大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1662号 判決 1978年3月23日

控訴人

三重県阿山郡阿山町

右代表者町長

橋本智有正

右訴訟代理人

尾崎嘉昭

被控訴人

湖東信用金庫

右代表者代表理事

村田八郎

右訴訟代理人

石原即昭

外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「控訴人の控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、原判決事実適示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、右各証拠中右認定と抵触する部分は措信しない。

被控訴人湖東信用金庫(以下湖東信用金庫と略称する)は、昭和四二年一〇月一九日土木建設業を営む訴外株式会社藤田組(以下藤田組と略称する)との間で信用金庫取引契約を締結し、以来両者間に取引が継続されて来たものである。藤田組は、昭和四八年二月三日控訴人三重県阿山郡阿山町(以下阿山町と略称する)との間で広域道路事業(河合玉滝線新設改良工事第二期)、工期昭和四八年二月三日着工同年一〇月三一日完成、請負代金五六〇〇万円とする請負契約を締結したが、右工事の資材購入費、労務費等の一部に充当するため湖東信用金庫より七五〇万円ばかりの金銭借入れの必要を生じ、同年二月二〇日頃湖東信用金庫に交渉したところ、右工事代金代理受領の方式で支払が担保されれば可能であるとのことなので、その方法をとることになつた。

昭和四八年二月二六日藤田組の代表者の父であつて同会社を事実上主宰している藤田多助は、湖東信用金庫の職員と共に阿山町の役場に赴き、先づ土木課において予め用意して来た湖東信用金庫備付の「委任状承認願」と題する用紙に所要事項を記入したものを提出し、これに係員より阿山町長名義の承認印の押捺を受けた。右書面は、藤田組より阿山町町長宛の文書であつて、「私が阿山町との間に締結しました河合玉滝線新設改良請負工事代金金五六、〇〇〇、〇〇〇円を今般下記の事由により別紙委任状のとおり湖東信用金庫に受領方委任しましたから、委任状を承諾されたくお願いいたします。云々」と記載したものである。但し、その際、右文面にある「別紙委任状」は阿山町に提出されなかつた。同人らはそれから経理課に廻り、出納係長の城戸員利と収入役の山村多に面接し、請負代金代理受領の手続について教示を受けた。阿山町では請負代金を代理受領承認の方式で支出したことは過去に二例しかなかつたが、右係長はそのうちの一例である山本建設の事例に従つて説明した。それは、「委任状」と題し、冒頭に請負代金の受領を受任者誰誰に委任する趣旨を記載し、工事場所、工事名、契約金額、そのうちの受領委任額を記載し、委任者と受任者双方の記名捺印を備えた阿山町長宛の文書を出納係に差入れること、さらに、工事代金の支払時期には土木課で工事出来高証明を貰い、出納係に対し内金支払請求書と共に差し出すこと、などである。そうすると、町当局において支払命令書作成などの内部手続を経て、代理受領者の指定した払込金融機関に代金が払込まれるであろう、というのである。なお、その際同係員は、代金請求の際は、委任者受任者揃つて出頭するように、と説明しているが、それはたまたま山本建設の場合がそうであつたというだけで、委任状があれば委任者の出頭は要しない筋合のものである。

翌二月二七日藤田組は、湖東信用金庫に対し前記阿山町長の承認印のある委任状承認願書を添えて七五〇万円の借入れ申込みをなし、翌二八日返済期四月三〇日として右金額の貸出しが行われた。藤田組は、さらに同年三月一五日湖東信用金庫に対し三〇〇万円の追加借入の申込みをなし、即日返済期日同年三月三一日として右金額の貸出しが行われた。

一方、前記工事代金については、左記のように数回に亘り藤田組より支払請求がなされ、藤田組に対しそれぞれ請求金額の支払が行われた。その際、阿山町役場の係員は、請求者として出頭した藤田多助に対し湖東信用金庫との関係はどうなつているのか、と質問したところ、「金庫の理事長さんの了解を得ている」と答えたことがあつたが、それはともかく、阿山町としては湖東信用金庫からは前記の乙一号証の二のような委任状が提出されていないので、本来の権利者から代金支払請求があつた以上はそれに応ずる外はないとしてその支払を実行したものである。

第一回 昭和四八年 五月 一日

三、六一六、〇〇〇円

第二回 同   年 九月 五日

一六、八九〇、〇〇〇円

第三回 同   年一一月一九日

四、二一七、〇〇〇円

第四回 同   年一二月二七日

九、二七七、〇〇〇円

八、四三六、〇〇〇円

第五回 昭和四九年 二月 六日

五、〇〇〇、〇〇〇円

二、〇〇〇、〇〇〇円

合計四九、四三六、〇〇〇円

なお、藤田組は、請負工事を完全には施工しなかつたので、請負金額の約九〇パーセントが支払われることになり、前記の金額をもつて阿山町の藤田組に対する請負代金の支払は支払済となつた。

右のように逐次支払がなされつつある間、湖東信用金庫では、係員が工事代金の支払時期について阿山町に対し時折り電話の問合せをなし、その結果五月一日第一回支払の支払済となつた事実を知つたが別段の措置をとることなく推移した。その際右係員の方では、「次回に支払う時は連絡してくれ」と頼んだというが、阿山町の係員の方では、「湖東信用金庫からの電話は工事の進捗状況の問合せだけであつて、こちらとしては事前連絡の約束まではしていない」といつている。湖東信用金庫の融資担当職員岸川和夫は、昭和四八年六月二八日と同年一一月九日の二回に亘り藤田組の工事状況の視察のかたわら阿山町役場に立寄つている。六月二八日の際は土木課に行つて工事費支払見込の問合せをしたのみであつて経理課には立寄らなかつたが、一一月九日の際は、岸川は特に阿山町収入役山村多に面会し、「以後の支払は湖東信用金庫に連絡の上支払うようにしてもらいたい」旨要請したところ、同収入役は、「工事代金の請求については藤田組と湖東信用金庫との間でよく話合つてくれ。そして、その話合いの結論を聞かしてくれ」と反問された。

なお、湖東信用金庫から藤田組に対してなされた前記貸付金合計一〇五〇万円については、昭和四八年七月上旬同月三一日を履行期とする継続貸付の措置がとられたが、その後そのままに推移し、昭和四九年一月一一日に至り同月三一日を履行期とする、また、同年二月二八日に同年三月三一日を履行期とするそれぞれ継続貸付の措置がとられ、後者については右履行期を満期とし金額を一〇五〇万円とする約束手形の差入れがなされた。継続貸付の金額は当初の元本額そのままであつて増加していないことから見ると、その間の利息は藤田組においてその都度弁済したものと推認される。しかし、藤田組は同年四月末頃倒産して前記藤田多助は行方不明となり、湖東信用金庫としては右貸付金の回収が事実上不能となつた。

二湖東信用金庫は、藤田組に対する前記貸付金が回収不能となつたことによる損害は、阿山町の不法行為によるものであるから、同町はその損害を賠償する義務があると主張するので、この点について判断する。

阿山町としては、どうせ誰かに支払わなければならない工事代金であるから、支払先の権利関係さえはつきりしておれば、藤田組には支払わず、湖東信用金庫にこれを支払うことにいささかのためらいもなかつた筈である。しかるに結果としてはそのように事務が行なわれなかつたのは、湖東信用金庫と阿山町との間に何らかの手違いがあつたからに外ならない。双方共に善意でありながら相互の意思疎通を欠くためにその間に手違いが生ずることのあるのは、巷間往々にして見受けるところであつて、本件は、その手違いの生じた原因の解明とその責任の所在を明らかにすることにより本訴請求の当否が明らかになるのである。

前記確定事実によれば、藤田組は昭和四八年二月二六日阿山町に対し委任状承認願を提出し阿山町長の承認印を受けたが、右書面に引用している委任状を阿山町に提出しなかつた。委任状承認願の方は、これに阿山町長の承認印を得た後藤田組から湖東信用金庫に提出され、これにより藤田組に対する貸付手続を推進せしめるよすがとなるものであるが、委任状の方は、阿山町の前例による方式によれば、委任者受任者双方の記名押印のある文書にしてこれを阿山町に提出し、これにより阿山町としては、湖東信用金庫から請求があればこれに支払うべきものであり、その反面藤田組もしくは他の第三者から請求があつても(委任状承認をなしているかぎり)これを拒否することが要請され、委任状の差入れは、阿山町の右のような事務手続の根拠となるものである。そして、委任状承認書は委任状の存在を前提とする。この意味において、この二つの文書はそれぞれ相関連しながらその用途を異にし、従つてその差入れ先を異にする。しかも、その内容は必ずしも相覆うとは限らない。委任状承認書は、今後発生すべき内容未確定の請負代金につき包括的に代理受領方式によつて支払をなすことを了承する意味で発行することもありうるが、委任状には、承認書記載の請負代金中現実に代理受領を委任する具体的債権額が指定されているのが通常であろう。

さて、本件では、藤田組の請負契約金は五六〇〇万円であるのに対し、湖東信用金庫に対する借入金はその五分の一に満たない一〇五〇万円である。従つて、藤田組としては、五六〇〇万円全額を湖東信用金庫に取得されて差しつかえなかつたかどうか、そのような方法で藤田組が湖東信用金庫に対し負担する本件借受金以外の旧債の弁済に充当されてしまつても、事業の続行に支障がなかつたかどうか必ずしも明らかでない。藤田組において湖東信用金庫に代理受領せしめる金額を限定する意思があれば、委任状においてこれをセーブすることが可能である。しかし、藤田組としては、当初は借入額として七五〇万円を希望して湖東信用金庫と折衝していたものの、その後現実に三〇〇万円の追加借入れの手続きをしているところから見れば、前記二月二六日の段階では将来の追加借入れの見込を考えると委任状の金額を七五〇万円と限定的に記載することはなし難かつたであろう。さりとて、五六〇〇万円全額を湖東信用金庫に取得せしめるようその旨の確定的な委任状を提出することも躊躇される。さらに、手続面では、委任状に湖東信用金庫の記名印を要すると聞かされて、まだ貸付が決定していない段階ではその手続もとれない。これら色々の理由から藤田組は委任状は後日追完することとして、敢えてこれを阿山町に提出しなかつたものと推認される。

一方、湖東信用金庫としてはどうであつたのか。湖東信用金庫は、旧債の担保の意味もあるので五六〇〇万円全部を代理受領するつもりであつたと主張するが、藤田組が湖東信用金庫に対したとえ借入れ実行前はそれでもよいような顔をしていたとしても、このことの実現は一に藤田組の意思にかかることであり、現実にその旨の委任状の提出を見ない以上如何ともし難い。湖東信用金庫の係員は、阿山町に差入れる委任状には工事の進捗の程度に応じて分割して支払われる具体的な金額を記載しなければならないが、その時期と金額が判明するまでは委任状の差入れは差控えざるを得ないと思つていたふしがある。しかし、そのようなことで委任状の差入れを後日に延伸できるのは、藤田組が抜け駆け的に工事代金を受領することをせず、その都度忠実に湖東信用金庫に連絡してくれることが期待できる場合でなければならない。しかるに現実は、藤田組において二回に亘り二〇〇〇万円近くも抜け駆け受領をされた後である昭和四八年一一月九日阿山町収入役より工事代金の請求方法について藤田組とよく話合うよう注意を促されてもなおそのことが抑止できなかつたところから見れば、その頃には湖東信用金庫と藤田組との関係は、恐らく藤田組の方で逃げていたのであろうと思われるがもはや新たな委任状の徴収が困難な状態に立至つていたのではないかと思われる。

三ともあれ、湖東信用金庫の方では、湖東信用金庫において甲第三号証の委任状承認願に阿山町の承認印のあるものを入手している以上、それとは別に委任状を阿山町に差入れることは必要がない、と弁明する、そして、最小限度の手続としてはそれで足りると思つていたとすれば、ここに冒頭に述べたところの、いわゆる代理受領方式により工事請負代金を担保にとる方式として湖東信用金庫の認識と阿山町の認識との間に喰違いがあり、そのことによる手違いで本件の紛争を生んだといえるであろう。

本件両当事者の工事代金代理受領方式の認識についての事実関係をそのようなものと仮定しても、当裁判所は次のように考える。すなわち、工事代金を代理受領の方法によりこれを担保にとる方法は、担保の方法としては慣習的に行われ出したものであるだけになお未成熟なところが多い。従つて、事実上行なわれる方法は必ずしも一律でないから、そのことにより利益を受ける側(担保権者)においてそのことにより拘束を受ける側(第三債務者)において設けた手続を確かめ、それが不合理なものでないかぎりこれを遵守すべきである。本件の場合、阿山町は地方自治体であるから、事務手続は各課に分掌され、その間に遺漏が起らないように前記の手続を設けているのであり、ことに委任者受任者連名による委任状の提出は、委任者の意思と受任者の意思とを文書により確かめる方法として合理的なものといえる。湖東信用金庫が考える委任状承認願書に町長の承認印を押捺するだけのことでは、受任者の意思内容が表現されていないから、阿山町としては受任者の請負代金支払請求の意思をそこから掬みとることは困難である。阿山町において委任状承認願に承認印を押捺してこれを委任者に交付しても、果して受任者においてそれを担保とする融資を実行したかどうかさえ不確かなのである。この場合、口頭で融資実行の旨を阿山町に連絡しても、地方自治体の事務手続の通例として、それは文書による手続が行われることの予告程度に受取られ、現実に湖東信用金庫名義をも備えた委任状の差入れが行なわれない以上湖東信用金庫よりの請負代金代理受領請求がないものと取扱われてもやむを得ないところといわなければならない。ことに、湖東信用金庫において印刷して用意した用紙を用いた委任状承認願(甲第三号証)には、別紙として委任状が存在することが予定されているのであるから、阿山町としては委任状承認願書の外委任状が別個に提出されるものと期待し、その提出がない以上手続不備として処理したのも無理からぬところといわなければならない。

四以上の次第であるから、前記湖東信用金庫に生じた損害は、湖東信用金庫が阿山町に対し本件請負代金代理受領に関して阿山町において予定した手続を怠つたことによるものであつて、これを阿山町の湖東信用金庫に対する不法行為によるものということはできないから、湖東信用金庫の本訴請求は理由がない。よつて、これを認容した原判決を取消して湖東信用金庫の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九六条に従い、主文のとおり判決する。

(坂井芳雄 乾達彦 富澤達)

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