大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1999号 判決 1979年6月15日
控訴人
朝日産業株式会社
右代表者
北田利正
右訴訟代理人
石井政一
外二名
被控訴人
幸田恒好
被控訴人
亡幸田元治訴訟承継人
幸田富司
右両名訴訟代理人
植原敬一
小湊収
主文
原判決を取消す。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一<省略>
二控訴人の賃借権の主張について
1 昭和二六年一月、被控訴人幸田恒好と一審原告亡幸田元治が旭鋼管株式会社に対し本件各土地を非堅固建物所有の目的で、期間を二〇年間として賃貸したことは当事者間に争いがない。
しかして、<証拠>によると、控訴人は昭和四五年八月一日に、右旭鋼管株式会社(以下旭鋼管と略称)の商号を現商号に、営業目的を「鋼管その他の鋼材の製造加工並びにその販売およびこれに付帯する一切の事業」から「貸ガレージ業、倉庫業、貸工場業、共同住宅の賃貸、宅地建物取引業およびこれらに附帯関連する一切の事業」と変更した会社であることが認められる(登記簿上にその変更登記の存することは当事者間に争いがない)。
2 されば、控訴人は、本件(一)(三)各土地につき、右賃貸借契約に基づく借地権を有するものというべきであるところ、被控訴人らは「控訴人は、北田利正らが旭鋼管の倒産後、その残存する会社の登記を利用して新設した旭鋼管とは別個の会社と目すべきものである」と主張するので判断する。
(一) <証拠>を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
(1) 旭鋼管は大正一一年ころに岡田清一郎らが設立した同名の合名会社を昭和二三年一二月二四日に株式会社となしたものであり、本件土地は右合名会社当時の昭和一一年ころから賃借していた。
(2) 右合名会社の初代社長は岡田清一郎の従兄弟の荒木善太郎であり、岡田清一郎は太平洋戦争終結直後ころその三代目の社長に就任した者であるが、株式会社の設立と同時に代表取締役に就任し、昭和四五年八月ころ、その発行済株式総数二二万五〇〇〇株のうち約半数を所有し、他の半数の株式は同人の血縁関係や従業員を中心として約四五名ほどが分有していた。
(3) 旭鋼管は昭和二六年一月改めて被控訴人ら(幸田恒好と亡幸田元治)との間で本件各土地の賃貸借契約を前記の条件で締結し、引きつづき鋼材の製造、加工、販売を業としていたが、昭和四〇年一一月ころ、約八〇〇〇万円の債務を負つて倒産し、全部の機械、資材等を処分して一般債権者に対する債務の三五パーセントを弁済して休業し、四〇名ほどいた従業員らを解雇しようとしたが、一部の者からこれを偽装倒産であるとして労働委員会に提訴されて長期間紛争の後和解が成立し、最終的には全従業員との間で円満な解決が遂げられ、給料退職金等のほぼ全額が支払われた。
(4) そして、昭和四五年ころまでは、大口の担保債権者である三井物産に対する債務金三五〇〇万円の負債を残すのみとなつていたので、岡田清一郎は、知人の中辻喜三夫を通じて北田光三に解決方を依頼し、北田光三は、たまたま亡幸田元治と知己であつたところからその依頼に応じ、その解決の方策として、被控訴人ら(前同)に旭鋼管に本件借地権を返還させるので立退料名義で右三井物産に対する債務に見合う援助をして貰い度いと要請して断われた。
なお被控訴人らは同年五月ころ、旭鋼管に対し、前記長期休業を理由に賃貸借契約を解除する旨の内容証明郵便を送付している。
(5) そこで、岡田清一郎と北田光三、中辻喜三夫らの間で、本件建物と本件土地借地権を利用して会社の再建を図ることを協議した結果、右北田、中辻と現在の控訴人代表者の三名が出捐する金員によつて前記三井物産の債務を清算し、右三名は岡田清一郎ら株主の全部から株式を譲受け、岡田清一郎は倒産直後から発病して老衰のため業務執行ができないので退陣し、ほかの役員も右岡田の縁故者であるので同時に退任して、新たに右三名ほか中辻寿喜が取締役に、奥森節子が監査役に就任することの合意が成立し、右合意が履行せられ(もつとも、僅かの株主から譲り受けられないものも残つているが)、その機に事業内容、商号も前認定のように変更されて同年八月一二日および二一日にその旨の登記がなされた。
(二) このように、株式会社において、株主の大部分が交代し、商号、目的ならびに役員構成がすべて変更され、且つ従業員も全く異るに至つた場合でも(もつとも、本件においては従業員は、既に全員退職後相当の期間が経過しているが)、これを法人格の実質的変更と捉え、右変動後は、その変動前の会社とは法人格上別個の会社の設立があつたものと看做すことは、いやしくも法律がすべて法人は法律の規定に依るに非ざれば成立せざるものとし、会社の設立登記を対抗要件ではなくその成立要件となしたる法意(民法二三条、商法五七条)並びに株式会社において株主および取締役の交代並びに事業目的の変更はともにその法人格の継続性を失わしめるものではないことから、たやすくこれを迎え入れることができず、前認定の事実関係の下においても、控訴人が旧商号を旭鋼管とした会社とは別個の法人であるとの判断はたやすく下し得ない。
かえつて、本件においては、前認定の事実によれば、北田光三らは、会社の資産である本件建物と借地権とに着目して、これを活用し乍ら会社を存続させ、その再建を図ろうとしたもので(なおその場合、被控訴人らから前記のように賃貸借契約解除の通知がなされており、且つ約定存続期間も迫つていたけれども、右北田らは賃借人の立場において右解除の効果を争い且つ被控訴人らには自己使用その他正当の理由もなく、期間終了後の更新が可能なものとして借地権を一定に評価し、その活用を考えたものと認められるが、そのことに無理があるとは思われない。)、同人らには法人格上別個の新会社を設立する意思はなく、あくまで旭鋼管の法人格を継続させ、これを働かすことを考えたため、その法人登記の変更登記手続に依つたものと認められるのであつて、実体上も、新会社を設立し、その設立登記手続に代えて既存の旭鋼管の法人登記を流用して変更登記をしたものともたやすくは断定し難いのである。
(三) なお余論乍ら、被控訴人らの主張に依るときは、その実体を個々に判断すべきこととなるが、かくては、一つの法人が或る場合には別個の人格に、或る場合には同一の人格との認定を受けることとなつて、いたずらに法律関係の錯綜を招くのみならず、新会社の成立を肯認する反面、変更前の会社の存続の有無を如何様に処理すべきかの問題にも波及せざるを得ない。そしてその場合、旧会社(仮称)の存続を認めるとすれば、一つの登記を二つの会社が利用することを認めるか旧会社につき登記のない会社の存立を認めるという矛盾を避けられないし、反対に旧会社が消滅するというのならば、法の定める解散の要件をまたずして解散がなされたことを肯認せねばならないほど、解釈上多くの困難が予想される。更にこの場合、別人格の成立を認め、それに対する賃借権の譲渡又は転貸として、借地法九条の二の申立を為すべきものとしたとき、その申立手続上、同条の第三者に該る新会社の人格を如何にして特定すればよいのかの疑問も生ぜざるを得ない。(本件如きを別人格に対する賃借権の無断譲渡・転貸とする以上、そこには当然、借地法九条の二の手続による救済の裏付けが保障されなければならない。)
以上の次第であるから、控訴人が旭鋼管と法人格上別個の会社であることを前提とする被控訴人らの主張はたやすく採用できない。
3 ところで、被控訴人らが援用し原判決の挙示する二つの高裁判例は、賃借人が個人企業を会社組織に改め、賃貸人の承諾を得ることなく当該会社に賃借権を譲渡又は転貸したが、賃借人が会社の実権を掌握し、使用状況も実質的な変動がなかつたため、賃貸人に民法六一二条の解除権が発生しなかつた事案において、その後会社の実権が第三者に移つたときには、賃貸人は同条の解除権が発生し、以後会社は不法占有者となる旨判示し、更に福岡高裁昭和四六年(ネ)第一三八号・同四九年(ネ)第三〇九号昭和四九年九月三〇日判決(判例時報七四八号七三頁)は、同様事案で当初の賃借権譲渡につき賃貸人が承諾を与えた場合においても、賃借人が会社の支配権を失つたときは、賃貸人に民法六一二条の解除権が発生し、以後会社は不法占有者となる旨判示している。本件においても被控訴人らは、右判例の法理を援用して、岡田清一郎の退陣後の控訴人が、岡田清一郎が会社を代表する当時に締結された本件賃貸借契約に基づく賃借権を援用することはできないとの主張も併せなすものと認められる。
しかし、右各判決は、賃借中の個人が自己を主宰者とする法人を設立し、これに該賃借権を譲渡若しくは転貸するに当りなされた賃貸人の承諾が、右賃借人が該法人の主宰者であり続ける状態を予想し、その下に与えられたものとされ、およびその場合右賃借権の譲渡若しくは転貸につき賃貸人の承諾を欠くが、右同様の状態が続く限りは信頼関係を破壊しないがため民法六一二条の解除権が直ちには発生しないものとされた場合において、その後右賃貸人が法人の主宰者なることを脱してその法人に対する支配力を失い、右承諾若しくは信頼関係継続の前提となる事実が失われたため、さきの承諾の効果が失われまたは解除権が発生する(いわば停止していたものが動き出したといえようか)としたものである。してみるとその判例法理は、あくまで、個人の有する賃借権が、これとは法律上明白に別人格である法人に譲渡若しくは転貸された場合の、その譲渡若しくは転貸された賃借権の命運につき言及されているものであつて、当初から法人(会社)が賃借したが、その法人の人的構成等に変動があつた本件の場合とはいささか次元を異にし、本件に直ちに妥当するものではない。
もつとも、右判例法理の延長線上に、当初からの賃借人が法人である場合にも、その主宰者の交代が民法六一二条の適用上は、目的物を第三者に使用させたことと評価される場合も存在する余地を肯認するとしても、それは、当初の賃借人たる法人が、いわゆる法人格否認法理の対象ともなり得るような、いわゆる個人会社ないし同族会社であつて、賃貸借契約上に賃貸人が抱く継続的信頼関係が専らその法人を主宰する個人に向けられ、賃借人を法人としたことは、単に形式上の問題に過ぎず、賃貸人の意識も右個人に賃貸すると同一の意識を有していたような場合に限られるべきものと考えられるところ、前認定の事実によれば、変更前の会社は岡田清一郎がその主宰者であつたとは認められるが、会社の存立および本件土地の使用関係に関する信頼の基盤が、右岡田清一郎の個人的信用にのみ依存していたほど法人性の稀薄な会社であつたとは認め難く(合名会社から株式会社に組織変えされた事実も、この判断を左右するに足りない。)、本件において前認定の商号、目的、株主、役員の変動を以て、民法六一二条にいう第三者の土地使用と同一視すべきものとは認められない。
4 よつて控訴人は旭鋼管において被控訴人らと締結した賃借権をその当事者として援用できる<以下、省略>
(山田義康 潮久郎 藤井一男)