大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)478号 判決 1977年8月31日
控訴人 小田百合子
被控訴人 中西福實 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人らの本訴請求を棄却する。反訴請求として、被控訴人らは控訴人に対し原判決別紙目録(一)1記載の土地につき大阪府知事に対し農地法五条の許可申請手続をせよ。仮に右許可が得られないときには、被控訴人らは控訴人に対し各自金五二四万円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに右金員支払請求部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示(ただし、原判決七枚目裏四行目に「準知」とあるのは「熟知」の誤記と認める)と同一であるから、これをここに引用する。
一、控訴人
仮りに本件賃借権の譲渡を理由とする解除が有効であるとすれば、控訴人は被控訴人らに対し次のとおり本件建物の買取りを請求する。
1、被控訴人らは訴外池田彰介こと宋成昊(以下宋という)に対し遅くとも昭和四八年三月五日本件土地を本件建物所有の目的で賃料月額三万円で賃貸した。
2、控訴人は訴外宋から昭和四八年一〇月二二日本件建物を譲渡担保を原因として譲受け、その後所有権を確定的に取得し、これにともなつてその敷地である本件土地の賃借権を譲受けた。しかし、被控訴人は右譲渡を承諾しない。
3、そこで、控訴人は被控訴人らに対し昭和五一年六月二四日当審における本件口頭弁論期日において借地法一〇条により本件建物を買取るべきことを請求する旨の意思表示をした。
4、本件建物の価額は五〇〇万円が相当である。
5、よつて、控訴人は右金五〇〇万円とこれに対する昭和五一年六月二五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払と引換えでなければ、本件土地の明渡しに応ずることができない。
6、本件買取請求権の行使は無効であるとの被控訴人の主張に対し、訴外宋が昭和四九年九月一三日に死亡したことを認めるが、その余はすべてこれを争う。被控訴人らは賃料の受領を拒絶しながら、昭和五〇年一月分からの賃料の支払がないとしてこれを理由に解除しても、解除の効果は発生しない。
二、被控訴人ら
控訴人の本件建物買取請求権行使に関する主張は次のとおり理由がない。
1、本件賃貸借は、昭和四八年三月四日期間満了により終了した。控訴人の買取請求権の行使はその後になされたものであるから、無効である。
2、賃借人の訴外宋は昭和四九年九月一三日死亡し、その相続人は存在しないので、賃借権はこの時消滅した(日本国内に相続人は存在しない模様である。甲第三号証参照。なお、相続人存在の立証責任は控訴人にあること当然)。本件買取請求権の行使は右死亡後になされたものであるから、無効である。
3、被控訴人は昭和五〇年一二月四日原審における本件口頭弁論期日において賃料不払を理由として本件土地賃貸借契約を解除した。本件買取請求権はその後になされたから無効である。右解除の意思表示は訴外宋死亡後であるが、民訴法八五条により承継人に対して効力を有する(もし、承継人がないとすれば、本件賃借権は、前記のとおり、宋の死亡により消滅した)。
4、控訴人の主張に対し、訴外宋は昭和四九年九月一三日死亡しているから、昭和五〇年一月分の賃料の提供は、それがあつたとしても、控訴人がなしたものであるから無効である。
(証拠関係省略)
理由
当裁判所もまた原審と同様、控訴人の抗弁を排斥し、被控訴人中西福實(以下福實という)と訴外宋との間の原判決別紙目録(一)1記載の土地(以下本件土地という)の賃貸借は賃借権の無断譲渡を理由とする解除により昭和四九年三月六日終了したものと認定し、控訴人に対し本件土地の持分権に基づき同別紙目録二記載の建物(以下本件建物という)およびその占有部分(原判決別紙目録(一)3記載の土地)の明渡を求める被控訴人らの本訴請求を正当として認容し、訴外宋が賃借権を有することを前提とする控訴人の反訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の理由説示(原判決八枚目表末行から一三枚目裏七行目まで)と同一(ただし、原判決九枚目表三行目に「地築」とあるのを「建築」と、一〇枚目表九行目に「証人三浦精一郎」とあるのを「原審ならびに当審における証人三浦精一郎」と改める)と同一であるから、これをここに引用する。
一、背信行為と認めるに足りない特段の事情の存否について。
控訴人は、本件賃借権の譲渡につき背信行為と認めるに足りない特段の事情として、「元来被控訴人福實と訴外宋との間には、親族とか友人とかその他特別な人的信頼関係があつたわけではない、ところで家屋所有を目的とする土地賃貸借においての主たる目的は地代を得ることであり、借地人が何人であるかによつて使用方法が変らないのが一般であり、本件においてもまた然り、被控訴人らとしては控訴人に本件土地を賃貸することにより、より確実に地代の支払を受けられることになるのである」と主張するけれども、そのことだけで本件賃借権の譲渡が背信性を欠き、解除権の行使を妨げるものと即断することはできない。さきに引用した原判決の理由説示に明らかなとおり、当初、被控訴人福實は訴外宋に対し本件土地を建築材料の置場、飯場仮設建物所有の目的で期間を昭和四八年三月四日までとして賃貸したところ、同訴外人は約旨に反し本件建物を建築し、被控訴人らは右建築中から異議を述べ、工事の即時中止を求めたが、これに応ぜず、約定にしたがつて一年後の期間満了時には必ず撤去して本件土地を明渡す旨の返事をするのみであつた、しかるに同訴外人は、期限到来後も依然撤去しなかつたので、被控訴人らは重ねて早急に明渡すよう督促したところ、同訴外人から新規に五年間の賃貸借期間を定めてもらえば、期間満了時に必ず撤去する旨申入れてきたので、被控訴人福實はやむなくこれを受け容れ、昭和四八年三月五日改めて期間を五年と定めて賃貸したものであつて、右賃貸借にはその成立の経過においてこのような特殊事情があり、これを無視した本件賃借権の譲渡には賃貸人に対する背信性の著しいものがあるといわなければならない。そのほか、背信行為と認めるに足りない特段の事情の存在を認むべき新たな証拠はない。
二、建物買取請求権の行使について。
借地法一〇条による建物買取請求権の行使については、買取請求権行使者の建物譲受後買取請求権行使までの間に賃借権が消滅した場合、その消滅が無断転貸または譲渡を理由とするときは、原則として、買取請求権の行使を認容すべきであるが、賃借人の契約違反的行為(とくに賃料不払)を理由とする解除によるときは、たとえ、行使者の建物取得後に解除がなされた場合であつても、買取請求の効力を否定するのが正義衡平の理念に合致するものというべきである。
本件についてこれをみるに、本件建物は、前段説示のとおり、昭和四七年三月五日本件賃貸借後間もなく訴外宋によつて建築され、爾来昭和四八年八月ごろ行方不明となるまでは同人が使用し、その後一時人夫が勝手に入り込んでいたが、以後は空家のまま放置されていたこと、訴外宋は多額の債務を負担し、支払不能の窮状にあつたため、債権者の追及を逃れるべく昭和四八年八月ころ以降所在を隠していたが、その後昭和四九年九月一三日死亡したことが確認された、しかし、同人の妻子、兄弟、姉妹等の存否は現在に至るも不明であること、本件土地の賃料は昭和四八年八月分まで訴外宋が支払い、行方不明後は控訴人またはその内縁の夫三浦精一郎が訴外宋名義で一時弁済供託していたが、本件賃貸借については、賃料債務を三か月分以上遅滞したときは無催告解除の特約が存したことは、さきに引用した原判決の理由説示に明らかなところである。そして、被控訴人福實において、訴外宋が昭和四九年一二月分までの賃料の弁済供託をしているが、その後の賃料の支払も供託もないことを理由に、昭和五〇年一二月四日原審における本件口頭弁論期日において予備的主張として契約解除の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著なところであつて、右昭和五〇年一月分以降の賃料債務につき弁済のないことは、控訴人の自認するところである。控訴人は、昭和四八年一〇月分の賃料を持参提供したが、被控訴人福實においてその受領を拒絶したので、昭和四九年一二月分まで本件土地の賃料を弁済供託しているのであるから、同五〇年一月分以降の賃料不払を理由とする契約解除は無効であると主張するけれども、元来被控訴人福實としては、本件賃借権の譲渡を承諾していないのであるから、控訴人からの弁済の提供に対しその受領を拒絶したからといつて、債権者の受領遅滞を招来するものではない。してみれば、本件賃貸借は昭和四九年三月六日賃借権の無断譲渡を理由として解除されなかつたとしても、控訴人が買取請求をなした昭和五一年六月二四日以前である同五〇年一二月四日賃料不払を理由とする解除により消滅すべき関係にあつたものということができる。このような場合には、現実には賃借権の無断譲渡を理由として解除されたものであつても、賃料不払による解除の場合と同視し、買取請求権の行使は許されないと解するのが相当である。この点に関する控訴人の主張は採用しがたい。 右の次第で本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用は敗訴当事者である控訴人の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎福二 田坂友男 高山晨)