大阪高等裁判所 昭和51年(ラ)265号 決定 1976年12月13日
理由
一、本件抗告の趣旨、理由
別紙(二)記載のとおり。
二、当裁判所の判断
(一) 本件強制執行の債務名義とされている公正証書(頭書の両事件に共通、以下「本件公正証書」という)は別紙(一)記載のようなものである。
(二) そこで、本件公正証書の抗告人に対する債務名義としての適格性について検討する。
まず、同公正証書第一条ないし第三条には、株式会社マガジン社の相手方に対する従前の買掛代金債務を消費貸借上の債務に改める旨の約定ならびにその債務の弁済方法に関する定めが記載されている。ついで、第四条には、株式会社マガジン社の右債務につき、松井庄七が連帯保証することを諾約した旨の記載がなされているけれども、松井のほかに、抗告人が右連帯保証の諾約をしたことをあらわす文言はもとより、抗告人の氏名そのものの記載もない。そして、第五条に、「債務者及保証人」が右債務を履行しないときは直ちに強制執行を受くべきことを認諾した旨の記載がなされている。
以上本件公正証書第一条ないし第五条の本旨記載事項のうちには抗告人に関する記載はなく、右本旨記載事項からすれば、株式会社マガジン社の相手方に対する準消費貸借上の債務を連帯保証し、同債務についての執行を認諾した「保証人」は松井庄七のほかにはないことになる。
もつとも、右本旨記載事項に続く「本旨外要件」の記載、とりわけ、連帯保証人として抗告人の氏名が列記され、抗告人の代理人として石出昌一が本件公正証書に署名捺印した旨の記載があることをもしんしやくすれば、同公正証書は、抗告人が松井庄七とともに株式会社マガジン社の前記債務を連帯保証した趣旨をあらわすものと解することは不可能ではない。しかし、前記本旨記載事項第五条の「保証人」は、通常の文例上、第四条の松井庄七のみを指すものと解するほかはなく、右「本旨外要件」の記載を考慮しても、本件公正証書に抗告人が執行を認諾した事実の記載があるものとはとうてい解しがたく、他にそのように解すべき根拠もみいだしえない。従つて、本件公正証書は、抗告人についての執行認諾文言を欠き、抗告人に対する債務名義となりえないものといわねばならない。
(三) そうすると、右公正証書に執行文が付与され、その他の執行開始要件がすべて具備されているにしても、それに基づく強制執行は、単なる借用証書や裁判外の和解契約書に執行文の付記があつたときと同様、その基本となる債務名義が外形上も存在しない場合にほかならず、執行文付与の取消をまつまでもなく当然無効であるというべきである。してみると、抗告理由について判断するまでもなく、本件強制執行は民訴法六七二条第一号に該当し、これに基づく原競落許可決定は違法であつて、取消を免れない。
よつて、原決定を取消し、本件競落を許さない
(裁判長裁判官 日野達蔵 裁判官 荻田健治郎 尾方滋)