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大阪高等裁判所 昭和51年(行ス)9号 決定 1976年7月19日

相手方 金宝賢

抗告人 大阪入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 麻田正勝 玉井博篤 ほか三名

主文

1  原決定主文第一項を取消す。

2  本件申立中、抗告人が相手方に対し昭和五一年五月一八日付で発した退去強制令書に基づく送還の執行停止を求める部分を却下する。

3  申立費用及び抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その抗告の理由は別紙<省略>抗告理由書に記載のとおりである。

二  よつて審究するに、本件記録によれば、次の事実を一応認めることができ、この認定に反する疎明はない。

1  相手方は、昭和二九年四月一五日朝鮮済州道北済州郡朝天面咸徳里一三三二番地において、いずれも朝鮮籍を有する父金尹太、母洪玉林の長男として出生した朝鮮人で、幼時に父と死別し、母とも生別して、親戚に引取り育てられて成長し、農業に従事していたところ、同四三年八月有効な旅券又は乗員手帳を所持することなく、釜山港から小型木造船で本邦以下不詳地に上陸し、不法に日本に入国した。

2  その後、相手方は祖父に当る金達文方(大阪市生野区田島三-五-一一)に身を寄せ、東大阪朝鮮中級学校を卒業した後、自動車整備工員として稼動していたが、同四七年一一月七日の交通事故後は稼働せず、同四八年四月二八日第二種原動機付自転車の無免許運転による二回目の交通事故以後は昭和五〇年一二月まで生活保護法の適用を受けて徒食していた。

3  大阪入国管理事務所入国警備官は、同四八年一月一六日付大阪市生野区長からの通報に基づき違反調査を行い、同五〇年一月二八日大阪入管入国審査官に引き渡し、大阪入管入国審査官は、相手方の審査を行い同年一〇月二七日出入国管理令第二四条一号に該当すると認定し、その旨を通知したところ、相手方は同日口頭審理の請求をし、大阪入管特別審理官は、相手方の口頭審理を行い同五一年二月一〇日入国審査官の認定に誤りがないと判定したが、相手方は同日法務大臣に異議の申出を行つた。法務大臣は、同年四月二二日相手方の異議の申出は理由がないと裁決し、その旨大阪入管主任審査官に通知した。大阪入管主任審査官は、同年五月一八日相手方に対し法務大臣の裁決結果を告知するとともに退去強制令書を発付し、同日大阪入管入国警備官が右退去令書を執行して相手方を大阪入管収容場に収容し、同年同月二〇日大村入国者収容所へ移送し、現在同所に収容中である。

三  相手方は、

1  相手方の日本渡航の動機および経緯その後の生活から見て、相手方の肉親も、又親戚の者もすべて日本に来ており、相手方の友人関係は全く韓国にはいないし、財産も韓国にはない。

2  相手方は、現在交通事故による受傷の治療を継続しなければならないが、医学的にも韓国よりすすんでいる日本で治療を受ける必要があり、又治療費についても日本にいるのなら親戚があるので右支払いについて心配することもないし、治療に専念できるものであるが、韓国においては財産もなく、又友人・親戚もいないので安心して治療できず、更に治療すらしてもらえないかもしれない。

また、韓国に帰れば、現在のように適切な職業があるか極めて疑問である。

右のような事情から考えても、相手方の生活を根底から破壊し、現在までの努力、生育過程を全く否定することとなる本件処分は著しく人道に反し、正義・公平の観念よりするも許されるべきものではなく、相手方に対して出入国管理令第五〇条一項三号にいう「特別に在留を許可すべき事情」が存するのに、右許可を与えることなくなされた本件退去強制令書発付処分は違法であると主張する。

しかしながら、前記交通事故による相手方の受傷の状態は、本件記録によれば、右側頭骨々折(硬膜外血腫)頸椎捻挫、腰部打撲傷の病名で、受傷以後入通院して治療を続けてきたが、いまなお、頭痛、めまい、むかつき、視力障害、腰痛等の症状が残り、はかばかしく快復しないので、相手方は昭和五〇年一一月を以て通院を打切り治療を受けることをやめていること、相手方の右症状は後遺症として残つているが、重篤状態にあるとは言えないことが認められるほか、相手方のその他の右各主張事実を個別的に、或は総合的に考察しても、本件処分による送還の執行をすることが、相手方を、さし迫つた生命、身体に対する危険状態に置き、人道上黙過し得ない状態に立到らしめるものとは言えず、本件退去強制令書の発布処分を違法ならしめるものではない。なお相手方は右主張の事実は、出入国管理令第五〇条一項三号に該当し、相手方に対し法務大臣の在留の特別許可が与えられるべき場合である旨主張するが、同条による法務大臣の許可は、自由裁量に属するものと言うべきところ、前認定事実からしても、その許可が与えられなかつたことを以て、著るしく裁量範囲を逸脱した違法があるとすることはできず、他に本件退去強制令書の発布処分を違法とすべき点は現時点に於ては見当らない。

四  以上本件処分は一応適法と言うことができ、相手方の主張は理由がないから本案訴訟(大阪地方裁判所昭和五一年(行ウ)第三〇号)について行政事件訴訟法第二五条三項に言う「本案について理由がないとみえるとき」に当るものと言えるから、本件執行停止の申立は理由がなく却下すべきである。

よつて、原決定主文第一項は相当でないからこれを取消し申立を却下することとし、申立費用及び抗告費用は相手方の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判官 喜多勝 林義雄 楠賢二)

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