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大阪高等裁判所 昭和52年(行ケ)3号 判決 1979年2月28日

原告吉村英夫外六五名選定当事者

清水治一

原告佐々木司郎外一五名選定当事者

鈴木宏

原告前田安男外一一名選定当事者

品川潔

原告芹井政一外四五名選定当事者

田中睦

右原告ら訴訟代理人

山本次郎

外四名

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者

松井行造

右指定代理人

稲垣喬

外六名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告ら代理人は、「昭和五二年七月一〇日に行なわれた参議院大阪府選挙区選出議員選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二  原告らは、請求の原因として次のとおり述べ、その詳細および被告の主張に対する反論として、別紙二記載のとおり述べた。

1  原告らを含む別紙一記載の選定者らは、いずれも昭和五二年七月一〇日に行なわれた参議院大阪府選挙区選出議員選挙(以下「本件選挙」という。)における選挙人である。

2  本件選挙は、次の理由によつて無効である。すなわち、わが国における国会議員の選挙においては、どの選挙人の一票も他の選挙人のそれと均等な価値を有することが憲法一四条一項の要求するところであり、居住場所を異にすることによつて投票の価値に差等を設けることは右規定に違反すると解すべきところ、昭和五二年七月一〇日に行なわれた参議院地方選出選挙にあつては、一覧表(別表一)の示すとおり、各選挙区毎の投票の価値に明白かつ重大な格差が存し、その格差は平等選挙において制度上当然に許容されるべき限度をはるかに超えるものである。

したがつて参議院地方選出議員の定数配分を定めた公職選挙法別表第二は各選挙区毎の有権者数との比率においてあまりにも不均衡であり、何らの合理的根拠に基づくことなく、住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取扱つているものであつて、明らかに憲法一四条一項に違反するものであるから、右別表に基づいて行なわれた右参議院地方選出議員選挙はいずれも無効である。

3  よつて原告らは、公職選挙法二〇四条の規定に基づき、本件選挙を無効とする旨の判決を求める。

三  被告は、答弁として、原告ら主張の請求原因1の事実は認めるが、その余は争うと述べ、主張として次のとおり述べた。

1  昭和五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙における各選挙区の議員一人当りの有権者数の全国平均値からの偏差は、下限の鳥取県選挙区においてマイナス58.95パーセント、上限の神奈川県選挙区においてプラス116.09パーセント(大阪府選挙区において81.41パーセント)であり、その開きは、原告ら主張のとおり、鳥取県選挙区の指数を1として約5.26対1(大阪府選挙区との開きは約4.42対1)の割合に達していたことは事実であるが、次に述べるような事情を考慮するならば、衆議院議員選挙においては格別、参議院地方選出議員選挙においては、いまだ立法府である国会の裁量権の範囲内の問題であつて憲法に違反せず、また仮に、たとえ上限の神奈川県選挙区において憲法に違反するとしても、大阪府選挙区の程度であれば憲法に違反しない。

(一)  憲法一四条一項に定める「法の下の平等」は、同一五条に定める選挙人資格における差別の禁止だけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票価値の平等もまた保障しているものと考えられるが、右の投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響力が完全に同一であることまでも要求するものと考えることはできない。けだし、投票価値は、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんにより、結果的に右のような投票の影響力に何程かの差異を生ずることがあるのを免れないからである。

代表民主制のもとにおける選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とするが、他方、政治における安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけのものではない。わが憲法も、また右の理由から、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。それゆえ憲法は、前記投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく、国会は衆議院および参議院それぞれについて他にしんしやくすることのできる事項をも考慮して、公正かつ効果的な代表という目標を実現するために選挙制度を具体的に決定することができるのであり、投票価値の平等は、憲法上正当な理由となり得ないことが明らかな差別を除いては、原則として国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決参照)。

(二)  ところで、わが憲法は衆議院および参議院の二院制を採用しているが、両院の組織および権限には重大な相違がある。すなわち、組織においては衆議院は議員の任期を四年とし、解散があるのに対し、参議院は議員の任期を六年とし、三年毎にその半数を改選することとし、解散がない。また、権限においては、法律案、予算、条約の批准の審議および内閣の不信任議決、内閣総理大臣の指名のそれぞれについて衆議院が参議院に優越している。右のような憲法上の両院の相違は、当然両議院の議員の選挙制度にも影響を及ぼすべきものであり、さきに述べた国会が選挙制度を決定する際に、投票価値の平等以外に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由についても自ら異つてくる筈である。

そこで、現行の公職選挙法をみると、衆議院議員については一選挙区三名ないし五名を定数とするいわゆる中選挙区制を採用し、選挙人の国政に対する意見をとくに選挙人の職域、地域等を考慮せず、一般的に国政に反映させることおよび内閣組織の基礎となることを主たる目的として選挙制度が考えられている。他方、参議院議員については総数を二五二名(もともと二五〇名であつたが、沖繩県の復帰により二名増員となつた。)とし、そのうち一〇〇名を全国選出議員、一五二名を地方選出議員とし、それぞれ憲法の規定に基づいて三年毎に半数ずつ改選することとされている。右のように全国選出議員と地方選出議員に分けたのは憲法が二院制を採用した趣旨、すなわち第二院である参議院は衆議院とできるだけ異なつた構成とし、衆議院の機能を補完させようとした趣旨に則つたものであるが、具体的には、全国選出議員は職能代表的な考え方によつて各職域からそれぞれの代表を選出させようとしたものであり、地方選出議員については、従来わが国の政治および行政の実際において大きな役割を果たし、国民生活および国民感情の上にも大きな比重をもつてきた都道府県を基礎として、地域代表的な考え方を採用し、地方の事情に精通した代表を選出させようとしたものである。

(三)  右に述べたように、参議院地方選出議員の総数は一五二名とされているが、半数ずつ改選しなければならないのであるから、各選挙区は偶数の定数を持たなければならず(奇数ということも考えられないではないが、そうすると三年毎に改選議員を持たない選挙区もあつて不合理である。)、結局定数配分は七六名の定数を基礎として考えなければならないこととなる。そうだとすれば、全国都道府県の数は四七であり、配分すべき定数は選挙区の倍もないのであるから、選挙人数に比例した定数配分はきわめて困難といわざるを得ない。

さらに、地方選出議員は前述のように地域代表的な意味合いを強くもつていることを考慮するならば、単純に選挙人数に比例した議員数の配分のみを主張することは妥当とはいえない。すなわち、最近の都市への人口の集中化の現状からみてそれは都市偏重、いいかえれば都市地域ないし経済的先進地域を優先させる結果となりかねないのであつて、都市に対して農村、あるいは経済的先進地域(過密地域)に対して後進地域(過疎地域)があり、両者にはそれぞれそれなりに解決を迫られている重大な課題をもつており、地方選出議員はそれぞれの地域を代表させるという性格をもつものといえるのであつて、人口流出の結果過疎となつた地域的意見こそ一層尊重されなければならないのである。したがつて現在の議員定数配分は前述の投票価値の平等以外に国会が考慮することのできる他の政策的目的ないし理由として地域代表的意味合いを考慮したものであつて、参議院議員選挙に関してはそれなりに合理性をもつものというべきである。

公職選挙法も別紙第一については、「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」との添え書があるにもかかわらず、別表第二については同様の添え書がないことや、別表第一については、過去何度か改正が行なわれているのに、別表第二については、三〇年間にわたつて一度も改正されておらず(沖繩県復帰の際の改正を除く。)、さらには第九次まで存在した選挙制度審議会による答申すら一度もなされていないことも、右理論の妥当性を裏付けるものといえる。

2  参議院地方選出選挙の実態分析の結果は次のとおりであり、これと衆議院議員選挙のそれとを比較すると、別表第二の定数配分規定はいまだ違憲の域に達していない。

(一)  参議院議員選挙法別表(現行の公職選挙法別表第二と同じ。)制定の基礎となつた昭和二一年臨時統計調査人口による参議院地方選出議員選挙区実態分析表(別表二、乙第一号証の二)によると、議員一人当りの人口数の最も少ない鳥取県選挙区の指数を一〇〇とすれば、大阪府選挙区の指数は一七八、最も多い宮城県選挙区の指数は二六二であり、参議院議員選挙法施行後の最初の参議院議員選挙である昭和二二年四月二〇日執行の参議院地方選出議員選挙実態分析表(別表三、同号証の三)によると、議員一人当りの有権者数の最も少ない鳥取県選挙区の指数を一〇〇とすれば、大阪府選挙区の指数は一九〇、最も多い岐阜県選挙区の指数は二五一であり、昭和五二年七月一〇日執行の参議院議員選挙の直前の国勢調査である昭和五〇年国勢調査人口による参議院地方選出議員選挙区実態分析表(別表四、同号証の四)によると、議員一人当りの人口数の最も少ない鳥取県選挙区の指数を一〇〇とすれば、大阪府選挙区の指数は四七五、最も多い神奈川県選挙区の指数は五五〇であり、昭和五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙実態分析表(別表五、同号証の五)によると、議員一人当りの有権者数の最も少ない鳥取県選挙区の指数を一〇〇とすれば、大阪府選挙区の指数は四四二、最も多い神奈川県選挙区の指数は五二六であることがいずれも明らかである。

(二)  右によれば、現行の定数配分規定は、制定当初において、すでに議員一人当りの人口数(有権者数)の上限と下限の開きは約二倍半になつており、参議議員選挙法別表は定数配分が不均衡であるとの意見が国会審議において強く主張されていたのであるが、それにもかかわらず、このことは前述のように、数少ない地方選出議員数を全国の都道府県に配分しなければならないという定数配分の技術上の制約および地方選出議員が地域代表的性格をもつていることから、合理的に理由づけられるとされたのである。

また、(一)において述べたことから、議員一人当りの人口数の上限と下限との開きは、現行の定数配分規定制定当初には2.62対1であつたのが、本件選挙の直前の国勢調査年である昭和五〇年には5.50対1となつていることおよび議員一人当りの有権者数の上限と下限との開きは、現行の定数配分規定制定後の最初の選挙時において2.51対1であつたのが、本件選挙時においては5.26対1になつていることが窺われるところであるが、これらによれば、人口数を基準としてもあるいは有権者数を基準としても、上限と下限との開きそのものは現行の定数配分規定制定当初から本件選挙に至るまでにおおよそ二倍となつたにすぎないのである。

(三)  これを衆議院の場合と比較してみると、衆議院はいわゆる中選挙区制を採用し、また、半数改選という制度もないため、人口数に比例して議員数を配分することが技術的に容易であるうえ、議院の構成も地域代表的性格よりむしろ党派代表的性格を強くもつているから、人口数に比例した定数配分の要請が参議院に比して相当強いといわざるを得ない。

衆議院議員選挙法(昭和二二年法律第四三号)別表(現行の公職選挙法別表第一の原型)制定当時の昭和二一年臨時統計調査人口による衆議院議員選挙区実態分析表(別表六、乙第四号証の二)によると、議員一人当りの人口数の最も少ない愛媛県第一区の指数を一〇〇とすれば、人口数の最も多い鹿児島県第二区の指数は一五一であり、衆議院議員選挙法施行後の最初の衆議院議員選挙である昭和二二年四月二五日執行の衆議院議員選挙実態分析表(別表七、同号証の三)によると、議員一人当りの有権者数の最も少ない愛媛県第一区の指数を一〇〇とすれば、有権者数の最も多い愛媛県第五区の指数は一六四であることが明らかである。

右によれば、衆議院議員の定数配分規定は、制定当初においては議員一人当りの人口数(有権者数)の上限と下限の開きは、参議院地方選出議員の場合に比して相当小さく、一倍半強にすぎなかつたのであるが、その衆議院でさえ、これが約五倍に達してはじめて(開きそのものは四倍以上になつている。)、最高裁判所において憲法違反とされたにすぎない。

(四)  以上のとおり、参議院地方選出議員について、上限と下限の開きが単に五倍強にとどまる程度では(開きそのものは約二倍になつたにすぎない。)、なお違憲とはいえず、したがつてこれが4.5倍弱にとどまる大阪府選挙区の場合には、より一層違憲性に乏しいことは明白である。

3  現段階においても、地方選出議員の総数を増加させないものとして(地方選出議員の総数は全国選出議員総数との割合および参議院議員総数と衆議院議員総数との割合などから合理的に決定されたものであつて、衆議院議員総数のように安易に増加させるべきものではない。)、一部選挙区の定数を減員し、他の一部選挙区の定数を増員することによつて若干の是正をすることはもとより可能である。しかしながら昭和五二年七月一〇日の選挙当日の有権者数に基づいて七六の議員定数の再配分を試算した定数配分試算表(別表八)および右試算に基づいて選挙を行なつたと仮定した場合の選挙区実態分析表(別表九)の示すとおり、有権者数の総数が絶対的に少ない鳥取県選挙区であつても、少くとも二名の定数配分をしなければならないから、上限(京都府選挙区)と下限(鳥取選挙区)との開きは四倍強の割合となるのであつて、定数の不均衡の是正は数学的に不可能なのである。

三  証拠関係<省略>

理由

一原告らを含む別紙一記載の選定者らがいずれも昭和五二年七月一〇日執行の本件選挙における選挙人であることは当事者間に争いがなく、原告らが本件選挙の日から公職選挙法二〇四条所定の三〇日以内である同年八月八日当裁判所に本訴を提起したことは、本件記録に徴し明らかである。

二原告らは、昭和五二年七月一〇日執行された参議院地方選出議員選挙にあつては、一覧表(別表一)に示すとおり、各選挙区毎の投票の価値に明白かつ重大な格差が存し、その格差は平等選挙において制度上当然に許容されるべき限度をはるかに超えるものであり、参議院地方選出議員の定数配分を定めた同法別表第二(以下「本件議員定数配分規定」という。)は、何らの合理的根拠に基づくことなく、住所(選挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取扱つているものであつて、憲法一四条一項に違反すると主張するから、この点について判断する。

1 憲法一四条一項に定める「法の下の平等」は、国民はすべて法の適用および政治的関係等において平等であり、選挙権に関しては政治的価値において平等であるべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり、憲法一五条一項、三項、四四条ただし書の各規定の文言上は、単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれども、各選挙人が平等に一票を与えられているという選挙権の行使の平等(一人一票主義)にとどまらず、さらに選挙権の内容の平等、すなわち各選挙人の投票の実質的価値の平等、換言すれば、すべての投票がそれぞれ選挙の結果に及ぼす影響力において平等であること、したがつて各選挙区の有権者数(人口数)と配分議員定数との比率の平等も憲法の要求するところである。

しかしながら、投票価値は選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組のいかんにより、結果的に右のような影響力に差異を生ずることがあるのを免れないから、右の投票の実質的価値の平等は、絶対的、数学的に平等であることまでも要求するものではない。右の選挙制度の仕組みについては、代表民主制の国家においても、論理的に要請される一定不変の形態があるわけではなく、要は、選挙された代表者を通じて民意を公正かつ効果的に国政に反映させることを目標とし、他方政治における安定の要請をも考慮しながら、実情に即して具体的に決定されるべきものであるから、憲法は国会両議院の議員の選挙について、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、その具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのであり、前記投票の実質的価値の平等についても、これを両議院の選挙制度の決定について、唯一絶対の基準としているわけではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解すべきである(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決参照)。

2  本件は、参議院地方選出議員選挙に関するものであるところ、参議院の組織につき、憲法は、「参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。」(四六条)と定め、公職選挙法は、参議院議員の定数を二五二人とし、そのうち、一〇〇人を全国選出議員、一五二人を地方選出議員とする(沖繩の復帰に伴う改正により二人増員)こと、全国選出議員は全都道府県の区域を通じて、地方選出議員は各選挙区において選挙すること、地方選出議員の選挙区および各選挙区において選挙すべき議員の数は別表第二で定めること(四条二項、一二条、二項、一四条)を規定しており、都道府県を単位として四七選挙区に分け、三年毎に改選される七六人のうち、東京都、北海道各四人、愛媛県、大阪府、兵庫県、福岡県各三人、福島県ほか一五府県各二人、残り青森県ほか二六県各一人である。

右のように全国選出議員と地方選出議員に分けられたのは、憲法が採用した二院制の本旨に鑑み、両院の長短を相補なわしめるとともに審議の慎重を期する(一院で論議自ら党派的感情に流れ、党派的利害に動かされるおそれがあつても、他の一院で平静に論議せられ、それで議会全体の行動が平静になされる。)ため両院の構成をできるだけ異なつたものとし(第九〇帝国議会においてその旨の付帯決議がなされている。)、全国選出議員についてはつとめて社会各部門、各職域の知識経験者が選出されることを容易にし、あわせて地方の事情に精通した者を地方選出議員として加えることとしたものと考えられるが、このような政策的配慮に立つ選挙制度の採用が憲法上国会の裁量権の範囲に属することは異論のないところである。

参議院選挙法別表(公職選挙法別表第二にそのまま引継がれた。)に掲げられた参議院地方選出議員の定数配分は、昭和二一年臨時統計調査人口による総人口(七三一一万四一三六人)を定数一五〇で除して得た数値(四八万七四二七人)で各選挙区(都道府県)の人口を除して得た数値の整数位が奇数となつた場合は端数を切り上げて偶数とし、偶数となつた場合は端数を切り捨てて偶数とし、これを各選挙区の議員の配分数として機械的に作成されたものであり、その結果栃木県選挙区(人口一五〇万三六一九人)の数値は3.084、定数四人、宮城県選挙区(人口一四六万二、一〇〇人)の数値は2.999、定数二人となり、人口わずか四万一五一九人の違いにすぎないのに定数において二人の差を生じ、宮城県選挙区における議員一人当りの人口数は下限の鳥取県選挙区のそれの2.62倍に達した。この点は第九一回帝国議会における参議院議員選挙法案の審議において不均衡であると指摘されたが、機械的ではあるが他の方法と比較してむしろ合理的であるとされ、憲法違反であるとの議論はなく、可決成立をみたものである。しかしその後の人口移動、大都市への人口集中の結果、さらに議員定数の不均衡を生じ、議員一人当りの有権者数(人口数)の下限と上限との開きは拡大し、昭和五〇年国勢調査人口による実態分析の結果では、議員一人当りの人口数の最も少ない鳥取県選挙区に対し、大阪府選挙区は4.75倍、最も多い神奈川県選挙区は5.50倍であり、昭和五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙における実態分析の結果では、議員一人当りの有権者数の最も少ない鳥取県選挙区に対し、大阪府選挙区は4.42倍、最も多い神奈川県選挙区は5.26倍である。以上の点は<証拠>によつて明らかである。

3 ところで右のように全国を幾つかの選挙区に分け、各選挙区に選挙されるべき議員を配分し単記投票をもつて選挙を行なわせる場合においては、各選挙区の有権者数(人口数)と議員定数との比率が必ずしも一致せず、その間に格差を生ずるのが通常である。とりわけ参議院地方選出議員選挙については、衆議院議員選挙と異なり、半数改選が憲法上の原則であるため、各選挙区に有権者数(人口数)にかかわらず、現行の最低二人(改選期毎に一人)の議員定数を配分しなければならないから、右の格差がさらに拡大することは明らかである。参議院地方選出議員選挙において、具体的に、どのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員定数を配分するかを決定するについては、各選挙区の有権者数(人口数)と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基準とされるべきことはもとより当然であるが、それ以外にも、実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素(非人口的要素)は少なくない。

その第一は、さきに述べた憲法四六条の参議院議員の三年毎の半数改選の制度である。すなわち、右の半数改選を円滑に行なうためには各選挙区の議員定数を偶数とし、有権者数(人口数)の少い選挙区にも少くとも現行の二人(改選期毎に一人)の議員定数を配分することが簡明であり合理的である。もつとも、半数改選は各選挙区毎に半数である必要はなく、総数において半数であれば足りるから、議員定数を奇数とすることも考えられないではないが、この場合一人の選挙区については、その数を偶数にして三年毎に改選議員を持つ選挙区と持たない選挙区とに区分し、三人、五人、七人等の選挙区についても、同様その数を偶数にして三年毎に一と二人、二人と三人、三人と四人というように異なる人数の改選議員を持つ選挙区に区分して交互に選出しなければならず、きわめて煩雑であつて不合理であり、法技術的にも至難である。そうすると結局のところ定数配分は半数改選の七六人の定数を基礎として考えなければならず、全国都道府県の四七選挙区に各一人宛四七人を配分し、残り二九人を有権者数(人口数)の多い選挙区(都道府県)に配分することにならざるを得ない。人口比率以外に参議院の特異性としての半数改選制度が考慮されなければならないゆえんである。

第二に地方選出議員の地域代表的性格が挙げられる。すなわち、さきにも言及したとおり、公職選挙法は二院制の本旨から、全国選出議員のほかに、地域代表的な観点に立つて地方の事情に精通した者を地方選出議員として各都道府県において選出することとしている。このように選挙区を都道府県としたのは、それが従来、わが国の政治および行政の実際において重要な役割を果たしており、国民生活および国民感情の上において大きな比重をもつものであるからである。ところで都道府県は、その人口において、上限の東京都一一六七万三、五五四人から下限の鳥取県五八万一、三一一人まで様々である(平均一四七万二八九〇人)ほか、その面積において、北海道(八万三、五一〇平方キロメートル)は別格として、岩手県、福島県、長野県、新潟県、秋田県、岐阜県のように一万平方キロメートルを超えるものもあれば、大阪府、香川県のように二、〇〇〇平方キロメートルに満たないものもあり、人口密度、住民構成、経済的基盤、交通事情、地理的状況その他の点において多種多様であり、さらにまた、社会の急激な変化の一つのあらわれとしての人口の都市集中化、とくに最近における東京、大阪、名古屋等の大都市およびその周辺部への集中をどのように評価し、議員定数配分にどのように反映させるかも国会における高度に政策的な考慮要素の一つであり、都市に対しては農村、経済的先進地域(過密地域)に対しては後進地域(過疎地域)があり、それぞれに解決を迫られている社会政策あるいは経済政策上の重大な課題を抱えており、地方選出議員の定数を単純に人口比率によつて配分すると、いきおい都市偏重の結果になりかねない。以上のような観点からみると、同法は地方選出議員選挙について地方自治の根幹をなす都道府県という地域の代表ということ、いわば都道府県そのものを重点に置いたものであつて、人口に比例して議員定数を配分することの要請のより強い衆議院議員選挙の場合とはかなり趣きを異にするものとみなければならない。もつとも地方選出議員を北海道、東北、関東、東海、北陸、近畿、四国、九州などのように道およびいくつかの都府県を統合した地方ブロツクから選出することも考えられないではないが、前記のような参議院のもつ地域代表的性格を稀薄ならしめ、全国選出議員に近似した性質のあいまいなものにするばかりでなく、選挙人に投票意欲を減殺せしめる結果ともなり妥当ではない。

4 このように参議院地方選出議員選挙における議員定数の配分の決定には、きわめて多種多様で、複雑微妙な政策的および技術的考慮要素(非人口的要素)が含まれており、それらの諸要素のもつ役割はさきに述べた参議院の特異性からみて、大きいものというべきであるが、これをどの程度考慮して具体的決定にどこまで反映させることができるかについては、もとより客観的基準が存在するわけのものではないから、結局は国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによつて決するほかはなく、このような見地に立つて考えても、具体的に決定された議員定数の配分のもとにおける投票の実質的価値の不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を超えているものと推定せられるべく、このような不平等を正当化すべき特段の理由が示されないかぎり、憲法違反と判断するほかはない。

ところで、従来、各選挙区毎の投票の価値が平等かどうかを判断する当り、議員一人当りの有権者数(人口数)が最も少ない選挙区(下限)を基準として、これとその最も多い選挙区(上限)および選挙無効を主張する当該選挙区との開きを比較するのが通常であるが、衆議院議員選挙についてはともかく、参議院地方選出議員選挙については、さきに述べたとおり参議院の特異性から、有権者数(人口数)が少なく定数一人で足りる小県についても二人(改選期毎に一人)を配分しているのであるから、右のような基準によつて各選挙区間の開きを比較すること自体、不合理であり、無意味でさえある。さりとて議員一人当りの有権者数の全国各選挙区の平均を基準として、これとの比較によつてその投票の価値が平等かどうかを判断すべきであるともいいきれない。

5  原告らは各選挙区における議員定数と有権者数(人口数)との比率の不平等は、特別の合理的事情のないかぎり「二対一」の比率をこえることは許されないと主張する。議員一人当りの有権者数(人口数)の最も少ない選挙区を基準として各選挙区間の開きを比較することが不合理であることは右に述べたが、仮に右の比較によるとしても、右「二対一」の比率をこえないよう議員定数を定めるとすれば、別表一〇のとおり、地方選出議員の定数を七八人(改選期毎に三九人)増員して二三〇人としなければならず、また、「三対一」の比率をこえないよう議員定数を定めるとしても、別表一一のとおり、地方選出議員の定数を一四人(改選期毎に七人)増員して一六六人としなければならないことは計数上明らかである。このような地方選出議員の定数の大幅な増員は、全国選出議員の定数および衆議院議員の定数との均衡、さらには全国選出議員の性格、参議院のあり方などとも関連して幾多の問題を生ぜしめる。

6 以上のような諸要素、とくに参議院の特異性を考慮すると、昭和五二年七月一〇日執行の参議院地方選出議員選挙当時において、議員一人当りの有権者数の最も少ない鳥取県選挙区に対し、大阪府選挙区は4.42倍、最も多い神奈川県選挙区は5.26倍に達している(もつとも原告らを含む選定者らの属する選挙区は大阪府であるから、右両県選挙区間のそれの不均衡を主張する直接の法的利益ないし原告適格はないというべきである。)としても、この程度ではいまだ投票の価値の不平等が一般的に、つまり客観的・社会的に合理性を有するものと考えられない程度に達しているとみることはできず、立法機関である国会にゆだねられた裁量権の合理的な行使として是認されるものというべく、違憲問題を生ずるとは認められない。

もつとも、違憲問題を生じないとはいえ、参議院地方選出議員について議員定数の不均衡は現実に生じているのであり、とくに北海道選挙区と大阪府、神奈川県、愛知県各選挙区の間、愛知県、兵庫県、福岡県各選挙区と神奈川県選挙区の間、福岡県選挙区と埼玉県選挙区の間、栃木県、熊本県、鹿児島県、群馬県、岡山県各選挙区と宮城県選挙区の間などにおいて、当初の有権者数(人口数)が逆転しているのであつて、現行の議員定数をそのまま維持するとしても、一部選挙区の定数を減員し、他の一部選挙区の定数を増員することによつて、右のいわゆる逆転区を解消し、各選挙区の議員一人当りの有権者数(人口数)の開きを3.5倍以下に抑えることは可能である(別表一二は本件議員定数配分規定制定当時の方式によつて配分定数(八〇人)を算出し、定数が七六人になるまで配分定数の最も多いもの、同数のときは最も有権者数の少ないものから順次各一人を減じ修正試算したものである。)。他に考慮すべき合理的事情のないかぎり、国会において、可及的速やかにこれが是正の措置を講ずることが望ましい(国会の怠慢か否かは暫らく措き、政党間の利害、政策に関することがらである。)。

三以上の次第で、本件選挙を無効とする旨の判決を求める原告らの本訴請求は、理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山内敏彦 田坂友男 高山最)

別紙一~三<省略>

別表一~九<省略>

別表一〇 昭和52年7月10日選挙当日の有権者数と議員定数との比率が「2対1」を超えないようにするための改正

(試算)

整理

番号

選挙区名

議員

定数

選挙当日の

有権者数

鳥取に対

する指数

改正

定数

議員一人当り

の有権者数

鳥取に対

する指数

増減

1

鳥取

1

423,014

100

1

423,014

100

2

福井

1

546,177

129

1

546,177

129

3

山梨

1

553,293

131

1

553,293

131

4

島根

1

558,093

132

1

558,093

132

5

徳島

1

587,108

139

1

587,108

139

6

佐賀

1

587,437

139

1

587,437

139

7

栃木

2

1,193,859

282

2

596,929.5

141

8

高知

1

602,350

142

1

602,350

142

9

熊本

2

1,224,246

289

2

612,123

145

10

闘児島

2

1,226,041

290

2

613,020.5

145

11

群馬

2

1,237,278

292

2

618,639

146

12

岡山

2

1,304,332

308

2

652,166

154

13

沖繩

1

660,101

156

1

660,101

156

14

福島

2

1,376,657

325

2

688,328.5

163

15

香川

1

696,220

165

1

696,220

165

16

滋賀

1

697,508

165

1

697,508

165

17

長野

2

1,447,686

342

2

723,843

171

18

石川

1

752,872

178

1

752,872

178

19

奈良

1

762,032

180

1

762,032

180

20

和歌山

1

762,581

180

1

762,581

180

21

富山

1

768,404

182

1

768,404

182

22

宮崎

1

768,766

182

1

768,766

182

23

茨城

2

1,659,411

392

2

829,705.5

196

24

新潟

2

1,698,066

401

3

566,022

134

+1

25

大分

1

851,060

201

2

425,530

101

+1

26

京都

2

1,728,942

409

3

576,314

136

+1

27

山形

1

886,537

210

2

443,268.5

105

+1

28

秋田

1

893,851

211

2

446,925.5

106

+1

29

北海遺

4

3,710,790

877

5

742,158

175

+1

30

広島

2

1,862,375

440

31

620,791.66

147

+1

31

岩手

1

979,351

232

2

489,675.5

116

+1

32

福岡

3

3,041,739

719

4

760,434.75

180

+1

33

青森

1

11,027,510

243

2

513,755

121

+1

34

長崎

1

1,042,701

246

2

521,350.5

123

+1

35

愛媛

1

1,050,990

248

2

525,495

124

+1

36

山口

1

1,110,384

262

2

555,192

131

+1

37

三重

1

1,150,263

272

2

575,131.5

136

+1

38

静岡

2

2,310,065

546

3

770,021.66

182

+1

39

兵庫

3

3,471,449

820

5

694,287.8

164

+2

40

岐阜

1

1,300,132

307

2

650,066

154

+1

41

愛知

3

4,015,375

949

5

803,075

190

+2

42

宮城

1

1.379,989

326

2

689,994.5

163

+1

43

千葉

2

2,900,820

685

4

725,205

171

+2

44

埼玉

2

3,301,983

780

4

825,495.75

195

+2

45

大阪

3

5,608,468

1325

7

801,209.71

189

+4

46

東京

4

8,149,556

1926

10

814,955.6

193

+6

47

神奈川

2

4,453,853

1052

6

742,308.83

175

+4

76

(合計)

78,321,715

115

+39

別表一一 昭和52年7月10日選挙当日の有権者数と議員定数との比率が「3対1」を超えないようにするための改正

(試算)

整理

番号

選挙区名

議員

定数

選挙当日の

有権者数

鳥取に対

する指数

改正

定数

議員一人当り

の有権者数

鳥取に対

する指数

増減

1

鳥取

1

423,014

100

1

423,014

100

2

福井

1

546,177

129

1

546,177

129

3

山梨

1

553,293

131

1

553,293

131

4

島根

1

558,093

132

1

558,093

132

5

徳島

1

587,108

139

1

587,108

139

6

佐賀

1

587,437

139

1

587,437

139

7

栃木

2

1,193,859

282

1

1,193,859

282

-1

8

高知

1

602,350

142

1

602,350

142

9

熊本

2

1,224,246

289

1

1,224,246

289

-1

10

鹿児島

2

1,226,041

290

1

1,226,041

290

-1

11

群馬

2

1,237,278

292

1

1,237,278

292

-1

12

岡山

2

1,304,332

308

2

652,166

154

13

沖繩

1

660,101

156

1

660,101

156

14

福島

2

1,376,657

325

2

688,328.5

163

15

香川

1

696,220

165

1

696,220

165

16

滋賀

1

697,508

165

1

697,508

165

17

長野

2

1,447,686

342

2

723,843

171

18

石川

1

752,872

178

1

752,872

178

19

奈良

1

762,032

180

1

762,032

180

20

和歌山

1

762,581

180

1

762,581

180

21

富山

1

768,404

182

1

768,404

182

22

宮崎

1

768,766

182

1

768,766

182

23

茨城

2

1,659,411

392

2

829,705.5

196

24

新潟

2

1,698,066

401

2

849,033

201

25

大分

1

851,060

201

1

851,060

201

26

京都

2

1,728,942

409

2

864,471

204

27

山形

1

886,537

210

1

886,537

210

28

秋田

1

893,851

211

1

893,851

211

29

北海道

4

3,710,790

877

3

1,236,930

292

-1

30

広島

2

1,862,375

440

2

931,187.5

220

31

岩手

1

979,351

232

1

979,351

232

32

福岡

3

3,041,739

719

3

1,013,913

240

33

青森

1

1,027,510

243

1

1,027,510

243

34

長崎

1

1,042,701

246

1

1,042,701

246

35

愛媛

1

1,050,990

248

1

1,050,990

248

36

山口

1

1,110,384

262

1

1,110,384

262

37

三重

1

1,150,263

272

1

1,150,263

272

38

静岡

2

2,310,065

546

2

1,155,032.5

273

39

兵庫

3

3,471,449

820

3

1,157,149.6

274

40

岐良

1

1,300,132

307

2

650,066

154

+1

41

愛知

3

4,015,375

949

4

1,003,843.7

237

+1

42

宮城

1

1,379,989

326

2

689,994.5

163

+1

43

千葉

2

2,900,820

685

3

966,940

229

+1

44

埼玉

2

3,301,983

780

3

1,100,661

260

+1

45

大阪

3

5,608,468

1325

5

1,121,693.6

265

+2

46

東京

4

8,149,556

1926

7

1,164,222.2

275

+3

47

神奈川

2

4,453,853

1052

4

1,113,463.2

263

+2

76

(合計)

78,321,715

83

-5

+7

別表一二 現行議員定数の枠内での不均衡の是正(試算)

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