大阪高等裁判所 昭和51年(う)590号 判決 1976年12月23日
主文
原判決のうち原判示第一ないし第四の罪に関する部分を破棄し、右部分を大阪地方裁判所に差戻す。原判示第五の罪に対する控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人畠山成伸作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
原判示第一ないし第四の罪に対する控訴趣意の論旨に対する判断にさきだち職権を以て案ずるに記載によると、差戻し前の第一審第二回公判において、被告人が全訴因につき有罪である旨を陳述したので、簡易公判手続によつて審理をする旨の決定がなされ、関係証拠は刑事訴訟法三二〇条二項によつて取調べられたうえ判決が言渡されたが、被告人控訴による差戻し前の控訴審第五回公判において、被告人は、原判示第一の罪の訴因につきうち拳銃二丁(当庁昭和五一年押第二五〇号の八、九)の所持を争うに至り、同控訴審は、没収の裁判の違法を理由に原判決を破棄し差戻した。差戻し後の原審第一回公判における被告事件に対する陳述において、被告人は、右訴因につき拳銃五丁を所持したことは間違いないが、うち二丁は自分のものではなく、その二丁は五丁のうちどれか分らぬ旨述べたに止つたため、簡易公判手続は取消されることなく、刑事訴訟法三二〇条二項を適用して公判手続を更新し審理に入つたところ、その第四回公判において被告人は、前記拳銃二丁は富鶴のもので同人が所持していたものであり、自分のものでもなければ自分が所持したこともないとして右訴因中拳銃二丁の所持についての有罪である旨の陳述を翻えしたが、簡易公判手続はそのまま維持され、原判決に至り、これに対し再度被告人から控訴申立があり当審に係属したことが認められる。
ところで簡易公判手続は被告人が訴因につき有罪の陳述があつた場合認められる訴訟手続の簡略化であるから、たとえその審理の途中においても被告人が訴因につき有罪の陳述を翻えすに至つた場合には、その訴因につき簡易公判手続による根拠は失われたことになるのであるから、もはやこれによることができないものとして刑事訴訟法二九一条の三により裁判所はその訴因についての簡易公判手続による旨の決定を取消すべきである。しかるに原審が、原判示第一の罪の訴因につきさきになされた簡易公判手続によつて審判する旨の決定を取消すことなく、右手続によつて審理判決をしたのは、訴訟手続の法令に違反したものでありその違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右の罪を含む原判示第一の罪およびこれと併合罪の関係ありとして同時審判された原判示第二ないし第四の各罪に関する部分は破棄を免れない。
原判示第五の罪に対する控訴趣意について
論旨は、(一)本件覚せい剤粉末は、米沢彰彦が借金の担保に無理矢理置いて行つたものをその子分の切原大二郎から因縁がましく責められたので同人に返しただけであるから、無償で譲渡したことにはならない。(二)原判決の刑は重過ぎる、と主張する。
所論にかんがみ記録を精査検討するに、原判決挙示の切原大二郎の司法警察員(昭和五〇年九月一〇日付)、検察官(同年一〇月二二日付二通)に対する各供述調書によると、同人は警察から指名手配となり、その逃走資金に窮し被告人に金借を無心したところ、被告人から金の代りに覚せい剤を受取つたと述べているだけで所論にそう供述はない。他方、原判決挙示の被告人の各供述調書を検討しても、被告人は、切原から金の無心をされたが、この男にこれ以上付合う必要はないと決意し、そんな金はない、と断り、その際切原の舎弟分の米沢彰彦から借金の担保に受取り、同人が殺されたため担保流れとなり自分の所有に帰していた本件覚せい剤を切原に渡した旨を述べているだけで、米沢から預つたものを返したとは一切述べていないのである。しかるに、被告人は、原審第三回公判においては、事実を認めたうえ、切原から金を無心されたので今後のつながりを切ろうと思いこれを預つているから、これで何とかせいと本件覚せい剤を渡した、また原審第四回公判においては、切原から金を貸せと言われ、これを断ると、置いてある物があるだろうと言われたので、本件覚せい剤は米沢の物で切原から預つた物でないと説明した旨述べているが、これら公判廷における供述はその供述変化や原判決挙示の前記各供述調書に照らし措信しがたく、また被告人の主張どおりとしても切原の所有に帰せしめる意思で同人に交付した以上譲渡となるのであるから原判決挙示の証拠によつて原判示事実を認めた原判決には所論の誤まりはなく、論旨は理由がない。
論旨(二)を記録に基づき検討するに、本件事案の内容、罪質、被告人の前科、前歴(その中には原判示累犯前科―覚せい剤取締法違反等―、確定裁判のほか覚せい剤取締法違反罪による懲役一年二月、殺人未遂等による懲役三年の実刑判決がある。)、被告人が清水組二代目組長であることなどに照らすなら、被告人のため考慮すべき事情を斟酌しても、原判決の懲役一年四月という刑が重過ぎることはなく、論旨(二)も理由がない。
よつて、原判決のうち、原判示第一ないし第四の罪に関する部分については論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条によつてこれを破棄し、同法四〇〇条本文によつて右破棄部分を大阪地方裁判所に差戻し、原判決のうち原判示第五の罪に対する控訴については同法三九六条によつてこれを棄却し、主文のとおり判決する。
(藤原啓一郎 野間禮二 笹本忠男)