大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(う)765号 判決 1977年10月28日

本店所在地

大阪市南区河原町二丁目一五〇一番地

法人の名称

山文商行株式会社

右代表者の氏名

石井正治

本籍及び住居

大阪市南区河原町二丁目一五〇一番地

会社役員

石井正治

大正三年六月一七日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、昭和五二年五月六日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、右両名の原審弁護人飛沢哲郎から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 辻本敏彌 出席

主文

原判決を破棄する。

被告人山文商行株式会社を罰金一、二〇〇万円に、被告人石井正治を懲役八月に各処する。

ただし、被告人石井正治に対し、この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人飛沢哲郎作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

右控訴趣意に対する判断に先立ち、職権をもつて調査すると、原判決は、被告人山文商行株式会社(以下被告会社という)の代表取締役である被告人石井正治が、被告会社の従業員石井ひでと共謀のうえ、被告会社の業務に関し法人税 免れようと企て、原判示の如く架空仕入の計上などの不正な方法によつて同判示第一ないし第三の各事業年度における各判示金額の法人税をそれぞれ逋脱した事実を認定し、これを被告会社については法人税法一六四条一項、一五九条一項、二項の一罪として、被告人石井については刑法六〇条、法人税法一五九条一項、二項の一罪として各処断しているが、法人税は法人の事業年度を標準としてその申告、課税、徴収が行なわれるのであるから、法人税逋脱罪の罪数は事業年度を標準としてこれを定めるべきであり、引続き次の事業年度分の法人税を不正行為によつて逋脱した場合であつても、これを一罪とみるべきではなく、各事業年度ごとに逋脱罪が成立し、以上は併合罪の関係にあるとみるべきである。してみると、これを併合罪として処理(懲役刑については刑法四五条前段、四七条本文により、罰金刑については同法四五条前段、四八条二項により併合加重)をしなかつた原判決は法令の適用を誤つたものといわざるをえず、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、よつて、原判決は破棄を免れない。

よつて、控訴趣意(量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い自判することとする。

原判決の適法に確定した事実に法令を適用すると、被告人石井の判示第一ないし第三の各所為はいずれも法人税法一五九条一項、刑法六〇条に、被告会社の判示第一ないし第三の各所為はいずれも法人税法一六四条一項、一五九条一項に該当するので、被告人石井の右各罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人石井の以上の罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で量刑処断すべきところ、本件は、厨房器具及び家庭金物の卸販売業を営む被告会社の代表取締役社長である被告人石井が妻であつて従業員でもある石井ひでと共謀のうえ、他の従業員に指示して架空仕入の計上などの帳簿操作をさせて所得金額を減少させ、これによつて三事業年度にわたつて被告会社の法人税の逋脱をしていた事犯であり、その三年間の 脱額は合計四、七七一万三、九〇〇円という多額なものであり、しかもその逋脱率は平均八九・三六パーセントに達しており、これらによつて明らかな本件の罪質、逋脱の方法、逋脱金額、脱脱率などに徴し、一方逋脱目的は被告人石井らの私服を肥やすためではなく、主として被告会社が中小企業であることから不況時などのための備蓄にあつたこと、被告人石井には前科前歴が全くなく、同被告人は本件犯行を全面的に認めて反省をしていること、被告会社は本件犯行の発覚後修正申告をして本税及び重加算税を完納していることなど被告人石井に有利な事情をも考慮に入れたうえ、被告人石井を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項により同被告人をこの裁判の確定した日から二年間その刑の執行を猶予することとし、被告会社の前記各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪につき定めた罰金の多額を合算した金額の範囲内で量刑処断すべきところ、被告会社については被告人石井について述べた前記事情のほかに、被向会社は本件犯行発覚後もそれによる影響をさほど受けることなく順調に営業をしていることをも考慮に入れて 被告会社を罰金一、二〇〇万円に処することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 岡本健 裁判官 角田進)

昭和五二年(う)第七六五号

控訴趣意書

被告人 山文商行株式会社

同 石井正治

右者らに対する法人税法違反被告事件につき、控訴の趣旨は左のとおりである。

(量刑不当)

原判決の被告人らに対する量刑は、左に記す犯行状況、諸情状に照らすと重きに失すると思う。

一、被告人石井正治は、本件のほ脱の手段並びにその額を、経理担当事務員に具体的に指示して犯行に及んだわけではない。

同被告人の検察官に対する供述調書には、同被告人が、担当経理事務員に指示して過少申告をさせたような供述部分があるが、然し、上田幸子、石井ひでの各質問てん末書、供述調書などを総合してみて果して、「指示」とまでいえるものかどうか疑問があり、あえて、指示、といつたところで、極めて抽象的な意味合いのものでしかないように思う。何故そういえるかというと、同被告人は、会社の内容、殊に適確な計数的な把握をしていなかつたといえるからである。即ち、被告人会社は、昭和六年に創業された石井正治商店を昭和二四年に、会社組織に変更するため設立され、爾来、略々、順調な伸展を遂げて今日に至つたという沿革そして実際の経営実態からみて、その代表者たる被告人石井正治の個人的色彩の強い性格の会社と言えるが、それだけに、同被告人の個人的な信用の然らしむところが大きく、よつて同被告人の活動分野は、顧客の定着、開拓など、所謂シエアの拡大、商品の企図、市場の動向の調査分析といつた局面に注がれていたもので、ワンマン社長の通弊として、平たく言えば数字に明るくなく、適確な財務諸表を作成させ、それを分析、判断するためには、相応の会計、経理能力がないと困難な筈であるが、本件各証拠に照らしても明らかなとおり、同被告人は、経理面では極めて粗雑な能力、認識しか持つていなかつたことが認められる。

然し、経営者として、たな卸商品の残高、仕入売上、利益率といつた点の大づかみな判断は勿論していたと思うが、それとて、極めて粗雑な認識に留まる。この点、各証拠で顕われる点を拾つてみると、同被告人は、法人税の各申告期に、そんなに利益が上つているわけがない、と口ぐせのように言つていたということ、実地の棚卸をしてみて、自分の考えていた数倍もの数量にのぼつたことが判つてびつくりした、といつた具合なのである。

翻つて、そういつた点は、会社を統轄する代表者として、いかにも怠慢、不注意だという非難は甘受しなければならないにしても、石井正治商店創立時から約四六年にも達する歴史と、その間、安定した経営が続けられてきただけに、旧態依然とした経営感覚が根強くあつたことが災いしたと言えよう。

二、ほ脱所得額の計算について、第一について、平均的な三商品目の利益率から平均値を算出したうえで、たな卸残高、売買差益率が推計されていること、第二に個人商店時代の商品が混入していてその識別が困難であつたこと、などの事実からして、果して、適確であつたかどうか疑問はあつたわけであるが、被告人石井正治はいさぎよく卒直に国税局査察官の示した推計を認めて比較的短時間内に問題を解決したという経緯も注目に値する。

三、被告人石井正治は、履歴書で明らかなとおり多くの公的、私的団体の役職に就いており、多大な人望と名声をかちえていたものであるが、それだけに、本件公訴が提起される至つたことは、まことにざん愧に堪えないことであり、以つて深く悔悟し経営殊に経理面を合理化し、同じ誤ちを繰返すまいと固く決意しているものである。

しかし、同被告人が原判決のようにたとえ執行猶予が付せられようとも懲役刑に処せられると、前記のとおり、多くの公的団体の要職に就いていることから、その影響は測り知れぬものがある。

四、被告人石井正治は、過去、罰金前科さえなく過去同種の犯行を重ねたのであれば厳しく非難されて然るべきと考えられるが、国税局から調査を受けたことさえ過去一度たりとてなかつたのである。

以上の諸点を斟酌すれば、原判決が懲役刑を選択したのは、いかにも重きに過ぎると思われ、罰金刑のみに処せられて相当な事案と考えるものである。

昭和五一年七月二九日

右弁護人 飛沢哲郎

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

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