大阪高等裁判所 昭和52年(う)319号 判決 1977年10月19日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は、検察官提出の大阪地方検察庁検察官検事村上流光作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人門前武彦作成名義の控訴趣意書に対する答弁書と題する書面記載のとおりであるから、これらを引用する。
検察官の論旨は、要するに、原判決は被告人の本件所為につきそれが賭博であることを認めながら被告人に常習性が認められないとして管轄違の判決を言渡したが、常習性を認めなかつた点において、証拠の価値判断を誤つて事実を誤認し、ひいては刑法一八六条一項の常習についての解釈適用を誤つたものであり、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで被告人の本件賭博が常習としてなされたものか否かについて検討する。
原審で取調べられた証拠によれば、
1.被告人は、昭和四九年一二月一四日午後四時ごろ当日開店中の本件ゲームセンター「ラスベガスインバーリー」の営業権を前経営者田村こと田重根から承継してその経営主になり、以後同月一六日午後八時三〇分ごろに警察の手入を受けるまで連日三日間にわたつて開店し、従業員を入れ替えたほかは、従前とまつたく同じ物的設備のもとに、右前経営者から説明を受けたところに従い従前とまつたく同じやり方で同店の営業を続けた。そのさい被告人は、遠縁にあたる新井敬澤こと朴〓澤を店の責任者として雇い入れ、同人をして店舗における営業の実際に当らせたが、毎朝釣銭用および売上金がたまるまでのコインの換金用として千円札で五万円を同人に渡し、毎夜閉店後には同人からその日の売上金を受取つて利益を確認することにしていた。
2.その店には米国バーリー社製のバーリーコンチネンタルと称するスロツトマシン遊技機三四台が備付けられていたが、この遊技機は、所定のコイン一枚ないし六枚を投入してレバーを引くことにより横に並んだ四個のドラムが各独立に廻転し、その廻転が止つたときの各ドラムの絵図の配列状況に応じて、時により投入したコインの二ないし二五〇倍(すなわち二枚ないし一、五〇〇枚)のコインが遊技者に獲得されることになつており、被告人が踏襲し、朴をしてその実際にあたらせた営業の方法というのは、客にコインを一枚につき現金二〇円で貸与し、遊技により得喪の結果客の手もとに残つたコインを右同額の割合で現金に換えるほか、右各遊技機が一回の勝負につき最大限コイン二〇〇枚しか出す能力がないところから、二〇〇枚を超えるコインを遊技者に獲得させるときには、客の選択に応じ、そのつど従業員の手で右超過分のコインを与えるかまたはこれに代えて右換金額と同じ割合による現金を与えるというものであつた。
3.もとより来場する客のすべてが獲得したコインの換金を目的としていたとは限らないが、店では客の換金の要求を一切断わらず、店内カウンターのコイン受渡し窓口に黙つてコインを差出しさえすれば、ただちにその枚数に応じた現金を与えるのであり、遊技後の換金のさいにも、また前記超過枚数の代りに現金を与えるさいにも、現金を客に手渡すときは、警察官に現認されるのを防ぐため、客を右窓口横の扉の内側に招き入れたうえやつていたが、この店がコインを換金するということは、いわゆる口コミによつて他に伝播しており、このようにコインを換金すればこそ、換金を目的とした客の来場が増え、客一人当りのコイン借受け金額(売上額)が増え、ひいては店全体の売上利益の額(売上額から換金額を差引いたもの)も増大するという実情にあり、このことは被告人が営業を承継した後においても変わるところがなかつた。
4.被告人は店の賃貸借の権利金一、〇〇〇万円を含め五、二〇〇万円という多額の金を支払い、これを対価として、遊技機三四台の所有権を含む同店の営業を前経営者から承継したものである。この取引にあたり被告人は前経営者から店ではコインの換金を行なうことと開店一日ごとに三〇万円から五〇万円の売上利益があることを聞かされ、このように賭博営業を行なうからこそ大勢の客で繁盛し売上利益も大きいことを理解していたのであり、被告人がこの店に右のごとく五、二〇〇万円という大金を投下したのも、自らかかる賭博営業を長期間続けることにより大きな利益を獲得せんとしたからにほかならない。
5.また被告人は右取引にあたり前経営者から、客に現金を与えるときには前記のごとく人目につかないように隠れてすることを教えられ、「やり方さえ間違わなければ警察にひつかかる心配はない」と聞かされており、このことを裏返せば、まかりまちがつたときには警察に検挙される危険があるということでもあるが、被告人はこのような危険を賭してまで賭博営業を続けることを決意し、あえて前記のごとき多額の資金を投下したものである。
6.被告人が同店の営業を承継した以後前記警察の手入があるまでの三日間(開店時間は午前一一時ごろから午後一一時ごろまで)にわたり、延べ、百四、五十名の客が来場して遊技をし、計約七十万円ぐらいの売上利益を挙げているが、これによれば客一人あたりの遊技金額は少なくとも約五千円に達し、このことからしても右来場客のうちの多数の者はコインの換金を目的とした賭客であつたと考えることができる(なお、被告人は営業承継にさいし新装開店、新規の宣伝その他客を誘引する格別の措置をとつたことはないから、このような実情は前経営者当時においても大差がなかつたとみるのが相当である)。
7.前記警察の手入があつたため被告人は営業承継後わずか三日間だけで賭博営業を廃止するに至つているが、このような警察の手入さえなければ、被告人はもちろんその後においても引続き長期間にわたつて賭博営業を続け、投下資金を回収するばかりでなく、さらに利益を獲得する所存であつたのであり、また少なくとも投下資金(さらに言えばこれに対する利息)を回収するまでは、任意に右営業を廃止することの困難であることは、経済人の常として、資本の理論として、当然のことである。
8.被告人はかねてから鋳造業を営み、その工場や住宅等の敷地約一、一〇〇坪、同建物約七~八〇〇坪の資産を有し、右事業によつて七~八〇万円の月収を得ていたというのであるが、前記投下資金の絶対額および予想された日々の売上利益の額に照らすとき、被告人が本件の店で少なくとも無難に賭博営業を続け利益を獲得し続けることもまた、被告人の社会生活上なかんずく経済活動の面で大きな比重を占めるものであつたと考えることができる。
以上のとおり認定し、判断することができるのであつて、被告人の原審および当審各公判廷における供述ならびに原審証人朴〓澤の供述中これに抵触する部分は措信することができない。
被告人はこのようにして短期間ではあるけれども賭博営業を続け、この間多数の来場客を相手に自ら胴になつて賭博を反覆累行したものであり、警察の手入の直前になされた、本件公訴事実の訴因にある阿曽陽時外二名を相手とする各賭博行為も右反覆累行の一環であつたことが明らかである。刑法一八六条一項にいう「常習として」賭博を為したる者とは、賭博行為者にその属性としての常習性すなわち賭博を反覆累行する習癖のある場合を指し、賭博行為者にかかる常習性が存するときには、同じ賭博行為に及んだときでも、非常習者が行つたのと比べて反社会性が強く、違法、責任の両面において単純賭博の場合よりも重く罰しなければならないというのが立法の趣旨と解される。原判決は、以上で検討した本件のごとき場合においても、被告人が賭博を反覆累行したことは「営業」という行為の属性たる範囲を出ず、行為者たる被告人の属性としての「常習性」には結びつかないと論じている。しかしながら、被告人は、それが違法であること、すなわち警察による手入と検挙の危険があることを知りながら、あえてその危険を賭し、長期間営業を継続する意思のもとに、多額の資金を投下し、容易にその営業を廃止し得ない情況のもとに賭博営業を開始したものであり、換言すれば、自らの意思と選択のもとに、自らの行為によつて、右危険を覚悟しながら所期の賭博を長期間反覆累行せざるを得ない立場に自らを追い込んだものであり、かくして、対警察以外の面では店舗をかまえ社会に開放された状況のもとに、任意に訪れる不特定多数の来場客を相手にして所期の賭博をげんに反覆累行し、しかもこのようにして賭博を反覆することが被告人の社会生活上なかんずく経済活動の面で大きな比重を占めることになつていたのであるから、ここにあらわれた賭博の反覆累行性は、営業という面で行為そのものの属性たるにとどまらず、行為者たる被告人そのものの属性としての常習性に結びつく性質を帯びるに至つていたとみるのを妨げない。また原判決は、本件のごとき場合においても、行為者である被告人に賭博を反覆累行する習癖を認め得るためにはなおある程度の実績期間を必要とすると論じている。なるほどこの実績期間およびこの間における行為者の賭博営業に関する態度、行動、依存性の変転は、行為者の属性としての右習癖を認めるための一要素たるを失なわないが、反面、右「習癖」の意義を実績を積むことによつて附加された肉体的、精神的、心理的依存性のごとく狭く理解するかぎりにおいては、賭博営業者がその営業を継続したというだけのことでは右習癖の程度に直接変化を与えるものがなく、かえつて営業期間が長くなることにより投下資金の回収が進み、それだけ廃業が容易になるものとも考えられ、賭博営業の期間が長くなつて実績期間が積まれたとしてもそのことは習癖の認定にとつて無意味であるとの批判の余地も生じるのである。むしろ、投下資金に拘束され容易に賭博営業を廃止することができず、したがつて賭博を反覆累行せざるを得ないという、いわば資本的もしくは経済活動上の依存性もまた習癖の一内容をなし得るものであり、当初の段階ですでにこの種の依存性に強固なものがあるときは、行為者の属性としての常習性を認定するにあたり必ずしも実績期間の長期にわたることを必要としないと考えるのが相当である。そして叙上で検討した本件の諸事情を総合するとき、被告人はすでに賭博を反覆累行する習癖すなわち常習性を持ち、前記阿曽外二名に対する賭博行為も右習癖の発現としてすなわち常習性の一環としてなされたものと認めるに十分と考えられ、したがつて右各賭博については単純賭博ではなく、検察官の訴因どおり常習賭博の罪が成立するものといわなければならない。被告人は賭博罪その他の前科がないばかりか、これまで賭博に親しんだ事実もなく、また店における具体的な営業事務の遂行は前記のとおり店の責任者として雇入れた朴〓澤に責任を持たせてこれにあたらせていたものであり、前記三日目における警察の手入後は賭博営業を廃止し、再び賭博行為には及んでいないこと等もこの認定の妨げとはならない。
してみると、原判決は、刑法一八六条一項の「常習として」の解釈・適用を誤るとともに事実を誤認し、被告人に右常習性があるのにこれを否定したものであり、この誤りを指摘する検察官の所論は正当である。そして原判決は右常習性がないことを根拠として管轄違いの言渡しをしているのであるから、その根拠がくつがえされる以上、不法に管轄違いを認めたことに該当し、この点で破棄を免れない。
よつて、刑訴法三九七条一項、三七八条一号により原判決を破棄し、同法三九八条に従い本件を原裁判所に差戻すこととし、主文のとおり判決する。