大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)96号 判決 1979年4月05日
控訴人
李英貴
右訴訟代理人
長池勇
外二名
被控訴人
朝銀兵庫信用組合
右代表者
金任生
右訴訟代理人
石原秀男
右訴訟復代理人
仁科義昌
主文
一、原判決を取消す。
二、被控訴人は控訴人に対し、金五〇〇万円とこれに対する昭和四八年二月一三日から昭和四九年二月一二日まで年5.35%の、昭和四九年二月一三日から完済まで年五分の金員を支払え。
三、訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。
四、この判決は仮りに執行できる。
事実《省略》
理由
第一控訴人は銀行業を営む被控訴人に対し、昭和四八年二月一二日本多英一名義で、金額五〇〇万円、期間一年、利率年5.35%、満期昭和四九年二月一二日とする定期預金をした事実は当事者間に争いがない。
第二定期預金払戻の抗弁の検討
一<証拠>を総合すると、
(一) 昭和三三年頃控訴人は父の取引を引継ぎ、被控訴人(当時の商号は共和信用組合)に預金を始めその後被控訴人と銀行取引を継続してきた。
(二) 昭和四一年頃から控訴人が土地の売買業を始め土地買入のための手付金を短期融資により賄うため、被控訴人に預金をするほか、被控訴人から貸付を受けるようになつた。
(三) 昭和四七年一一月二一日控訴人は被控訴人に対し、右短期貸付の担保として自己又は架空名義の定期預金証書を被控訴人に差し入れ、同日被控訴人から担保品預り通帖の交付を受けた。
(四) 担保品預り通帖は控訴人が被控訴人から何時でも貸付を受けられるよう定期預金証書を予め預けておくためのものであるが、その定期預金証書はB勘定(裏勘定)のものが多く、控訴人が思いつくまま架空名義で預入し、被控訴人(信用組合)においても有合印を作成して預金証書とともに保管しておき、預金者である控訴人に対しては担保預り通帖に、年月日、証書番号、品名(定期その他の別)、数量、金額、満期日を記載し、預り証印を押捺して交付しておくのが建前であるが、この預り通帖をも被控訴人が保管し、担保品である定期預金証書などを預金払いもどし等の理由で控訴人に返還したときには、担保品預り通帖の返戻済検印欄に済印を押印することとされていた。そして、本件定期預金が担保品預り通帖に担保品として記載され、預り証印が押捺されているが、右済印が押印されていないので、同通帖面上では被控訴人がなお本件定期預金証書を預かり保管していることとなつている。
(五) 昭和四九年一月末頃、控訴人の代理人であるその妻鄭広子は被控訴人に対し、その頃控訴人の借入金と定期預金とを相殺する際、その相殺の対象とする定期預金を特定するため担保品預り通帖の交付を求め、相殺処理後の右預り通帖の交付を受けた。その際被控訴人(信用組合)の係員鄭泰信は同女に対し、本件定期預金は満期日が同年二月一二日で接近しているので解約せずそのまま保管してあると述べた。
(六) 同年二月一二日本件定期預金証書裏面の受取欄にはの押印がされ、同日預入れの金額五二〇万〇、六二五円、本多英一名義の定期預金証書に継続更新されており、被控訴人の定期預金元帖にもその旨の記入がある。
(七) 同年四月一一日被控訴人保管の現金支払副票には受取人を控訴人とする四五〇万円の支払が記入されている。
(八) 同月一二日右更新後の定期預金を中途解約したものとして、同証書の表面には同日付の支払印が押捺され、裏面の受取欄にはの押印があり、右定期預金元帖にもその旨の記載がある。
(九) 同日本多英一名義で控訴人に対する金七二万三、八四五円の通知預金証書が発行されたが、被控訴人においてこれを保管し、通知貯金元帳にも右預入の記入があり、その摘用欄には「定キから」と付記されている。
(一〇) 同月一八日、右元帳には右通知預金の全額が払戻された旨の記載がある。
(一一) 同年九月頃控訴人が被控訴人に対し本件定期預金の払戻請求をしたが、右(八)(一〇)により既に払戻ずみであるという理由で被控訴人からその支払を拒否された。
(一二) 被控訴人の控訴人に対する前示(六)(七)(八)(一〇)の払出につき、各証書裏面受取欄の押印のほかには控訴人の受取書など現金の受取を証する書面は存在しない。
以上の各事実を認めることができ、これらの事実に照らすと右(六)(八)(一〇)の各預金証書裏面受取人欄の押印は、印章及び預金証書の保管者である被控訴人の係員によつて容易に冒印される余地があつたのであり、従つて右押印が控訴人の意思により真正になされたものとはたやすく認めることができないから、この押印がなされていることのみをもつていまだ本件定期預金の払戻及びその受領があつた事実を証明するに足らない。原・当審証人鄭泰信、同安定志の各証言中、前認定の(七)(八)(一〇)の定期預金ないし通知預金の払戻が、控訴人の妻鄭広子からの電話依頼により、被控訴人の係員鄭泰信が控訴人方に赴き現金をそれぞれ同女に手交したとの被控訴人の主張に副う部分は、いずれも前示各証拠並びに前認定の各事実をとくに(四)、(五)、(一〇)の各事実、及び同(七)(八)のとおり本件定期預金が中途解約されたとする日の前日に現金払出がなされており、解約の日と現金支払日が一致していないことなどに照らし、たやすく採用することはできないし、他に被控訴人の抗弁事実を認めるに足る的確な証拠がない。
二本件においては前認定のとおり債権者である被控訴人において債権証書としての本件定期預金証書及び受取証書としての同預金証書裏面の受取人欄を所持しているけれども、これらの証書は弁済前に予め担保として控訴人から被控訴人に渡されていたものであつて、被控訴人が民法四八七条により弁済をして証書の返還を受けたものとはいえないし、民法四八六条の受取証書には同証書の筆蹟などから弁済受領者が特定できる場合のほかは弁済受領者の署名又は記名若しくは捺印が必要であると解すべきところ、前認定のとおり弁済受領者たる控訴人又はその代理人の意思による署名、記名、捺印がなされたことが認められないので、本件定期預金証書裏面の受領人欄に印影があることをもつて、同条所定の弁済受領者から交付を受けた受取証書ということはできない。又、通常債権証書を債権者が占有しないときは債権が正当に消滅したものと推定されるけれども、本件のように債権証書につき担保品預り通帖が発行され、これが債務者によつて預り保管されていることが証明されているときには、債権証書を債権者が保管している場合と同様に債権が消滅せずなお存続するものと推定すべきである(大判大九・六・一七民録二六輯九〇五頁参照)。
したがつて、右説示したところからみても被控訴人主張の本件定期預金払戻の抗弁は採用できない。<以下、省略>
(下出義明 村上博巳 吉川義春)