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大阪高等裁判所 昭和51年(人ナ)1号 判決 1976年10月08日

請求者

民井美智子

右代理人

西尾太郎

外一名

拘束者

民井松太郎

民井ヨシ子

民井精三

右代理人

杉山博夫

外一名

被拘束者

民井慎三

右代理人

岡野幸之助

主文

請求者の請求を棄却する。

被拘束者を拘束者らに引渡す。

手続費用は請求者の負担とする。

事実《省略》

理由

一<疎明資料>及び弁論の全趣旨によれば、請求者主張一の事実及び次の事実を一応認めうる。

(一)  請求者と精三の婚姻関係は、両名間の育児のこと、精三の請求者や子供らに対する暴力行為、精三の他の女性との不貞行為に関する紛争、ならびに右両名の性格の不一致等種々の原因が重なり、とかく円満を欠いていたが、昭和五〇年九月二七日夫婦喧嘩となり、精三が請求者に暴力を振つたことが直接の原因となつて、請求者は子供等を連れて実家(請求者の父峰晴進、継母静枝、実兄享とその妻子が同居している。)に身を寄せた。

(二)  別居後、昭和五〇年一一月尚子は従来通学していた大和牧野台小学校から請求者の実家に近い仁川小学校に転校し、同五一年三月二七日請求者は子供らを連れて六畳四畳半一〇畳のダイニングの肩書マンションに転居し、同年四月被拘束者は公立仁川幼稚園に入園した。請求者は同年二月二日以来会社の事務員として勤務し月収七万五、〇〇〇円を得ている。請求者ら親子三人の生活費は、右収入と請求者の親兄弟、特に享(工芸高校教師兼染色デザイナー、月収約四〇万円)の経済的援助によつて支えられ(右マンションは享が請求者のため購入し使用させている。)不自由はない。請求者は勤務のため朝七時四五分頃から晩六時三〇分頃まで家を明けるので、その間留守番及び子供らの監護は静枝(五八才)が右マンションに泊り込んでこれに当り(静枝の生活費四万円を享が支出している。)、被拘束者の通園には静枝が附添つていた。

(三)  被拘束者は虫歯のため同五一年五月三一日から仁川小学校前の河崎歯科医院で歯の治療を受け、現在もなお治療を要する状態であるほか、小児喘息の持病があり、同五〇年一二月頃から宝塚医院生活協同組合経営の良元診療所に定期的に通院して注射療法を受けていた。

(四)  精三は三菱電機株式会社通信機製作所応用技術係長をしており、月収二四万七、〇〇〇円を得ているが、同五一年三月一八日請求者から給料の四分の一につき仮差押を受けた(神戸地方裁判所伊丹支部昭和五一年(ヨ)第二三号事件)ため、その分及び税金等を差引き手取りは一四万円弱である。別居後同人は暫く川西市大和東一丁目一五番地七の家屋に住んでいたが、同年一月二七日右家屋を売却して両親(松太郎及びヨシ子)の許に移り同居している。精三は同五〇年一〇月から同五一年二月までの間子供らの養育費として毎月五万円を、同五〇年一二月小遣いとして一万円を請求者に渡したが、その後は右仮差押を受けたため支払つていない。

(五)  請求者、精三は共に子供らに対し深い愛情を抱いているが、請求者は、子供を甘やかして育てることは将来のためよくないとの考えからしつけをきびしくする面があるのに対し、精三は子供らに対し請求者との争いの余波で時に暴力を振つたこともあるが、平素は優しくする方で子供らから慕われていた。ヨシ子も亦子供らに対し深い愛情を抱いており、このことは同五〇年九月二七日請求者が子供らを連れて実家に帰つた際、享に対し「子供をよろしく頼む。たとえ精三が養育費を送らないようなことがあつても私は必ず送るからお願いします」と繰返し懇願した事実、後記認定の子供らとの面接の経過等にあらわれている。

(六)  別居後精三は同年一〇月請求者の実家で、同年一一月一〇日調停の席上でそれぞれ二児に会い、尚子には同年一一月二五日同児が転校したとき路上で待ち受けて会い、被拘束者には同五一年六月五日請求者代理人事務所で会う等したが、請求者及び享が子供らに動揺を与えることを恐れ面接を妨げる態度をとつている(実家で会つたときは享らがそばにいて監視していた。)ため親子間の愛情交流の目的は達せられなかつた。その間、同五〇年一二月一八日には、請求者、精三間の神戸家庭裁判所伊丹支部昭和五〇年(家)第六〇八号協力扶助事件につき「精三は長女尚子が現に宝塚市仁川小学校に通学し教育を受けることについて、請求者と協力し就学状況をみださない」ことを命ずる審判前の仮の処分を受けた。

ヨシ子は、同年一〇月九日ひとりで(精三には内緒で)、同月一一日松太郎と共に、同月一二日松太郎、精三と共に、それぞれ請求者の実家を訪れて子供らに会い、同五一年二月一五日クリスマスプレゼント、お年玉、尚子の誕生祝等を持参して同じく請求者の実家で、子供らに会つた。しかし、同年六月一五日子供らへのプレゼントを持つて請求者の実家を訪れた際には、享から子供らとの面接を拒絶せられた。

(七)  精三は右面接拒絶の件の後、子供らを連れ戻す決心をし、同年七月五日請求者住所附近で子供らを待受け、被拘束者が友達(仁川幼稚園々児)の塚本晋也と連れ立つて右塚本の家を出たのを発見し、その場で被拘束者をオートバイに乗せて連れ帰つた。

(八)  被拘束者は現在松太郎宅(間取りは一〇畳、六畳、六畳、三畳、台所、風呂場)で拘束者ら三名と共に生活しその監護下にあるが、松太郎は住友金属に三五年間勤続後退職し現在厚生年金(月額八万円)を受けているほか、長男からの営業利益金(月額六万円)の分配をも受けていて生活に困らない境遇であり、松太郎、ヨシ子(五九才)は共に健康である。

被拘束者の小児喘息については、大阪市北区中之島の住友病院で、虫歯については宝塚市中山寺の渡辺歯科医院で、現在それぞれ治療を受けている。幼稚園については、同五一年九月一日付で雲雀丘学園幼稚園(阪急雲雀丘花屋敷駅に近接)に入園を許可され、現在通園している。

二意思能力のない幼児を監護することは、人身保護法及び同規則にいう拘束と解すべきであり、被拘束者は、六才四か月の幼児で、未だ意思能力を有しない者であるから、拘束者らが請求者の監護を排して被拘束者を監護することは、人身保護法及び同規則にいう拘束に当る。

人身保護法によつて救済を請求することができるのは、拘束の違法性が顕著な場合に限られているが、本件のように、夫婦の一方が、他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡を請求した場合、拘束の違法性が顕著か否かは、幼児が請求者によつて監護される方が拘束者によつて監護されるよりも幼児の幸福を図ること明白であるか否かを主眼として判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年七月四日第一小法廷判決、民集二二巻七号一四四一頁参照)。

前記認定によると、請求者、精三は共に監護能力を有し、両者の間に殆んど優劣はない(精三が被拘束者を引きとつた場合、実際に監護に当るのはヨシ子であり、同人は被拘束者に対し母親同様の愛情をもつて接している。)。

本件のように、妻が、夫に対し、人身保護法に基づき共同親権に服する幼児の引渡を請求した場合、妻と夫が共に監護能力を有し、両親の間に殆んど優劣がなく、幼児が六才四か月の児童期に達しているとき、幼児が請求者によつて監護される方が拘束者によつて監護されるよりも幼児の幸福を図ること明白であるといえない。

よつて、本件拘束は、拘束の違法性が顕著であると認められないから、本件請求を棄却し、人身保護法一六条一七条を適用して主文のとおり判決する。

(小西勝 入江教夫 和田功)

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