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大阪高等裁判所 昭和52年(う)519号 判決 1977年11月29日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上二郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は原判決の理由不備及び理由のくいちがいを主張するので、以下に順次判断する。

一、理由不備の主張について

所論は原判示第一、第二の各無免許運転の事実について、各犯行の時間が全く判示されておらず、また各犯行の場所の判示も極めて不十分であつて、いずれも犯罪事実を各個に特定し、かつ、他と区別しうる程度の判示がなされていないというのである。

よつて案ずるに、有罪判決に示すべき罪となるべき事実は、犯罪構成要件に該当する事実のみならず、犯罪の日時、場所、方法などにより犯罪事実を特定するに足る程度に判示しなければならないところであるけれども、日時の点については年月日だけで足りるか、時間の判示をも要するかについては、犯罪ごとに具体的に検討して決すべきものであるところ、原判示第一、第二はいずれも道路交通法六四条の無免許運転の事実であるが、各事実ごとに犯行年月日、運転車両、運転区間(距離)を明示してあつて、運転の時間(始期と終期)までは判示されておらないことは所論のとおりであり、また運転場所については、右の「運転区間(距離)」として、例えば、犯罪事実一覧表の回数番号1では「泉大津市汐見町サコ運送株式会社から泉北郡忠岡町関西帆布株式会社を経て泉南市の梶本繊維会社ほか一〇四キロメートル」、同21では「右同所から岸和田市内ほか約四三キロメートル」、同32では「泉大津市内一円約三キロメートル」、同80では「右同社から泉大津市内一円(距離の記載なし)」という程度の判示であつて、必ずしも十全であるとは言い難いけれども、前示犯行年月日、運転車両の記載と右程度の運転区間(距離)の判示によつて、犯罪事実を特定するに足りるものと認められる。所論の昭和五〇年一月二九日午後一〇時三五分ころの岸和田市春木若松町での乗用自動車の無免許運転は、犯罪事実一覧表番号186の無免許運転と別個のものであることは、番号186の運転車両が「普通貨物自動車」、運転区間(距離)が「泉大津市から愛知県羽島市、名古屋市往復約四五〇キロメートル」と判示されていることと対比すれば明白である。

なお、付言するに、本件各無免許運転が有罪の確定判決を経た後において、万一さらに本件と同一の年月日のものについて、運転時間、運転場所をより具体的詳細に明示して無免許運転の事実が起訴されたとしても、運転車両が本件と同一の貨物自動車である限り、本件で有罪とされた日の「運転区間(距離)」とは全く別異の場所で、別個の機会になされた運転であることが明白でない限り、すべて二重起訴であり、従つて確定裁判を経たものとして処理されるべき筋合であるから、本件によつて被告人の法的地位に不安定をもたらすことはない。

二、理由のくいちがいの主張について

所論は、原判決が挙示する証拠によつては原判示第一、第二の無免許運転の「犯罪事実一覧表」中の運転区間(距離)欄記載の事実を認定することは不可能である。すなわち原判決挙示の証拠からは被告人が同欄記載の場所で同欄記載の距離を運転したとの具体的事実を導き出すことは著るしく合理性を欠くというのである。判決摘示の証拠から判示事実を導き出すのが合理性を欠く場合も「理由にくいちがいがある」ときに当るといいうるけれども、原判決挙示にかかる被告人の検察官、司法警察員(昭和五〇年一二月二九日付)に対する各供述調書(記録に綴つてある証拠等関係カード番号24、22)、司法警察員東石松作成の昭和五〇年七月二一日付「被疑者真鍋幸男の無免許運転一覧表の作成について報告」と題する書面(同番号12)、押収してある運送作業日報三通(同番号9、10、11)によると、所論の原判示運転区間(距離)を容易に導びき出すことができるから、右運送作業日報、及び司法警察員作成の報告書につき他の控訴理由によつて論難することは格別、理由にくいちがいがあるものとはいえない。

なお、所論の一覧表番号29と同30の「運転区間(距離)」の記載は誤記であつて、番号29における運転区間(距離)は同30に記載してあるそれであり、番号30における運転区間(距離)は同29に記載してあるそれであることが、運送作業日報に照らし、明らかであるから、右のような単なる明白な誤記は刑事訴訟法三七八条四号の「理由にくいちがいがある」場合に当らない。

以上一、二のとおりであるからこの点の論旨は理由がない(事実誤認の点については後述する)。

控訴趣意第二点について

論旨は原判示第一、第二の各事実につき訴訟手続の法令違反を主張し、原判決が判示第一、第二の事実の証拠として揚げている「運送作業日報」は被告人自身が記載したものであるから、右日報は被告人自身の犯罪事実についての供述にほかならず、これをもつて被告人の自白の補強証拠とはなしえないというので、記録及び証拠を検討して精査するに、所論の「運送作業日報」の綴り三冊(当庁昭和五二年押第一七四号の一、二、三)は、サコ運送株式会社の用紙で、これに各運転者が運送作業に従事した内容を記載して会社に提出し、会社側はこれによつて各運転者の運送作業の具体的内容を知り、かつ、これによつて各運転者に対する賃金の計算の基礎としていた書類であつて、本件においても被告人が同社の運送作業に従事したときは、その日ごとに、被告人において右日報用紙に氏名、運転日付、車両番号などのほか、荷主名、品名、数量、輸送屯数、出発地、到着地などを夫々所定の欄に記載していたことは所論のとおりであるけれども、本件運送作業日報はいずれも本件犯罪の嫌疑を受ける前にこれと関係なく、運転の日ごとに会社に提出していたもので、会社係員は右日報について各記載事項を検討し(場合によつては走行粁数なども記入し)、金額欄に所定の金額を算出記入したうえ、これを全部会社の書類として整理保管していたものであることが認められるから、右本件の各運送作業日報は被告人の自白と目すべきものではなく、刑事訴訟法三二三条二号の業務の通常の過程において作成された書面として独立した証拠能力を有し、自白の補強証拠たりうるものである。従つてこの点の論旨は理由がない。

なお、弁護人は、訴訟手続の法令違反(公訴事実第一、第二は犯行時間の記載が全くなく、犯行場所の記載も極めて不明確であるから、訴因の特定を欠き、起訴状は無効である旨)につき職権調査を求めるので、職権をもつて案ずるに、原判決は起訴状の公訴事実をそのまゝ引用しているものであるところ、本件起訴状の公訴事実第一、第二の無免許運転について、犯行の年月日の記載はあるが、その時間について記載がなく、運転場所についても必ずしも十全な記載があるとはいい難いけれども、右各公訴事実における訴因の特定を欠いているといえないことは、前示控訴趣意第一点の一に対する判断において説示したところによつて明らかであり、本件起訴状が無効であるとはいえない。

控訴趣意第一点の二のうち予備的主張としての事実誤認の主張について

論旨は控訴趣意第一点の二理由のくいちがいの主張は、原判決の判示事実と摘示証拠との不一致に関するものであるから、これが事実誤認の趣意と解される余地があるが、事実誤認の控訴趣意としては原判決はその挙示の各証拠の取捨選択もしくは価値判断を誤つて判示一覧表の「運転区間(距離)」欄記載の運転場所、運転距離を認定したもので、本件は犯罪の証明が不十分というべきであるというので、この点について検討する。本件記録及び証拠を調査すると、被告人は、原判示第一、第二の無免許運転の事実については、第三の道路交通法違反(無免許、設備場所外の乗車)第四の私文書偽造、同行使の各事実とともに、捜査段階からすべて認めているところであつて、その一八六回にわたる各個の無免許運転の年月日、運転車両及び運転区間(距離)が罪となるべき事実従つて公訴事実第一、第二の別紙犯罪一覧表のとおりであることについても、警察官、検察官の取調に対してすべてこれを認め、さらに原審公判廷においても全面的に認めて有罪である旨の陳述をしているのであつて、その運転年月日、車両、運転区間及び距離の補強証拠としては、前示司法警察員東石松作成の「被疑者真鍋幸男の無免許運転一覧表の作成について報告」と題する書面(以下単に報告書という)、押収してある運送作業日報三冊(以下単に日報という)が存し、右日報は前示のとおり、被告人がその運転の日ごとに記載して会社に提出し、会社がこれを保管し、賃金支払いの資料としていたもので、その記載内容は十分措信することができ、これによると、原判示の年月日に被告人が原判示貨物自動車を運転したことが明らかであり、たゞ運転区間については出発地、到着地として会社名、個人名の略称で記載されており、走行粁数については日によつて記載のあるものとないものとがある程度であるが、右会社の運送業務の内容、得意先から考えて、略称で記載された会社名、個人名によつて、その所在地、会社からの距離、得意先相互間の距離は客観的に確定することが可能であると認められ、右報告書によると、司法警察員東石松において、右日報に基いて一覧表を作成するに当り、出発地、経由地、行先等の市町村名、走行粁数については、サコ運送株式会社監査役滝滋広に照会して、右報告書に添付の一覧表別紙(一)の番号1ないし72同(二)の番号1ないし114(合計186回で内容は原判決認定事実と同一)に記載してある運転区間及び距離をまとめたものであることが認められ、被告人の当審公判廷の供述によると右滝滋広は会計担当者であることが認められるから、右日報に基き右滝滋広に照会してまとめた右一覧表記載の運転区間、距離は十分措信することができ、かつ、右報告書は右東警察官が作成したものではあるけれども資料を収集総合した結果をまとめた事実に関する報告文書であつて、所論のように単なる捜査官の主張ではない。そして本件は原審において簡易公判手続によつて審理され、右報告書は他の証拠とともに、被告人側からの異議もなく、適法に取調べられているから、右報告書はこれを犯罪事実認定の証拠に供することができるものといわなければならない。従つて前顕被告人の検察官、司法警察員(昭和五〇年一二月二九日付)に対する各供述調書、前示日報三冊及び報告書によつて原判示犯罪事実一覧表番号1ないし186の各運転の年月日、運転車両、運転区間、距離を認定することは採証法則に違反するものではなく、右一覧表番号1ないし72の運転は運転免許の効力を停止されていた期間中であること、同73ないし186の運転は公安委員会の運転免許を受けないでなしたものであること(昭和四九年七月一六日限りで免許の効力が失効)についても自白のほか補強証拠が存在する(原判示証拠等関係カード番号2・3)。

以上のとおりであるから右の各証拠により原判示第一、第二の各無免許運転の事実を認定したことに誤りはない(ただし、一覧表番号29と30の運転区間(距離)の記載は交互に入れかえて記載した明白な誤記であると認める)。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

論旨は原判決の量刑不当を主張するので、記録を精査して検討するに、本件は昭和四九年二月一八日から同年六月六日まで七二回にわたる無免許運転(原判示第一)、同年七月一七日から同五〇年一月二九日まで一一四回にわたる無免許運転(原判示第二)、昭和四九年一〇月六日の無免許で、かつ、乗車のための設備場所以外の場所に他人を乗車させての運転(同第三)、右第三の事実につき警察官から取調べられた際、交通事件原票の供述書の部分に他人の署名を冒用して供述書を偽造し、これを取調警察官に提出して行使し(第四)、さらに一覧表番号125の無免許運転につき警察官から取調べられた際、前同様交通事件原票の供述書部分を偽造して行使した(第五)という事案であつて、右各犯行の動機、態様、無免許運転の回数、期間、被告人の道路交通法違反の前科その他諸般の事情に照らすと、被告人の法無視の態度は強く非難されなければならないところであり、本件当時、原判決当時及び現在に至るまでの被告人の借財、家庭状況その他被告人のために斟酌すべき所論の諸点を十分考慮しても、本件につき刑の執行を猶予すべきものであるとは認め難く、原判決が被告人を懲役八月の実刑に処した量刑が、実刑を科した点においても、刑期の点においても、これを破棄すべきほど不当に重すぎるとは考えられない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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