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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2245号 判決 1977年9月16日

控訴人 増田正直

被控訴人 田中一夫

<ほか四名>

被控訴人ら訴訟代理人弁護士 船越孜

同 小田健二

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人田中一夫、同田中マスヱ、同田中アサノは、控訴人に対し、別紙目録(二)の一号及び二号記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

三  被控訴人玉田冨美雄は、控訴人に対し、別紙目録(二)の一号記載の建物中(ホ)部分及び同目録(二)の二号記載の建物中(ト)部分から退去し、同目録(二)の附属建物中③号物件を収去せよ。

四  被控訴人藤田長一は、控訴人に対し、別紙目録(二)の二号記載の建物中(ヘ)部分から退去せよ。

五  被控訴人田中一夫、同田中マスヱ、同田中アサノは、控訴人に対し、各自、昭和五〇年一月一日から昭和五一年五月三一日までは一か月一万二〇一四円、昭和五一年六月一日から昭和五二年三月三一日までは一か月一万二六三三円、昭和五二年四月一日から別紙目録(一)記載の土地明渡済に至るまでは一か月一万三三五六円の各割合による金員及び右各金員に対する当該月の翌月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

六  控訴人の被控訴人田中一夫、同田中マスヱ、同田中アサノに対するその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

八  この判決は控訴人において三〇〇万円の担保を供するときは、控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  主文第二ないし第四項及び第七項同旨

(三)  被控訴人田中一夫、同田中マスヱ、同田中アサノ(以下単に被控訴人田中らという。)は、控訴人に対し、各自、昭和五〇年一月一日から昭和五一年五月三一日までは一か月一万八〇二五円、昭和五一年六月一日から昭和五二年三月三一日までは一か月一万八九五四円、昭和五二年四月一日から別紙目録(一)記載の土地(以下単に本件土地という。)明渡済に至るまでは一か月二万〇〇四〇円の各割合による金員及び右各金員に対する当該月の翌月一日から支払済まで年一割の割合による金員を支払え。

(四)  仮執行宣言

2  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  主張

1  控訴人

(一)  本件土地は、もと控訴人の父増田巳之助の所有であったが、同人は昭和二九年五月二六日死亡し、控訴人が相続して本件土地の所有権を取得し、後記増田巳之助の賃貸人たる地位を承継した。

(二)  田中浅吉は、本件土地上にある別紙(二)記載の一号及び二号の各建物(以下これら建物を総称して本件建物といい、各建物をそれぞれ一号物件、二号物件という。附属建物③号物件についてもこの例による。)をその所有者鵜川増蔵から貸金の弁済に代えて譲受けて所有権を取得し、昭和四年一二月二九日、本件土地について木造建物の所有を目的として増田巳之助と賃貸借契約を締結したが、昭和一一年二月二六日死亡してその子田中和一郎が相続し、同人もまた昭和四二年五月三日死亡して被控訴人田中らが相続し、それぞれ本件建物の所有権を取得して順次本件土地の賃借人たる地位を承継し、現に被控訴人田中らが本件土地を占有している。

(三)  被控訴人玉田冨美雄は、一号物件中(ホ)部分、二号物件中(ト)部分に居住し、また本件土地上にある③号物件を所有している。

(四)  被控訴人藤田長一は、二号物件中(ヘ)部分に居住している。

(五)  本件土地の賃貸借契約は、昭和四九年一二月二九日限り賃貸借の存続期間の満了により終了した。すなわち、

本件土地の賃貸借契約の存続期間は昭和四九年一二月二九日をもって満了するものであったが、控訴人は、次のとおり自己使用の必要、その他正当の事由があるので、被控訴人田中らに対し、その一年前の昭和四八年一一月二三日到達の内容証明郵便及び昭和四九年一二月二一日到達の内容証明郵便で土地賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をし、同月二八日限り本件建物を収去し本件土地の明渡を求め、また右存続期間満了後直ちに本訴を提起し、被控訴人田中らが本件土地を継続して使用することに異議を述べた。

(1) 控訴人には四男二女があるが、二女俶子は小児麻痺に罹り左下肢跛行の身体不自由者であり、本件土地が騒音のすくない控訴人の所有地としては唯一の閑静な土地であるから、同所に俶子のために居宅と賃貸用文化住宅を新築して閑静な住環境と家賃収入による将来の生活の安定を計画している。控訴人の現在居住している建物は建坪八五坪、延一一五坪で、妻と右二女が同居しているが、長男は他に別居し、東京、名古屋、徳島に居住している二男、三男、四男が時折帰省すると狭隘となる。これに反し、被控訴人田中らは、東豊中熊野町に宅地一五六坪、田二町二反四畝二七歩、畑一町二反一一歩、山林二〇歩、雑種地九歩、農地三二一坪等広大な土地を所有しているので、これに貸家を建て本件建物に居住している者を転居させることも可能であって、本件土地を使用する必要はない。

(2) 本件建物は、大阪市内の立退古建物を大正一五年頃に本件土地に移築したものであって、その後すでに約五〇年を経過したため、老朽廃はその極度に達し、到底人の住める建物ではない。もと一号物件の(ロ)部分に大田福一が、同(ニ)部分に堂森勝三が居住していたところ、昭和四四年頃他に転出し空家になっていたが、被控訴人田中らは昭和四七年一〇月一〇日頃、本件建物の屋根部分を鉄板葺とし、腰板部分には鉄板を張付ける等して改造し、また、室内の木材部が折損腐朽してこれに添木補修をしたので、控訴人はこれに対し異議を述べた。また、昭和五〇年一二月四日一号物件(ロ)部分に寺田雪枝が入居し、同人は昭和五二年二月二四日その南入口横の古壁を落し軒下約二尺東西一間半に基礎コンクリートブロックを積重ねてそれに新しい木柱を建て居間拡張の改増築をした。一号物件(ニ)部分には昭和五一年八月二三日横山象三郎が入居し、一号物件(ハ)部分に居住していた清家セキヱは昭和五一年七月二三日他に転出し、同所に平手美鈴が入居した。右の例をみても、本件建物は修理しなければ居住し得ないし、居住者も次々変り本件建物は長期の居住に耐えるような居住条件でないことを物語っており、さらにこれら居住者及び被控訴人玉田冨美雄、同藤田長一は他に転居しえないような低所得者ではない。

(六)  仮に前項の主張が理由がないとしても、本件建物は前項のとおりの状態であるからもはや朽廃するに至ったというべく、本件土地の賃貸借契約はこれにより終了した。

(七)  仮に前項の主張が理由がないとしても、被控訴人田中らは、前記(五)主張のとおり本件土地の賃貸借期間の満了を目前にして昭和四七年一〇月一〇日、控訴人に無断で本件建物を改造、補修し、その寿命をことさらに延長し、これによって本件土地の賃貸借期間の更新をはかる等不信行為をした。そこで控訴人は、昭和四八年一一月二三日到達の書面で被控訴人田中らに対し本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、本件土地の賃貸借契約は右解除により終了した。

(八)  本件土地を被控訴人田中らが占有することにより控訴人の蒙る損害額は、地代家賃統制令にしたがって算出した額に五割増した金額をもってする慣習によるのが相当であり、これによると、昭和五〇年一月一日以降一か月一万八〇二五円、昭和五一年六月一日以降一か月一万八九五四円、昭和五二年四月一日以降一か月二万〇〇四〇円である。

(九)  よって、被控訴人田中らに対し、本件建物を収去して本件土地の明渡並びに右損害金及びこれに対する年一割の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人玉田冨美雄に対し一号物件中(ホ)部分、二号物件中(ト)部分からの各退去及び③号物件の収去を、被控訴人藤田長一に対し、二号物件中(ヘ)部分からの退去を求める。

2  被控訴人ら

請求原因(一)の事実、(二)のうち田中浅吉が本件土地上にある本件建物をその所有者鵜川増蔵から譲受けて所有権を取得し、昭和四年一二月二九日、本件土地について木造建物の所有を目的として増田巳之助と賃貸借契約を締結したが、昭和一一年二月二六日死亡してその子田中和一郎が相続し、同人もまた昭和四二年五月三日死亡して被控訴人田中らが相続し、本件建物の所有権を取得し、順次本件土地の賃借人たる地位を承継し本件土地を占有していること、(三)の事実、(四)の事実、(五)のうち本件土地の賃貸借契約の存続期間は昭和四九年一二月二九日であること、控訴人が被控訴人田中らに対し、その一年前の昭和四八年一一月二三日到達の内容証明郵便及び昭和四九年一二月二一日到達の内容証明郵便で土地賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をし、同月二八日限り本件建物を収去し本件土地の明渡を求めたこと、控訴人の二女俶子が小児麻痺に罹り左下肢跛行の身体不自由者であること、被控訴人田中らが昭和四七年一〇月一〇日頃、本件建物の屋根部分を鉄板葺とし腰板に鉄板を張付けたこと、控訴人が被控訴人田中らに対しこれを理由に昭和四八年一一月二三日到達の書面で本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは何れも認める。その余の事実は否認する。

三  証拠《省略》

理由

一  本件土地はもと控訴人の父増田巳之助の所有であったが、同人は、昭和二九年五月二六日死亡し、控訴人が相続して本件土地の所有権を取得し後記増田巳之助の賃貸人たる地位を承継したこと、田中浅吉は、本件土地上にある本件建物をその所有者鵜川増蔵から譲受けて所有権を取得し、昭和四年一二月二九日本件土地について木造建物の所有を目的として増田巳之助と賃貸借契約を締結したが、昭和一一年二月二六日死亡してその子田中和一郎が相続し、同人もまた昭和四二年五月三日死亡して被控訴人田中らが相続し、それぞれ本件建物の所有権を取得して順次本件土地の賃借人たる地位を承継し本件土地を占有していること、被控訴人玉田冨美雄が、一号物件中(ホ)部分、二号物件中(ト)部分に居住し、また本件土地上にある③号物件を所有していること、被控訴人藤田長一が、二号物件中(ヘ)部分に居住していることは当事者間に争いがない。

二  存続期間満了による賃貸借契約の修了について、

1  本件土地の賃貸借契約の存続期間は昭和四九年一二月二九日であること、控訴人が被控訴人田中らに対し、その一年前の昭和四八年一一月二三日到達の内容証明郵便及び昭和四九年一二月二一日到達の内容証明郵便で土地賃貸借契約の更新拒絶の意思表示をし、同月二八日限り本件建物を収去して本件土地の明渡を求めたことは当事者間に争いがない。

そして記録によると、右期間満了後、控訴人は被控訴人田中らに対し、昭和五〇年一月七日本訴を提起し、同被控訴人らが本件土地を継続して使用することに遅滞なく異議を述べていることが認められる。

2  そこで、右異議を述べたことに正当事由があるか否かについて判断する。

控訴人の二女俶子が小児麻痺に罹り左下肢跛行の身体不自由者であること、被控訴人田中らが昭和四七年一〇月一〇日頃本件建物の屋根部分を鉄板葺とし、腰板に鉄板を張付けたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  被控訴人田中らの先々代田中浅吉が本件建物の所有権を取得したのは、自ら使用する目的によるものではなく、鵜川増蔵に対する金銭債権を同人が弁済することができなくなったのでその弁済に代えて所有権を取得したものであって、控訴人の先代増田巳之助は実質的には土地賃借権譲渡の事後承諾の趣旨で田中浅吉との間に賃貸借契約を締結したものである。但し、その賃貸借期間を契約成立の日(昭和五年一二月二九日)より五年間と約定した。

(2)  本件建物は、大正一五年頃、立退古建物(敷地が道路用地となるため取毀を余儀なくされた建物であろうか。)を鵜川増蔵が買取って解体し、その材料により移築した木造建物であって、右解体前建物としての使用年数は不明であるが、右移築後もすでに五〇年を経過し、東側に一号物件(五戸長屋二八・五坪)、西側に二号物件(二戸長屋二二・三四坪)があり、接近しているが別棟として建築されている。一号物件の(イ)部分は、基礎、床板、柱とも腐朽し、壁も崩れ落ち、何時崩壊するか判らない危険状態にあり、とうてい人の居住し得る状態にはなく、建物としての効用は完全に失われている。本件建物の他の部分は、右(イ)部分の程度には至らないが、天井、床は水平ではなく、内壁には紙、合板等を張って壁土の落ちるのを防ぎ、外壁も到る所表面が剥げ、鉄板を張ったり、木板を乱雑に打ちつけたりし、玄関、窓等外部に表われている部分は相当な老朽化を露呈し、基礎、床板、柱等の老朽化を推測せしめる。全体として観察し建物の老朽化は甚だしく、地震や台風に遭遇すれば倒壊するのではないかと思われ、居住条件は不良である。

(3)  本件土地は、阪急電鉄宝塚線服部駅の南東約五〇〇メートルの地点にあり、この附近一帯は大阪市との交通至便の場所にあり、ベッドタウン的色彩が強く、場所的利益、経済的価値が高く、一般住宅、アパート、小規模マンションが多く、比較的閑静ではあるが、従来の古い建物は建替えられる等して新興住宅地帯を形成し、本件の如き、一部朽廃した老朽建物の存在はこの附近にふさわしくなく、また約四四四平方メートル(一三四坪)に及ぶ本件土地にとってこのような非経済的な建物を維持することは、土地の利用効率は劣悪といわなければならない。

(4)  田中浅吉が本件建物の所有権を取得した後、同人、田中和一郎、被控訴人田中らは、いずれも自ら本件建物を使用したことはなく、他に土地、建物等を所有してこれに居住しているので将来も居住のため本件土地や建物を使用する必要はない。被控訴人玉田冨美雄、同藤田長一の両名は本件建物に長期間居住しているが、他の居住者は、転出、入居がしばしばで、現に居住する者は入居後日浅く、貸主である被控訴人田中らにおいても十分これを把握し得ないこともあり、被控訴人田中らは、これら居住者に、一戸当り四、〇〇〇円ないし五、〇〇〇円の低廉な家賃でしか賃貸し得ない実情にある。被控訴人田中らは昭和四七年には修繕費約二五万円の支出を余儀なくしたが、今後本件建物を維持しようとすればさらに相当の費用を支出しなければならないことが推測されるので、家賃収入は被控訴人田中らにとって生活費として考慮するに足るものではなく、また、本件の如き建物に修繕費を支出して強いてこれを維持することは社会経済的に見て合理的とはいえない。

(5)  控訴人は、本件土地のほか延一一五坪の建物及びその敷地を所有して居住しているほか、一五四〇坪の宅地を所有してこれを他に賃貸しているが、本件土地には文化住宅を建築し、これに前記身体の不自由な二女俶子を居住させ、また、他に賃貸しその収入をもって同女の将来の生活費に充てることを計画している。

ほかに右認定を覆すに足る証拠はない。

建物所有を目的とする土地の賃貸借契約において賃貸期間の満了に際し賃貸人が賃貸借契約の更新を拒絶した場合、その更新拒絶に正当の事由があるかどうかの判断に当っては、その土地の賃貸借契約が如何なる建物の所有を目的として締結されたかということは大きく斟酌されなければならない事柄である。すなわち、賃借地上にいわゆる本格建築の木造建物を新築する目的をもって賃貸借契約を締結する場合は、たとえ賃貸借期間を定めても、地上建物が当然にその賃貸借期間を超えて存続することが予測される以上、賃貸人も賃借人も共に右賃貸借契約が更新されることを予定して契約するであろう。このような場合は、賃貸借期間満了に際したとえ賃貸人が更新拒絶をしても、余程の事情が伴わないかぎり右更新拒絶に正当事由がないと判断されるであろう。これに反し、賃借地上にバラック建に類する比較的簡易な構造の建物を所有する目的をもって賃貸借契約を締結する場合は、たとえ一時使用目的とまではいえないとしても、その建物の耐用年数に目に見えた限度があることは賃貸人賃借人共にわかっているから、それが賃貸借期間を超えては到底存続し得ないであろうと予測されるものであるかぎり、賃貸人も賃借人も賃貸借の期間が満了すれば土地の反還が行なわれることを予定して契約するであろうし、たとえ特に短期の賃貸借期間を定めたため法定期間が適用される場合であっても、それが建物の予測寿命を上廻るかぎり、同様の予定であったであろう。それにもかかわらず、賃借人において期間満了に備えて建物の寿命の延伸のために不自然な補強をなし、なんとか賃貸借期間の満了まで建物の倒壊を妨ぎ得たとしても、賃貸人の更新拒絶の正当事由の判断に当っては、さきの場合とは可なり異なった判断とならざるを得ない。もとより正当事由の判断は、一切の事情を総合した判断であるから、このことの一事により判断が左右されるわけではないが、契約目的の具体的内容はやはり大きな斟酌事由たるを失わないのである。

本件の場合、大正一五年頃に鵜川増蔵が本件土地を賃借し、長屋風の古建物を解体の上これに移築したのは、建物の入手価格が極めて低廉であったと推測されることからしても、単に手軽に若干の家賃収入を得ようとしたことに外ならないものと思われ、建物の残存寿命から考えてもそう長期間の契約関係を予定していたものとは思われない。昭和四年に田中浅吉が本件建物を鵜川増蔵から譲受けたのは、鵜川に対する貸金債権の代物弁済としての入手であるというから、田中浅吉の本件土地の賃借目的も、鵜川の賃借目的以上に出たものではないであろう。田中浅吉がその際控訴人先代と改めて契約した賃貸借契約の賃借期間を契約成立の日より五年間と定めたのも、その趣旨の現れと見ることができる。そうであれば、それから更に四十五年間の長きに亘り、地上建物の賃貸による家賃収入を得、今や建物は色々の補強にもかかわらず居住に耐え難い位にまで老朽化し、むしろ倒壊の危険さえ感ぜられる程になり、一方、建物の状況がそのようであるかぎり、もはや通常の家屋並の家賃収入は期待できない状況になったのであるから、被控訴人田中らとしては、既に十分に本件土地を控訴人先代から賃借した所期の目的を達成したものというべきであり、何度目かの更新後であるところの昭和四九年における賃貸借期間満了の機会には、原則として土地を賃貸人に返還してよい関係になったといわなければならない。

さらに、本件建物に居住している借家人との関係について考慮しても、被控訴人玉田冨美雄、同藤田長一以外の居住者は入居後日も浅く、また借家人らが建物を賃借するについて権利金、敷金を提供していることについては立証はなく、家賃の低廉、建物の老朽状態、居住条件の不良等を考慮すると、これらとの関係の円満な解決はそう困難な状況にあるとも思われない。

以上のほか、前認定の控訴人の家庭の事情、被控訴人らにおいて本件土地賃借を継続することの必要性の程度、本件土地の近隣の状況との対比による本件建物を強いて維持存続せしめることの社会経済的に見た不合理さなど一切の事情を総合して判断すれば、控訴人において、被控訴人田中らが本件土地賃借権の存続期間満了による賃借権消滅後、その使用を継続することにつき異議を述べたことに正当事由があると解するのが相当であるから、前記控訴人の異議により本件土地の賃貸借契約は更新されることなく終了したものといわなければならない。

三  損害について、

前記認定のとおり、本件建物は、一号物件と二号物件とが別棟として大正一五年頃建築され、一号物件の面積は九四・二一四平方メートル、二号物件は延七三・八五一平方メートルで、本件土地は、その敷地であり、ほかに地代家賃統制令の適用除外事由がないので、本件土地の賃料は同令に従って算出すべきものであるところ、成立に争いのない甲第九号証の一、二、第一二号証の一、二、第一三号証及び弁論の全趣旨(原審記録一一九丁の固定資産課税台帳登載証明書参照。)により認められる課税標準額等により、同令に従って算出すると、別表地代算出表のとおり一か月につき昭和五〇年度は一万二〇一四円、昭和五一年度は一万二六三三円、昭和五二年度は一万三三五六円となる。したがって、控訴人においても本件損害金を同令に従って算出した賃料に基づいて請求していることを合せ考え、本件における賃料相当の損害額は右金額と同額と解すべきである。

控訴人は、損害額は右金額に五割増した金額をもって算出する慣習があると主張するが、これを認むべき証拠はなく、また、右損害金の支払を遅滞したことによる遅延損害金には借地法一二条の適用はなく、民事法定利率年五分の割合によるべきものである。

四  結論

したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は、被控訴人田中らに対する本件建物の収去、本件土地の明渡並びに前記損害金及びこれに対する当該月の翌月一日以降支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。また、被控訴人玉田冨美雄に対する一号物件中(ホ)部分、二号物件中(ト)部分からの各退去、③号物件の収去、被控訴人藤田長一に対する二号物件中(ヘ)部分からの退去を求める請求は、右被控訴人らは、それぞれその建物に居住することにより、また、その建物を所有することにより控訴人の建物敷地の占有回復を妨害しているから、右請求は理由がある。よって、以上の範囲で控訴人の各請求を認容し、被控訴人田中らに対するその余の請求は理由がないからこれを棄却すべく、これと異る原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂井芳雄 裁判官 下郡山信夫 富澤達)

<以下省略>

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