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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1566号 判決 1980年5月28日

控訴人

小野藤次郎こと

小野藤二

右訴訟代理人

小野誠之

被控訴人

河井うた

右訴訟代理人

猪野愈

外三名

主文

一  原判決主文第二項を次のとおり変更する。

(一)  控訴人の被控訴人に対する神戸地方法務局所属公証人安長義美作成昭和四〇年第一四一一号抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書に基づく債務額一、三〇〇万円、利息年一割五分、弁済期同四一年二月二五日とする債務のうち、元金一〇四万円の債務不存在確認を求める部分の訴を却下する。

(二)  右訴の却下部分を除く右公正証書に基づく債務のうち、貸金元金債務金一八八万八、一六六円とこれに対する昭和四三年三月一日から完済まで年三割の約定遅延損害金債務の不存在確認を求める部分の請求を棄却する。

(三)  第一項記載の公正証書に基づく債務のうち、第一項により訴を却下し、第二項により請求を棄却した各債務を除くその余の債務が存在しないことを確認する。

(四)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原判決の引用<省略>

第二当事者間に争いのない事実

被控訴人が、控訴人の自宅とその敷地につき、本件公正証書に基づく強制競売の申立をし、これによる競売手続において昭和五二年四月一八日金一、二〇三万三、二〇三円の配当金を受領したこと、塚本正二が昭和四九年四月一一日に死亡し、その子である被控訴人が法定相続分三分の一の割合で同人の遺産を相続したことは、いずれも当事者間に争いがない。

第三貸金債権の発生、弁済、履行遅滞責任の検討

一<証拠>を総合すると、

(一)  昭和三〇年以来、被控訴人は所定の届出をして金融業を営んでいた。

(二)  昭和四〇年九月五日、当時貿易商であつた控訴人は万国博目当ての観光ホテル経営を企て、ホテル用の土地建物として大津市雄琴町所在の本件土地建物を買入れるため、その資金一、三〇〇万円の借用を知人の河原勇雄こと川原藤平の紹介で金融業者訴外塚本正二に申込んだ。

(三)  同年一〇月五日、塚本正二は自己の娘である被控訴人を貸主として同人を代理し、控訴人との間に連帯債務者を控訴人及び河原勇雄とし、同日貸付、債務額一、三〇〇万円、利息日歩五銭、弁済期昭和四一年一月二五日とする抵当権設定金円借用証書を作成し(甲第六号証)、控訴人は本件土地、建物を所有者共同興産株式会社から買受ける旨の売買契約をした(甲第一ないし第五号証)。

(四)  昭和四〇年一〇月六日、右売買を原因として、本件土地、建物につき控訴人、河原勇雄が各持分を二分の一とする所有権移転登記を了し、かつ、前示抵当権設定金円借用証書に基づき、本件土地、建物について被控訴人を権利者とする所有権移転請求権仮登記、抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定仮登記を了した(甲第一ないし第五号証、乙第二号証の一ないし六、第三、第四号証の各一ないし四)。

(五)  同月一一日、伊丹市所在の神戸地方法務局所属安長義美公証人役場で債権者(貸主)、連帯債務者、借用金額、抵当物件をいずれも前示(三)の借用証書と同一とし、弁済期日を昭和四一年二月一五日、利息を年一割五分、損害金を年三割とする抵当権設定金銭消費貸借契約公正証書を、控訴人、被控訴人、塚本正二、河原勇雄こと川原藤平立会のうえ作成した(甲第九号証、乙第一号証の一ないし三)。

(六)  同月一二日、大阪市北区所在の新大阪ホテルで、被控訴人から本件貸付を一任されていた同人の代理人である塚本正二が、控訴人に対し、貸金元金一、三〇〇万円から一年分の利息として金二六〇万円を天引し残額一、〇四〇万円を交付した(甲第二五号証)。

(七)  同年一一月一六日、被控訴人代理人塚本正二は、伊丹市所在の神戸地方裁判所伊丹支部に対し前示(五)の公正証書の執行文付与命令を申立て、翌一七日同命令を得たうえ、翌一八日公証人から執行文の付与を受けた。

(八)  同月二四日、右塚本正二は被控訴人を代理して、京都地方裁判所に右執行文付与を受けた公正証書に基づき控訴人の自宅と敷地に対する強制競売の申立をし、同日強制競売手続開始決定を得た。

(九)  昭和四二年四月四日、塚本正二が右物件を代金一、五一八万二、七六一円で競落し、同月一一日競落許可決定を得た。

(一〇)  同年四月二七日、被控訴人代理人塚本正二は、前示(三)の借用証書に基づき、本件土地建物につき大津地方裁判所に抵当権実行のための不動産任意競売を申立て、同年五月二七日競売開始決定がなされ、その旨の登記がなされた(甲第一ないし第五号証、第三六号証)。

(一一)  同年五月一一日、右塚本正二は京都地方裁判所における前示(八)(九)の強制競売配当手続において、前示(五)の公正証書による債権のほかに、前示(三)の借用証書による貸金元金、利息金、遅延損害金合計一、八四六万四、一六〇円の債権が存在するとして同額の配当要求をした。

(一二)  昭和四三年二月一六日、塚本正二は前示(九)の競落代金の支払を了し、本件土地建物につき競落を原因とする所有権移転登記を了した(甲第一八ないし第二〇号証)。

(一三)  同月二七日、被控訴人は京都地方裁判所に対し、控訴人に対する債権元本額を金二、六〇〇万円とし、これに利息、損害金を加えた合計金四、四二八万三、二〇〇円を現存債権額とする計算書を提出した(甲第八号証)。

(一四)  同月二九日、京都地方裁判所の、前示(八)の強制競売の配当期日において、担当裁判官から別紙四の配当表記載のとおり配当表が呈示されたところ、被控訴人において他の債権者塩貝及び西村に対する配当金額に異議を申立て、また控訴人においても被控訴人に対する配当(共益費を除外)金額に異議を申立てた(甲第一〇、第一一号証)。

(一五)  同年三月一一日、京都地方裁判所において、原告を控訴人、被告を西村他一名とする配当異議事件の口頭弁論期日が同年四月一三日に指定された(乙第五号証)。

(一六)  昭和四四年八月二五日、京都地方裁判所は右の配当金として控訴人の配当額九四四万〇、九八六円、塩貝の配当額三八九万〇、〇七五円、西村の配当額一六七万一、四〇〇円につき、それぞれこれを執行供託した(甲第一三、第三七号証)。

(一七)  同年一〇月三日、塚本正二は控訴人の自宅とその敷地を姜琪業に代金二、五〇〇万円で売渡した(甲第三四号証)。

(一八)  昭和四五年七月二八日、原告(本件控訴人及び河原勇雄こと川原藤平)、被告(被控訴人)間の前示公正証書に基づく強制執行不許と同公正証書に基づく貸金元金(一、三〇〇万円)中、金二六〇万円の債務が存在しないことの確認を求める請求異議事件につき、京都地方裁判所において、右「公正証書に基づく貸金債権中、元金の一部金一〇四万円、利息金及び昭和四一年一〇月一一日までの損害金についての強制執行は、これを許さない。前項の貸金元金(一、三〇〇万円)中金一〇四万円の債務が存在しないことを確認する。原告らのその余の請求を棄却する。」との判決が言渡され、同年八月一六日にこの判決が確定した(甲第七号証、乙第六号証)。

(一九)  昭和四六年二月二七日付の内容証明郵便で、控訴人は被控訴人に対し、控訴人の自宅及びその敷地に対する前示強制執行、及び前示(一一)、(一三)のとおり貸金一、三〇〇万円を二回にわたつて貸付けたとして二重に配当要求をし、さらに本件土地、建物につき任意競売を申立てたのは訴訟詐欺行為であり、この不法行為に基づく損害賠償債権金五〇〇万円をもつて、被控訴人の本訴貸金債権と対当額において相殺する旨の意思表示をした(内容証明郵便は同年三月一六日差出、その頃到達)(甲第一五号証)。

(二〇)  昭和四六年末から昭和四七年七月までの間、前示強制執行、任意競売申立につき、被控訴人は詐欺、同未遂被疑事件で警察本部、検察庁で取調べを受け(甲第二二、第二三号証)、又塚本正二も昭和四六年末から昭和四九年三月までの間右同様の取調べを受けた(甲第二四ないし第二九号証)。

(二一)  昭和四九年三月一九日、神戸地方検察庁尼崎支部検事は、塚本正二を前示強制執行、任意競売の申立につき詐欺及び詐欺未遂罪で神戸地方裁判所尼崎支部に起訴した(甲第二一号証)。

(二二)  同年四月一一日に塚本正二が死亡した。

(二三)  昭和五一年七月二三日、前示(一四)に基づく原告(反訴被告、本件被控訴人)と、被告西村永治郎、被告(反訴原告)塩貝勘次郎間の配当異議、同反訴請求事件について、「一、別紙四の配当表中、被控訴人に対する配当額を六二〇万三、五六二円及び五六一万八、三三五円とし、西村永治郎に対する配当額を削除し(配当要求取下による)、塩貝勘次郎の配当額を二九六万九、二五八円とそれぞれ更正する、二、本件反訴を却下する。」旨の判決が言渡され、同年八月九日右判決が確定した(甲第三九号証)。

(二四)  同年一一月一〇日、大津地方裁判所から控訴人に対し本件土地建物の不動産競売期日(同月二九日)の通知がなされた(甲第三五号証)。

(二五)  昭和五二年四月一八日、被控訴人は京都地方裁判所から前示(二三)の配当金一、一八二万一、八九七円共益費用金二一万一、三〇六円及び昭和四四年九月一日から昭和五二年三月三一日までの供託利息金二一九万〇、〇〇六円を受領した(甲第四〇号証)。

以上の各事実を認めることができ<る>。

二請求異議事件の判決の既判力

(一) 前認定一(一八)のとおり、昭和四五年八月一六日に確定した請求異議事件の判決は、本件公正証書の執行不許を求める請求異議の訴と、同証書に基づく貸金元金(一、三〇〇万円)中、金二六〇万円の債務不存在確認の訴との併合訴訟の判決であつて、この両者はその性質を異にするので次にこれを分けて順次検討する。

(二)  請求異議判決の既判力

請求異議の訴は、債務名義に表示された特定の請求権と実体的権利関係の不一致、即ち債務名義上の請求に関する異議という実体上の理由によつて債務名義の執行力の排除を目的とする形成の訴であり(最判昭四〇・七・八民集一九巻五号一一七〇頁参照)、その訴訟物は実体上の各種の理由に基づき執行力の排除を求める訴訟法上の包括的な一個の異議権であつて、異議理由の同時主張を定める民訴法五四五条三項に照らすと、実体上の理由毎に一個の異議権が生ずるものではなく、これら実体上の理由が複数存在しても、いわば債務者が特定の債務名義につき執行力の排除を求めうる地位ともいうべき包括的な一個の異議権が生じ、これが訴訟物であると考える。したがつて、請求異議訴訟の判決は異議理由である個々の実体上の理由についてまで既判力は及ばないのであつて、それは民訴法一九九条一項に照らし強制執行不許という主文に包含する執行力排除を求める前示異議権の存否に限り既判力を有するものである。けだし、個々の実体法上の異議理由は訴訟物たる訴訟法上の異議権を理由あらしめる攻撃防禦方法にすぎないからである。もつとも、請求異議訴訟の判決でも、異議を認容する判決は形成判決として形成力を生ずるに過ぎず、その棄却判決に限り異議権の不存在につき既判力を有する。

そうすると、前示一(一八)の請求異議事件の確定判決の既判力によつて、これに反する本件公正証書上の債務の不存在確認及びそれを前提とした主張が許されないという被控訴人の主張は請求異議の訴に対する判決に関する限り理由がなく採用できない。

(三)  債務不存在確認判決の既判力

前示確定判決のうち債務不存在確認の訴に関する部分は、前認定一(一八)のとおり控訴人他一名が本件公正証書に基づく貸金元金(一、三〇〇万円)中、金二六〇万円の債務の不存在確認を請求したのに対し、右元金中金一〇四万円の債務の不存在を確認し、その余を棄却した一部認容一部棄却の判決である。

右債務不存在確認の訴の訴訟物は、金額によつて明示された一部請求であり、これによつて訴訟物で分断されるから残部については既判力が及ばない(最判昭三四・二・二〇民集一三巻二号二〇九頁、最判昭三七・八・一〇民集一六巻八号一七二〇頁参照)。したがつて、右の訴では前示貸金元金中二六〇万円についてのみ既判力が及び、貸金の利息、遅延損害金はもとよりのこと、貸金元本の残額についても既判力は生じない。

結局右確定判決は前示貸金元金中、金一〇四万円の債務の不存在と、金二六〇万円から右金一〇四万円を控除した残額一五六万円の債務の存在を確認する点につき既判力を有する。

そうすると、貸金元金二六〇万円を越える元金残額及び利息、遅延損害金の存在について前示確定判決の既判力をいう被控訴人の主張は失当である。

反面、控訴人の債務不存在確認を求める本訴請求中、右確定判決によつて不存在が確認された貸金元金一〇四万円の債務につき、さらにその不存在確認を求める部分の訴は、訴の利益を欠き不適法というべきであるから、これを却下すべきものである。

また、右確定判決により不存在確認の請求が棄却された貸金元金一五六万円の債務については、その存在が確認されたものというべきであるから、原則としてこれに反しその不存在を主張することは許されないが、前示確定判決の口頭弁論終結後に生じた原因に基づきその消滅、不存在を主張することが許されるから(民訴法五四五条二項)、その消滅の時期いかんを問わずすべての債務の不存在を主張することが既判力に牴触するという被控訴人の主張は採用できない。

三本件貸金弁済の抗弁の検討

(一)  貸金債権の発生

前認定一(五)(六)の事実及び前示引用の原判決認定の事実に、前示請求異議事件の判決中の既判力ある主文を考え併せると、本件貸金債権は、現金が授受された昭和四〇年一〇月一二日に成立し、公正証書上の貸金元金一、三〇〇万円のうち現実に交付されたのは金一、〇四〇万円であり、その時点で右交付額に対する利息制限法所定の最高利率である年一割五分による利息金一五六万円を天引利息額二六〇万円から差引いた残金一〇四万円は、同法の制限超過利息として元本金一、三〇〇万円の弁済に充当すべきものであるから、貸金元金は金一、一九六万円となり、弁済期は当事者間の黙示の合意により現金交付の日から一年後の昭和四一年一〇月一一日に変更され、同日までの利息金は右天引利息により前払されたものというべきである。

したがつて、昭和四〇年一〇月一二日現在、被控訴人は控訴人に対し本件公正証書に基づく貸金として元金一、一九六万円、弁済期昭和四一年一〇月一一日、遅延損害金年三割とする貸金債権が発生したものといわねばならない。

(二)  弁済の抗弁

控訴人は、不動産強制競売においても不動産が売却されその売得金を裁判所が取得した時は、動産執行に関する民訴法五七四条二項本文と同様に債務者の弁済と看做すべきである旨主張するので検討する。

民法上弁済とは、債務の内容たる給付を実現し、これにより債権が満足されて消滅する債務者その他の者の行為をいい、給付行為によつて給付結果が生ずること、即ち弁済の提供と受領によつて現実的給付の実現することが必要である。したがつて、動産執行に関する民訴法五七四条二項のような特別の擬制規定がない限り、立法論は別として、現行法上は債権者の弁済の受領を待たないで裁判所の競売代金の取得をもつて弁済と看做することはできない。

よつて、控訴人の右主張は採用できないものである。

四履行遅滞免責の抗弁の検討

控訴人は、配当期日又は裁判所が配当金を執行供託した日、若しくはおそくとも前示請求異議事件の判決確定の日の翌日以降債務者である控訴人は履行遅滞の責任を免れる旨主張するので、これにつき次に検討する。

(一) 不動産強制競売が実施され、その競売代金を裁判所が取得し、配当表を作成して配当期日を指定し同期日において配当表を呈示したときには、債務者において異議がない限り、裁判所が第三者として弁済の提供をなした場合に準じた効力を有するものというべきである。即ち、配当期日において各債権者から配当表に対する異議があつた場合には、債権者は異議が完結するまでは配当金を受領することはできないけれども、それは不当な配当要求をした債権者ないし不当な異議を申立てた債権者の責に帰すべきことであつて、この場合債務者には何ら帰責事由は存在しない。けだし、債権者の配当表に対する異議は債権者相互の事情に基づくものであつて、いわば債権者側の事情によつて受領遅滞が生じているに過ぎず、債務者としては自己所有の不動産の所有権を喪い、その競売代金に対してもその権利を行使し得ない立場にあるからである。この点につき被控訴人は、配当表に対する異議が生ずるのは、そもそも多数の債権者に債務を負担した債務者の責任である旨抗争するけれども、配当要求をなす債権者が常に債権を有する真実の債権者であるとはいえないのであつて、このことは前認定第三の一(二三)のとおり本件配当要求をした西村永治郎がその配当要求を自ら取下げているし、被控訴人自らがした本件配当要求において、後述のとおり債権の全く存在しない前認定一(三)の借用証書による債権についても、前認定一(一一)(一三)のとおり本件公正証書による債権と二重に配当要求していることからも明らかであるから、配当表に対する債権者の異議により、配当(弁済)が遅延することの責任を、不当な配当要求又は不当な異議を行なつた債権者を不問に付して債務者に負担させることは苛酷に過ぎ首肯できない。

(二) もつとも、本件では前認定一(一四)、(一八)のとおり債務者である控訴人が債権者である被控訴人に対する配当金額(共益費除外)に異議申立をして、本件公正証書に対する請求異議等の訴を提起し、昭和四五年八月一六日一部認容一部棄却の判決が確定したものであるから、この確定によつて民訴法六九八条四項に基づき異議が完結するまでの間は債務者である控訴人にも一半の遅滞の責任が生ずるのではないかとの疑問があるかもしれない。しかしこれは、前認定一(三)(五)(一一)(一三)のとおり、被控訴人が一口の本件貸金債権につき借用証書による債権と公正証書による債権が二口存在するものとして二重に配当要求したため、控訴人が後者についてのみ請求異議の訴を提起したことに起因するものといわねばならず、控訴人がした右異議はやむを得ないところであつたとみられるから、控訴人にその遅滞の責めを問うことはできないと考える。

(三)  なお、弁済の提供は原則として債務の全額を提供すべきであつて一部の提供は有効ではないところ、前示配当表に記載された配当金額が本件貸金債権の元利金残額に満たないことは後記認定のとおりであり、したがつて配当表の呈示につき一部提供の問題が残る。しかしながら、一部提供であつても、一部履行の特約がある場合、債権者の承諾がある場合、一部受領の拒絶が債権者の信義則違反になる場合には、有効な提供となるのであつて、不動産強制競売において配当要求をなす債権者は、配当手続で全額配当がなされるのは多くなく、したがつてもともと一部弁済を受けるにすぎないことを予測しこれを承諾して配当手続に参加しているものということができるし、とくに不動産強制競売を申立て債務者などの不動産の所有権を奪つておきながら、全額弁済でないとして配当金の受領を拒絶することは著しく信義に反し許されないものであつて、強制執行手続でもこれを認めることはできない。したがつて、前示配当表による一部提供も有効な提供に準じた効力を有する。

(四) そうすると、前認定一(一四)のとおり昭和四三年二月二九日本件配当表が呈示された時から、控訴人は債務不履行によつて生ずべき一切の責任を免れるというべく、その翌日からの遅延損害金債務は発生しないといわねばならない(民法四九二条)。

なお、被控訴人は、前認定一(二三)(二五)のとおり他の債権者に対する配当異議の訴で勝訴して配当表が更正され、これに基づき合計金一、四二二万三、二〇九円(共益費金二一万一、三〇六円及び供託利息金二一九万〇、〇〇六円を差引いた残額は金一、一八二万一、八九七円)を受領したのであつて、これと前認定一(一六)のとおり当初の配当表で呈示された金額九四四万〇、九八六円と異なるけれども、右受領金額から共益費及び供託利息金を差引いた残額全額について当初から履行の提供に準じた効果があるというべきである。けだし、配当金額に差異が生じたのは不当な配当要求をなした債権者の故意、過失に基づくものであつて、債務者である控訴人の責任によるものではないからである。そして、右供託利息金は、配当期日以後債務者に対し遅滞の責任を問えない債権者がこれに代わるものとして当然受領しうるものであつて、執行債務の弁済に充てられるべきものではない。

又、債権者である被控訴人はこれにより当初の配当期日から配当金受領までの間の利息金ないし遅延損害金額から供託利息金を控除した残額相当の得べかりし利益喪失による損害を受けるが、これは不当な配当要求をして配当手続を遷延した他の債権者の行為に基づくものであるから、帰責事由のある債権者に対し損害賠償請求をなすことによつて救済を受けるべきものであると考える。

(六)  以上のとおりの基準にしたがつて、弁済充当及び本件貸金債権の残額を計算すると、別紙五当裁判所の計算書のとおり、本件貸金残元本は金五一一万二、一五二円となる。

第四相殺の抗弁の検討

一前示第三の一の各事実を考え併せると、被控訴人から控訴人に対する本件貸金ないし強制執行手続を一任された被控訴人の代理人塚本正二が、控訴人の自宅と敷地に対して行なつた本件強制執行は弁済期未到来の債権につき弁済期到来を仮装し、かつ、二重に配当要求をした同人の故意又は過失による違法行為であると認められる。

控訴人は不法行為の代理による責任を主張するが、わが民法上このような不法行為の代理は認められない。

しかし、塚本正二は前認定のとおり、被控訴人から本件貸金ないし強制執行を一任された者であつて、被控訴人の指揮監督に服すべき関係にあるから、雇傭関係はないけれどもなお民法七一五条一項所定の「被用者」に当たるのであつて、その使用者である被控訴人は被用者である右塚本正二の違法な加害行為によつて控訴人に与えた損害を賠償すべき義務がある。

二控訴人は、本件の違法な不動産強制競売によつて、前認定第三の一(九)のとおり、昭和四二年四月一一日に競落許可決定がなされたため自宅及び敷地の所有権を喪つたところ、<証拠>によつて認められる当時の資産としての右物件の価額三、六六七万六、〇〇〇円から競落代金一、五一八万二、七六一円を差引いた残額二、一四九万三、二三九円の損害を受けたものと認められる。

三前示第三の一の各事実を考え併せると、同第三の三(一)のとおり黙示の合意により、控訴人は変更された弁済期である昭和四一年一〇月一一日には残元金一、一九六万円の支払義務があり、その支払を怠つたことにより本件不動産競売手続が続行され競落による不動産所有権の喪失を招く一因をなしたものというべきであり、控訴人はこの点において重大な過失があるものと認められるから、当裁判所は前示損害賠償額を算定するにつき右過失を斟酌し、八五パーセントの過失相殺を行なうべきものと判断する(証拠資料に過失が認められれば過失相殺の主張がなくとも、過失相殺を行ない得る―最判昭四三・一二・二四民集二二巻一三号三四五四頁)。

そうすると、過失相殺額は金一、八二六万九、二五三円(21,493,239(損害額)×0.85=18,269,253.15)であるから損害賠償をすべき額は金三二二万三、九八六円となる(21,493,239−18,269,253=3,223,986)。

四なお、被控訴人は、弁済期である昭和四一年一〇月一一日の徒過によりその翌日から強制執行手続の瑕疵(履行期未到来の執行力欠缺)が補正されるから不法行為が成立しないと主張するけれども、執行手続の瑕疵が治癒されたからといつて実体法上の違法性を阻却するものとはいえないから、右主張は採用できない。

五したがつて、控訴人の被控訴人に対する前示損害賠償債権金三二二万三、九八六円との相殺により相殺適状の時期である右損害の発生時、即ち競落許可決定の日である昭和四二年四月一一日に遡つて本件貸金残元金はその対当額につき債務が消滅したものというべきである。そうすると、本件貸金の残元金は金一八八万八、一六六円となる(5,112,152−3,223,986=1,888,166)。

なお、予備的相殺の抗弁の訴訟法上の性質に従い、右相殺は前認定の配当金受領による弁済後の残元金五一一万二、一五二円との相殺を行なうべきものである。

第五本件土地、建物の所有権移転請求権仮登記等の各抹消登記手続請求の当否の判断

一前示第三の一(三)(四)の事実によると、本件土地、建物に被控訴人がなした原判決添付登記目録記載の所有権移転請求権仮登記、抵当権設定登記、停止条件付賃借権設定仮登記(以下、本件仮登記等という)は、いずれも本件借用証書に基づく債権を担保するためなされたものであることが認められるところ、本訴の原判決は右借用証書に基づく貸借上の債務が存在しないことを確認する旨の判決をなし、被控訴人においてこの部分に対する控訴ないし附帯控訴をしていないことは当裁判所に顕著な事実であるから、右確認部分の判決は確定しており、本件仮登記等も被担保債権の不存在に附従して消滅するものと一応いえるようにみえる。

二しかしながら、前示第三の一(三)ないし(六)の各事実を考え併せると、本件借用証書に基づく債権は、同三(一)のとおり、貸付月日昭和四〇年一〇月一二日、貸付金一、一九六万円、利息年一割五分、遅延損害金年三割、弁済期昭和四一年一〇月一一日とする新債務に債務の要素を変更され更改により消滅したものというべきである。そして、前示第三の一の各事実を考え併せると、控訴人と被控訴人との間において黙示の合意により本件仮登記等による担保権を新債務に移すことを合意したものと認めることができ、他にこの認定を覆えすに足る証拠がない。

そうすると、民法五一八条の適用ないし類推適用により、本件仮登記等の担保権が右新債務に移転されたものというべきであり、附従性の例外として担保権は消滅せず存続するものといわねばならない。

本件仮登記等が本件借用証書及び公正証書による債務を担保するものであるとの被控訴人の主張は、右の意味において是認することができる。

三そして、右の新債務は前示のとおり昭和四三年二月二九日の配当期日現在において、貸金残元金一八八万八、一六六円とこれに対するその翌日から完済までの年三割の約定遅延損害金の支払義務として残存しているので、これを担保するものとして本件仮登記等は有効であるから、その抹消を求める控訴人の本訴請求部分は失当である。

第四結論

以上のとおりであるから、控訴人の本訴のうち、本件公正証書に基づく貸金元本債務中、金一〇四万円の債務不存在確認を求める訴は、訴の利益を欠くものとしてこれを却下し、右公正証書に基づくその余の債務のうち、貸金元金債務金一八八万八、一六六円とこれに対する昭和四三年三月一日から完済まで年三割の約定遅延損害金の債務が存在することが明らかであり、したがつてその不存在の確認を求める請求部分を失当として棄却すべく、又右公正証書に基づく債務のうちその余の債務の不存在確認を求める請求部分は正当であるからこれを認容し、各登記の抹消登記手続を求める請求は失当であるからこれを棄却する。

よつて、これと異なる原判決主文第二項を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(下出義明 村上博巳 吉川義春)

別紙一〜五<省略>

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