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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1510号 判決 1978年2月28日

控訴人 長谷妙子

右訴訟代理人弁護士 木村敢

同 山口吉朗

被控訴人 コトヒラ物産株式会社

右代表者代表取締役 琴平吉保

右訴訟代理人弁護士 平山芳明

同 池田啓倫

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、金八〇六万〇七八一円及び内金五三六万〇七八一円に対する昭和五〇年四月一日から、内金二〇〇万円に対する昭和四五年八月九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

本判決中、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金二七九三万七〇〇五円及び内金二一九三万七〇〇五円に対する昭和五〇年四月一日から、内金四〇〇万円に対する昭和四五年八月九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2項に限り仮執行宣言

二、被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

《以下事実省略》

理由

一、事故の発生

長谷利朗が昭和四五年四月四日、被控訴人の所有かつ経営するレストラン25の一階の本件浴室(約一六・二八平方メートル、一〇畳位)に設置されたプロパンガス風呂(ほくさんバスオールL型)に入浴中、一酸化炭素中毒により死亡したことは当事者間に争いがなく、その死亡推定時刻が同日午前一時ころであることは《証拠省略》により認められる。

二、事故発生の経緯

《証拠省略》によると、利朗は同月三日午後一〇時四五分ころまでレストラン25でウエーターとして勤務した後、被控訴人会社の総務課長(支配人)大原年男とコック二名の計四名でビール大びん二本を飲み、大原は同日午後一一時五分ころ帰宅し、残った利朗ら三名は更にビール大びん二本を飲み、その後コック二名は本件風呂に一人ずつ順次入浴して翌四日午前〇時過に就寝したが、その際、利朗はテレビを見ていたこと、そして、同日朝本件浴室の洗場で同人が頭を少し外へ出した状態で倒れて死亡しているのを、レストラン25を訪れたクリーニング屋の御用聞きによって発見されたこと、その際、湯沸器の火は消えていたが、バスオールの水は出しっぱなしになっていたことが認められる。

三、事故の原因

本件浴室に格別の換気装置がなかったことは当事者間に争いがない。

ところで、民法七一七条にいう土地の工作物中には、ガス風呂を設置した本件浴室のように設備如何によっては中毒事故等の発生危険があるところでは、浴室の本体そのものだけでなく、浴室に設置してその安全性を確保する換気口や排気筒も含まれるものと解するのが相当である(本件浴室が土地の工作物にあたることは被控訴人も争わない。)。

1  そこで、本件浴室に右のような換気装置を備え付けていなかったことが土地の工作物の設置、保存に瑕疵があったといえるか否かにつき、以下順次検討する。

(一)  本件浴室の設備構造について

《証拠省略》を総合すると、本件浴室の設備構造は別紙図面のとおりであって、広さは約一六・二八平方メートル(約一〇畳)、室内容積は約三七立方メートル、浴室の北側と東側は鉄筋コンクリート造りの堅固な壁で、西側と南側にはそれぞれ横一・二メートル、縦〇・九メートルの引違い式アルミサッシ製のガラス窓(同図面①、②)があり、南側出入口(同図面③)は金属製の扉、床面から天井(耐火ボード)までの高さは約二・二五メートルであり、前記両窓と扉を閉めると、本件浴室は密室同然となり、外部との換気は皆無の状態になること、しかも、洗場から右両窓までは約四メートル余りも離れているため、入浴しながら素裸でこれを開閉することは容易に期待できない状況にあることが認められる。

右のような本件浴室の設備構造からすれば、前記両窓はその位置関係等からして換気口などの代用とみることは困難であるばかりでなく、本件事故当夜のように外気の冷たい季節(前記鑑定の結果では気温摂氏七度位)では、その侵入を防ぐためむしろこれを閉め切って入浴するのが一般であるから、右二個の窓が存在するからといって、直ちに後記認定の危険をともなう湯沸器を使用する本件浴室に換気装置が不要であると即断することはできない(なお、被控訴人が右窓の開閉について、日頃従業員に対し特にこれを指導していた事実も窺われない。)。

(二)  湯沸器の燃焼と一酸化炭素発生の関係について

《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められ、これに反する格別の証拠はない。

(1) 本件浴室に設置された湯沸器(ほくさんホットオール68SS型)で本件風呂(ほくさんバスオールL型)の入浴適量一二〇リットルと一回の入浴に使用する量二〇リットルの計一四〇リットルの水(摂氏二四度)を入浴適温の摂氏四〇度の湯に上昇させるために必要な燃焼時間は約一五分間であって、その際、発生する一酸化炭素の量は約〇・〇八ないし〇・一六リットル、その濃度は約〇・〇一五パーセント程度であること

(2) 換気装置のない密室状態の本件浴室で右湯沸器を燃焼させた場合、室内の一酸化炭素が致死量に達する時間は約七〇分から一〇〇分と推定されるが、一酸化炭素は極めて毒性が強く、致死量に達しなくても、空気中に〇・一パーセント含まれるだけで眠気におそわれたり、四肢の運動麻痺が起って自ら室外に脱出するなどの手段をとりえない状態になることが一般に知られており、しかも、本件風呂のようにプロパンガスを使用する場合は都市ガスに比し完全燃焼のため相当多量(数倍)の空気を必要とする関係上、これらを取付販売するにあたってはその取扱説明書等においても、かかる危険に至らない使用可能な時間を四・五畳(七・四平方メートル)の浴室では約二〇分、六畳(一〇・〇平方メートル)の浴室で約三〇分が限度であると厳重に注意説明されており、これより広い本件浴室(約一〇畳)の場合でも、燃焼後三〇分ころから急激に一酸化炭素の濃度が増加し、その中毒症状は可成り促進され、約三五分で眠気、頭痛、めまい等におそわれる危険濃度(約〇・一パーセント)に達し、次いで約四五分を経過するころから意識不明の失神状態に陥いる危険濃度(約〇・一六パーセント)に達すること

右認定の各事実によれば、換気装置を欠く本件浴室において入浴のため前記湯沸器を使用する場合、入浴者の身体に危険を及ぼす虞れのない許容限度は、約三五分から長くて約四五分程度であるといわなければならない。

(三)  本件浴室の設置目的及び使用状況について

《証拠省略》によると、本件浴室は被控訴人会社の経営するレストラン25に勤務するコック及びウエーターら合計一五、六名の従業員が職務柄、常時身体を清潔に保つ必要から、昼間仕事中でも汗を流すため入浴し、かつ、夜一〇時半過に勤務を終えてからも職場で入浴を済ませて帰宅できるようにする目的で(右目的自体は当事者間に争いがない。)、昭和四四年一〇月ころ被控訴人会社が設置したいわゆる業務用の浴室であることが認められ、そして、右経緯からすれば、事実上も設置当初から本件事故当時まで、これら多数の従業員によって入浴使用されていたものと推認される。(この点、前記大原証人の「当初しばらく使用したのみで、その後は余り使わなくなった。」旨の供述部分はたやすく措信し難い。)

そうすると、本件浴室は比較的少人数で短時間に使用される一般家庭用の風呂などと異り、多数の者が相当長時間にわたり連続して入浴使用することを当然予定した業務用の浴室であるから、換気装置を備えなければ、浴室内で中毒事故が発生する危険性は多分にあったものといわざるをえない(本件に顕れた全証拠を検討しても、湯沸器を通常の方法で使用する限り前示の危険濃度に達する時間をこえる事態は絶無である、とする保障、裏付は何ら存しない。)。

被控訴人は、湯沸器を最初に一五分、追い焚きに三分使用するとしても、危険濃度に達するまでには一一名の入浴が可能である、と主張するが、最初に要する時間はともかく、追い焚きが必要となるのは入浴による湯量減少の場合に限らず、入浴時間の経過にともなう湯温低下の場合にも必要であり、殊に多人数が入浴する場合、各自の入浴までの間隔や入浴自体に費す時間もまちまちで一定しないのが普通であるから、これらのために要する追い焚き時間が相当長くなることは見易い道理であって、被控訴人の主張するように使用時間を限定して浴室の安全性を論ずるのは相当でない。のみならず、被控訴人会社の前記従業員数からしても、危険濃度に達する人員が同一の機会に順次入浴する可能性を否定することはできない。

以上、認定判断した本件浴室の構造及び危険度並びに設置目的、使用状況等を総合勘案すれば、浴室の広さや窓の存在を考慮してもなお、業務用の浴室としては危険防止のため換気装置を備える必要があったものと解するのが相当であるから、これを欠く本件浴室には土地の工作物としてその設置に瑕疵があったというほかない。

しかして、本件浴室に換気装置を備えておれば、たとえ利朗が入浴のため湯沸器を通常必要な時間をこえて使用したとしても、一酸化炭素による中毒事故は容易に避けえたものと考えられるから、本件事故と前記瑕疵との間には相当因果関係が存するというべきである。

そうすると、被控訴人は本件浴室の占有者兼所有者として本件事故による損害を賠償すべき義務がある。

2  被控訴人は、右瑕疵の責任は本件風呂及び湯沸器を被控訴人に取付販売した訴外株式会社ほくさん(以下、ほくさんという)が負うべきである、と主張するが、これにそう《証拠省略》は後掲各証拠と対比してたやすく信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

却って、《証拠省略》によれば、ほくさんが本件風呂及び湯沸器を被控訴人に販売した際、ほくさんの担当社員は被控訴人会社の大原総務課長に対し、右湯沸器の取扱説明書を手渡して、本件浴室にこれを取り付けるには排気筒や換気口を設ける必要があることを説明したが、同課長が被控訴人会社の方で体裁よく工事して取り付ける旨申し出たため、その設置を被控訴人側に一任したこと、そこで、販売代金も現金正価一三万八五〇〇円のところを二万八五〇〇円値引して一一万円で売り渡されたことが窺われるから、右被控訴人の主張は到底採用できない。

3  また、被控訴人は、本件事故は利朗の飲酒、過労に基づく自傷行為であって、前記瑕疵と因果関係がない、旨主張するが、本件浴室が入浴者自身のかかる自傷行為以外には一酸化炭素による中毒死を起こすことが考えられない程危険性の薄い浴室でないことは、前示のとおりであるから、主張のような事情は次に判断する被害者側の過失相殺の問題にとどまり、本件事故が入浴中、湯沸器の燃焼により室内に発生、充満した一酸化炭素の中毒による死亡事故である以上、これを防止するに必要な換気装置を欠いた瑕疵との間に相当因果関係を否定することは困難である。

4  しかしながら、利朗自身の入浴についても、前記1の(二)の各事実からすれば、追い焚きのための湯沸器使用はせいぜい四、五分程度で足りるとみられるのに、約二五分以上もこれを燃焼させていたことが明らかである(最初に入浴したコックが約一五分、更に引続き入浴したコックが湯温低下や湯量減少のため追い焚きに要した時間は約四、五分とみられるから、最後に入浴した利朗は意識不明となるまでの間、少くとも約二五分位これを使用したものと推認される。)から、かかる異常な入浴の仕方は他に格別の原因が見当らない限り、結局同人の飲酒入浴に基因するものと推認するほかなく、従って、この点利朗自身にも相当高度な過失があったといわざるをえず、右過失と前記瑕疵との損害額算定上の割合は五分、五分とみるのが相当である。

四、損害

1  利朗の逸失利益

(一)  本件事故発生日から昭和五〇年三月末日までの分

《証拠省略》を総合すると、利朗は近畿大学を卒業後、被控訴人会社にウエーターとして勤務し、本件事故当時満二二才の健康な男子で、その月収は四万円であったことが認められる。

しかし、その後の昇給見込みや程度については、これを裏付ける何らの資料(昇給規定等)がないので、いわゆるベースアップ分(貨幣価値の下落に対応する名目賃金の是正)についてこれを斟酌するのが衡平であり、その程度は控え目にみて毎年約一〇パーセントとみるのが相当である。そうすると、昭和四五年(同年四月から翌年三月まで、以下同じ)は月四万円、同四六年は月四万四〇〇〇円、同四七年は月四万八四〇〇円、同四八年は月五万三二四〇円、同四九年は月五万八五六四円となる。

そこで、右基準により生活費を二分の一として、右期間の逸失利益を算出すれば、次のとおりになる。

45.4.4~30  1,333円(日割)×27=35,991円

45.5~46.3  40,000円×11=440,000円

46.4~50.3  (44,000円+48,400円+53,240円+58,564円)×12=2,450,448円

合計    2,926,439円

2,926,439円×1/2=1,463,219円(円未満切捨)

金一四六万三二一九円

(二) 昭和五〇年四月一日以降の分

利朗は、昭和五〇年には満二七才になる筈であり、その平均余命は四四・七一年(第一三回生命表)であるから、少くとも満六五才までなお三八年間は大学卒の男子労働者と同程度の収入を得られたものと推認され、昭和四五年度賃金構造基本統計調査報告によれば、二五才から二九才までの大学卒男子労働者の小規模企業(従業員一〇名ないし九九名)における平均給与月額は六万〇三〇〇円、年間賞与額は一五万九四〇〇円であるから、これを基礎に利朗の昭和五〇年四月一日以降の逸失利益の現価をホフマン式計算法(利率年五分)により算出すると、次のとおりになる。

(60,300円×12+159,400円)×1/2×20.9702)=9,258,343円(円未満切捨)

金九二五万八三四三円

2  過失相殺

右逸失利益の合計金一〇七二万一五六二円から利朗の前記割合(五割)の過失を相殺控除すると、その残額は金五三六万〇七八一円となる。

3  相続

控訴人が利朗の母で唯一の相続人であることは当事者間に争いがないから、控訴人は利朗の右逸失利益の賠償請求権を相続により取得したことになる。

4  控訴人の慰藉料

利朗の年令、経歴、控訴人との身分関係及び本件事故の態様等諸般の事情に利朗の前記過失を斟酌すれば、控訴人の本件事故による精神的苦痛は金二〇〇万円をもって慰藉されるのが相当である。

5  弁護士費用

控訴人が本件訴訟の提起、追行を弁護士である訴訟代理人に委任していることは当裁判所に明らかであり、本件事案の内容、審理の経過及び認容額等を合わせ考えると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用の負担による控訴人の損害は金七〇万円と認めるのが相当である。

五、結論

以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し、本件事故による損害賠償合計金八〇六万〇七八一円及び内金五三六万〇七八一円(逸失利益)に対する事故発生日の後である昭和五〇年四月一日から、内金二〇〇万円(慰藉料)に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年八月九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

そうすると、控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容できるが、その余は失当として棄却を免れない。

よって、本訴請求を全部棄却した原判決は一部失当であるから、前記範囲でこれを変更することとし、民訴法九六条、九二条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白井美則 裁判官 永岡正毅 友納治夫)

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