大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1860号 判決 1978年3月30日
控訴人
三共暖房株式会社
右代表者
山根相次郎
右訴訟代理人
松川雄次
同
瀬戸康富
被控訴人
田中重
右訴訟代理人
佐藤欣哉
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人のその余を控訴人の負担とする。
この判決中控訴人勝訴部分は仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一原判決事実摘示中の控訴人主張の請求原因事実は、4(三)(被控訴人の義務違反行為)、6(損害額)及び被控訴人退職の日付を除き当事者間に争いない。
二そこで、まず、本件機械のボルト違いミスに関する被控訴人の責任について判断する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
被控訴人は水産高校を卒業後昭和三六年三月二〇日控訴会社に入社し、以来冷暖房設備工事等を業とする控訴会社において主として設計関係の事務に従事し、冷却装置の設計に関しては熟練職員として評価され、昭和四七年当時は同社東京支社の設計課長に就任していた。右設計課は職員七、八名を以て構成されているが、勝川工業より本件ソ連向電解冷却装置製作の仕事の引合いが来るに及んで、被控訴人に男女職員各一名を補助者としてつけて勝川工業関係に専従させ、設計課の他の業務は内田係長をしてこれに当らせて分業態勢をとつていた。
勝川工業からの注文を受ける前に、被控訴人は屡々勝川工業と折衝した上昭和四七年九月五日被控訴人の設計にかかる装置につき見積書を作成して勝川工業に提出し、同時にこれを下請して実際の製作の衝に当る前記の各会社にも流した。右見積のための設計に当つては、被控訴人はこれが我国と国情が違うソ連向のものであるというところから電動機のボルトについて特に関心を払い、三八〇ボルトでよかろうという結論に達してそのように設計した。
勝川工業との契約が成立し、同年一〇月二一日頃勝川工業より註文書と共に数種の附属書が被控訴人の許に届けられた。その附属書Vは「電気に関する標準」であつて、その内に、低圧電源は三八〇ボルトと二二〇ボルトの両様である(誤差各五パーセント許容)、旨が示されていた。従つて、電動機は、三八〇ボルトと二二〇ボルトの共用として製作しなければならないことになる。ダイキン工業、荏原実業、礪波商会、の下請三社は、さきの被控訴人の指示に従つて機械の製作に取りかかつている。従つてこの場合、被控訴人よりこの附属書のコピーを下請各会社に流すか、少なくとも電圧に関してはさきの設計とは仕様が異つてくることを口頭ででも注意を与えなければ勝川工業の注文書による仕様と異なる電圧の電動機がとりつけられてしまうことになる。電動機についてボルト違いのものをとりつけるとすつかりやり直さねばならなくなり、会社に大きな損害をかけることになる。被控訴人は、もしこの勝川工業より届けられた注文書および附属書の中味に目を通しておれば、電動機のボルトについては、特に関心を払つていただけに自分の設計した仕様と異なつていることに気づいたであろうし、それに気づけばとてもじつとしておれなかつたであろうと思われる。しかし被控訴人は何もしなかつた。このことにより推認すれば、被控訴人は勝川工業より届けられた仕様書にろくろく目を通さなかつたか、あるいは極めて散漫な目の通し方しかしなかつたものと思われる。
被控訴人は、下請各社に対しては、電動機については富士電機富山営業所に連絡してその指示を受けるようにとの勝川工業の指示を伝えたから、下請各社が自分の指示に従つておればこの間違いは防ぎえた筈だ、と弁疎する。しかし、下請各社が自分の指示通り忠実に行動する保障がなく、また、罪を下請各社に帰せるべき筋合のものでもない。また、被控訴人は会社の方針として経費節約を要求されていたのでコピー代節約のため、附属書(仕様書)コピーを下請各社に流すことができなかつたと弁疎するが、事はコピー代どころの問題ではない(小棚証人は、コピー代の節約など要求していないと証言する)。要するに、被控訴人自身が既存の設計と勝川工業から来た仕様書のボルト違いに気付いておれば、とてもそんな呑気なことをいつておれなかつた筈である。
前記のように、被控訴人は当時この仕事に専従していたのである。そしてその仕事の中でも、注文主から正式に仕様書が届いた場合、これを熟読し、そしてその中の従来の指示と異なるところがあるのを発見したときは、これを正確に下請に伝達して仕様違いの過誤を犯させないことは最も重要な仕事である。少なくとも仕様書のコピーを下請に渡して従前の仕様との相違を見付けうるようにしなければならない。いかに繁忙であるといつても、このような中心的業務をおろそかにされるのでは、控訴会社としては被控訴人にこの仕事を命じた意義が消滅する。被控訴人の右業務懈怠は、控訴会社に対する業務上の重要な義務違反であり、損害賠償責任を負担するに値する債務不履行であるといわなければならない。
三控訴会社が請求原因において主張する右電圧ミス以外の仕様違いに関する被控訴人の責任に関する判断は、当裁判所も原審裁判所と同一の意見であるから、原判決中の該当部分を引用する。要するにその種のミスは他社においても発生している看過され易いミスであり、その修復も容易であつて控訴会社の受ける損害も大きくないから、控訴会社としては従業員の通常犯し易いミスとして損害賠償請求まですることは宥恕すべきものであろう。控訴会社も、前記の電圧ミスがなかつたならば、その他のミスは敢えて問責しなかつたであろうと思われる(小棚捨吉当審証言参照)。
四次に被控訴人が控訴会社に支払うべき損害賠償額について考える。
<証拠>によれば、ターボ冷凍機のボルト違いによる損害は八一七万五、〇〇〇円(控訴会社の主張価格から甲四号証5、6、10を差引いたもの)、ベシロンポンプのボルト違いによる損害は一二九万円、冷水ポンプのボルト違いによる損害は二八万円合計九七四万五、〇〇〇円であることが認められる。
被控訴人は、この事故は控訴会社が被控訴人に対し過重な仕事を押しつけた結果生じたものであつて、控訴会社の管理体制に欠缺があつたのであるから、過失相殺すべきであると主張するが、前認定の事実関係によれば、そのような事実は認められないから、右主張は採用しない。
<証拠>によれば、被控訴人は本件事故が表沙汰になつた直後である昭和四八年六月五日控訴会社を任意退職して控訴会社と競争営業関係にありかつ控訴会社より大手であるところの大平工業株式会社に就職したことが認められるが、右尋問の結果において、被控訴人は右転職を考えた動機は大平工業の方がより収入が大きいという理由であり、しかもその転職は昭和四七年の一二月にはもうそのことを考えて準備を進めていたと自供する。そうであれば、控訴会社としては、被控訴人は競争会社にいわゆる引抜かれたものであり、しかも、本件のようなボルト違いという初歩的なミスを犯したのは、被控訴人が右転職を考えていたため仕事に対し上の空であつたからでないかと想像し、損害額の全額の回収を主張するのも無理からぬかもしれない。しかしながら、当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人の当時の収入は年収約二〇〇万円程度であつたことが認められ、所詮右収入を得るための業務遂行中前記懈怠によつて本件損害が発生したものであり、一方、この種損害の損害額はその性質上無限の多額に上り得るものであり、一介のサラリーマンによつては到底負担し切れない額になることをも勘案すると、被控訴人が控訴会社より得る収入をも勘案して、被控訴人の負担すべき損害額に適当の限定を課するのが条理上至当であると考える。よつて、当裁判所は、これまでに認定した諸般の事実関係を総合して、被控訴人の負担すべき損害賠償額を損害額の約五割であつて右年収の約二倍半に相当する五〇〇万円が条理に合致すると判断する。被控訴人主張の民法九〇条の抗弁は、右判断に抵触する限度において採用しない。
五そうすると、控訴人の本訴請求は、五〇〇万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四九年一月一九日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。よつて、これと異なる原判決を右の趣旨に変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九六条に、仮執行の宣言につき同法第一九六条に従い、主文のとおり判決する。
(坂井芳雄 乾達彦 富澤達)