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大阪高等裁判所 昭和52年(う)192号 判決 1977年8月24日

主文

被告人らに対する原判決をいずれも破棄する。

被告人坂口兼吉を懲役一年に

同池本英男を懲役一年六月に

各処する。

被告人両名につき、この裁判確定の日からいずれも二年間右刑の執行を猶予する。

被告人坂口兼吉から金二〇〇万円を追徴し、同池本英男から押収してある腕時計一個(当裁判所昭和五二年押第五八号の二一)を没収し、金三二三万八、六〇〇円を追徴する。

理由

<前略>

弁護人の論旨は、原判決は、被告人坂口兼吉に対し押収してある入会保証金預託証書一通(当裁判所昭和五二年押第五八号の二〇)を没収したうえ、さらに同被告人から右証書収受時の譲渡価格より右証書の額面金額を控除した金一三二万円を追徴しているが、本件で収賄の対象となつているものは、いわゆるゴルフの会員権であり、この会員権は、株式と同様、時の相場によつて価格が変動し、証券会社に類似した仲介業者により取引がなされているもので、その譲渡には入会保証金預託証書の交付が必要とされ、同証書には裏面に譲渡人、譲受人欄が設けられていて、同証書が会員権の売買取引の手段として用いられることを予定していることからみると、この証書は有価証券の性質を帯有しているものというべく、このことは、同証書が会員権を表彰していることを示すものであり、一般取引においても、証書の譲渡をもつて会員権の移転があつたものと観念されているのであるから、本件収賄による利益の剥奪としては、右証書を没収することで足りるものというべきである、なんとなれば、入会保証金預託証書を没収された以上、国家がこれに基づき保証金払戻請求権を行使すれば、被告人坂口は、これによつて会員たる地位をすべて失うべき立場に立たされているのであつて、かかる被告人からさらに原判決のように収賄時の会員権の価格と右証書の額面金額との差額金を追徴することは違法であり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

検察官の論旨は、原判決は、被告人両名から押収してある入会保証金預託証書各一通(当裁判所昭和五二年押第五八号の二〇及び二三)を没収したうえ、さらに右各証書の収賄時における譲受価格より各証書の額面金額を控除した差額金を追徴しているが、これらの証書は没収の対象になり得ないものであつて、被告人らに対しては右各証書の収賄時における譲受価格全額を追徴すべきである、すなわち、右の入会保証金預託証書は、これの譲渡、預託保証金の返還請求権の行使にその交付、呈示が必要とされ、裏面に裏書類似の欄を設け一見指図証券のような外観を有し、事実上市場で転々流通しているが、これを譲渡するについては、大津カントリークラブの承認が必要とされ、又これを譲受けて新たに会員資格を取得するためには、同クラブの理事会の決定ならびに名義書替手数料の支払が必要とされており、さらに同クラブの会則により会員資格の剥奪、会員としての権利行使の一時停止、除名等をなしうる場合が定められていて、有価証券として欠くべからざる権利と証券との密接な結合が排除されており、このことからみて右証書は単なる証拠証券に過ぎないものというべきであつて、原判決がこれを預託保証金返還請求権を化体しているものとして没収の対象とし、他方追徴すべき会員権の価格から右証書の額面金額を差引いてその残余金額のみを追徴したことは、入会保証金預託証書の理解を誤り、ひいては刑法一九七条ノ五の解釈適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかである、というのである。

そこで各所論にかんがみ記録及び原審証拠ならびに被告人坂口関係について取り調べられた当審証拠を検討して次のとおり判断する。

被告人らに対する各原判決は、被告人坂口についてはその判示収賄事実につき、被告人池本についてはその判示第一の収賄事実につき、いずれもその収受した賄賂はゴルフクラブの会員たる地位(会員権)であるが、その一部である入会保証金返還請求権は入会保証金預託証書に化体されているので、同証書自体を刑法一九七条の五前段により没収すべく、その余の会員たる地位はその性質上没収することができないので、同条後段によりその価格を追徴すべきであるとして、被告人坂口からは入会保証金預託証書一通(当裁判所昭和五二年押第五八号の二〇)を没収するとともに、収賄時における会員権の譲渡価格二〇〇万円から右預託証書の額面金額六八万円を控除した残額金一三二万円を追徴し、被告人池本からは入会保証金預託証書一通(同押号二三)を没収するとともに、収賄時における会員権の譲渡価格二三〇万円から右預託証書の額面金額五六万円を控除した残額金一七四万円を追徴した。

ところで、右各原判示事実において被告人らが収受した賄賂たるいわゆるゴルフクラブの会員権の性質についてみると、それはいわゆる預託金会員組織としての大津カントリークラブの個人正会員たる地位(以下「会員権」という。)であつて、これは、会員が株式会社大和(以下「会社」という。)及大津カントリークラブ宛入会を申込み、会社取締役会の承認を得たうえ、会社に対し入会保証金の預託を済ませることによつて成立する会社に対する債権契約上の地位であり、この関係を明らかにするために会社は会員に対し、入会保証金の受領と同時にこれを証する入会保証金預託証書を交付し、その氏名を会員名簿に登録するものとされ、その会員権の内容は、会員において会社が所有管理し、株式会社日本平が運営している大津市大石淀町所在のゴルフ場施設を優先的に利用しうる権利及び年会費納入等の義務を有するほか、入会の際預託した保証金を三年の据置期間経過後は退会とともに返還請求することができ、また、同カントリークラブの承認を得て会員権を他に譲渡することもできるというのであつて、会員権が譲渡されたときは譲受人は右の内容をもつ債権契約上の地位を承継することとなるのである。

そして、会員権の譲渡は通常売買によつて行われるが、この場合株式相場に類似した価格の変動がみられることや、これを譲渡するについては、相手方に入会保証金預託証書を交付することが必要とされていることから、同証書の裏面には、譲渡人譲受人の氏名押印欄が設けられており、このような点だけをみると、右証書は一見会員権と一体となつた流通証券であるかのような感じを受けないでもないが、他方右証書の譲渡については、その証書自体に「本証は当クラブの承認なくして譲渡又は質入れは出来ません。」との譲渡制限文言が記載されているばかりでなく、右証書の授受は通常会員権の譲渡に伴うものに過ぎないのであつて、同証書自体は一般に会員権と別個独立の取引対象とされるわけのものではなく、しかも、会員権を取得するためには、単にこの証書を入手しただけでは足りず、会社取締役会の承認を必要とするうえ、会社に対し名義書替料を支払つてその氏名の登録を受けることか要件とされているなど権利の譲渡、取得の両面について証書それ自体を離れた種々の手続が要求されており、これらの点を総合すると、右証書は会員権に対応して発行され、その移転に伴つて転々授受されるものではあるが、その性質は、会員権の所在を示す一資料としての証拠証書の域を出ないものというべく、証券それ自体が権利を表彰化体し高度の流通性を持つ手形や小切手あるいは株式などの有価証券とは本質的に異るものとみなければならない。

そうだとすれば、刑法一九七条ノ五によつて被告人らが本件ゴルフクラブの会員権を収受したことにより得た利益を剥奪するためには、その収賄の対象となつた会員権が前記のように会員の会社に対する債権契約上の地位であつて、それ自体を没収することはできないので、これを収受した時点におけるその価格の全額、すなわち被告人坂口については会員権買取価格一七〇万円及び名義書替料三〇万円合計二〇〇万円、被告人池本については会員権買取価格二〇〇万円及び名義書替料三〇万円合計二三〇万円に相当する各金員を被告人らからそれぞれ追徴すべきものであり、本件各入会保証金預託証書が右会員権の一部としての入会保証金返還請求権を化体しているものとして被告人らからこれを没収するとともに、会員権の収賄時における価格相当額から右各証書の額面金額を控除し、その差額金だけを被告人らから追徴するにとどめた原判決は、被告人らが収受した賄賂の性質を誤解し、そのため刑法一九七条ノ五の規定の適用を誤つたものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れず、検察官の論旨は理由がある。他方、本件各入会保証金預託証書が会員権のすべてを化体しているとして同証書の没収のみにとどめるべく追徴は許されないと主張する前記弁護人の論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により被告人らに対する原判決をいずれも破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決することとし、各原判決の認定した事実に被告人坂口については刑法一九七条一項前段、二五条一項、一九七条ノ五後段を、被告人池本については同法一九七条一項前段、四五条前段、四七条本文、一〇条(原判示第一の罪の刑に併合加重)、二五条一項、一九七条ノ五前段、同後段を適用して主文のとおり判決する。

(河村澄夫 村田晃 長崎裕次)

<参照――第一審判決>

【主文】

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

被告人から押収してある入会保証金預託証書一通(昭和五一年押第二五九号の二三)および腕時計一個(同号の二一)をそれぞれ没収し、金二六七万八、六〇〇円を追徴する。

【理由】

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年八月一日から昭和五〇年七月三一日まで京都府城陽市(昭和四七年五月二日以前は、城陽町)企画事業部(同年一一月一日付事業部、昭和四九年八月一日付建設部とそれぞれ名称変更)都市計画課長として、同市発注にかかる同課所管の都市計画、下水道、街路、公園等の各事業および都市排水施設の改修等の工事について指名業者の選定および工事の施行に関する指導、監督、検査並びに同年七月三一日までは都市計画法、同市開発指導要綱等に基づく開発に関する許可申請等の手続および宅地造成事業等の指導の職務を担当していたものであるが、

第一 建設業大信建設株式会社代表取締役吉岡秋男から、同市発注にかかる同課所管の都市排水施設等の工事の指名業者の選定並びに同工事の監督、検査等について好意ある取り計らいを受けたことに対する謝礼および将来も職務上便宜な取り計らいを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、同人の出捐により、大津カントリークラブ個人会員権代金二〇〇万円、名義書替料金三〇万円をそれぞれ支払い、よつて昭和四八年六月一二日大阪市東区京橋三丁目一番四号株式会社大和において右カントリークラブの個人会員として登録を受け、その後同月一五日ころ、城陽市大字平川小字大将軍二六番地の一一被告人方において、右大和職員の発送にかかる右大和発行の入会保証金預託証言一通(額面金額五六万円、昭和五一年押第二五九号の二三)の供与を受け

(第二ないし第五 省略)

もつてそれぞれ自己の職務に関し賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、刑法一九七条一項前段にそれぞれ該当し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとし、なお判示第一の犯行により収受した賄賂の性質について鑑みるに、前掲当該各証拠によれば、被告人において賄賂として収受したものは、前記株式会社大和の発行する単なる紙片としての入会保証金預託証書(昭和五一年押第二五九号の二三)に留らず、同会社の所有し且つ株式会社日本平の経営する大津カントリークラブのゴルフ場およびその付属施設を優先的且つ継続的に利用し得る権利および年会費等を納入すべき義務をも包含するところの同クラブ会員としての地位(そのうちには、右地位に基き実際に同クラブ施設等を利用した利益を含む)であるといわなければならない。没収、追徴の制度の趣旨は、授受された賄賂の目的物またはその価額を常に国庫に帰属せしめて、収賄者をして犯罪による不法な利益を保有しまたは回復するのを妨げることを目的とするものであること明らかである。ところで、被告人の収受した右会員たる地位が、右預託証書に包摂して化体されていれば、したがつて同証書の没収をもつて、会員権にすべて効力を及ぼし得るものであれば、同証書を没収することによつて、収賄者の利益をすべて奪うに等しいこととなり、右制度の趣旨を満たすものであるということができる。前掲当該各証拠によれば、預託証書ないし会員権の売買は自由であり、会員権の移転には通常必らず預託証書の占有の移転を伴い、また退会の際に入会保証金の返還を請求するには、同証書の必要であることは認め得るが、一方、右会員権は、会員たらむとする者が、右株式会社大和に対して入会申込書および会員権譲渡承認請求書等を提出して入会を申込み、右クラブ理事会の承認を経たうえ、同理事会に対して前会員(譲渡会員)所有の預託証書、会員証および名義書替料を交付することによつて同クラブに登録されてはじめて譲り受けられるものである。右によれば、同証書は、その流通性は制限され、しかも未だ会員たる地位を包摂化体しているとは言えないから、同証書の没収をもつて収賄者の受けた利益をすべて国家に帰属せしめ得るものではないといわなければならない。一方、右制度目的を満たすために、できる限り、賄賂として収受したもの自体を没収すべきこともまた法の予想するところである。成程会員たる地位そのものは、その性質上没収することができないとはいうものの、会員が退会するとき、預託証書をもつて入会保証金の返還請求をすることができるのであるから、その入会保証金返還請求の権原は会員たる地位にあるとはいえ、右預託証書が、少くとも会員権の一部としての保証金返還請求権を化体するものと言えないでもなく、そのうえ、預託証書をなお収賄者に保有せしめれば、その自由譲渡性或は登録された地位を利用して、収賄者をして更に利得せしめる余地がないでもないこと等に鑑みれば、右預託証書を国家に帰属せしめて、それに基き相応の措置を施すことこそ同制度の目的を全うするところである。その余の会員たる地位は、前記のとおり、その性質上没収することができないから、その価額を追徴すべきであるが、その価額は、収受時の会員権の譲受価額金二三〇万円から、右証書額面金額(入会保証金額)五六万円を控除した金一七四万円をもつて相当とする。

以上のとおり、押収してある前記入会保証金預託証書一通(昭和五一年押第二五九号の二三)は判示第一の、また同腕時計一個(同号の二一)は判示第二(二)の各犯行により収受した賄賂であるから、同法一九七条の五前段によりそれぞれ没収し、右金一七四万円および被告人が判示第二(一)、(三)、(四)、第三(一)、(二)、第四(一)、(二)、第五の各犯行により収受した賄賂(その価額合計九三万八、六〇〇円)はいずれも費消或は譲渡により没収することができないので、同条後段によりその価額合計金二六七万八、六〇〇円を被告人から追徴することとする。

よつて主文のとおり判決する。

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