調停役を装って金員を交付するよう交渉したこと、鄭容球に対し鄭容洙や大阪商銀に電話させて現金や小切手を準備させたこと、分け前として現金一八八万円を受取ったこと、累犯前科を含め多数の前科があることなどに徴すると、本件犯行の主犯でないこと、鄭容球に暴行を加えていないこと、他の共犯者から略取場所として自宅を使うように提案されたのでやむなく県営住宅の一戸を手配したものであること、分け前として受け取った現金一八八万円のうちから五〇万円を被告人榎に渡し、その残りから遊興費等に使った分を除いた現金一〇一万円を鄭容球に還付されていること、家庭状況、その他所論の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の刑(懲役三年の実刑)は重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
第三、被告人辻の弁護人佐々木哲蔵の控訴趣意について
一、控訴趣意中、事実誤認の主張について
論旨は、被告人辻に対する原判決中、原判示第一(一)の営利拐取及び(二)のうちの松本に対する恐喝についての事実の認定には、次のような事実の誤認がある、すなわち、被告人辻は右各事実について、原判示のような共謀をしたこともなく、また、実行行為に加担したこともない。被告人榎から本件各犯行に関係しなくてもよい、ただ自動車を運転すればよいということであったので、自動車を運転したに過ぎず、従って幇助犯であるのに、原判決がこれを共同正犯と認定したのは事実を誤認したものであり、右の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるというのである。
そこで記録を精査検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人辻は被告人榎から鄭容球を略取して同人にいわゆるB帳簿を買い取らせ、その代金を松本から喝取するから、鄭容球を略取するについて自動車を運転してくれれば一〇万円やる旨言われてこれを承諾し、他の共犯者らとともに犯行に使用するため刺身庖丁、模造刀剣、ガムテープ等を買いに行ったこと、鄭容球を略取するため自己の運転する自動車を帰宅途中の鄭容球運転の自動車に接触させて停車させたこと、他の共犯者が鄭容球を無理に乗せた自動車を姫路市内の県営住宅前まで運転したこと、右県営住宅の一室に連れ込んだ鄭容球の見張りをしたこと、被告人榎、姜が松本から喝取金員等を受取るため大阪へ行くに際し、右県営住宅付近から同人らを自動車に乗せて国鉄姫路駅まで運転したこと、分け前として現金二〇万円をもらっていることなどが認められる。右各事実を総合すれば被告人辻は原判示の営利拐取及び喝取につき共謀のうえ実行行為に関与したものというべく、単なる幇助犯ではなく、共同正犯とみるのが相当というべきであるから、原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。
二、控訴趣意中、量刑不当の主張について
論旨は、原判決の刑は重過ぎるというのである。
所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌して案ずるに、被告人辻の原判示第一(一)の営利拐取及び(二)のうちの恐喝についての実行行為は、前記一、の事実誤認の主張に対する判断のところで述べたとおり、可成り重要な役割を演じていること、原判示第一(一)の営利拐取及び(二)のうちの恐喝の各犯行は、窃盗罪により懲役一〇月に処せられ、その執行猶予中の犯行であり、他に銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により罰金刑に処せられた前科歴などに徴すると、本件各犯行の主犯でないこと、原判示第一(二)のうちの恐喝の分け前は他の共犯者に比べて少ないこと、年令が若いこと、悔悟していること、その他所論の被告人に有利な事情を斟酌しても、原判決の刑(懲役一年一〇月の実刑)は重過ぎるとは考えられない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴をいずれも棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条、当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢島好信 裁判官 山本久巳 久米喜三郎)