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大阪高等裁判所 昭和52年(う)802号 判決 1978年1月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年八月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人豊川正明作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一、事実誤認の主張について

論旨は要するに、原判決は被告人の合計一四件の窃盗の事実を認めているけれども、そのうち原判示第一及び第三ないし第一〇の窃盗の事実は被告人の所為ではないから、原判決には事実誤認の違法がある。もっとも、右各事実についても被告人の捜査段階の自白があり、原審でも被告人はその自白を維持しているが、それは、本件の取調べの指揮にあたった尼崎北署の滝警部が、被告人の家宅捜索の際に注射器と針を押収したことを利用して、窃盗の余罪を自白することを交換条件として覚せい剤を捜査の対象からはずす旨被告人に示し、また同警部が、被告人の逮捕後しばらくして弁護士費用二〇万円を持参した被告人の母A子に対し、余罪を自白していない段階ではまだ弁護人選任の段階ではない旨申し向け、右弁護士費用を持ち帰らせて被告人の弁護人選任権を侵害し、被告人が余罪を自供する旨約束すると、早速母をして弁護士費用を持参させる等不当な取調べを行なったうえで、被告人がなした自白であり証拠能力がなく、自白内容も虚偽であるというのである。

よって、所論にかんがみ記録を調査し当審における事実取調べ(証人小溝芳一、同滝孝、同A子の各証人尋問、被告人質問及び被告人作成の上申書の取調べ)の結果をも参酌して本件の捜査及び被告人の供述の経過を検討するに、被告人は昭和五一年九月一二日住居侵入未遂の事実(後に不起訴)により現行犯逮捕されたが、尼崎北警察署ではかねてからの内偵により被告人が他にも窃盗を働いているのではないかとの疑いをもっていたため、同署刑事一課長滝孝警部の指揮の下で主に小溝芳一巡査部長が窃盗の余罪につき被告人の取調べにあたることになったこと、被告人は翌一三日には多数の窃盗の余罪がある旨自白したので、同月一五日から被告人に窃盗現場を案内させるいわゆる被害付けが行なわれ、原判示第一及び第三ないし第一〇の各事実(以下当審否認事実という)に関しては、同月一六日、二〇日、二一日、二七日、三〇日、一〇月一日、二日、五日の八日間にわたって被害付けがなされたこと、その間に被告人の母A子は被告人から弁護士費用として二〇万円を持って来てくれとの連絡があったため、自己の預金から二〇万円を用意して、九月二四日ごろ尼崎北警察署に持参し、滝警部に面会して事情を話し、右二〇万円を被告人に渡すべきか否か尋ねたところ、同警部が今日は被告人に渡さないで持って帰った方がよい旨答えたため、右Aはこれを持ち帰ったこと、このことを知った被告人は不満の意を表わして同警部らに抗議し、二、三日は取調べにも被害付けにも応じなかったこと、二、三日後同警部から右Aに二〇万円を再度持って来てくれとの連絡があったので、同女はこれを同署に持参して同警部に預けたこと、同警部はその金員を同署の会計に預け、その後被告人のため自己の先輩警察官の子息である本件の原審弁護人坂恵昌弘弁護士を紹介したため、同弁護士が一〇月六日被告人と面会して弁護人選任届を作成したが、手付金一五万円は同警部から直接同弁護士に手渡されたこと、その間に被告人は、当審否認事実に関し、いずれも小溝巡査部長に対する同年九月一七日付(原判示第一事実に関する)、一〇月七日付、九日付、一二日付、一四日付各供述調書並びに検察官に対する九月二一日付(原判示第一事実に関する)、一一月一日付各供述調書において詳細な自白をしていること、被告人は右各事実を含む本件一四件の窃盗の事実につき、同年九月二二日付、一一月八日付、一二月三日付の三回にわたり起訴され、弁護人の請求により昭和五二年一月一〇日保釈釈放された後、原審第二回公判(同月三一日)において当審否認事実を含むすべての窃盗の事実は間違いない旨陳述した外、同第四回公判(同年四月二五日)にも再度すべての事実は間違いなく処罰を受けても仕方がない旨供述し、原審終結に至るまでその自白を維持していること、被告人の逮捕当日、その止宿していた旅館から注射器が発見押収され、被告人も尿を提出したが、いずれからも覚せい剤が検出されなかったため、それ以上覚せい剤取締法違反に関する被告人の取調べなどの捜査は行なわれていないこと、以上の事実が認められる。

ところで、被告人は当審に至って(その作成の上申書を含む、以下同じ)、滝警部から、余罪の窃盗の事実を自白すれば覚せい剤の件は事件にしないと言われた旨、並びに、余罪を自供すれば母親に連絡して弁護士費用を持って来させると言われた旨それぞれ所論に沿う供述をし、当審証人滝孝はこれらの事実をすべて否定する趣旨の供述をしている。しかして、前記認定の捜査の客観的経過を他の証拠と併せ考えると、前者の覚せい剤の件に関する被告人の供述はにわかに信用できないけれども、後者の弁護人の件については問題が残るといわなければならない。すなわち、滝警部が被告人の母に対し弁護士費用を持ち帰るよう勧めたことは、たとえ同人が当審において供述しているように、被告人の母及び被告人を二〇数年前から知っていて、被告人が病弱の母親から金をせびりとろうとしていることを憂え、被告人の更生を願ったうえの措置であるとしても、憲法上保障された被告人の弁護人選任権を妨害したと疑われても仕方のない措置であるのみならず、前記認定の客観的経過からすると、滝警部において、被告人が同警部に不満を持ち取調べ及び被害付けに応じず、余罪の捜査がはかばかしく進捗しなかったことから、同年九月二五日、六日ごろ、被告人に対し余罪の取調べ及び被害付けに応じれば母親に連絡して弁護士費用を持参するよう取り計らう旨言明し、被告人が早く弁護士を依頼したいがためその捜査に協力することを約したため、同警部が早速母親に連絡して弁護士費用を持参させた疑いは残るのである。そうすると、同警部の右のような措置は、当然与えられるべき被告人の弁護人選任権を取引材料として、被告人に心理的圧迫を加え黙秘権を侵害して自白を強要した不当な取調べ方法であり、それ以後作成された被告人の司法警察員に対する前記昭和五一年一〇月七日付、九日付、一二日付、一四日付各供述調書及び検察官に対する同年一一月一日付各供述調書は、取調官は滝警部とは違うとはいえ、同警部の不当な取調べにより被告人が余罪の取調べに応じることを約したことに基づく供述として、いずれも任意性に疑いがあり証拠能力がないものといわなければならない(それ以前に作成された原判示第一事実に関する同年九月一七日付司法警察員に対する供述調書及び同月二一日付検察官に対する供述調書については、かような不当な取調べは認められず証拠能力があるのはもちろんのことである)。

しかしながら一方、既に弁護人が選任されたうえ保釈された後である被告人の原審における自白は、右のような捜査官の不当な取調べの影響から遮断されたものとして、任意性が認められることもまた明らかであるといわなければらならない。この点につき被告人は、当審において、被告人が身柄を拘置所に移監される日に滝警部から、「お前が公判で当署での取調べの状況を言ったら、お前の母親も会社におられなくなるやろうし、弟の将来を左右したり傷つける位は俺の力でどうにでもなるんやで」と言われ、また坂恵弁護士に実際はやっていない事実がある旨当審におけると同様のことを述べたところ、同弁護士から「一年半位の判決にするから、今は何も言わんと黙っているのが身のためやろ、心配せんでもちゃんといいようにしてやるから、そんなやゝこしいことすんな」と言われたため、原審で真実を述べることができなかったと供述するけれども、その供述の内容自体きわめて不自然であるうえに、被告人がやっていないという事実が合計一四件の窃盗の事実のうち九件にのぼり、その犯罪の成否が量刑に大きな影響を与えることを被告人は知悉していたと認められること、被告人は当審において、当時かねてから知っていた林義夫弁護士を依頼するつもりであったと供述しているので、右坂恵弁護士に不満があれば当然林弁護士に相談するはずであるのにその形跡がなく、本件の原判決後も坂恵弁護士を弁護人に選任していることなどの諸事情によれば、被告人の前記供述はとうてい信用することができない。

そして、原判決挙示の関係各補強証拠に被告人の原審における自白(原判示第一については、ほかに被告人の司法警察員に対する昭和五一年九月一七日付供述調書及び検察官に対する同月二一日付供述調書)を総合すれば、原判示第一及び第三ないし第一〇の当審否認事実はこれを優に認めることができる。所論は、当審否認事実の中には、同一マンションにおける犯行(第四と第八)や、同日における場所が相当離れたところでの複数の犯行(第五と第一一)等にみられるように真実性に疑いがもたれるような事例があるというが、記録に徴しても、右いずれの犯行とも不可能ないし不自然とはいえず、その他真実性に疑いがもたれるような事実は認められない。

そうすると、原判決が当審否認事実を含めてすべての窃盗の事実を認めたのは結局において正当であって、所論の事実誤認の廉は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二、量刑不当の主張について

論旨は原判決の量刑不当を主張するのであるが、所論にかんがみ記録を精査して検討するに、本件各犯行の態様、被告人の前科前歴、生活態度、ことに被告人には原判決掲記の窃盗罪による二件の懲役刑の累犯前科があるにもかゝわらず、前刑出所後も無為徒食の生活をおくりながら本件一四件の窃盗の犯行(現金被害総額六一万円余)を繰り返したことなど諸般の事情に徴すると、犯情は軽視し難く、原判決言渡当時においては原判決の刑(懲役二年)は十分首肯し得るものと考えられる。しかしながら、原審当時一四件の事実のうち二件(第二及び第一四)につき物が被害者に還付されていた外に、当審における事実取調べの結果によれば、当審に至って被告人の認めている三件の事実(第一一ないし第一三)につき被害者に対し計一六万円の被害弁償を了し、各被害者から嘆願書が提出されていることが認められ、これらの諸事情をも考慮すると、現段階においては原判決の刑はいささか重きに過ぎるものと考えられる。論旨は結局理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに判決することとし、原判決認定の事実に同法一八一条一項但書を除くその挙示の各法条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川春雄 裁判官 吉川寛吾 清田賢)

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