大阪高等裁判所 昭和51年(ウ)1060号 決定 1977年3月11日
債権者 乙花子
右代理人弁護士 野澤涓
債務者 甲太郎
<ほか二名>
主文
債務者らは債権者に対し債権者と債務者甲太郎との間の子春子(昭和四五年一〇月三日生)および夏子(昭和四七年二月一六日生)を仮に引渡せ。
申請費用は債務者らの負担とする。
理由
一 債権者代理人は、主文同旨の裁判を求める旨申立て、その理由の要旨は、「債権者と債務者甲太郎とは昭和四三年一一月一八日居住地である大阪市淀川区長に婚姻届をしたが、本国である韓国の戸籍管掌者に対しては届出をしていないから法律上の夫婦でなく、その間に出生した子春子(昭和四五年一〇月三日生)および夏子(昭和四七年二月一六日生)は韓国民法九〇九条三項にいう婚姻外の出生子に該当し、両名の親権者は同条同項により生母である債権者であり、債権者は親権者として春子および夏子に対し保護教養の権利義務、居所指定権を有する。しかるに債務者太郎は春子および夏子を手放そうとせず、だからといって自己の手で養育するわけではなく、債務者太郎の母である債務者甲松子、姉である同甲竹子に預けたままである。債務者松子、同竹子も春子および夏子を債権者に渡そうとしないが、ともに日中は他に仕事に出て不在であり、春子および夏子の養育環境は良好ではない。債権者は昭和四九年一一月大阪地方裁判所に債務者太郎を被告として提起した本案訴訟(同裁判所昭和四九年(タ)第二七二号離婚等請求事件)において、昭和五一年一〇月一九日債権者勝訴の判決を得たが、このように愛児と引きさかれたままで、このうえさらに本案訴訟が確定するまで長年月を空費せざるを得ないことの苦痛は甚大であり、母子の和合のためにもこのままで時を経過することは回復困難な損害を招来する。よって債務者らに対し春子および夏子の引渡を命ずる旨の仮処分を求める。」というにある。
よって、按ずるに、《証拠省略》によると、債権者と債務者太郎とは法律上の夫婦でなく、その間に出生した子春子および夏子は婚姻外の出生子であり、その親権者は生母である債権者であって、債務者太郎は春子および夏子に対し親権を有しないことが認められるから、債権者は被保全権利として親権に基づく子の引渡請求権を有するものというべきである。債権者が昭和四八年一〇月以来現在まで債務者太郎と別居して生活しており、その間春子および夏子が債務者らの許で養育され一応安定した生活を送っているとしても、春子および夏子の親権者はあくまでも債権者であって、債務者太郎ではないのみでなく、幼児期にある春子および夏子の養育監護は何としても生母である債権者の許で行なうのが子にとってより幸福であると考えられ、債権者としては、春子および夏子の引渡を求める訴訟において勝訴判決を得ながら、これが確定するまでなおこのまま日を重ねることを余儀なくされることはきわめて苦痛であり、回復しがたい損害を被ることも明らかである。春子および夏子が現時点で債権者に引渡された場合、一時的には多少の混乱や心理的動揺が生ずることも考えられないではないが、その年齢や債権者と別れて生活してきた期間もいまだにそれ程長くはないことなどを考慮すると、新しい環境に充分順応できるものと予想されるのに反し、さらに長期間経過後に債権者に引渡されるとすれば、右の混乱や動揺はさらに大きなものとなり、子にとっても債権者にとっても不幸であると考えられるから、本件仮処分はその必要性についてもその疎明があるものというべきである。
よって、債権者の本件仮処分申請は正当としてこれを認容すべく、なお、事案の性質上保証を立てさせないこととし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 宮崎福二 裁判官 田坂友男 中田耕三)