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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2228号 判決 1980年2月19日

控訴人 株式会社京都製作所

右代表者代表取締役 真島行雄

右訴訟代理人弁護士 高島良一

同 平山茂

同 藤田邦彦

被控訴人 熊沢昭二郎

右訴訟代理人弁護士 岩佐英夫

同 平田武義

同 西山司朗

同 村山晃

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。当事者間の京都地方裁判所昭和四八年(ヨ)第四五八号仮処分申請事件について、同裁判所が同年八月四日になした決定を取り消す。被申請人の本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに第二項につき仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

《以下事実省略》

理由

一  申請の理由一項の(一)、(二)の事実、抗弁一項、二項の(一)の事実および被控訴人が本件出張命令に従わなかったこと、本件解雇が被控訴人の右出張命令拒否行為が就業規則三二条二項の「業務上已むを得ないとき」に該当することを理由になされたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  本件出張命令の効力について

1  被控訴人は、機械の納入先に出張して行う業務は労働契約の範囲外のものであると主張するので考えるに、会社就業規則二条には「従業員とは、労働協約によって工場の業務に従事するものをいう」旨定められていることは当事者間に争いがないが、これのみによって、機械の納入先へ出張して行う業務を労働契約の範囲外と断定することはできず、他に右主張事実を肯認するに足る証拠はなく、かえって《証拠省略》を総合すると、従業員は工場内での機械製造業務に従事するほか、販売された機械をユーザー指定の場所に搬入、組立、据付、試運転のうえユーザーに引渡す業務、納入先へ出張して操業中の納入済機械の保守、点検、修理をする業務を担当していたこと、修理業務は原則として製造を担当した従業員が行っていたことが一応認められ、右「工場の業務」という文言は単に業務内容を定めたものであって、作業場所を限定したものと解することはできず、被控訴人の主張は採用し得ない。

2  被控訴人は、本件出張は従前の陸上工場への出張とは全く様相が異るから労働契約の範囲には含まれないと主張するが、本件オートケーサーは従前より製造されていた同じ自動省力機械であり、納入先において操業中の機械の調整修理についても従業員が行っていたことは前認定のとおりであるから、乗船出張してなす業務も労働契約の範囲内のものであることは当然である。前記「工場の業務」なる文言を陸上工場への出張業務のみに限定して解釈すべき根拠はなく、かえって、《証拠省略》を総合すると、昭和四七年の春斗に際し、組合は会社の申入れに応じ、争議行為を行うときでも乗船出張はこれから除外することにしたこと、亦乗船出張が陸上出張に比べて不利益な点も多いことから、会社は、これを補償するため組合と協議し、通常の陸上出張日当より乗船出張日当を有利にする等の配慮をしていることが認められ、右各事実から考えても会社はもちろんのこと従業員らも乗船出張が従業員のなすべき業務であることを当然としていたことが一応認められ、被控訴人のこの点の主張も採用し得ない。

3  被控訴人は、陸上工場への出張と比べて北洋で操業する鮭鱒船団の船内工場での機械の保守、点検、修理業務は過酷な条件でなされるものであるから、労働条件を改善するように求めるのは労働者の権利である、労働条件が相当悪くなっても業務の必要性があれば働らかせることができるという考えは通用せず被控訴人には労働力提供の義務はないと主張する。

控訴人も北洋で操業する船内工場での作業と船内生活が陸上でのそれと比較するとき、環境も悪く不便であることを認め、その出張日当を増額していることは前に認定のとおりである。したがって乗船出張が従業員のなすべき業務である以上本件出張が日魯以外の乗船出張に比べて、その環境等が悪く、通常人には耐ええない程度のものであるということがない限り、乗船出張に伴う通常の困難としてこれを甘受すべきであり、本件記録を精査するも、特に日魯への乗船出張が他に比して劣悪な生活、労働環境下であったとする資料はなく、被控訴人の主張する事実は、乗船出張に伴う通常のものであると認められ、この点の主張も採用し得ない。

4  被控訴人は、本件出張は日魯漁業への出向命令にほかならないから被控訴人の同意が必要であると主張するので判断する。

《証拠省略》を総合すると、オートケーサーの試運転を終りユーザーたる日魯漁業に引渡された以上、操業中の納入済機械の保守、点検作業は本来原則としてユーザーたる日魯漁業がなすべきことではあるが(以上は当事者間に争いがない。)、この作業をユーザーたる日魯漁業の要請によって会社がなすことはユーザーに対するアフターサービスであるばかりでなく、会社の信用保持のためにも、亦製品の改良、新製品の開発資料を得るためにも会社にとって有益であり、この業務はメーカーとして必要欠くべからざるものであること、出張者はユーザーたる日魯漁業の要望を考慮して作業を行うが、その監督指揮をうけることなく、自己の責任と判断で会社の業務として行っていることが一応認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

会社が右業務を有償で行うか無償で行うかは会社の営業政策もしくはユーザーとの契約内容の如何によって決まるもので、これを有償で行ったとの事実をとらえて、出張者の行う業務がユーザーの業務であると解さねばならぬ謂れはなく、亦操業中の機械の保守、点検修理作業であるから、その性質上作業時間についての制約はあるが、そのことによって出張者がユーザーの指揮、監督のもとに労務を提供するものであるとも解し得ない。

この点についての被控訴人の主張は採用しない。

5  被控訴人は、本件出張命令は労基法に違反する違法無効な命令であると主張するので判断する。

《証拠省略》を総合すると、本件出張命令がだされた前年たる昭和四七年度の乗船出張においては出港後漁場に到着するまでの数日間は、オートケーサーは試運転と調整のために運転されるので、右運転は出張者たる会社従業員により会社の勤務時間帯にあわせ随時運転された。しかし、漁場に到着するとその運転時間は独航船からの鮭、鱒の水揚量に左右され、到着当初は早朝に水揚げされた漁獲物を冷凍処理するために二時間程要するので、午前中運転されても調整作業をするだけであったが、最盛時になると、深夜まで運転されるのみか、翌日午前中も運転して前日に処理し得なかったものを箱詰めにし、それでも処理し得なくなれば、二四時間操業体制のもとに、午前五時頃約一時間、食事時間帯、冷凍待ち時間を除いて連続運転されたこと、出張者の業務はオートケーサーを順調に稼動させ、ユーザーの操業に支障をきたさないようにすることであったから、運転中はトラブルが発生しないからと言って、責任上部屋で休息することもできず、機械の調子を監視、点検し、トラブルの発生を未然に防止することにつとめ、難かしい故障をさけるために機械の停止後も一、二時間の点検調整をかかすことができず、二四時間体制の場合には深夜まで機械のそばを離れずに、その調子を確認した後に就寝したこと、運転中の故障は、日魯漁業の作業員の給料が歩合給であったこともあって即時修理にかかり、翌日に引き延ばすこともできず、二四時間操業の場合はユーザーの要請により就寝中でも、起床して修理作業にとりかかったこと(前年度被控訴人は四、五回修理を依頼された。)、修理のために夜遅くなった翌日も、機械の運転状況が心配なのと故障の再発をおそれて午前中から機械の監視、点検にあたったこと、出張者の就業時間は漁獲状況によって運転時間が左右されるオートケーサーの稼動状況とその調子によって一定せず、会社の定めた就業時間帯のみの就労では出張の目的を達成し得ないこと、出張者の業務はオートケーサーの保守、点検により事故発生を防止することにあり、単なる断続的な監視労働とはいえず、保守、点検、修理作業を伴い、オートケーサーの稼動中は長時間に亘り拘束される精神的肉体的に苛酷な労働であったこと、昭和四八年度は、オートケーサーの改良等により、右事情は若干好転するものと予測され、実際にも若干好転したが、大勢においては差異がなかったこと、以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上のとおり出張先で処理することを命じられた用務は出張者の就業時間帯と関係なく、且つ漁獲状況によって始業、終業が一定せずに運転されるオートケーサーを保守、点検、修理し、その円滑な稼動を確保することにあったから、出張者の被控訴人が労働時間を自主管理するという控訴人の主張もオートケーサーの順調な運転に影響を与えない範囲内という制約のもとでのものであり、客観的にみて出張者が時間外労働までしないと処理し終えない業務であることが明らかであり、本件出張と時間外労働とは不可分の関係にあるものというべきである。かかる場合出張先での労働時間につき明示の指示がなくても出張業務を処理する時間だけ働くべき旨即ち労基法上の時間外労働をなすべき旨の黙示の指示があったものと解すべきで、三六協定がなければ労働者の同意があったとしても使用者は労基法三二条一項違反の責任を免れず、労働者がこれを拒否したとしても労働者側になんの責任も生じず、前記の如き関係にある本件出張命令も亦違法無効であると解するのが相当であり、このことは、被控訴人の拒否理由が特に時間外労働に対するものでなくても、その理を異にするものではない。

ところで、被控訴人に対し本件出張命令が発せられた当時、従前の三六協定は失効し、新たな協定も締結されていなかったことは控訴人も認めるところであり、《証拠省略》によると、前年度の協定が期間経過により失効した後、会社は疎甲第二〇号証の案を示して組合と折衝したが、時間わくの点で組合と了解点に達せず、組合の役員選挙の問題もからんで交渉は中断状態であったこと、その間は従前の慣行により時間外労働を行うとの了解が組合との間に成立していたこと、新しい協定が所轄労基署に届出されたのは本件解雇後であったことが一応認められるが(右認定を左右するに足る証拠はない。)、労基法第三六条によれば、使用者は協定書が行政官庁に届出られた後、初めて時間外労働を適法に命じ得るものであるから、たとえ組合との間で時間外労働は従前の慣行によることの了解が成立し、強行法規違反の時間外労働が労働者側の反抗なく慣行的に行われていたとしても、かかる慣行が「事実たる慣習」として労働契約の内容に入りこみ、労働者の義務となりうる余地は全くなく、これを拒否しても労働者側にはなんらの責任も生じないと解するのが相当である。

控訴人は、オートケーサーが順調に稼動している限り出張者は就労せず休息も可能であったうえ、会社の就業規則によれば業務の都合で四週間を通じ一週平均四八時間を超えない範囲において所謂変形八時間制による就労を命じ得るから、必らずしも時間外労働は必要でない旨主張するが、かかる場合会社としては予め就業規則その他により具体的に八時間を超える日又は四八時間を超える週を特定すべきものであり、一週四八時間の範囲内であっても使用者の業務の都合によって任意に労働時間を変更する如き場合も変形八時間制の適用がないと解すべきであるうえ、前叙のとおりオートケーサーは会社所定の就業時間帯を超えて断続的に運転され、変形八時間制によるも法外残業を避けられず、亦就業時間帯において手待時間があり、休息が可能であるとの理由によって右時間帯を超えた就労が所定就業時間中の労働となるものでもなく、亦右時間外労働は三六協定がなくとも命じ得るとの根拠はない。

前叙のとおり本件出張命令により被控訴人のなすべき業務は時間外労働をすることなく遂行することが不能なものであるところ、三六協定がなく控訴人は当時被控訴人に対し時間外労働を命じ得なかったものであるから、被控訴人が同意していたとしても本件出張命令は違法、無効なもので、被控訴人はこれに従う義務がなく、爾余の点について判断するまでもなくこれを拒否した被控訴人の行為にはなんら非難されるべき点はないと解される。

三  本件解雇の効力について

本件出張命令は前記理由で無効であり、従って右命令違反を唯一の理由とする本件解雇は、就業規則に定める理由を欠き、無効である。

四  被保全権利と保全の必要性について

本件解雇は無効であるから、被控訴人は控訴人の従業員としての地位を有するものと一応認められ、《証拠省略》によると、被控訴人は本件解雇により収入源を絶たれ、生活に困窮していることが一応認められる。

五  結論

従って被控訴人の申請を認容した原決定を認可した原判決は正当であり、控訴人の控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 岩川清 島田禮介)

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