大阪高等裁判所 昭和51年(く)31号 決定 1976年5月07日
少年 K・J(昭三三・四・八生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、「少年は、中学一年の頃からたびたび困つた事件を起し、中学卒業後も、働こうとしないばかりか親の指導に従わず、過度の喫煙のため健康をそこねるなど手のつけられない状態を続け、そのうえ一年ほど前から精神的にもおかしくなり、兇器を持つ虞れも生じたので、親としては精神病院に入院させなければと考えていたが、少年が拒むためどうしても入院させることが出来ないでいるうち、遂に本件非行に至つたものである。本件を機に少年は精神病院に入院して現在まで治療を受けており、医師の意見では病気(ノイローゼ)は投薬の結果ほとんど治つたとされているが、入院中も少年は薬を飲まなかつたり規則に従わないなど、手こずらせる行動があり、このままでは家に引き取つて更生させようとしても、少年に自主的な努力を期待することは全くできず、両親の手にはおえないので、再び事件を起す危険性が多分にある。したがつて少年を更生させるには、この際医療少年院に入れ、そこで規律ある生活に付するとともに薬を飲み続けさせ、弱つた身体を回復させる以外に方法はないと考えるものであり、原裁判所のした保護観察処分の決定は失当である」というにある。
そこで、所論にかんがみ本件少年保護事件記録及び少年調査記録を精査して検討するのに、少年は、中学に進んでまもない昭和四六年夏頃から不良交遊になじんで夜遊び、喫煙、年少者に対する恐喝、学校の部屋荒し、自動車部品盗、万引などの非行を反覆し、同年一二月以降児童相談所の補導を受け、一度は窃盗保護事件で家庭裁判所にも送致されている(昭和四九年二月審判不開始)ほか、中学三年の後半頃から表われた自閉傾向が次第に昂進し、昭和四九年三月中学を卒業しても就労せずして家に閉じこもり、一日二函もの煙草を喫み、夜中にギターをひき、超能力や心霊術に関する本を読みふけり、昼間は寝るというような日を送るうち、幻聴、幻覚が起つたり、行動にも種々異常が見られるようになり、このため、クリスチャンである両親が何回か教会へ伴い牧師に指導を頼んだことがあるほか、昭和五〇年五月頃には二週間ほど精神病院に入院させ治療を受けたが、その後も少年の行動にはさして改善が見られなかつたものであり、本件非行事実は、少年が業務その他正当な理由がないのに、昭和五〇年一二月一二日午後零時一五分頃、京都市左京区○○○○○町×××所在の京都○○教会玄関先において、刄体の長さ一七・九センチメートルの刺身包丁一丁を携帯したというものであるが、これも、少年自身の供述するところによれば、「殺された人の霊が自分にのりうつり、地獄絵巻をみせつけられ、頭が痛くて仕方がなかつた。これはきつと今迄に礼拝に行つたことのある○○教会の先生がテレパシーでそうしているものだと思つた。人を救う立場にある先生が逆にいじめるので腹が立ち、先生をおどせばこのテレパシーを止めてくれるだろうと思つて」その脅しに使う目的で刺身包丁を買い、教会へ電話でこれから行くと告げたうえ出かけて行つたのであるが、事前にこれに気づいた少年の母が警察に急報したため、教会の玄関先において保護された、という事情にあるものであつて、なお右保護の直後少年を京都府○○○市にある○○病院に同意入院させる措置がとられ、原決定言渡の時点において、少年の疾病は幻覚・幻聴を主とする精神分裂病であるが投薬加療の結果幻覚等の症状は消え、まもなく退院可能と診断されている。
これらの事情に徴すると、少年の近時における非行性はその精神的疾病と密接に関わつており、将来の再非行を防止するには相当長期間に亘る継続的療養により右疾病を治癒させることが何より必要であつて、少年に対してこの際とるべき保護処分も主としてこの見地から定めなければならないところ、少年の将来については必ずしも楽観を許さないものがあり、抗告人らが危虞する心情も理解できないではないのであるが、前示○○病院において三か月余に亘る入院加療を受け、一応幻覚等の症状も消えて退院可能と診断されている現状のもとでは、医療少年院に収容することが唯一の方法であるとする所論にはにわかに同調し難く、父母らの保護能力の不足を補い且つ今後少年の精神状態が悪化した場合に直ちに同意入院あるいは強制措置入院など適宜な措置を講じうる態勢を備える限り、在宅保護の方法による更生の可能性も充分あるとみるべく、原裁判所の採用した保護観察処分は右の要請に一応こたえうるものと考えられる。原裁判所が抗告人らの抱いている不安をも充分考慮のうえで右の処分を決定したものであることは、原決定書の中でとくに保護観察関係者に対し観察を実施する際に配慮すべき事柄を詳細に指摘して注意を促していることからも明らかであつて、原裁判所の決定は相当であると認められる。論旨は理由がない。
よつて、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 八木直道 裁判官 兒島武雄 青野平)
参考 原審決定(京都家 昭五一少五一号 昭五一・三・一九決定)
主文
少年を京都保護観察所の保護観察に付する。
理由
<1> 非行事実
本件記録中の少年に関する司法警察員作成に係る少年事件送致書の犯罪事実(審判に付すべき事由)と同一であるから、これを引用する。<添付省略>
<2> 法令の適用
銃砲刀剣類所持等取締法三二条二号、二二条
<3> 情状及び処分
少年に対しては、本件非行の態様、ならびに性格環境等の情状に照し、保護観察による継続補導を加えるのを相当と認め、少年法第二四条第一項第一号により、主文のとおり決定する。
なお、少年は本件敢行直後精神病院に入院し治療を受け、医師によれば、現在ほぼ退院可能とのことであるが、審判の状況に鑑みれば、まだ予断を許さないようすも窺われ、退院後通院投薬による長期的療養が必要であると考えられる。
そこで当保護観察手続も困難が予想されるが、少年の精神面の特殊状態を考慮し
<1> 保護司は少年の精神を不安定にさせることのないように細かい配慮を要し、できるだけ少年との直接接触を避け、保護者の相談相手となりながら間接的に非行抑止の方向に努めるべきこと
<2> 保護活動中に少年の精神状態の悪化を知つた場合は、直ちに再入院(含む措置入院)手続に協力すること
<3> 少年の精神状態が悪化した時は、保護観察関係者に対して被害妄想を抱くかもしれないので注意すること等の各点に留意願いたい。
(裁判官 島田周平)