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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2279号 判決 1978年1月25日

控訴人 兼政愛子こと 朴善愛

右訴訟代理人弁護士 村山晃

右訴訟復代理人弁護士 吉田隆行

被控訴人 平和生命保険株式会社

右代表者代表取締役 武元忠義

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

竹谷勇四郎

福田二

金井正人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す、被控訴人は、控訴人に対し、一三〇〇万円およびこれに対する昭和五〇年一一月二二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に記載するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

一  被控訴人

1  生命保険契約者または被保険者が保険契約申込に際し保険者に告知すべき重要な事実とは、被保険者の生命の危険性を判定するにつき影響を及ぼすべき事実をいうものと解すべきである。

本件被保険者である金鐘大は保険契約締結当時すでに肝硬変症で通院中であったところ、肝硬変症は、肝臓の間質が増え肝実質がいしゅくし、肝臓機能の低下をきたし、治療方法がなく、回復不可能な疾病であるから、被保険者の生命の危険性を判定するにつき影響を及ぼす事実であり、「重要な事実」に該当する。

2  被控訴会社では、保険契約締結に際し、被保険者が肝硬変症であると告知された場合、常に保険契約を拒絶する扱いとなっている(乙第八号証)。かりに、被保険者が単に肝臓病で通院していると告知したとしても、本件被保険者の場合昭和四七年一一月頃からの通院であるから慢性肝炎と認定し、この場合も通院中はもちろん治癒後一年までは契約締結を拒絶する扱となっている(乙第八号証)。

3  したがって、被保険者が自ら通院中でありながら、右の事実を被控訴人に通知しなかった以上、被控訴人からされた本件契約の解除は有効である。

二  控訴人

被控訴人の右主張を争う。

(証拠)《省略》

理由

一  請求原因事実(兼元正明こと金鐘大の本件各保険契約締結と死亡の事実)は、当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、金鐘大はかねて肝硬変症等を罹患しておりその死亡は肝硬変症を原因とする食道静脈瘤破裂による大量出血であったところ、同人は本件各保険契約締結にあたって悪意または重大な過失により右病歴を被控訴人に告知しなかったから、被控訴人は本件各保険契約を解除したと主張するので、案ずるに、《証拠省略》によると、本件保険契約(一)の約款第一六条、同(二)の約款第一七条には、保険契約者または被保険者が保険契約申込の際、被控訴人に対し悪意または重大な過失によって重要な事実を告げなかったか、または重要な事項について真実でないことを告げた場合には、被控訴人は当該保険契約を解除することができる旨が定められていることが認められ、また、後記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、金鐘大は、肝硬変症および糖尿病を罹患して京都市立病院に昭和四七年一一月一一日から同年一二月一六日まで入院、同月二六日から昭和四九年五月二日まで通院、同日から同月四日まで入院、同月二〇日から昭和五〇年五月二二日まで通院、同月二五日救急入院して同日死亡したこと、その死因は、肝硬変症を原因とする食道静脈瘤破裂による大量出血であること(金鐘大が昭和四七年一一月頃から肝硬変症および糖尿病で同病院に、通院していたこと、その死亡の事実および死因については、当事者間に争いがない。)、肝硬変症に罹患すると、肝臓の間質が増え肝実質がいしゅくし肝細胞数が減少しグリコーゲン貯蔵量が減少して肝臓の機能低下をおこす結果、門脈、肝動脈、肝静脈、胃動脈等の血管が硬化して狭くなり、そのため血管が破裂しやすくなって、とくに本件のような食道静脈瘤の破裂をおこしやすいこと、肝硬変症は慢性病であって、その治療方法としては、患者の食事、安静等に依存するだけでこれを治癒する方法がなく、しかも、最近の統計によると三年で半数、五年で三分の二が死亡するとの結果がでているものであること、このように、肝硬変症は患者自身の自覚による治療にまつ以外に方法がなく、しかも危険な病気であるので、医師が治療する際にはほとんどの場合患者に病名を告知し、稀れに明確な病名を告知しない場合でも悪性の慢性肝炎である旨を告げて患者の自覚を待つようにするものであること、また、このようなところから、被控訴会社では、肝硬変症にかかっている者を被保険者とする生命保険の加入は認めておらず、このことは慢性肝炎で通院中の者についても同様で、このような扱いは他の生命保険会社でも同様であることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

ところで、右保険約款にいう「重要な事実」とは、保険者がその契約における生命の危険性を測定しこれを引受けるべきか否かおよびその保険料率をどのように定めるかを判断するに際してその合理的判断に影響を及ぼすべき事実をいうものと解すべきところ、右認定の事実によれば、肝硬変症罹患の事実は右にいう「重要な事実」にあたるものと解するのが相当である。

そして、《証拠省略》によると、被控訴会社の外務員である菅浪フジは、昭和四九年一〇月頃金鐘大から本件各保険契約を締結することの内諾をえたが右各保険契約の締結にあたっては被控訴会社の診査医による被保険者の診査を必要としたので、金鐘大に同月一五日菅浪フジおよび金鐘大の知合である京都市南区東九条東岩本町の東光商事(経営者徳永斗一)の事務所において右の診査を受けてもらうことにし、あらかじめ告知事項を記載した診査報状(乙第三号証)を金鐘大に交付しておいたこと、同日午後二時頃右事務所において被控訴会社の診査医である金沢桜は金鐘大から右診査報状を受取ったうえ、同人に対しその健康状態について問診、打診(触診)、聴診、血圧の測定等の検診を行ったが、異常が認められず、その際右診査報状にもとづいて、現在の健康状態として(一)具合の悪いところの有無、(二)胃腸障害や目だった体重の減少の有無、(三)医師の診療をうけていないか、(四)慢性の疾患、持病の有無等の質問をしたが、同人からそのすべてについて「無」との回答があったので、同人の面前で右診査報状の該当個所にその旨の記載をし、これを同人に示してその確認をえたうえ、被控訴会社に報告したこと、そして、被控訴会社は、本件各保険契約成立後おそくとも昭和四九年一一月七年頃までに金鐘大に対し保険証券とともに前記診査報状の写しを送付して告知事項およびこれに対する同人の回答記載を知悉する機会を与えたが、同人からはなんの応答もなかったことを認めることができ、《証拠省略》中右認定にそわない部分は前掲証拠と対比して措信できないし、右診査報状である乙第三号証には、診査場所として「被保険者宅」との記載があるが、前掲証人金沢桜の証言によると右金沢桜は前記菅浪フジから診査場所をきいただけでその詳細を知らされず、かつ右事務所を訪れるのは初めてであったので、そこを被保険者宅と思い込んだことが認められるから、右の記載は誤記にすぎず、前記認定の妨げとなるものではない。

右認定の事実によると、金鐘大は、長年にわたり京都市立病院で診療を受けていたものであって、その病名が肝硬変症であることを知っていたものと推認することができるのであるが、被控訴会社の診査医から具合の悪いところの有無、医師の診療をうけていないか、慢性の疾患の有無等についての質問を受けながら、あえてその事実がない旨の回答をしているところからすると、金鐘大は本件各保険契約締結にあたり被控訴人に対し悪意または重大な過失によって重要な事実を告げなかったか、または重要な事項について真実でないことを告げたものといわなければならない。

そして、後記当事者間に争いのない事実に《証拠省略》によれば、被控訴人は、昭和五〇年七月初旬金鐘大が肝硬変症を罹患していたことを知ったので、同月二四年到達の書面により同人の相続人であり、他の相続人の法定代理人である控訴人に対し右の不告知等を理由として本件各契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる(解除通知の事実は、当事者間に争いがない。)。

三  控訴人は、本件保険約款によれば被控訴人は重要な事実を書面により質問することになっているのに、金鐘大は書面による質問を受けていないと主張し、右の事実は当事者間に争いがないが、《証拠省略》によれば、右約款にいう書面とは前記診査報状を意味することが認められ、かつ、前記認定の事実によると、右診査報状はあらかじめ金鐘大に手交されていて、診査当日も診査医である金沢桜は金鐘大に右診査報状にもとづいて質問をし、同人の回答をその面前で記載し、そののちこれを同人に示してその確認をえているのである。してみると、質問自体は書面によっているわけではないが、診査医が書面にもとづいて記載事項について質問を発し、被質問者の面前でその回答を記入し、そのうえでその記載の確認をえているのであるから、質問を書面によることとした前記約款の趣旨は実質的に充たされているということができる(むしろ、単なる書面による質問よりも正確を期しうる適切な方法ということすらできる)ので、被控訴人の質問には所論の約款違反は認められない(なお、《証拠省略》によると、右診査報状中の被保険者の署名欄には金鐘大の自署がされず、菅浪フジが記入したことが認められるが、《証拠省略》によると、被控訴人が右の署名を求める趣旨は、被保険者本人に記載内容を確認させることにあると認められるところ、前認定のとおり、金鐘大は本件診査終了時に金沢桜から質問および回答の記載についての確認を受け、かつ、その後間もなく右診査報状の写しの送付を受けてさらにその内容確認の機会が与えられているから、右の自署を欠くことのみによって叙上の質問ないしは回答が効力を生じないということはできない。)。控訴人は、また、被控訴人は医師による診査をしていないから、過失により重要事項を知らなかったものであると主張するが、被控訴人が診査医により金鐘大の診査をしたことは、前認定のとおりであるから、所論はいずれも採用することができない。

四  そうすると、本件各保険契約はその余の点について判断を示すまでもなく適法に解除されたということができるから、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却するべく、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 朝田孝 判事 富田善哉 川口冨男)

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