大阪高等裁判所 昭和52年(行コ)22号 判決 1979年11月30日
亡・長谷川政春訴訟承継人
控訴人 長谷川茂子
同訴訟承継人
控訴人 長谷川努
同訴訟承継人
控訴人 英寛こと 長谷川秀寛
右三名訴訟代理人弁護士 木ノ宮圭造
同 滝井繁男
同 仲田隆明
被控訴人 神戸市
右代表者市長 宮崎辰雄
右訴訟代理人弁護士 安藤真一
同 奥村孝
同 石丸鉄太郎
主文
一 原判決中原告長谷川政春に関する部分を取消す。
二 被控訴人が神戸国際港都建設事業六甲第一地区市街地改造事業の管理処分計画について昭和四九年一〇月一日付で控訴人らの被承継人長谷川政春に対して通知した原判決別紙目録(二)記載の建築施設の部分の価額の概算額を原判決別表(ロ)のとおり増額変更した処分を取消す。
三 被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ金三七万五〇〇〇円ずつを支払え。
四 訴訟費用は一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
五 この判決の主文第三項は仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一ないし第四項と同旨の判決及び仮執行宣言を求め、被控訴代理人は本案前として「原判決を取消す。控訴人らの本件訴を却下する。」との判決を、本案につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決をそれぞれ求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加・訂正するほか、原判決事実摘示中原告長谷川政春に関する部分のとおりであるから、これを引用する。
(訂正)
一 原判決三枚目表六行目の「処定」を「所定」と改める。
二 同五枚目表九行目の「概算額」を「価額の概算額(以下、概算額という。)」と、六枚目表三行目の「末だ」を「未だ」と、同四行目の「取得又は消滅され」を「取得され又は消滅し」とそれぞれ改める。
三 同九枚目裏二行目の「八月二五日」を「三月二八日」と、一〇枚目表初行「細く」を「細かく」とそれぞれ改める。
四 同二三枚目(別表)の「当初管理処分計画のもの」の下の空欄に「本件変更処分によるもの」と挿入する。
五 同二五枚目表一一行目の冒頭に「(ハ)」を付加し、同裏二行目の「共用二」を「共用三」と改める。
六 同三〇枚目表五行目末尾に「家屋番号一番一の一二九」を、同八行目末尾に「家屋番号一番一の一三〇」を、同一一行目末尾に「家屋番号一番一の六七」をそれぞれ付加し、同一〇行目の「壱階」を「二階」と、同末行の「壱階」を「六階」とそれぞれ改める。
(控訴人らの主張)
一 一審原告長谷川政春(以下、政春という。)は昭和五二年一一月五日死亡し、控訴人茂子(妻)、同努(長男)、同秀寛(二男)が相続人としてその地位を承継した。
二 訴の利益について
本件訴は、主文掲記の管理処分計画変更処分(以下、本件変更処分という。)の取消、すなわち旧管理処分計画の復活を求めるものであって、本件変更処分によって、極算額が増額変更されたことは、本件変更処分の取消原因たる違法事由の一つに過ぎず、控訴人らは旧管理処分計画(以下、旧処分ともいう。)が復活すること自体に利益を有する。
法四六条による建築施設の部分の価額の確定(以下、価額確定ともいう。)は、清算のためになされるに過ぎず、確定すべき価額は管理処分計画中に定められた概算額に依存するものであるから、価額確定後といえども、概算額を定めている管理処分計画そのものを争う利益は残る。
控訴人らは、被控訴人のした価額確定の処分につき建設大臣に対し昭和五四年五月七日審査請求をした。
三 新ビルの一部の所有権取得時期について(原判決摘示事実四1の補足)
1 法三一条一項は、関係権利者が市街地改造事業によって整備される施設建築物に入居できることを保証し、併せて施行者側における不必要な多額の資金調達を避ける効果を持たせるために対償の払渡しをせずに建築施設の部分の給付により現物補償を行う趣旨のものに過ぎず、建築施設の部分の譲受け予定者(以下、譲受け予定者という。)に対し従前資産を施行者に先に給付する義務を課したものではない。すなわち、従前資産の対償を現金払いすることなく、同じ代価の建築施設の部分で給付するというだけのことであって、施行者が従前資産を取得する時期と建築施設の部分の給付時期の前後は何の関係もなく、結局のところにおいて相殺勘定により処理されれば足りる。
2 譲受け予定者が先に建築施設の部分を取得しても、施行者は収用権により従前資産を必ず取得できる。また、建築施設の部分を譲受けた者が、従前資産を各別に第三者に譲渡した場合も、また、建築施設の部分と従前資産を併有する者が前者を譲渡した場合も、施行者にとってなんらの不都合もない。
3 従前資産も併有させたまま建築施設の部分を給付すると、例えばこれが店舗である場合、建築施設の部分の譲受人が両方で開店でき、不当に利益を得るとみるのは相当でない。なぜなら、事業地内の住民は市街地改造事業の遂行過程でなんらの補償もなく甚だしい迷惑を被るのが常である。本件事業についてこれをみれば、右住民らは、昭和四四年三月二八日の事業認可告示よりも一〇年も前から堅固建物や三階以上の建物の建築を制限され、本件事業開始後は旧商店街の立地条件の悪化に伴なう営業収益減、工事騒音その他に苦しみ、しかも何の補償も得ることができず、そして、給付される建築施設の部分は内装のない裸コンクリートのままの建物であって、店舗として使用するには相当の工期と多額の資金が必要なわけであって、従前の店舗における営業をさせたまま、併行的に新店舗の内装工事をさせるのが理に適っているのであって、むしろ、場合により、従前資産と建築施設の部分を一時的に併有させる方が相当といえる。
4 市街地改造事業遂行上、事業地内の従前資産の全部を、建築施設整備事業に関する工事完了前に施行者が取得等する必要はない。
すなわち、右事業地のうち、法二条六号にいう施設建築物の敷地はその一部分であり、また施設建築物が数個ある場合は順次に工事がなされるはずであるから、施行者は工事遂行上実際の計画に従って必要な範囲で敷地を取得していけば足り、一挙に事業地内の従前資産全部を取得等する必要はない。現に工事中の区域外にある事業地内の住民は、一方における施設建築物の建築工事完了を待ちながら、従前資産たる店舗、住宅を利用して生活を維持すればよく、ことに、道路、広場といった公共施設の予定地上の住民には施設建築物の建築工事完了まで従前資産を保持、利用させる方が、施行者側にとっても営業補償その他の負担を免れる点で有利である。
してみれば、法文上手続の流れがそのようにみえるからといって、従前資産を取得等する前は、法四〇条の公告後も、出来上った施設建築物につき建築施設の部分の取得を否認し、住民を入居させないとする被控訴人の措置は、施行者の一方的に定めた価格によって従前資産の譲渡を強いようとの魂胆あってのことといわざるを得ない。
5 本件管理処分計画における譲受け予定者には、単なる借家人が多数入っている。また、譲渡される建築施設の部分についても、本来の権利者に渡すべきものと、特に希望して本来の価格よりも高い価格で譲受けることとなったものとがある。
政春の譲受けた建築施設の部分のうち、多くは本来の権利に基いて(従前資産の対償に代えて)譲渡価額が定められたけれども、二〇五号室は二割程度の割増価額で譲渡されることとなった。この割増価額により譲渡される建築施設の部分は、従前資産の対償に代わるものとはいえないものである。
工事が完了した建築施設の部分のうち、従前資産の対償に対応しないものは法四一条一項の効果として、譲受け予定者に代金後払で譲渡され、従前資産を有する者に対してのみ代金に代る従前資産を先に給付させることとなる解釈は誤りである。
四 概算額の決定について(原判決摘示事実四2の補足)
仮に建築施設の部分の譲受け予定者が同部分を取得する時期が被控訴人主張のとおりであるとしても、本件変更処分は、新しくなされた管理処分計画なる行政処分としてとらえた場合次のとおり違法といわなければならない。
1 法二七条一項によると、概算額は、政令で定めるところにより、建築施設整備事業及び建築敷地の取得に関する事業に要する費用並びに近傍類似の土地又は建築物の価額を基準として定めなければならない。
そして、施行令九条一項は、「建築施設整備事業及び建築敷地の取得に関する事業に要する費用のうち、その建築施設の部分に要するものを償い、かつ……近傍類似の土地の価額又は近傍類似の建築物の価額を参酌して定めたその建築施設の部分の価額の見込額をこえない範囲内において定めなければならない」こととし、取得費用が右見込額をこえるときは、右見込額とする旨規定されているが、この見込額を単純に時価と理解し、譲渡し価額は、コストが時価以下であればコストと時価の間で、コストが時価を上回れば時価とする趣旨であると解すべきである。
2 右の見込額を定めるについて、近傍類似の土地又は建築物の価額を参酌することが規定されているが、建築施設の部分が建築物と土地とから構成されているときには、近傍類似の土地と建築物の両方の価額を参酌せざるを得ない。
3 近傍類似の土地の時価については、法二七条二項により都市計画法六二条一項による告示(本件では昭和四四年三月二八日の建設省告示第七六六号)の日の価額と解すべきである。
都市計画法七一条により右基準時点が一年毎に更新されると解することはできない。すなわち、都市計画法七一条は、文理上、明らかに、都市計画事業について土地収用法二九条及び三四条の規定の適用を除外し、同法八条三項、三五条一項、三六条一項、三九条一項、四六条の二第一項、七一条一項及び八九条一項の規定を列挙してこれらを適用するとしているに過ぎない。いずれにしても、その適用は土地収用法の規定に関し、かつ、それに限られている。
法二七条二項にいう、都市計画法六二条一項の規定による告示の時につき、同法七一条の文理を無視して、土地収用法に関してのみ擬制される一年毎の時点更新を読みとることはできない。しかも、法二七条二項は、近傍類似の土地価額の評価時点を告示の時よりも遅れさせる必要のある場合について、特に但書を置いて手当しているのであって、それ以外の場合にまで敢えて評価時点をずらせる法意であるとは到底解されない。
4 近傍類似の建築物の時価は何時の時価を指すのか法令上明らかではないが、時価とするからには管理処分計画策定時の時価以外ではあり得ない。けだし、建築施設の部分が譲受け予定者に取得される予定日等将来の特定の日の時価とすれば、管理処分計画を策定する時点において不可知であるから、これを参酌しようにも不可能だからである。
仮に、将来の特定の日に予想される時価をも含めて時価と解するならば、施行者が管理処分計画において概算額を恣意的に定めることを認める結果となり、法が時価を超えて概算額を定めてはならないとした意味がない。
5 結局本件事業において、管理処分計画上概算額を定めるには、法二七条、施行令九条および付録第二に従って、当該建築施設の部分に配賦される(イ)建築敷地の取得費用、施設建築物の建設費用の合計すなわち現実の費用(コスト)と、(ロ)昭和四四年三月二八日現在で評価した建築敷地の時価、(ハ)管理処分計画策定時で評価された施設建築物の時価をそれぞれ算出比較した上で、コストと(ロ)、(ハ)の時価の間でこれを定めなければならない。
然るに、被控訴人は、右コストの計算をせず、昭和四四年三月二八日現在の建築敷地の時価を考慮していないことが明らかであるのみならず、旧処分においても、施設建築物の時価を参考にした形跡がなく、本件変更処分でも同様である。
したがって、被控訴人は、法二七条等の規制を無視して違法に本件変更処分の概算額を定めたものである。
6 被控訴人は、旧管理処分計画において、昭和四七年三月二八日の時価をもって建築施設の部分及び従前資産の任意買取価額を定めたというが、かかることはあり得ない。
もともと旧管理処分計画は、昭和四六年一二月二二日認可を経て関係権利者の縦覧に供され、同月二七日通知されているから、その前に策定されているのであり、策定時に昭和四七年三月二八日の時価は存在せず、従ってこれを基準とするわけにはいかなかった。
7 しかも、被控訴人は、初めは収用裁決手続における従前資産中土地の価格固定時が昭和四八年三月二八日となったことを理由に概算額を同日現在で評価し直すかのように言っていたのに、実際は右収用裁決の日である昭和四九年八月一日を基準として評価換えしている。
8(一) 本件事業は、昭和四四年三月二八日の事業計画認可告示後の被控訴人の目論見によると、事業計画を同年七月末日までに、管理処分計画を同年八月から一〇月にかけてそれぞれ作成し、事業地内の土地、建物等は昭和四五年八月までに買収・補償を終わる予定であった。このことは、政春ら関係権利者全員に対し、昭和四四年七月初めに説明されているが、同時に関係権利者側の質問に答えて概算額の目安も示され、B棟一階店舗部分の平均で坪当り三六万円、C棟住宅部分の平均で同じく二八万円とされていた。
(二) その後昭和四六年秋に策定されたと思われる旧管理処分計画をみると、略右の目安に従って概算額が定められている。
(三) してみると、昭和四四年八、一〇月に予定された管理処分計画策定が二年以上遅れ、なお、概算額に変動がないということは、もともと正当にも、管理処分計画策定時の時価にかかわりなくこれを定める方針であり、かつ、そのとおり実行されたことを示している。
9 政春は、被控訴人が関係権利者間の負担の公平を回復する公益上の必要に基づきなしたという本件変更処分によって、旧処分下で被控訴人主張の価額を容れて従前資産を任意売却した場合に比し、別紙計算書記載の通り、四四一万二六六二円もの清算金の負担が増加する見込である。
10 ところで清算金は、施行者が法四六条、施行令一五条により、譲受け予定者が取得した建築施設の部分の価額を確定して通知し、しかる後保留されている従前資産の対償たる金額の差額として、数額的に定まるのであり、施行者からの支払い請求をまって初めて具体的に確定するのである。
11 本件事業において、被控訴人は、従前資産の対償に代えて建築施設の部分を取得した関係権利者全員に対し、その価額を確定せず、清算金の請求もしておらず、政春を含む右全員に対しやがて一斉に価額確定と清算金支払請求を行なう予定である。
そこで、本件事業において清算金支払義務ある者は皆、被控訴人主張の建築施設の部分の取得時期、従前資産の譲渡時期の如何を問わず、清算金請求時点に於て同一時期に支払義務が具体化する。そして右具体化以前に於ては、関係権利者に清算金元本に附帯して支払うべき利息損害金等の負担はない。
12 清算金の弁済期、附帯金等の条件が同じであるから、実質的負担の公平の回復という公益上の必要を実現するには、旧処分下で政春の従前資産が被控訴人主張どおりの価額で取得された場合の清算金と同額を、変更処分下において政春に負担させれば、十分である。
しかるに、本件変更処分は、右公益上の必要を超えて、政春に対して四四一万二六六二円に及ぶ余分の清算金の負担を強いるものであり、この点において裁量権の行使に際し守られるべき比例原則を破るの違法がある。
五 設権行為の撤回は許されない(原判決摘示事実四3の補足)。
1 法は、施行者において、いったん適法に定めた管理処分計画を変更できることを予定するけれども、如何なる場合に可能かにつき明示していない。
しかし、施行令一一条をみると、関係権利者の利益、権利を侵害しない場合及び権利者に異議のない場合に許され、そのほか、管理処分計画を新たに定めるときと同じ手続を履むことを要件として変更が認められているが(法二九条六項)、変更の実体的要件につき定めるところはない。けれども、形式的手続さえとればその変更が関係権利者の権利、利益を侵害する場合でも、なお、常に自由にこれをなし得るとはいえない。
2 ところで、被控訴人は、関係権利者の権利、利益を侵害する場合であっても、公益上の必要ないし合理的理由、具体的には関係権利者間の実質的負担の公平を回復する必要があれば管理処分計画の変更ができるといい、法所定の手続を履み、関係権利者に再度建築施設部分の譲受けを希望するか、若しくは従前資産につき現金補償をとるかを選択する機会を与えさえすれば、その保護に欠けるところはないとするが、かかる考え方は、管理処分計画変更処分が、適法に成立している設権的なもとの処分の撤回と新処分の併合されたものであるから、撤回、新処分の各実体的要件について十分考慮する必要があることを看過し、漫然と行政の便宜に従い法を無視するものである。
しかるときは、関係権利者間の実質的負担の公平の回復の必要だけでは、未だ旧処分の変更を許容する公益上の必要があるとするに足りない。
5 一般に、行政処分のうち設権的処分の撤回は、その必要が相手方の義務違反による場合、相手方の同意がある場合もしくは撤回権の留保のある場合の外は許されず、なお、受益者をしてその権利・利益を実現させることにより公益上の支障を生じるときは、明文の根拠をまち、相手方の損失を補償したうえでこれをなすべきである。
4 そして管理処分計画の目的である公益は、法の目的である道路、広場等の重要な公共施設の整備に関連する市街地の改造を行なうことにより、都市の機能を維持増進するとともに土地の合理的利用を図り、これを実現することであるが、政春の従前資産に対する収用裁決があったことによって、旧処分を維持する右公益上の必要がなくなる道理はなく、また、旧処分が右公益と適合しなくなる訳でもない。
この点においては旧処分を撤回する理由に欠ける。
5 次に、政春の従前資産の補償金額が被控訴人提示の買取価額よりも上回る結果となり、仮に関係権利者間に負担の不公平が生じるに至ったとしても、かかる事情の変更について政春には全く責められるべき事由が無く、負担の不公平なるものをもたらしたのは専ら被控訴人であり、かつまた、法は事業地内従前資産の買取りないし補償金額の価格水準のバラツキ、従って被控訴人がいう意味での負担の不公平を当然に前提としており、しかも、政春は長期間にわたる工事による不便不利益を受忍し、また旧処分の変更され得ることを全然予想せず、これを基礎に生活設計を建ててきたのだから、被控訴人が主張する負担の公平の回復の必要ということ程度の公益上の必要により、旧処分を撤回することは許されないのである。
6 被控訴人は、昭和四四年三月二八日本件事業の認可の告示をした日から、政春の従前資産について収用裁決申請権を有するのに対し、政春は、ただ、被控訴人に対し収用裁決申請をなすよう請求できるだけであって、収用裁決手続の発動は専ら被控訴人の権限に属し、被控訴人は適切に収用権を行使する義務と権利を有するものである。
被控訴人は、すでに、国内経済殊に土地市場における価格騰貴傾向は明らかであったのだから、本件事業主体として事業の進行に伴って、適時に収用裁決申請をなし、事業地内住民の有する土地等の補償金額算出基準日が大きく異なることのないよう配慮して、この点から関係権利者間の負担の不公平が発生しない様努めなければならなかった。被控訴人は、従前資産の価額と関係権利者に給付される建築施設の部分の価額の概算額を同じ日を基準日として定めて、関係権利者間の負担の公平をはかる公益上の必要があり、この負担がアンバランスになるときは管理処分計画変更の必要が生じるという見解なのだから、適時に収用裁決の申請をなすことは、正に行政当路者としての職責であり、被控訴人の義務であったといわねばならない。しかるに被控訴人は、政春の従前資産につき、収用裁決申請権を取得した昭和四四年三月二八日から昭和四八年四月六日まで収用裁決の申請をせず、しかも同年六月下旬まで申請書に添付すべき土地調書の提出を怠ったので、同日まで裁決手続が法的に開始しなかった(土地収用法四四条二項参照)。
7 他方政春は、収用委員会に対する裁決申請の権限もなく、ただ被控訴人に対して裁決申請をするよう請求して職権の発動を促がすことができるだけであって、これはもとより政春の義務ではない。
政春は、昭和四八年三月二六日被控訴人に対し裁決申請をなすよう請求したが、遅滞なく被控訴人がこれに応じていれば、被控訴人が当初予定したという昭和四七年三月二八日をもって土地の価額が固定され得たのである。
しかるに、被控訴人は漫然と昭和四八年四月六日まで手続をとらなかったので土地価額評価基準日が一年間ずれるに至っただけでなく、6記載の如く土地調書の提出を遅らせて、更に裁決の日を遅らせている。
このことの結果は、被控訴人が専ら責を負うべきものである。
8 被控訴人は、旧管理処分計画で、建築施設の部分の価額の概算額を昭和四七年三月二八日を基準として評価したというが、仮にかような事実があるとしても、政春ら関係権利者には一切告知されていず、また、法令上そうなるという根拠もなく、被控訴人自身を含めて誰も知らなかった。
また従前資産につき収用裁決がなされるときは、裁決の日を基準に、概算額が評価換されるということも誰も知らなかった。
9 被控訴人は、昭和四四年春頃から、政春ら関係権利者に対し、本件事業につき説明し、計画中の施設建築物の概要、価格の目安、事業日程、従前資産を提供して施設建築物への入居できること等を告知したが、政春はそれ以来右に告知されたこと及び従前資産の取得時期に応じて概算額が変更される等あり得ないことを前提に、将来は施設建築物に入居の上引続き六甲地区に留まり、生業を継続して行くつもりできた。
そうして政春は被控訴人の要請する法上所要の手続きをしたが、当初日程に大幅に遅れた昭和四六年一二月二七日旧処分の通知を受けている。
更に、昭和四七年五月二五日法四〇条による公告があったにかかわらず、被控訴人は法四一条一項に基づき政春の取得した建築施設の部分を引渡さず、実に昭和四九年八月一日従前資産に対する収用裁決の日まで政春は建築施設の部分への入居ができなかったのである。
その間、政春は五年余の期間本件事業に伴なう環境破壊、騒音、ホコリ等の工事被害、商業立地の悪化等生活上、営業上の不利益を、旧処分を基礎としてひらける将来の生活に希望を託しながら、受忍してきたのである。
10 被控訴人は、本件事業につき関係権利者らの従前資産の全部を昭和四七年三月二八日現在の価額で取得することとし、このことを前提として旧管理処分計画を立てたという。
従前資産の全部を同日現在の価額をもって取得しようとすれば、その旨の合意の下に買取るか、すべてのケースにつき、収用裁決上補償金額の算出日を同日とするほかはないが、従前資産の全部につき施行者側の意向通り任意買収できるわけもなく、また、収用裁決の日を施行者の思いどおりの日とすることも困難であり、従って施行者は、事業地内従前資産を、各別の日に、各別の時価で取得するとするのが法の建前であることがわかる。
11 従前資産の価格水準は、理論的には時日の経過とともに常に上昇するものではなく、下落することもあるし、また、関係権利者は、昭和四七年三月二八日以前に従前資産を被控訴人に取得させることも可能であり、また現に、被控訴人は同日以前に事業地内の土地等を多数取得している。
被控訴人主張のように、従前資産と概算額が同一日を基準に評価されなければならず、この点が破れると、施行者に管理処分計画の変更権が発生するというのなら、右のように関係権利者に不利益な時期に従前資産が取得されてしまう場合には、少なくとも関係権利者側からバランス回復のために管理処分計画の変更を請求することができなければ不公正というものである。しかるに、法は、かかる手当をしていない。
12 もともと、価額が任意協議で決まらないときに、収用委員会に決めてもらうというのは、一面、被収用者の権利でもあるわけだから、法は、施行者が従前資産を取得する日の全部について建築施設の部分の評価基準日と一致させることを要請しているとは、到底考えられない。管理処分計画上概算額を個々の従前資産の取得日毎にそれぞれの日を基準とし、施行者が評価変更して行くというのは煩にたえないし、負担の公平を担保する結果をもたらしもしない。
結局、法は、従前資産取得時期のバラツキに伴う負担のアンバランスは、已むを得ぬところとして許容しているものという外はない。
13 しかも、管理処分計画の策定は、形の上で行政処分と構成されているけれども、その内容をみると、公権力の行使といわれる伝統的な意味での行政行為(処分)の概念にぴったりしない、いわゆる形式的行政行為の一種である。関係権利者の譲受け希望の申出との関連においてみると、むしろ、私法的取引行為の実質がある。
関係権利者のする建築施設の部分の譲受け希望の申出は、従前資産の売渡代金または収用補償金(その額は未定である。)の全部プラス清算差額金ないし従前資産の代金の一部をもって、建築施設の部分を買取る旨の施行者に対する契約の申込である。これに対し、施行者のする管理処分計画の策定は、施設建築物等の所定部分を所定価額をもって売渡す旨の右申込に対する承諾の意思表示である。そして、従前資産の代金は未定であるが、当事者で金額が定まらないときは、第三者である収用委員会が土地収用法に基づき、裁決するところに従う合意を伴なっているのである。
14 つまり、買主は、売主が建築する建物を買うこととし、代金の一部に自己の土地を提供しようといい、その後この申込に対して、売主はそれではこれこれの値段でこれこれの建物を建てて譲渡するが若し異議があれば何日以内に申込を撤回してもらっても結構だけれども、土地はとにかく頂載することとし、値段は、最終、売主のイニシヤティヴで得られる第三者の裁定(その手続、評価基準は法定されている)に服することとしようと答えて、当事者間で契約が成立したのと同じである。
そして、買主に異議がなく契約が確定したが、土地代金の額について合意が得られなかったので、売手は第三者に裁定させ、第三者は予め法定されている手続、基準に従い価額を定めたところ、売主の予想したよりも高かったので(しかし、買主にすれば安すぎた)、一方的に建物の値段を増額したというのが本件の経過である。かかる売手の横暴が認められるわけがない。
私的な取引であれば、土地を売りたくない者は売らない自由があるが、本件事業地内の零細商人である政春には土地を売らないという自由はなく、強制的に被控訴人に収用されてしまう弱い立場にあったのである。対等な私的取引であってさえも右のとおりであるのに、市街地改造事業の犠牲者である政春に対して、同様の横暴が認められるということがあってよいのか。
(被控訴人の主張)
一 控訴人らの前記主張一の事実は認める。
二 本件訴は、訴の利益を欠くに至ったので却下されるべきである。
本件事業に関する工事が完了し、法四六条によって建築施設の部分の譲受け予定者全員(政春を含む。)が取得した同部分の価額が確定し、昭和五四年四月二日その旨の通知書が控訴人らに送達された。
価額確定の通知に対しては、法六三条により行政不服審査法による不服申立てがなしうるところ、控訴人らは右不服申立をしなかったので、法四六条による価額は最終的に確定した。
価額確定と概算額を定めた管理処分計画は、別個の行政行為であって、管理処分計画が取消されても価額確定の処分が無効となるものではない。
したがって、管理処分計画における概算額を争う法律上の利益はなくなった。
三 旧処分変更の理由について(原判決摘示事実三1の補足)
1 被控訴人は、本件事業地内の建築施設の部分の譲受け予定者中、政春及び控訴人茂子を除く全員から、従前資産を昭和四七年三月二八日を基準日として評価した価格で任意契約により買収している。
2 ところで、市街地改造事業においては、関係権利者間の公平が重要であるところ、概算額の評価基準日を従前資産のそれと同一とする必要のあることは、法には何らの定めもないが、法が現物補償(代物弁済)の制度をとっていることから考えると、価格上昇の激しい土地、建物については当然のことである。
このことは、建築施設の部分(以下、ビルともいう。)と従前資産の額が同一の場合を考慮すれば当然理解できるし、それが同一でない場合も概算額を従前資産の契約成立時に引き直して差額(清算)金を徴収あるいは交付するのが、補償理論に合致する。
しかし、法は、従前資産の取得前に管理処分計画を策定し、一律に、概算額を算定することと定めている。それは、市街地改造事業においては、多数の従前資産を、ほぼ同一時期に一律に取得し、ビル完成後、同一時期に、現物補償としてビルを給付するものであるが、各々の従前資産の取得時期が事実上相違するにもかかわらず、従前資産をビル概算額の評価基準日と同一日をもって評価さえすれば、不都合は発生しないとしたからである。
もし、従前資産の評価基準日を概算額の評価基準日と同一日にしないと、従前資産の取得のたびに、既に定めた管理処分計画を変更しなければならないことになり、管理処分計画の変更には厳重な手続を要することが定められていることから、非常な困難が発生することになる。そのような変更は、法の予定しているところではない。
すなわち、法は、概算額の評価基準日を一定日に定めていることから、従前資産の評価基準日も、現物補償制度(代物弁済)の趣旨からして、これと同一日にすることを前提にしているといわざるを得ない。
3 被控訴人が、昭和四六年一二月概算額を算定するにつき、昭和四七年三月二八日を評価基準日としたことについては、何ら法に反しないものである。
法及び施行令は、概算額を算定するについては、近傍類似の土地又は建物の価額を参酌して定めた価額の見込額を超えてはならないと定めており、これは一般的に時価ないしは市価と解されているが、それがいつの時価ないし市価であるかは特に定めていない。被控訴人は、昭和四六年九、一〇月頃から、地元権利者に、従前資産の価額を最終的に提示したが、これは取得が可能であると被控訴人が考えた同四七年三月二八日を評価基準日としたものである。
従前資産と概算額との評価基準日が同一日でなければならないことは前述したとおりであり、よって、この日を概算額の評価基準日としたことに、何ら違法はない。
ところで、B、C棟の建築敷地の取得費用は三億七九三四万九〇一〇円で、施設建築物の建築に要した費用は一二億八六七一万五八四五円であって、右コストが時価を上廻ったため、施行令九条により、概算額を時価により決定したものである。
4 当初概算額の算定にあたっては、従前資産の評価基準日と同一日を基準として算定されている限り合理性を有するものであったが、本件の場合、土地収用法により二年四月余の差が発生し、評価基準日が異った以上、そこには合理性が見出されなくなり、従前資産の評価基準日を変更し得ないため、概算額の評価基準日を、従前資産のこれと同一日として、管理処分計画を変更せざるを得なくなったものである。
なお、法二七条二項は、近傍類似の土地の時価を、都市計画法六二条一項の告示の時の価額と定めているが、同法七〇条一項によると、右告示が土地収用法において土地価額が固定される事業の認定の告示とみなされ、都市計画法七一条によれば、この事業の認定の告示が一年毎に更新されるため、土地価額もまた一年毎に更新されることになっている。つまり、法二七条二項は、単に土地価額を都市計画法六二条一項の告示の時から、一年毎に固定するという規定に過ぎない。
従って、概算額(時価)は、土地の従前資産の評価基準日の直前の更新された右告示時の価額と、建築物の従前資産の評価基準日の価額の合計額ということになる。
特に、本件の場合は、不動産の価額が、異常に上昇した二年四月間の差は、概算額を変更しないと、政春にいわれのない不当な利益を与えると共に、権利者相互間に著しい不公平、不平等を生じ、到底放置できないものである。
5 そこで、概算額をどの程度増額するかであるが、これも法二七条及び施行令九条に基づき、コスト(前記3)と時価を算出し、コストを下廻った時価をもって、変更後の概算額とした。
右時価を算出するにあたっては、できる限り政春の利益となるような方法をとり、結局、本件変更の原因となった従前資産の評価時点のずれから生じる増額が、土地収用法所定の指数で算定されたことに合わせて、当初概算額に、土地収用法所定の指数を乗じるという手法を用いたが、これによると、変更後の概算額は、地価等の値上りの実勢や周辺ビルの時価相場よりは、かなりの低額となっている。
結果的には、政春の清算金(概算額)が増額しているが、以上の理論より止むを得ない結論といわざるを得ない。
四 控訴人らの前記主張三ないし五に対する反論等
1 市街地改造事業は、都市機能を再び十分に発揮させるため、狭隘な土地の合理的利用を図り、よって公共の福祉に寄与することを目的とするが、直接的には(ことに、本件事業のように駅前広場の設置にともなう駅前商店街の改造の場合)その事業地の住民がその恩恵にあずかる。
控訴人らは、本件事業にともなう被害を強く主張するが、右事業が自己のためでもあることを忘却したもので、政春が被った程度の被害は市街地の改造という大手術において少なからず発生し、自己の家屋を改造する場合と同様当然受忍すべきものである。
2 控訴人らの前記主張三5に対して
本件事業における譲受け予定者には従前の借家人はいない。
政春が譲受けた建築施設の部分のうち、多くが従前資産の対償に代えて譲渡されたが、二〇五号室がこれに該当せず二割程度の割増価額で譲渡されたことは認める。
3 控訴人らの前記主張四8(一)の事実は認める。
同四9の別紙計算書記載の事実は認める。
4 同五6、7に対して
被控訴人は、本件事業の施行者として従前資産を収用により取得するか任意買収によるかを任意に選択しうるところ、政春から収用裁決申請の請求を受けた後遅滞なく右裁決の申請をしたものである。
(証拠)《省略》
理由
一1 被控訴人が神戸国際港都建設事業の施行者であり、法により、本件事業について事業認可を受け、昭和四四年三月二八日その旨の告示がなされたこと、政春は、本件事業地内に原判決別紙目録(四)の従前資産を所有していたが、被控訴人に対し適法に建築施設の部分の譲受けを希望する旨申出たこと、その後被控訴人は旧管理処分計画を定めて法定の手続をなし、昭和四六年一二月二二日旧管理処分計画の認可を受け、同月二七日付をもって、控訴人らの被相続人政春に対して同目録(二)の建築施設の部分を譲渡する旨の旧管理処分計画の関係部分を通知したこと、そして、昭和四七年五月二五日本件事業のうちB、C棟に関する工事を完了し、同日法四〇条による公告をして、同月二九日付工事完了通知書をもって政春にその旨を通知したこと、
2 被控訴人は、前記従前資産を政春との任意協議によって取得しようとして補償額を提示したが、政春が右補償額を不満として昭和四八年三月二六日土地収用法三九条二項の収用裁決申請の請求をしたので、同年四月六日兵庫県収用委員会に収用裁決申請をしたこと、そこで同収用委員会は昭和四九年八月一日原判決別紙「裁決の概略」の内容の裁決をしたこと、
3 ところが、被控訴人は翌二日審査委員の同意を得て、旧管理処分計画のうち、政春関係分について原判決別表(ロ)のとおり建築施設の部分の価額の概算額を増額する本件変更処分をし、右変更された管理処分計画を縦覧に供し、兵庫県知事の認可を受けたうえ、同年一〇月一日付で政春に対し右管理処分計画の変更を通知したこと、
以上の事実は、当事者間に争いがない。
二 被控訴人主張の、建築施設の部分の譲受け予定者であった政春が取得した原判決別紙目録(五)(ロ)記載の物件につき施行者たる被控訴人において法四六条により価額を確定し、昭和五四年四月二日その旨の通知書が控訴人らに送達された事実は、控訴人らが明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。
ところで、《証拠省略》によれば、控訴人らは同年五月七日右価額確定処分を不服として法六三条二項により建設大臣に対し審査請求書を郵便で提出したことが認められ、右審査請求は行政不服審査法一四条により適法期間内になされたものであって、これにより右価額確定処分は確定を阻止されたものといわなければならず、他に右価額確定処分が確定した旨の主張立証はない。
よって、右価額確定処分の確定を前提として本件訴の利益がなくなったとする被控訴人の主張は採用しない。
三 そこで、本件変更処分が控訴人ら主張のように違法であるかどうかの点について判断する。
1 被控訴人が政春につき、旧管理処分計画を変更した理由は、被控訴人の主張によれば、要するに、関係権利者相互間の公平・均衡を計ること、具体的には、政春が従前資産につき被控訴人の提示した補償額を不満として任意買収に応ぜず、収用裁決を経たため、その結果、政春に対する従前資産の評価基準日が、旧処分における全権利者に対する従前資産の価額及び建築施設の部分の価額の概算額の評価基準時としていた昭和四七年三月二八日と異なることとなったため、政春に対する概算額の評価基準日を従前資産のそれ(収用裁決時・昭和四九年八月一日)として概算額を増額変更したというものである。
2 被控訴人が旧管理処分計画に基いて、控訴人らの被相続人政春の従前資産(原判決別紙目録(四)の建物・借地権とも)に対して提示した補償額は別紙計算書二記載のとおり四四〇万一一五一円であったこと、前記収用裁決(但し、政春の借地権については同計算書掲記の判決、以下、これを含めて裁決という。)による補償金額は、同計算書二記載のとおり七一九万四四八九円であったことは当事者間に争いがない。
そして、昭和四七年三月(被控訴人の提示補償額の評価基準時)から昭和四九年八月(本件収用裁決時)までの土地収用法七一条所定の物価変動に応ずる修正率が原判決別紙(物価変動修正率について)記載のとおり一・四一〇二であることは、《証拠省略》により明らかである。
してみると、前記裁決補償額は、提示補償額の約一・六三倍であって、右時点修正率を著しく上回っているから、被控訴人の政春に対する提示補償額は、前記基準日の昭和四七年三月二八日においても低きに失したものと推認するのが相当であり、政春がこれを不満として収用裁決申請の請求をしたのも無理からぬところであって、右請求をした結果政春が損失を被るとすれば、関係権利者間相互の公平の見地からも当を得ないものといわなければならない。
3 政春が、旧処分下、被控訴人の提示額で従前資産を売渡した場合被控訴人に支払うべき清算金額は別紙計算書三(イ)記載のとおり一三一六万六八四九円であったところ、本件変更処分下での右清算金額は同(ロ)記載のとおり一七五七万九五一一円となり、結局前記裁決及び本件変更処分により政春あるいはその相続人たる控訴人らの支払うべき清算金額が四四一万二六六二円増加したこととなることは明らかである。
4 昭和四七年五月二五日本件事業のうちB、C棟に関する工事が完了し、同日法四〇条によりその旨公告があったことは前記のとおりであるから、その譲受け予定者(政春及び控訴人茂子を除く。)は法四一条によりその翌日管理処分計画に定められた建築施設の部分を取得し、したがって、その頃その引渡を受けたものと推認するのが相当であるところ、控訴人ら主張の、被控訴人が右公告後直ちに政春の取得した建築施設の部分(原判決別紙目録(五)(ロ)の物件)の引渡をせず、前記収用裁決のあった昭和四九年八月一日以後に至って右引渡をした事実は、被控訴人が明らかに争わないので自白したものとみなす。
右事実によると、政春は被控訴人の提示額で従前資産を任意譲渡していた場合他の関係権利者と同様昭和四七年五月二六日右建築施設の部分を取得しその頃引渡を受けていたものというべきところ、収用裁決の途を選んだ結果、引渡を受ける時期が二年余りも遅れたものといわなければならない。
右のように、政春がビルの引渡を受ける時期が二年余り遅れたことによって受けた得失について考えてみるに、右期間において著しい物価の騰貴があったことは前記土地収用法上の時点修正率からみても明らかであるから、政春は右引渡延引の結果として、新ビルの内装等の工事費の大幅な増加による損失を被ったことが推認され、このほか、同人は新ビルにおける開店遅延による営業利益も喪失し、したがって、従前資産からの退去遅延による利益分を差引いても、多額の損失を受けたとみるのが相当である。
その他政春が前記裁決を経たことにより、任意買取に応じた他の関係権利者らに比して利益を受けたことを認めるに足りる証拠はない。
5 してみると、政春は、前記収用裁決及び本件変更処分を受けたことにより、被控訴人に支払うべき清算金額において四四一万二六六二円も増加したうえ、被控訴人の新ビルの引渡遅延により多額の損失を被ったものといわなければならず、結局本件変更処分は、政春が従前資産につき被控訴人の提示補償額を不満として収用裁決を求めたために、著しい経済的損失を与える結果となるもの、すなわち、その概算額が高きに失し、他の関係権利者との間に実質的負担の公平をもたらすものではなく、むしろ当然の権利行使である収用裁決申請の請求をしたことに対し故なき不利益を政春に与えるものといわなければならない。
6 以上のとおりであるから、被控訴人は、関係権利者相互間の実質的負担の公平を計るための本件変更処分をなすについては、すくなくとも前述のような観点から政春の被る損失につき十分配慮して概算額を決定すべきであったのに、ただ政春に取得させる建築施設の部分の価額の概算額の評価基準日を従前資産のそれと同一にすれば足りるとして、概算額を不当に増額したものであって、本件変更処分は、違法といわなければならない。
7 しかも、既に述べたところからすれば、被控訴人の担当者において右概算額の増額により政春が他の関係権利者らに比して顕著な不利益を被ることは容易に認識し得たものとみるのが相当であって、これを看過し本件変更処分をしたことについて過失の責を免れない。
四 《証拠省略》によれば、政春は、本件変更処分の取消訴訟を本件訴訟代理人たる弁護士に委任するにつきその着手金・報酬として一一二万五〇〇〇円の支払を約したことが認められ、本件訴訟の訴額、難易、認容程度等に照らし右金額は相当の範囲内のものとみることができる。
したがって、政春は、被控訴人担当者の過失により違法な本件変更処分を受け、これにより右金員の出捐を余儀なくされたものということができるところ、控訴人ら主張の相続の事実は当事者間に争いがないから、控訴人らが各自右総額の三分の一にあたる三七万五〇〇〇円ずつの損害を被っているものといわなければならない。
五 よって、被控訴人の政春に対する本件変更処分は取消を免れないものであり、被控訴人は控訴人らに対しそれぞれ三七万五〇〇〇円ずつを支払うべき義務がある。
六 以上のとおり、控訴人らの本訴請求はすべて正当として認容すべきところ、これと趣旨を異にする原判決は相当でなく、本件控訴は理由があるから、原判決中原告長谷川政春に関する部分を取消して控訴人らの本訴請求を認容することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法三八六条、九六条、八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 仲西二郎 裁判官 高山晨 大出晃之)
<以下省略>