大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1727号 判決 1979年2月23日
控訴人 上組陸運株式会社
右代表者代表取締役 秋元喜代一
右訴訟代理人弁護士 奥見半次
被控訴人 徳永礦油株式会社
右代表者代表取締役 徳永敬治
右訴訟代理人弁護士 井野口勤
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求はいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
二、当事者双方の主張立証の関係は、次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
(一) 被控訴人の主張
(1) 原判決三枚目表七行目「とき」の次に「その他被控訴人が本件契約に違背したとき」を挿入する。
(2) 同四枚目表一二行目「または、賃料収入」を削除する。
(3) 仮に従前の主張が理由がないとしても、控訴人は既述のとおり本件契約に違背しているので、被控訴人は昭和五三年三月二日の当審口頭弁論期日において同日付準備書面を陳述することにより控訴人に対し前記軽油タンク及び付属設備(本件設備という)を買取るべきことを請求した。右代金は三、四〇〇、〇〇〇円を下らない。よって控訴人に対し三、四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和五三年三月二日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
仮に右主張もまた理由がないとしても、本件設備は控訴人の営業に便益を供するために控訴人所有地に(しかも主としてその地下に)設置されたのであり、またこれを撤去して他に利用することは経費の点から見て社会観念上不可能に近い。右設備は本件紛争のため現在使用されていないが、いつでも使用し得る状態にある。すなわち、右設備の所有権は附合によって控訴人に帰した場合と同視すべき状況にある。そして既述の理由で本件契約が解除された以上、控訴人の本件設備の保有による利得が法律上の原因をもたないことは明らかである。控訴人の右利得は、被控訴人の本件設備設置費用の出捐に基づくものであるから、被控訴人は控訴人に対し右設置費用三、四〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五一年八月二五日から支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 控訴人の主張
被控訴人の右主張は争う。
(三) 立証関係<省略>
理由
一、被控訴人が軽油等の販売業を営み、控訴人が貨物自動車による陸上貨物輸送業を営むこと、昭和四六年九月末頃両者間で継続的軽油売買及び給油設備貸借契約(本件契約)を締結したこと、右契約には、原判決事実摘示の三の(二)の(1)ないし(4)、(5)の(イ)のうち価格を一リットル二二円とすること、(5)の(ロ)、(ハ)及び(7)が含まれていることは当事者間に争いがない。しかし、被控訴人の軽油仕入価格が騰貴したときは両者間の売買価格を改訂する旨の明確な約定の成立を認めるに足りる証拠はなく、右趣旨の商慣習の存在についても同様である。そして原審における被控訴人代表者の尋問の結果及びこれにより成立を認め得る甲第四号証を綜合すると「控訴人の不都合によって契約が解除されたとき又は控訴人が被控訴人の承諾なしに被控訴人以外の者から軽油等を購入したときは、控訴人は被控訴人から本件設備を買受ける(その価格は被控訴人において法定償却した残存価格とする)。両者が二〇年間無事取引を継続したときは、被控訴人は控訴人に対し本件設備を無償で譲渡する」旨の約定が付加されていたことを認めることができる。
二、そこで本件契約締結の経緯及びその後の経過につき審究するに、<証拠>を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
控訴人は昭和三六年設立された資本金一五〇、〇〇〇、〇〇〇円従業員二九〇人自動車保有台数二六〇台の運送会社であって、支店・営業所を横浜、北九州(八幡)、神戸、四日市、福山、柳井、松山、大阪、名古屋等に置いている。控訴人が営業上必要とする軽油は、卸値において常時小幅な変動を示す商品であるが、控訴人は大阪店と名古屋店について日本燃料販売株式会社との間で本件契約と同趣旨の契約を締結しており、その売買価格は一リットル二二円であった。他方取引の仕組みについては必ずしも明らかでないが被控訴人・控訴人間にも軽油の取引があり、昭和四六年四月以前の価格は明らかでないが同月以降の売買価格は一リットル二五円であった。そのような状況の下で被控訴人・控訴人間に本件契約が締結され、また神戸店についても同時に同趣旨の契約が締結された。神戸店の設備は昭和四六年一二月二四日に完成し、被控訴人は約定どおり軽油を一リットル二二円で供給し始め、昭和四七年末まで継続した。ところで北九州店における本件設備は神戸店より少し遅れ昭和四七年四月一九日に完成したところ、被控訴人は契約締結当時の同地における仕入値が一リットル二一円五〇銭であったのに、昭和四七年四月からは二三円五〇銭となったので、二二円という約定価格をせめて仕入価格の二三円五〇銭に改訂するよう控訴人に要求したが、控訴人は一応約定どおり二二円で納品すれば値上げの点を考慮するというだけで被控訴人の値上げ要求にたやすく応じなかった。けだし控訴人は、日本燃料販売株式会社からであれば北九州店においてもなお二二円で購入することができたからである。そこで被控訴人はかかる出血供給には応じられないとして北九州店に対しては本件設備完成後全く給油をしていない。なお昭和四八年秋の所謂石油ショック以来石油価格が急激に高騰したことは公知の事実であるが、それより二年位まえの昭和四六年九月頃から翌四七年四月頃までの間に一般に石油価格にどのような変動があったかは明かでない、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
三、ところで上記のように多額の資金を投じて地下に埋設した固定施設を作り、これにより長期間に亘り軽油を供給する継続的取引契約にあっては、その後経済事情の変動に伴い石油価格が騰貴したような場合に、たとえ当事者間において約定の売買価格を改訂する旨の明文の約定がない場合においても、一方の当事者から価格の改訂を求められたときは、他の当事者は誠実に交渉に応じ、それが事情やむを得ないものと認められるような場合には、出来る限りその要求に応ずべきものというべきであるが、本件の場合は契約後僅か半年しか経過しておらず、その間になるほど被控訴人の仕入値段は一リットル二一円五〇銭から二三円五〇銭に値上げされたとはいえその間に一般の石油価格に変動があったかどうか明らかではなく、現に控訴人は北九州地区においてその後も他の業者から一リットル二二円で購入することが可能な状況にあったこと、被控訴人の仕入価格の値上りの額は、契約当時必ずしも予想し得ないような額ではないこと、被控訴人は自己の軽油の販売先を確保し販売量を拡大する目的で従来からの控訴人への納入価格二五円よりも安い二二円という低価格であえて本件契約を締結したものとみられないこともないこと、以上諸般の事情に照せば、被控訴人の本件値上要求に控訴人が直ちに応じなかったというだけで、控訴人に契約違反はもとより信義則違背があると断ずることも出来ないものというべきである。被控訴人から軽油の供給を受けられなくなった控訴人が、北九州店につき他から軽油の供給を受けたことは推認するに難くないが、そのために本件設備を利用したことを認めるに足る証拠もなく、またそもそも被控訴人の軽油供給拒否こそ不当であったと解される本件においては、控訴人の右所為は同人の責に帰すべき事由によるとはいえないので、同人に契約違反等の責があるとすることはできない。
四、被控訴人の本訴請求は、いずれも、控訴人に契約違反又は信義則違背の責がありそのため本件契約が解除されたことを前提とするものであるから(もっとも被控訴人の主張中には、契約解除をまつまでもなく本件設備につき控訴人に不当利得を生ずるかのような部分が存在する。しかし被控訴人・控訴人が二〇年間無事取引を継続したというのなら格別、そのような主張立証のない本件においては、本件設備の所有権は被控訴人に留保されており、また前記のとおり控訴人において本件設備を利用したと認めるに足る証拠はないのであるから、本件契約が解除されない以上控訴人に不当利得が生ずる筈はない)、その余の争点につき審究するまでもなく、すべて失当として棄却を免れない。しかるに原判決は被控訴人の請求の一部を認容したからこれを取消すこととし、民訴法八九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 谷野英俊 裁判官 乾達彦 西田美昭)