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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1522号 判決 1978年10月05日

控訴人(附帯被控訴人) 高山博司

被控訴人(附帯控訴人) 大川和則

主文

一  本件控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人)は控訴人(附帯被控訴人)に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は(附帯控訴を含め)第一、第二審を通じこれを一〇分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とする。

四  この判決は控訴人(附帯被控訴人)の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)代理人は、「原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)は控訴人に対し四九五万円及びこれに対する昭和五〇年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき、主文二項同旨の判決を求めた。

被控訴人代理人は、控訴棄却の判決、附帯控訴として、「原判決中被控訴人の敗訴部分を取消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴人の主張)

1  婚約は将来婚姻を締結しようとする当事者間の契約であり、権利として法律上の保護を受けうるもの

であるから、婚約の事実を知りながら、これを侵害した第三者が不法行為者として責任を負うべきことは明らかであり、第三者による権利侵害は婚約当事者の婚姻の実現が妨げられた場合に限定すべきではなく、婚約当事者の婚姻が成立した後においても、その夫婦関係の維持を一時的にせよ不安定ならしめた場合も、侵害があると解すべきである。

本件にあつては被控訴人は控訴人に対し被控訴人と香との間に性関係のなかつたことを明言し、控訴人はこれを信じて香と婚姻するに至つたものであるから、婚姻が実現したからといつて不法行為の成立に消長を及ぼすいわれはない。

2  被控訴人は、香が控訴人と婚姻を前提として交際していたのを知りながら、「死のうと思つている。」といやがらせを言い、同女が控訴人と婚約した後にも「自分が手を下さなくとも、控訴人との話をこわすことができる。」などと言つて、昭和四九年四月に三回にわたつて香に性関係を迫つてこれを結んだものであり、被控訴人が当時控訴人と香との婚約を不快に思い、婚姻の成立を妨害する意思を有していたことは明らかである。

(被控訴人の主張)

1  被控訴人は、控訴人の請求の原因三、1(原判決三枚目裏三行目から一一行目まで)記載の日、場所で香と性関係を結んだことはない。香は控訴人の右主張事実に沿う証言をしているが虚偽である。香は控訴人と婚姻後控訴人から責められ、被控訴人との性関係を告白したところ、控訴人は同女を許さず、他方被控訴人に対し本件訴を提起した。控訴人に心理的負い目のある香は控訴人に有利に証言するのは自然で、これが同女に不利、不名誉であるとの一事で信用しうると断ずるのは誤りである。

2  被控訴人は、控訴人の求めに応じて、昭和四九年五月中旬頃喫茶店で会つた事実はあるが、控訴人を非難、脅迫した事実はない。

(証拠関係)

1 控訴人は、当審における証人高山香の証言、被控訴人本人尋問の結果を援用した。

2 被控訴人は、当審における被控訴本人尋問の結果を援用した。

理由

一  被控訴人は東京都内に本社を有する有限会社○○○○○○○○○○事業部(神戸市○○区所在、以下訴外会社という。)の責任者であること、控訴人は昭和四九年七月五日香(旧性川村)と婚姻したこと、香は訴外会社の事務員であつたことは当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に原審及び当審における証人高山香の証言及び被控訴人本人尋問の結果(但し後記措信しない部分は除く。)、原審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  控訴人は神戸市○○区に所在する○○○○株式会社の代表取締役であるところ、昭和四七年一月妻礼子を亡くし、それ以後数十回にわたり見合いをし、再婚相手を探していた。控訴人と亡妻礼子との間には二名の子があり、昭和五三年八月にはいずれも大学生になつている。

香は昭和一七年生れの女性で、同四二年一〇月に婚姻したが、翌四三年七月に離婚し、その頃いとこである被控訴人の妻の世話で訴会社に雇用され、事務員として勤務していた。

2  控訴人は、昭和四八年七月○○市立○○センター結婚相談室の紹介で香と見合いをし、以来交際を続け、同四九年二月双方が婚姻の意思のあることを互いに確め、同年四月七日香に対し結納として現金三〇万円と指環を交付し、香と同年七月に婚姻する旨合意(婚約)した。

3  被控訴人は、香が訴外会社で勤務を始めてから一〇日位後から同女と性関係を結ぶ目的で誘惑し始め、昭和四三年八月頃香と関係を結び、以後神戸市内や尼崎市内のホテルなどにおいて少なくとも毎月一回位の割合で右関係を継続していたところ、同四八年一〇月頃には香が同年七月に控訴人と見合いをし、それ以後結婚を前提とした交際をしていることを知り、また翌四九年二月には同女から控訴人と結婚することに決めたのでそれまでの関係を清算して欲しいと求められたが、香に対する恋愛感情を断ち切れず、かえつてこれに不満を述べ、挙句には「死んでやる。」とか「誰かに頼んでも二人の結婚をつぶせる。」などと言つて控訴人と香との婚姻に反対し、両名が前記のとおり婚約をしたことをその翌日である昭和四九年四月八日には知つたが、その後も同月一二日、二〇日、二七日の三回にわたり神戸市内のホテルなどにおいて香と性関係を結んだ。

4  被控訴人は同年五月五日訴外会社の業務の都合上香に連絡するべく控訴人方へ電話をして控訴人に香への伝言を依頼したが、控訴人はその際の被控訴人の話し振りから香との関係を疑い、同女の母親にそのことを伝えたところ、香の母親が被控訴人に真相を質したが、被控訴人は香との関係を強く否定した。

控訴人は香の母親から右の事情を聞き、香自身も被控訴人との関係はないと明言するので、同月一五日頃謝罪するため被控訴人を訪れたところ、被控訴人は訴外会社の近くの喫茶店において、事実は前記のとおり香との関係があつたのに、これを偽り、「控訴人があらぬ疑いをかけたから告訴する。」と言つて控訴人を脅迫した。

このようなことで控訴人は、香や被控訴人らの言葉を信じ、同年七月五日に同女と婚姻したが、その後やはり香らの態度に釈然としないものを感じ、同女に問い質したところ、香は同五〇年三月頃になつて被控訴人と前記関係のあつたことを告白し、被控訴人は強い精神的打撃を受け、夫婦間は円滑な意思疎通を欠き不和となり、控訴人は一時は香との婚姻関係を解消することをも考えたが、二人の子供を含めた家庭の事情などからこれを決めかね、香としては自己に非のあることが明らかなのですべて控訴人の意に従うほかないものと決めて現在に至つている。

以上の事実が認められ、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中の右認定に反する部分は前記高山香の証言に照らし措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  思うに、婚約当事者は互いに一定期間の交際をした後婚姻をして法律、風俗、習慣に従い終生夫婦とし共同生活することを期待すべき地位に立つ。婚約は将来婚姻をしようとする当事者の合意であり、婚約当事者は互いに誠意をもつて交際し、婚姻を成立させるよう努力すべき義務があり(この意味では貞操を守る義務をも負つている。)、正当の理由のない限りこれを破棄することはできない。婚姻はその届出と届出時における真意に基づく婚姻意思の合致によつて、成立するから、婚約当事者の一方が婚姻意思を失ない、婚約を破棄したときは、他方は婚約の履行として届出を強制することはできず、正当の理由がなく婚約を破棄した者に損害賠償を請求しうるにすぎない。しかし、その故をもつて婚約は何らの法的拘束力を有しないということはできない。そして、婚約当事者が合意に従い、合意の通常の発展として婚姻した場合に終生夫婦として共同生活を続けるべき義務のあることは疑問のないところであるから、婚約当事者の前記地位は法の保護に値いするというべきであり、これを違法に侵害した者は損害賠償義務を負うといわなければならない。

ところで、婚約当事者の一方及びこれと意を通じまたはこれに加担した第三者の違法な行為によつて婚約当事者の他方が婚約の解消を余儀なくされ、あるいは婚姻をするには至つたものの、これを解消するのやむなきに至つた場合はもとより、解消に至らず婚姻を継続している場合でも、少なくとも婚約の破棄あるいは離婚するについて正当な事由があつて、婚約あるいは婚姻関係が円満を欠き、その存続が危ぶまれる状態(婚姻破綻のおそれ)に至つた場合にも婚約当事者の有する前記法的地位の侵害があると解するのが相当である。つまり、婚約当事者は、婚約の通常の発展としての、将来の婚姻成立後の夫婦の地位(いわば将来の権利)についても、法の保護を受けることができるものというべく、婚約期間中、その当事者の一方または双方に対し、将来の婚姻の破綻を生じさせるような原因を与える第三者の行為は、法の容認しない違法なものといわねばならない。

四  これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、被控訴人は、控訴人と香が昭和四九年四月七日に婚約し、数か月後に婚姻する約束であつたことを知りながら、同月において三回にわたり香と性関係を結び、そのうえ控訴人に対しては事実を偽つて香との関係を否定したものであり、控訴人はそれが香の控訴人に対する弁明とも符号したこともあつて、被控訴人と香との関係はなかつたものと信じ、同年七月五日香と婚姻したが、後に被控訴人が前記のとおり香と性関係を結んだ事実を知り、強い精神的打撃を受けるとともに、夫婦間に不和を生じ、現在なお婚姻を継続しているとはいえ、婚姻解消のおそれが十分にあることが認められる。

そうすると、被控訴人は、香と共同して控訴人が婚約に基づいて得た香と誠実に交際をした後婚姻し、終生夫婦として共同生活をすることを期待すべき地位を違法に侵害したものであるから、控訴人に対し不法行為による損害賠償義務を免れないというべきである。

前記認定事実によれば、控訴人は被控訴人の侵害行為によつて多大の精神的損害を被つたことが推認され、その侵害態様のほか、控訴人の年齢、社会的地位など本件記載に現われた事情をしんしゃくすると、その慰藉料としては、後記五の慰藉料を含め、五〇万円をもつて相当と認める。

五  また、前記認定事実によると、被控訴人は昭和四九年五月一五日頃控訴人に対し、「あらぬ疑いをかけたから告訴する。」と言つて脅迫し、精神的打撃を与えたことが認められ、これは控訴人の身体的、精神的自由を違法に侵害する不法行為というべきであり、被控訴人は前記慰籍料を支払うべき義務がある。

六  以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し不法行為に基づく損害賠償として五〇万円及びこれに対する各不法行為日以降である昭和五〇年一〇月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、本件控訴は一部理由があるから、原判決を主文一項のとおり変更し、附帯控訴は理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 田坂友男 大出晃之)

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