大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和52年(ラ)476号 決定 1978年3月15日

抗告人

西木隆

(ほか九名)

右抗告人ら代理人弁護士

大錦義昭

(ほか二名)

相手方

株式会社放送映画製作所

右代表者代表取締役

茨木恒弘

大阪地方裁判所が、同庁昭和五二年(モ)第九一六一号証拠保全請求事件についてした却下決定(追加決定)に対し、抗告人から抗告の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一、原決定を次のとおり変更する。

二、相手方は、同人作成、保管にかかる昭和四六年二月一日以降昭和五二年八月三一日までの労働基準法所定の賃金台帳のうち、別紙目録(一)ないし(六)の下欄記載の者らに関する部分を提出せよ。

三、抗告人らのその余の申立を棄却する。

理由

一、抗告の趣旨と理由

別紙記録のとおり。

二、当裁判所の判断

民訴法三一二条三号前段の「挙証者の利益のために作成された文書」とは、身分証明書、領収書などのように、当該文書により直接挙証者の地位や権利ないし権限を証明し、または基礎づけるために作成された文書をいうと解すべきところ、賃金台帳は労働基準法一〇八条、一〇九条にもとづいて使用者に対し作成・保存義務が課せられるものではあるが、使用者が各労働者について労働日数、労働時間数、基本給、手当など賃金計算の基礎となる事項および賃金の額を記載する台帳であり、本来使用者が労働の実績と支払賃金の関係を明確に記載し、その額を把握するための資料とすることを目的として作成されたものであって、労働者の地位や権利権限を証明し、または基礎づけるために作成されたものということはできないから、賃金台帳は民訴法三一二条三号前段の「挙証者の利益のために作成された文書」に該当しない。

次に賃金台帳が民訴法三一二条三号後段の文書にあたるかどうかについて考えてみる。同号後段の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成された文書」とは、契約書などのように両者間の法律関係それ自体を記載した文書に限らず、その法律関係に関係のある事項を記載した文書も含まれるのであって、所持者が単独で作成したか、挙証者と共同で作成したか、あるいは誰の利益のために作成したかを問わないものと解すべきである。これを本件についてみるに、本件記録によると、本件賃金台帳は抗告人らと相手方との間の雇用関係それ自体を記載した文書ではなく、また右台帳全部が当然に同号後段の文書に該当するものともいえないが、少くとも別紙目録(一)ないし(六)の下欄記載の者らに関する賃金台帳については、その者らが同上欄記載の抗告人らとそれぞれ年令、勤続年数がほぼ同一であり非組合員であって、抗告人らの立証事項とする、抗告人ら労働組合員と非組合員との間の基本給(年令給、職能給、勤続給)ならびに諸手当の格差の存在の有無およびその程度に関する事項が記載されていると推認されるから、相手方が単独で作成するものとはいえ、抗告人と相手方との間の法律関係に関係のある事項を記載した文書であり、同号後段の文書に該当するものということができる。

そうすると、賃金台帳全部の提出を求める証拠保全の申立(抗告人らに関する部分を除く)は、別紙目録記載の者らに関する部分は理由があるから認容すべきであるが、その余の部分は理由がないから棄却すべきである。よって、右申立を却下した原決定(追加決定)は一部失当に帰するから、これを変更して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 村上博巳 裁判官 尾方滋)

目録

<省略>

抗告の趣旨

原決定を次のように変更する。

相手方は、同人作成、保管にかゝる昭和四六年二月一日以降同五二年八月三一日までの労働基準法所定の賃金台帳のうち抗告人らに関する部分を除く部分を提出せよ

との裁判を求める。

抗告の理由

第一、原決定には、民事訴訟法所定の文書に関する解釈を誤った違法がある。

一、原決定は、本件賃金台帳のうち抗告人らに関する部分についてのみ提出命令を出したにとどまるが、これは、原裁判所が、賃金台帳について文書としての解釈を誤った結果であり、相手方所持の賃金台帳の全てについて提出命令が発せられるべきである。

二、いうまでもなく、民事訴訟法で書証とは文書の意味内容を証拠とする証拠調であり、文書とは通常の文字又はこれに代るものにより思想の表示されたものである。

それでは、賃金台帳においては、いかなる思想の表示がなされていると考えるべきであろうか。

三、賃金台帳は、労働基準法一〇八条、一〇九条にもとづいて使用者に対し、作成・保存義務が課せられている文書(法条によると各事業場毎に一ケの文書があるといえる)であるが、賃金台帳の文書としての意味内容(思想の表示)が何であるかは、労働法的観点から策定されなければならない。

すなわち、労働者保護の観点から、各労働者の賃金、労働時間等の労働条件を記録し、保存することはもとより、労基法三条のいわゆる均等待遇を担保するものであることも明らかであり、また労働組合の権利保護の観点から、差別による不当労働行為(労働組合法七条一号)の抑止のためのものであるということができるのであるから、本件立証趣旨との関連では文書としての賃金台帳は、全体として不可分なものというべきである。

原裁判所のように、賃金台帳が、各労働者毎に文書として可分であるとの解釈をとれば労働者相互間の差別の存否、差別による不当労働行為の存否について右賃金台帳によっては何ら明らかにされず、労基法が作成・保存を命じている趣旨が没却されたに等しいことになるであろう。

四、賃金台帳の作成・保存義務の立法理由は、使用者において、労働者の労働条件の記録保存、行政監督上の必要のほか「労働関係の紛争予防、解決のため」であり、「労使関係に関する紛争を処理するための証拠保全の必要にもとづく」ものと考えるべきである(福岡高裁昭和四八年二月一日決定、労働省労基局編「労働基準法」(下)七四六頁、松岡三郎「条解労働基準法」(下)一一六八頁など)。

そして、労働紛争として賃金の差別支給が争点となっている場合には、比較対象となる労働者の労働条件が明らかにされなければならず、この場合抗告人ら以外の労働者が、労働条件を知られることの不利益については考慮を要しないと思われる。何故なら、労働条件が、使用者と各労働者との間で秘密裡に定められることを許す(ひいては差別を許し、不当労働行為を助長する)ことになるからである。

本件相手方においては、疎明資料のうち給与規程、就業規則(追加提出)をみても各労働者の賃金体系が全くといってよいほど明らかではなく、本件賃金台帳は、賃金体系を明らかにする唯一のもの(疎明資料として労基署指導票を追加提出)であり、従ってまた賃金差別支給を明らかにする唯一の証拠文書であり、立証の必要性からも、文書としての不可分性がみとめられなければならない。

要するに、賃金台帳が表示している思想(意味内容)からすれば文書としては不可分一体のものというべきである。

第二、本件賃金台帳の抗告人らに関する部分以外の部分は民訴法三一二条三号前段の文書にあたる。

一、「文書ガ挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」という同条項の解釈が問題となる。この点、同条三号前段該当の有無を決するには、その文書の作成された動機、目的が基準とされなければならない。

二、そこで賃金台帳が法定されている理由を明らかにすることによって抗告人らに関する部分以外の賃金台帳が、三号前段文書に該当するか否かを論じることにする。

三、労働基準法はいうまでもなく憲法二五条、二七条二項にその直接の根拠をもって制定された。

さらに、労基法は、三条四条で均等待遇男女同一賃金の原則を定めている。これは憲法一四条の具体化である。これを労働者からみれば労働者は不当に差別されることなく、人たるに値する生活を営み、良好な労働条件の中で働く権利、利益を有しているということにほかならない。

右のような労働者の権利・利益を保護するため、労基法は積極的に監督機関を置き、国の援助義務や使用者の賃金規則の周知義務を定めている。賃金台帳の作成・保存が要求されているのもこれと同趣旨なのである。

四、監督機関は臨検調査権限を有し、使用者は書類の提出義務を負う(一〇一条)が、これは、労基行政の遂行として、申告(一〇四条一項)等による不均等待遇や劣悪な労働条件を改善させる救済措置の担保となるものである。すなわち、労働者の権利・利益が害されているとき、労基監督官は、帳簿書類を臨検し、その是正を求め告発することによって、労基法のみならず憲法上の生存権平等権を保障しようとするものなのである。

五、したがって、賃金台帳は、各事業場の労働者の賃金額をはじめ労働条件の把握を容易にして監督行政の実施を有効ならしめひいては、労働者の権利・利益を守らんとする目的で作成・保存が義務づけられているのである。

六、そして、賃金台帳が労働者各人別に作成され可分であるとしても、労働者の均等待遇(三条)男女同一賃金(四条)を保障しようとする労基法、憲法の精神を実効あらしめるためには他の労働者との賃金労働条件等の比較が不可欠である。

従って本件のように、賃金差別が立証事項となっている事案においては抗告人ら以外の労働者の賃金台帳が作成されていることによって抗告人らの権利又は差別されないという利益が守られるのであるから、抗告人らに関する部分以外の賃金台帳が抗告人らの利益(均等待遇をうけ差別されない法的利益)のために作成された文書であることはあきらかであるといわなければならない。

七、以上のとおり賃金台帳の制度目的は、労働行政を実効あらしめることと同時に、労働者の権利利益を直接に守ることにもあり、本件においては、抗告人らに関する部分以外の賃金台帳は抗告人らの利益のために作成された文書というべきであり、原決定には、民訴法三一二条三号前段の解釈を誤った違法がある。

第三、本件賃金台帳中抗告人らに関する部分以外の部分も民訴法三一二条三号後段の文書に該当する。

一、民訴法三一二条三号後段は、文書提出命令の対象となる文書の一つとして、「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成セラレタル」文書を規定している。

同条の趣旨は、挙証者が立証に必要な文書を所持せず、かかる文書の所持者にその任意提出を期待していても提出がない場合に、挙証者の不利を補って立証の十全を図り、ひいて訴訟における真実発見に資するとともに、他面所持者の所持するすべての文書についてこれを許すときは、その者の利益を不必要に害する場合も考えられるので、衡平の見地から提出すべき文書の範囲を限定するにあると解される。そして文書提出義務は裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であって、基本的には証人義務と同一の性格のものと解すべく、法律の規定によって公表を禁止されている文書、もしくはそれを公表することが国家あるいは公共の利益を害する性質を有する事項を記載した文書でない限りその提出を拒めないと解されているのである(昭和四三年九月二七日東京地裁決定。判例時報五三〇号参照)。

又文書の提出命令は、提出拒否に対する制裁規定(民訴法三一六条)の効果と表裏の関係にあり、三一二条の解釈も右制裁規定の効果との関連で為されるべきである。

右三一二条の趣旨を超え、同条項固有の文理解釈を厳格にすることによって、挙証者の唯一の立証の途を閉ざすべきではない。

同条三号後段の解釈については、前記決定や昭和四三年九月一四日東京地裁決定等によっても、又学説の多数説によってもほぼ次のとおりの解釈が承認されている。

即ち、右後段の文書とは、挙証者と文書の所持者との間に成立する法律関係それ自体を記載した文書だけに限定されず、右法律関係に関連して作成された文書も含むが、文書の所持者がもっぱら自己使用のために内部的に作成した文書は含まないという解釈である。

二、そもそも賃金台帳というものは、単に使用者が自己の事務的便宜のためにのみ作成したものではなく、労基法一〇八条、同一〇九条によって使用者にその作成・保存義務が公法的に課せられた文書であり、労働基準監督行政に資するため、具体的には同法一〇一条一項の労働基準監督官の臨検調査権限の調査対象に予定された文書として、窮極的には労働者の保護、救済のために作成される文書と言うべきである。

賃金台帳中、抗告人ら個々人に関する部分は、抗告人らと相手方との間の労働契約における賃金面での法律関係それ自体を記載した文書に該当する事は明らかである。問題は、それ以外の賃金台帳全部が民訴法三一二条三号後段の文書に該当するかどうかにしぼられるのである。

右を判断するに際しては、前述の三一二条の趣旨を没却することなく、かつ本件における「証すべき事実」との対応関係で提出命令の範囲を決すべきである。

本件における「証すべき事実」は、賃金差別の有無及びその内容であり、差別支給分の具体的な明細及びその額も含む。

賃金差別という行為は、使用者がとる不当労働行為のうち最も典型的かつ陰湿なものの一つであり、使用者はいつの時代においても、労働者にとって最も関心の強い賃金等の経済面での締めつけ(不利益)を通じ非組合員の増大、裏返せば組合の少数化、壊滅を企図してきた。しかも右賃金差別は、具体的な賃金体系や個々人に対する支給額を全く秘密事項として組合や労働者に知らせない中で行われるのが実状であり、それであるからこそ実効があり、又組合の使用者に対する是正のための追及をも困難若しくは不能ならしめるのである。

差別された労働者としては、他の労働者に支給される具体的な賃金の内訳及びその額を知り得ない以上「賃金差別」や「差別支給額」を立証したり確定したりできないのであり、賃金差別を追及し、それの救済を求めることは不可能になる。

三、本件における「法律関係」とは、賃金差別に基く損害賠償請求にかかる法律関係であり、具体的には債務不履行若しくは不法行為に基く損害賠償請求権の存否をめぐる法律関係である。

右のような法律関係は、賃金台帳について、抗告人らに関する部分とそれ以外の部分とを比較、対照することによって、はじめて明らかになる。いわば、賃金台帳は使用者と労働者との間の賃金差別にかかる債務不履行若しくは不法行為に基く損害賠償請求権の存否及びその具体的内容を明らかにする唯一、絶対の立証方法と考えられ、これを証拠調しなければ、およそ賃金差別の是正は不可能に帰する。その際、使用者が台帳の任意の提出を拒めば、労働者としては提出命令に頼る以外ないのである。

従って、本件においては、賃金台帳全部を、抗告人らと相手方との間の法律関係につき作成された文書と解さなければ提出命令を求める意義がなくなるのである。

ちなみに、証すべき事実が、例えば、賃金の不支給や割増賃金の請求権の存否及びその具体的内容であるならば、その提出命令の範囲は右法律関係に関連する部分に、即ち「申立人らに関する部分」に限定されて然るべきである。

しかるに本件では法律関係が賃金差別という他の従業員との比較対照関係に及んでいるがため、その証すべき事実の立証においては賃金台帳全部が必要不可欠であり、三一二条三号後段の文書として賃金台帳全部が該当するというべきである。

結局右提出命令の範囲を抗告人らに関する部分に限定する原決定には、民訴法三一二条三号後段の解釈、適用を誤った違法がある。

第四、仮りに、前記各主張がいずれもみとめられないとしても、本件賃金台帳のうち少くとも左の部分については、提出命令が発せられるべきである。

一 申立人西木については、三谷政利、赤穂弘明、茨木俊文に関する部分(申立人西木と三谷、赤穂、茨木の三名は、年令、勤続年数がほゞ同一で同申立人以外は非組合員である。以下同旨)

二 申立人勝野については、小西昇、北川英晴、坂口良雄に関する部分

三 申立人山添、同木下については、植田哲雄、村尾五郎に関する部分

四 申立人寺本については、西川靖人、中塚富美夫、奥野光雄に関する部分

五 申立人高橋については、林厳、花崎公生、川島政明、坂本辰雄、楠本凱已、山崎輝夫に関する部分

六 申立人河合については、鳥居誠一、菊田紀昭、林厳、花崎公生に関する部分

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例