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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)2015号 判決 1978年7月19日

控訴人 日章電器産業株式会社

右代表者代表取締役 徳永希文

右訴訟代理人弁護士 田川章次

被控訴人 日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役 弘世現

右訴訟代理人弁護士 三宅一夫

同 坂本秀文

同 山下孝之

同 佐藤公一

同 川添博

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

(控訴人)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し五〇〇万円およびこれに対する昭和五〇年四月二六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行の宣言。

(被控訴人)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張、証拠関係

次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決五枚目表九行目に「同石塚登繁枝」とあるのを「同石塚登茂枝」と訂正する。)。

一  控訴人の主張

(一)  浜田泰臣医師は亡石塚朝治を診療した当時の判断材料としては一回のレントゲン検査の結果のみであって、同人が癌に罹患していてそれも重篤なものであるとは判断していなかったし、同人に対し手術を勧めた事実もない。

(二)  癌に伴う前胸部痛、上腹部痛並びに食道通過障害の自覚症状は継続するものではなく、また、このような症状は精神的なものによりあるいは老令期にあることから生起してくることもあるので、石塚朝治がこれらの症状を重大なものと考えなかったとしても、同人に重大な過失があったものとはいえない。

(三)  診査医である医師継清文は健康診断には胃透視検査も含まれる旨の説明をしなかったので、石塚朝治は同医師の質問に対し胃透視検査を受けた事実を申告しなかったにすぎない。石塚朝治は被保険者であるにとどまり、診査の意味、告知すべき重要事項が何であるかについて関心を有していなかったから、保険者側が十分説明を尽すべきであるのに、診査医は安易な診査をしたにすぎなかったのであるから、石塚朝治にのみ重大な過失があったものとはいえず、被控訴人に過失があったというべきである。

二  被控訴人の主張

控訴人は訴外石塚が自覚症状を重大なものと考えなかったことに過失はないと主張するが、同人は自覚症状があっただけでなく、保険審査前に木下雄三及び、浜田泰臣の二名の医師の診察を受け、精密検査及び手術の必要を告げられているのであるが、これらの事実を、保険診査医の「健康診断を受けたことがあるか。健康状態に異常はないか。」との質問に対しなんら告知していないのであって、これは明らかに本件養老保険約款一七条、定期保険約款一四条の規定する「悪意または重大な過失により重要事実を告げなかった」場合に該当し、本件各契約が解除されてもやむをえないものである。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求を失当であると判断する。その理由は、左記を付加するほかは原判決の理由と同一であるから、その記載を引用する。

一  原判決七枚目表八行目の次に左記のとおり付加する。

控訴人は浜田泰臣医師は亡石塚朝治に対しレントゲン検査を一回行っただけであって同人が癌に罹患しているとは判断していなかったし手術を勧めた事実もないと主張するけれども、《証拠省略》によると、浜田泰臣医師は下関の医師会で催されているマーゲン会の会員でフィルムを読む能力に優れていたこと、内科医師が手術を勧めることは異例ではなく浜田泰臣医師もこれまで手術相当と判断した患者を他の病院に送り込んでいたのであり、石塚朝治に対しても昭和四九年二月二五、二六の両日に亘り診察し胃透視検査の末食道下部から胃の入口付近にバリウムの停滞を認め大きな陰影欠損・通過障害があることから直ちに癌に罹患していると判断し、患者に対してはその診断結果として胃の上部に非常に大きい潰瘍があり内科的な治療ができないから直ちに手術を受けるよう勧めている事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  原判決七枚目表九行目から八枚目裏八行目までを左記のとおり訂正する。

「3 ところで、商法六七八条一項は、保険契約の締結に際して保険契約者又は被保険者が悪意又は重大な過失により重要事実を告げなかったときは保険者は保険契約を解除しうる旨を規定し、《証拠省略》によれば、本件養老生命保険普通保険約款一七条及び定期保険普通保険約款一四条も同趣旨の規定をしており、右にいう重要事実とは被保険者の生命の危険を測定する上に重要な関係を有する事実をさすものと解すべきところ、石塚朝治は昭和四八年六月頃から前胸部痛、上腹部痛及び食道の通過障害の自覚症状があって同年九月一日医師木下雄三の診察を受け、同医師から精密検査を受けるように勧められ、その後も右自覚症状が治癒しないので昭和四九年二月二五、二六日さらに医師浜田泰臣の診察を求め、同医師から胃透視検査を受け、内科的な治療ができないので手術をするように告げられているのであり、右自覚症状はその後も持続していたものと推定される。そして、これらの自覚症状及びそのため受診した際医師より告げられた内容は、診査医師が被保険者の健康状態を測定するうえで重要な手懸りとなるものであって、告知すべき重要事実というべく、石塚朝治が昭和四九年三月八日保険診査医師継清文の診査を受けた際同診査医師に対してこれを告げるべきであったのであり、敢えてこれを告げなかったことについては石塚朝治に重大な過失があったものといわざるをえない。このことは、同人が右自覚症状を主観的に重症と考えていなかったかどうかによって左右されるものではない。

三  もっとも、保険者が重要事実を知り又は、過失によってこれを知らなかったときは保険契約者又は被保険者の告知義務違反を理由に保険契約を解除することはできない(商法六七八条一項但書。前記各保険約款条項但書)のであるが、保険会社は診査医師に対し診査を一任しているものとみられるから診査医師に過失がある場合は保険会社に過失があるものというべきところ、診査医師の被保険者の診断における過失の存否については、普通の開業医が通常発見しうべき病症を不注意により看過したか否かによって判断するのが相当である。これを本件についてみるに、前記のとおり保険診査医師継清文は昭和四九年三月八日石塚朝治の診査にあたり同人に対し現在どこか悪いところはあるか、最近健康診断を受けたことがあるか等と質問し、同人から昭和三一年頃急性虫垂炎で手術を受け一〇日間入院した既往症以外にはないとの返答を得たので、これに基づき脈搏、血圧、尿検査を実施しかつ視診をした程度で診査を終え、合格としているのであるが、《証拠省略》によると、被診査者から現症の告知があれば格別通常この程度の診察がなされているにすぎないし、これにより顕著な病気は発見し得るものと認められるから、石塚朝治が前記重要事実を告知しなかった以上継清文医師においてさらに詳細な診査をしなかったからといって同医師がなすべき検査を怠ったものとはいえず、前記諸検査によって病気を発見できなかったことをもって被保険者の診断に過失があったとするのは相当でない。

控訴人は、診査医師から健康診断には胃透視検査も含まれることの説明がなされなかったので同医師の質問に対しこれを受けた事実を申告しなかったにすぎず保険者側に説明を尽すべき義務があるのにこれを怠った旨主張するけれども、胃透視検査が健康診断に含まれることは公知の事実であって、診査医師から具体的質問がなかったとしても石塚朝治において胃透視検査を受けた事実及びその結果内科的な治療ができないので手術をするように告げられた事実を積極的に告げるべきであったのであり、これを怠ったのは同人の一方的な過失であるというべきである。

なお、告知義務は直接法律の規定によって生ずる義務であるが、《証拠省略》によると、昭和四七年一〇月二八日控訴人、被控訴人間において控訴人を保険契約者、被控訴人を保険者、石塚朝治を被保険者とする養老保険(保険金額一〇〇万円、二〇年満期)及び定期保険(保険金額四〇〇万円、一〇年満期)の各契約がそれぞれ普通保険約款に基づいて締結されており、さらに本件保険契約に際しても石塚朝治は被控訴人会社の外務員である紫雲房子から告知義務その他契約締結に際して留意すべき事項を記載した契約の栞と表題する案内書を受け取っている事実が認められるから、石塚朝治は前記診査医師継清文の診査を受けるに際し告知義務の意味内容を、十分理解していたものと認めるのが相当である。

三  よって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川添萬夫 裁判官 吉田秀文 中川敏男)

<以下省略>

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