大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1787号 判決 1979年11月29日
控訴人(付帯被控訴人以下控訴人という)
日機工業株式会社
右代表者
東忠昭
右訴訟代理人
小松正次郎
被控訴人(付帯控訴人以下被控訴人という)
破産者興亜機械株式会社破産管財人
上田耕三
被控訴人補助参加人
株式会社和信商会
右代表者
江崎邦雄
右訴訟代理人
管生浩三
田中康之
主文
一 原判決主文第一項(否認宣言部分)を取消す。
被控訴人が控訴人に対し「別紙一記載の債権転付の効果を否認する」との宣言を求める請求部分につき、訴を却下する。
二 控訴人に対する金員支払請求部分につき、本件控訴を棄却する。
付帯控訴に基づき原判決主文第三項を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し金一、二七七万五、九八九円及び内金七〇六万〇、五三〇円に対する昭和五三年一〇月七日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。
四 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一〜四<省略>
五控訴人は、本件否認権行使の時点において和信商会を始め興和機械の一般債権者の債権はすべて時効又は弁済等によつて消滅しているから、もはや破産債権者を害する事実はなくなり否認権行使の要件が欠けると主張するので以下検討するに、たしかに詐害性の存否は当該行為の時を標準とするが、その後の事情変動によつて否認権行使のときに詐害性がなくなれば否認の要件が欠けることになる。しかしながら「破産債権者を害する」とは特定の債権者を害する意味ではなく、破産債権者一般を害する意味であつてその行為時の詐害性の認定の前提として個々の破産債権者の債権の存在が個別に認定される訳ではない。そうであれば、本件否認権行使時において破産債権者一般のための共同担保の減少自体になんらの変動がなく、しかも破産宣言が有効に維持されており、且つ和信商会及び控訴人が破産債権者として破産裁判所にその債権を届出ている以上、その詐害性は未だ阻却されていないし、本件否認権行使になんらの障害はない。すなわち我破産法においては、破産債権の存否は同法第七章に規定する破産債権確定手続によつてのみ確定されるものであるから、控訴人が前記届出にかかる和信商会の債権の不存在を主張するのであれば、破産手続において右債権に対し異議を申立て和信商会との間で破産債権確定訴訟によつてその存否を決すべきものである。
仮にそうでないとしても、前記届出にかかる和信商会の売掛代金債権は未だ時効により消滅していないものと認められる。すなわち、控訴人の抗弁1(二)の事実及び被控訴人及び補助参加人の主張2(二)の事実はいずれも当事者間に争いがないところ、控訴人は右債権は商事債権であるから昭和四〇年二月二一日から五年を経過した昭和四五年二月二一日に消滅時効の完成により消滅した旨主張し、その理由として、右売掛代金債権は控訴人の詐害行為取消権の行使によつてその代物弁済とされた債権譲渡が当初から無効とされたことによつて消滅しなかつたことになるという。ところで詐害行為取消権の相対的効力は債務者の一般財産との関係で右財産から逸出した財産を復旧して債権の保全をはかるものであるから、取消の効果をこの目的に必要にして充分な範囲にとどめようという基本的な思想に由来するものである。従つて本件に即していえば、興亜機械の一般財産との関係で和信商会との間でなされた債権譲渡行為を無効とすることで必要にして充分であつてそれ以上に右代物弁済によつて一旦生じた債務消滅の効果を覆滅する必要はない。しかも詐害行為取消の効果は当該詐害行為の取消を命ずる判決の確定をまつて生ずるものであるから、結局右判決確定の時点で一旦消滅した債権が復活するものと解するのが相当である。そこで右立論を前提として右復活債権の消滅時効の起算点について考えてみるに、<証拠>によれば、前記債権譲渡行為は債務者たる興亜機械の意思に基づいてなされた有効なものと認められるから(他にこれを無効と認めるに足る証拠はない)、右債権については、債権譲渡行為が詐害行為として取消されるまでは興亜機械の承認があり、その間、時効は中断していたものと解される。そうであれば、右債権の消滅時効はその復活時である昭和五〇年七月一七日から進行するものと解するのが相当である。控訴人は消滅時効はその権利を行使しうべき時から進行するものであるところ、和信商会は譲渡人である興和機械に対して訴訟を提起することによりその権利を行使していたが、後にこれを取下げている旨主張する。しかし<証拠>によれば、興亜機械に対する右訴は前記債権譲渡の有効等確認訴訟であつたことが認められるから、これをもつて譲渡人に対する権利の行使とみることはできない。又控訴人は予備的に譲渡人に対し売掛代金請求の訴を提起することができた旨主張するが、前記認定の如く債権譲渡は有効であつたから前記詐害行為として取消される迄は、右予備的請求はいずれ棄却される運命にあつたものであり、かかる状況下で右訴の提起を和信商会に求めることは無意味である。よつて控訴人主張の消滅時効は未だ完成していないことは明らかである。さらに付言すれば、控訴人は民法一四五条の「当事者」に該らないのみならず、又興亜機械に対する債権者代位権に基づいて消滅時効を援用する旨主張するが、興亜機械に対して現在いかなる債権を有しているかについて主張自体明らかではない(むしろ本件否認が認められることにより本件公正証書に基づく債権が復活することになろう)。以上の次第で控訴人の前記主張はいずれの点からも理由がなく採用することができない。
六次に控訴人は、破産宣告当時すべての債権者取消権が時効によつて消滅している場合には破産法七二条一号の否認権の行使は許されない旨主張する。たしかに民法四二四条の債権者取消権と破産法上の否認権特に一号の故意否認とは共通の性質及び目的を有するものであるが、債権者取消権は総債権者の利益のためであつてもその趣旨は徹底されておらず一債権者がその得べき利益の範囲内で債務者の財産処分行為を取消すもので、しかも事実上当該債権者の優先弁済を認めるものであるからその適用範囲もおのずから狭いものであるのに対し、否認権は破産管財人が一般的包括的に破産債権者間の平等弁済又は分配を強行するために認められた権能であるから、一債権者の有した利益の範囲に限らないより大なる利益を有するものでありその積極的な行使が期待されるのである。破産法八六条・六九条によれば、破産宣告当時債権者取消訴訟が継続しているときは、破産宣告によつて右手続は中断し破産管財人は右手続を受継することができるが、前述の理由により右承継を強制されるものではなく、改めて否認権に基づく訴を提起することができるのである。さらに同法八五条は否認権自体について破産宣告の日から二年間これを行わないときは時効によつて消滅する旨規定し他にその行使についてなんらの制限規定を置いていない。これを要するに詐害行為取消権と否認権は別個独立の権能であるから、各個の詐害行為取消権の集積したものが故意否認権であるとの見解は到底採用することができない。もつとも本件詐害行為と本件否認権行使との間には約一〇年間の期間が経過しているが、前記認定の如くその間は前記訴訟が係属していたものであり、又詐害行為たるべき控訴人の債権取得は転付命令(執行行為)に基づくものであるところ、破産法七五条の如き明文のないもとでは右行為を債務者の行為と認めることはできないから転付命令を詐害行為として民法四二四条に基づき取消すことはできない事情にあつたものと認められ、結局被控訴人が本件否認権を行使するについてなんらの制約もなくその不当性もないものというべきである。よつて、控訴人の前記主張も採用することができない<以下、省略>
(本井巽 坂上弘 久末洋三)
別紙一〜三<省略>