大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪高等裁判所 昭和52年(ラ)51号 決定 1979年8月29日

抗告人

財団法人都山流尺八楽会

右代表者理事

中尾都山

右代理人

中坊公平

外四名

被抗告人

都山流尺八協会

右代表者会長

島原帆山

右代理人

坂本正寿

外一名

主文

一  原決定を取消す。

二  抗告人において金三〇〇万円の保証を立てることを条件として、被抗告人は「都山流尺八協会」なる名称を使用してはならない。

三  訴訟費用は第一、二審を通じて被抗告人の負担とする。

理由

一抗告人は、主文一項及び被抗告人は『都山流尺八協会』なる名称を使用してはならない旨の裁判を求め、仮処分申請の理由及び抗告理由として、別紙準備書面のとおり述べ、

被抗告人は、その主張として、別紙準備書面(第一、二回)のとおり述べた。

二当裁判所の判断

1  疏明資料によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  抗告人は、昭和四〇年三月一七日、日本古来の民族音楽たる尺八楽の研さんと振興のため演奏会を開催するとともに研修会並びに講習会を開催して、都山流尺八教授者の養成と音楽的情操教育の涵養とを図り、我が国における音楽文化の昂揚発展に寄与することを目的として設立された財団法人で、その寄付行為には、抗告人の行う具体的な事業として、(1)演奏会の開催、(2)研修会並びに講習会の開催、(3)教授者の養成、(4)音楽に関する諸資料の蒐集及び保存、(5)機関紙の刊行、(6)その他この法人の目的達成に必要な事業が掲げられている。一方、被抗告人は、昭和五一年四月一二日、我が国古来の民族音楽である尺八音楽の昂揚発展を図り、我が国における音楽文化の形成に寄与することを目的として設立された任意団体で、その定款には、被抗告人の行う事業として、(1)演奏会の開催、(2)研修会並びに講習会の開催、(3)検定試験の施行、(4)教授者の養成、(5)音楽芸術に関する諸資料の蒐集及び保存、(6)機関誌の刊行、(7)その他この協会の目的達成に必要な事業が掲げられている。

(二)  我が国における尺八楽派としては、江戸時代に源を発する琴古流、明暗流などの流派が存在したが、中尾琳三が明治二九年大阪において創始した都山流は、従来の古典的な尺八音楽の改革を企図し、曲目の革新とともに琴との合奏など奏法に独特の技法を加え、尺八音楽に近代音楽としての息吹きを与えるものであつたことから、その後急速に成長し、尺八界における一大流派を形成するにいたつた。中尾琳三は都山と号し、その門人を通じて都山流の普及に努め家元として直接間接の門人に都山流の免許状を発行し、同人を頂点とするいわゆる家元組織が形成されて行つた。家元である都山は「宗家」と呼ばれ、都山流派の最高の地位に立ち、全国各地に散在するその資格ある門人は、都山流師匠(流人と呼ばれる)として、それぞれの弟子を持つて都山流尺八音楽の教授等を行うとともにその普及の中心となり、また都山流宗家への会費納入を義務づけられていた。そして家元組織たる都山流の組織規範としては、都山流規程(流規)が制定され、宗家の地位、都山流の運営組織、都山流人の権利、義務等に関し規定された。

(三)  都山流内部においては、家元組織の確立、活動分野の拡大に伴い、かねて都山流自体を法人化しその運営を合理化しようとの企てがなされていたが、昭和三一年初代都山が没し、二代目都山として初代都山とその後妻レンの間の長男中尾稀一(当時一二才)が成年に達するまでレンの後見の下に宗家に就任したころからその企てが次第に具体化することとなり、昭和四〇年三月一七日前記のように抗告人が設立された。寄付行為においては宗家を抗告人の総裁とする旨定められているが、代表者である理事長にも二代目都山が就任し、またその運営機構としては理事会、評議員会が設けられ、また全国各地に流人達が中心となつて支部が結成された。右抗告人設立の経過から明らかなごとく、抗告人そのものは従来の家元組織たる都山流が法人化されたものであり、従前の都山流が行つていた事業の殆どは抗告人に承継されることとなり、従来の家元制度の組織規範である流規も大幅に改正され、都山流宗家には免許、免許状の交付、楽譜の発行などの権限が留保された。

(四)  都山流の家元組織は従前から「都山流」の名で知られ、尺八楽界及びこれに隣接する領域の箏曲楽界にも広く認識されていたが、抗告人設立後もその実質に相応して抗告人の組織は「都山流」と呼ばれることが多く、抗告人自身も自己の組織をこの通称によつて表示することもあつた。また、抗告人はその名称のうち「財団法人」の部分を除外して「都山流尺八楽会」と略称された。

(五)  抗告人設立後も都山流の事業活動はますます活溌となり、流人数も増加し、昭和五二年始めころにはその傘下にある流人は約六三〇〇名となり、抗告人が毎年行う事業計画及びこれに伴う収支予算は理事長が編成し、理事会の議決を経、収支決算についても理事長が作成し、監事の意見をつけ理事会の承認を経ることになつており、昭和五〇年度(第一一期)の収支決算は、収入六八七五万八九一三円(うち事業収入(検定試験、講習会、演奏会の各収入を含む)一〇九六万二四八六円、会費収入四六一九万四二二二円、寄付収入五〇〇万円)、支出六二九八万九七六六円、剰余金五七六万九一七四円となつた。

(六)  抗告人の設立、都山流の法人化は、都山流の運営の合理化を所期したものであつたが、理事(昭和四九年から常務理事に就任)高平艟山の業務運営が専権を振い独善的であるとして、不満を抱く流人らが生じた。昭和四九年一〇月一二日二代目都山が三〇才で死去し、妻和代との間には男子がなく、長女美都子は五才にすぎなかつたことから、前記中尾レンが三代目都山として宗家に就任し、抗告人の総裁・理事長になり、同年一二月一三日京都家庭裁判所のレンを都山に改名することの許可審判を得た。しかし、その後も高平艟山の運営に対する反対は激化し、もと常務理事であつた島原帆山らを中心とするグループは昭和五一年二月声明書を発表し、評議員の楽会員による選挙制を独断で破棄し、評議員を執行部が恣意的に指名したこと、楽会費を流資金としたこと等を批判して改革を訴えたので、宗家において、昭和五一年三月右島原帆山、同年四月五十嵐疎山、高野栄山らを除名したところ、除名者らが中心となつて同年四月一二日抗告人の組織とは別個の被抗告人を設立し、島原帆山が会長となり、かねて宗家になれなかつたことにつき不満のあつた中尾美都子を三代目宗家として推戴した。そして右島原らは右除名処分を、また中尾美都子はレンの宗家の名称使用等を争い訴を提起するなどの事態にまで発展し、都山流の内部紛争は泥沼化の様相を呈することとなつた。

被抗告人は、右経過から明らかなごとく、当初から抗告人に対抗する組織として結成されたものであり、その組織を構成する会員は、主として従前都山流師匠として抗告人の傘下にあり都山流の分裂に伴つて抗告人を離れた流人達であつた。被抗告人の代表者たる会長には前記島原帆山が就任し、全国各地に右流人達が中心になつて抗告人の支部組織に対抗する形で被抗告人の支部が結成され、定款に定められた前記事業目的の実現を目指して活溌な活動を展開することとなつた。なお免許状の発行は三代目宗家として推戴した中尾美都子によつてなされた。その結果被抗告人に所属する流人の数は次第に増加し、全国で約三〇〇〇名に近いと称するまでになり、その殆どが従前抗告人に所属していた流人達であつたことから、右傾向は必然的に抗告人の組織の弱体化、事業の困難化を招来することとなり、抗告人の組織と活動は重大な危機を迎えることとなつた。

(七)  前記のように、被抗告人の設立の実態は都山流組織の分裂であり、被抗告人の組織は従前の抗告人傘下の流人らの離脱、加入により形成され、その事業活動も抗告人のそれとほぼ同一のものであつたことから、対外的な面で混乱を生じることは当初から予測されていた。特に被抗告人の名称が「都山流尺八協会」であり、抗告人のそれに近似していたため、各地において混乱、混同を生じることとなつた。たとえば、(1)昭和五一年八月以後実施された被抗告人主催の検定試験を抗告人のそれと混同して受験し合格した者から、交付された免許状が被抗告人関係のもので異なつている旨の苦情があり、抗告人において調査したところ右混同の事実が判明した。(2)被抗告人主催の講習会を抗告人主催の講習会と誤認して出席した関係者から抗告人に対し苦情の申出がなされた。(3)抗告人において毎年定期的に開催する演奏会のため確保していた会場につき、被抗告人から先に同一期日の申込がなされ、会場管理者が被抗告人を抗告人と混同して受理したため、抗告人において当該会場を使用できなくなつた。(4)被抗告人に対する宿泊飲食代金の請求書が誤つて抗告人に送付されたり、被抗告人に配達されるべき物品が抗告人宛に配達されたりした。(5)毎年二月一一日の建国記念日には抗告人において橿原神宮で献楽するのが慣例となつていたところ、昭和五二年度は被抗告人が先にその申入れをなし神宮側が抗告人の申入れと混同してこれを受理したことから紛争が起り、結局双方とも献楽ができなくなつた。

2  まず抗告人の事業が不正競争防止法による保護の対象とされる「営業」に該当するか否かについて判断する。

通常競業行為の規制が問題となるのは営利事業についてであることからすれば、同法にいわゆる「営業」とは文字通り営利事業を意味するものと解すれば足りるかにみえる。しかし、社会機構の複雑化と事業活動の活溌化は、必然的に社会のあらゆる分野における競争、競業関係の発生を不可避的なものとしている。この場合当該事業がいわゆる営利事業でないことの故に、競業秩序の中での保護を受け得ないものとすれば、国民の生活に大きな混乱を生じることは避け難いこととなる。したがつて、同法の保護の対象となる「営業」を固有の意味の「営利事業」に限定することは狭きに失するものというべく営利を目的としない個人又は法人その他の団体の行う事業についても、それが広く経済上その収支計算の上に立つて行われる事業であれば、同法による保護を認めるのが相当で、学術、技芸等の振興、発展を目的とする公益法人にあつても、その直接の目的とするところは営利そのものではないけれども、その事業に右にいう程度の経済性が認められる限り、同法にいう「営業」に該当するものと解すべきものである。これを抗告人についてみるに、抗告人は、前記のように、日本古来の民族音楽たる尺八音楽の研さんと振興のため諸種の事業活動を行い、これを通じて我が国における音楽文化の昂揚発展に寄与することを目的として設立された公益法人であり、それが固有の意味の「営業」を目的とするものでないことは明らかで、抗告人の行う個々の事業を取り挙げてみる限り、それは経済的対価の取得を目的とするものではなく、営利性を認めることはできない。しかしその事業全体としては、前記のように、各事業年度ごとに事業計画が立てられ、またこれを具体的に実現するため予算が組まれ、当該年度の支出はこの予算に従つて行われることとされており、支出の結果については毎会計年度ごとに決算がなされ支出の適否が検討されているから、これらの点に鑑みると、抗告人の事業は、被抗告人主張のごとく経済性を無視して行われているとみるべきではなく、やはり広く経済上の収支計算の上に立つて運営されているものといわざるをえない。したがつて、抗告人の事業は、不正競争防止法にいわゆる「営業」に該当し、同法による保護を受けうることになる。

3  ところで、不正競争防止法一条一項二号は、「本法施行の地域内において広く認識せられる他人の氏名、商号、標章その他他人の営業たることを示す表示と同一又は類似のものを使用して、他人の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為をなす者あるときは、これにより営業上の利益を害せられる虞のある者は、その行為を止むべきことを請求することを得」る旨規定している。したがつて、抗告人において同法により差止請求権が認められるか否かを判断するためには、(一)抗告人の名称に周知性が認められるか否か、(二)抗告人の名称と被抗告人の名称に同一性ないし類似性が認められるか否か、(三)被抗告人がその名称を使用して事業活動を行うことが抗告人の事業活動と混同を生ぜしむる行為に該当するか否か、(四)被抗告人の混同行為により抗告人の事業上の利益が侵害される虞があるか否かの諸点について検討しなければならない。

(一)  抗告人の名称の周知性

抗告人は、前記のように、我が国における尺八音楽の一大流派たる従前の都山流が法人化されたもので、全国に数千名の流人を擁し全国各地において活溌な事業活動を行い、その名称は尺八楽界はもちろんその隣接領域たる箏曲楽界にも広く知られていたものであるほかその事業活動を通じてこれに接する社会の各層にもその名称が広く認識されていたことが推認できるから、抗告人の名称は差止請求権の要件としての周知性を具備するものといわなければならない。

(二)  名称の類似性

一般に名称が類似性を有するか否かを判断するにあたつては、名称の主要部分が同一又は類似しているかを基準とし、主要部分が同一又は類似している場合は全体としての名称が類似しているものということができる。ところで抗告人の名称の主要部分である「都山流尺八」と被抗告人の名称の主要部分である「都山流尺八」とは同一であるから、前記一般原則からすれば右主要部分の同一によつて全体としての名称は類似しているものということができる。しかし被抗告人は前記認定の経緯で設立され初代都山によつて創始された尺八音楽を演奏する団体であつて、その名称中に「都山流尺八」なる字句を使用する利益を有するものと認められるから、右一般原則により直ちに全体としての名称が類似しているものということはできず、さらに右主要部分以外の部分によつて全体としての類似性が否定されていないか等全体としての類似性を判断することが必要である。しかし抗告人の略称「都山流尺八楽会」と被抗告人の名称「都山流尺八協会」との相異は「楽会」と「協会」の一字にすぎず、右相異によつて全体としての類似性は否定されておらず、両者は極めて類似したものということができる。

なお「都山流」の名称は、初代都山によつて創始された都山流尺八音楽及びその家元組織を表示する固有名称であり、都山流が尺八音楽の一大流派であることは前示のとおりであるが、右固有名称が尺八音楽そのものを意味する普通名称となつたとはみられない。

(三)  混同行為の成否

前記事実から明らかなように、被抗告人は従前の都山流ないし抗告人が分裂して設立された団体であり、その事業内容も抗告人とほぼ同一のものであるということができる。特に被抗告人の構成員は主として従前抗告人に所属していた流人達であつて、従前同様の教授、演奏活動を継続していたこと、また被抗告人所属の流人達が全国各地において支部を結成して活動している点も抗告人の場合と同一であることからすれば、両者の事業活動の形態も極めて近似していることが容易に推認される。ところで、抗告人の名称と被抗告人の名称が類似していることは前記のとおりであり、特にその略称において極めて類似していることは、右事業活動の分野で両者の活動について一般に混同を生じる虞のあることが十分推測される。したがつて、被抗告人が抗告人と類似の名称を使用して前記事業活動を行うことは、まさに抗告人の事業上の活動と混同を生ぜしめる行為に該当するものといわなければならない。そして、不正競争防止法が差止請求権成立の要件として規定している「混同ヲ生ゼシメル行為」があつたとするには、必ずしも当該行為により現実に混同の事実を生じたことは必要ではなく、混同の危険性が存在すれば十分なものと解されるから、本件においては混同行為があつたとするに十分なものと考えられる。のみならす、前記のように抗告人の名称と被抗告人の名称との類似性の故に現実に両者を混同した事例が発生していることが認められるから、被抗告人が本件類似名称を使用してなす事業活動が不正競争防止法所定の要件を具備することは動かし難いものといわなければならない。

(四)  利益侵害の虞の有無

不正競争防止法にいわゆる「営業上ノ利益ヲ害セラルル虞」とは、その規定の文言からも明らかなごとく、現実に利益侵害があつたことは必要ではなく、混同行為により将来差止請求権者の利益が侵害される相当程度の可能性があれば十分なものと解するのが相当である。しかも、本件においては、前記のごとく具体的な混同例が生じており、これが抗告人の事業活動の障害となることは明らかである。そして、抗告人の組織から出た被抗告人が本件類似名称を使用して同種の事業活動を継続していることは、抗告人の存立自体にも影響を及ぼすほどの重大な事柄であり、これにより抗告人の事業上の利益が著しく侵害される虞があることは否定し難いところである。

4  被抗告人は従前抗告人の内部にあつてその改革を主張していた者によつて設立されたもので、二代目都山の長女中尾美都子を家元として推戴し自己が都山流尺八の正統であると主張している。

しかし抗告人とは別個の団体である被抗告人が抗告人の名称「都山流尺八楽会」と全体として類似し混同される「都山流尺八協会」の名称を名乗ることは、その事情が前記のとおりであるにせよ、法律上保護さるべき、抗告人が既に名乗つている名称の使用を違法に侵害し、ひいては社会の競業の秩序を混乱させるものであつて、許されないところである。

5  右のとおりであるから、抗告人は被抗告人に対し、不正競争防止法一条一項二号に基づき本件類似名称の使用の差止を請求しうる被保全権利を有するものといわなければならない。

6  そこで、仮処分の必要性についてみるに、前記のように、抗告人は被抗告人の本件類似名称の使用により現にその事業の円滑な遂行を妨げられており、また今後被抗告人の同種混同行為が継続されることにより、その存立にも影響を受ける程度の危険に直面することが予測されるのであつて、事柄の性質上、本案判決をまつていては回復し難い損害を被ることが明らかである。したがつて、本件においては、被抗告人に対し本件類似名称の使用の差止を求める仮処分の必要性を肯定することができる。

7  以上の次第で、本件仮処分申請は理由があるから、原決定を取消し、金三〇〇万円の保証を立てることを条件としてこれを認容することとし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(村瀬泰三 林義雄 弘重一明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例