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大阪高等裁判所 昭和52年(行コ)27号 判決 1979年9月13日

控訴人(被告) 大阪国税局長

被控訴人(原告) 植田寿一

訴訟代理人 坂本由喜子 塩津英雄 外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の提出・援用・認否は、左記の附加をするほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張)

(1)  本件不動産の贈与により、被控訴人が受けた利益の限度を考える場合においては、本件不動産につき昭和四二年五月一二日受付を以て被控訴人のためになされた同年同月一一日附始期付贈与による始期付所有権移転仮登記(以下、本件仮登記という)の存在は、本件不動産の減価事由にはならないと解すべきものである。即ち、もともと、仮登記の存在のみでは、将来において当該仮登記に基づきなされるべき本登記の順位を保全する効力があるだけであつて、本登記の対象となるべき実質的権利関係には何らの変動を及ぼさないのであり、その所有者の当該目的物件に関する使用収益状況にも格別の変化を来さない性質のものである。ところで、現行税法においては、実質的な権利関係に着目して課税することを原則としているから(実質課税の原則)仮登記の状態のままで、未だ実質的権利関係が定着するに至らず、将来において当該仮登記に基づく本登記がなされるか否か未定である間においては、未だ実質的権利関係に変動がないものとして措置することにしているのである(権利確定主義)。そうすると、本件仮登記の存在は、本件不動産の減価事由にはならないというべく、若し然らずして、本件仮登記の存在が本件不動産の減価事由になるものとすれば、他日、本件仮登記に基づく本登記がなされないことが確定したような場合には、被控訴人をして不当に利得させることになるのみならず、もともと、その減価割合を判断するにしても、本件仮登記に基づく本登記が経由された場合の効果や、その他将来の成否未定の諸要素を種々勘案しなければならない関係上、その算定は著しく不確実且つ困難であるから、その点の認定に関し責に任ずべき課税庁たる控訴人としては、事実上、その課税を断念せざるを得ない結果を招来し、他方、被控訴人においては、本件仮登記の存在を利用することにより、事実上、その第二次納税義務を免れ得るという不都合な結果を惹起するのである。そうすると、右のような結果の発生を避けるためにも、本件仮登記の存在によつては、本件不動産の価格は損ぜられないというべきである。

(2)  しかも、本件仮登記に関しては、今後、それに基づく本登記が経由されることのないことが現在において既に確定しているのである。即ち、本件不動産につき昭和四四年一一月二五日受付を以て被控訴人のためになされた本件贈与による所有権移転登記(以下、本件所有権移転登記という)が経由されているところ、本件贈与が、本件仮登記の原因たる始期付贈与(以下、本件始期付贈与という)の履行として、その始期を当初約定の昭和四七年五月一〇日から昭和四四年一一月二〇日に繰上げて、なされたものであるとすれば、本件所有権移転登記がなされたときに、本件仮登記に基づく本登記請求権は消滅したものというべく、また、それが、本件始期付贈与の履行に代え、又はそれと関係なく、新たになされたものであるとすれば、被控訴人においては、本件所有権移転登記手続をなしたことにより、本件仮登記による順位保全効を放棄し、本件仮登記に基づく本登記をなすことを断念したというべきであり、いずれにしても、現在においては、本件仮登記に基づく本登記がなされることはなくなつたといい得るのである。そして、本件贈与に取消事由その他の瑕疵がないことは、当該契約締結後既に一〇年に垂んとしている現在までの間において、これが契約当事者間で、本件贈与に関し何らの異議が述べられていないことによつて、明らかである。なお、若し万一本件贈与が取消されることがあるとすれば、本件始期付贈与と本件贈与とは、山津鉄工が被控訴人に対し本件不動産を贈与するという内容において全く同一なのであるから、これを実質的にみれば、山津鉄工と被控訴人とにおいて、本件始期付贈与を合意解除した上、本件贈与をなしたことになり、本件贈与に伴い、本件始期付贈与は消滅したわけであつて、両者は表裏一体の関係にあつたものというべく、本件贈与が取消されたときは、それと一体化された本件始期付贈与もまた、当然に取消されたことになるといわなければならない。これを要するに、本件贈与及び本件所有権移転登記により、被控訴人においては、本件不動産を仮登記の負担のないものとして取得したといい得るのである。そうすると、本件仮登記は、本件所有権移転登記がなされた際において、その存在の価値が失われたものとして、抹消されるべき筋合であつたといわなければならない。なお、世上一般の不動産取引においても、その目的不動産につき、登記簿上において仮登記が存在していても、それが実質的権利関係を伴わない形式的なものであれば、それを当該不動産の減価要素とは考えないのが実情である。以上によれば、本件仮登記の存在は、被控訴人が本件贈与により受けた利益の限度を判断する場合においては、その減価要素とする必要が全くないといわなければならない。

(3)  なお、本件不動産には、昭和四一年三月二二日受付を以て大阪市信用保証協会のためになされた債権元本極度額金三三〇万円の根抵当権設定登記(以下、本件根抵当権設定登記という)が経由されているが、それは本件仮登記に優先するものである。そうすると、本件不動産を公売処分に付した場合には、本件仮登記に関する請求権は消滅するところ、本件不動産の価格は一五七二万二九一二円であるから、公売処分に付することにより、控訴人認定の七六八万六三〇〇円は優に徴収し得たわけである。なお、根抵当権の存在は、一般に当該根抵当物件の客観的交換価値を減少させるものではなく、被控訴人においては、前記根抵当権の被担保債務につき引受をしていないし、本件贈与は負担付贈与でもないから、本件贈与により被控訴人が受けた利益の限度を考える場合においては、右根抵当権の存在を考慮する必要がないことは勿論である。そして、更に観点を変えて、若し仮に被控訴人において本件贈与を原因として本件仮登記に基づく本登記をなしたとしても(本件の場合、本件仮登記に関する権利の内容に変更が生じたとして、本件仮登記につき変更手続をなし、それに基づく本登記をなすことは可能であつたと考えられる)、その場合、本件仮登記は被控訴人にとつて何ら負担とはならないのであり、控訴人においては被控訴人に対し、本件不動産には何らの負担がないものとして、国税徴収法三九条に基づく第二次納税義務を課し得たわけである。そうすると、贈与の当事者、目的物件、贈与の実質関係において、何らの差異がないにも拘らず、仮登記に基づく所有権移転の本登記をなすか、或は仮登記を利用せずして、別個の所有権移転登記をなすかという登記の形式を違わしめることにより、「受けた利益の限度」の評価に差が出てくるということは、極めて不合理であるから、本件仮登記の存在は、本件受益額の算定につき、斟酌すべき必要はないといわなければならない。

(4)  本件贈与により被控訴人において受けた利益額は、本件贈与が法人によつて行われたため、相続税法二一条の三第一項により、被控訴人に対し贈与税が課されることがない関係上、本件不動産の価格である一五七二万二九一二円から、本件贈与により被控訴人において支出すべき不動産取得税一七万一七五〇円と登記手数料一五万円の合計三二万一七五〇円を控除した一五四〇万一一六二円という計算になる。そうすると、仮に何らかの理由により、本件仮登記の存在が本件不動産の減価要素になるものとせられ、若干の減価をすべきものであるとされた場合においても、本件仮登記に基づく本登記が今後なされないものであること、前記のとおりである以上、その受益額は、少なくとも控訴人認定の七六八万六三〇〇円を下廻ることはないといわなければならない。

(被控訴人の主張)

控訴人の右主張は争う。

仮登記は、それに基づく本登記がなされることにより、仮登記のなされた順位において権利を取得したものとせられるのであり、その結果、仮登記の順位よりも後順位の登記を経由した者の権利は覆滅されることになるわけであり、しかも、一般的に、仮登記が存在すれば、それに基づく本登記がなされる蓋然性は極めて大であるから、仮登記が存在すれば、それに基づく本登記がなされることの確否や、当該仮登記物件に関する使用収益状況の変化の有無等に拘らず、当該不動産の価格を減少させる要素となるべきものであり、世上一般における不動産取引においても、同様に考えられている。なお、根抵当権設定登記が経由されている不動産もまた、根抵当権設定の事実自体により、当該不動産の価格を低下させることは勿論である。

本件仮登記は、始期付贈与を原因としてなされているから、条件付贈与の場合とは異なり、その始期の到来が確実である関係上、それ自体により、本件不動産の減価要素になり得るものである。ところで、本件贈与は、山津鉄工が本件始期付贈与の始期である昭和四七年五月一〇日の到来をまつことなく、その期日前に、これが始期付贈与に基づく被控訴人に対する債務の履行としてなしたものであり、本件贈与により、本件始期付贈与の内容を実現したわけであるが、その際、その当事者間において、本件始期付贈与を合意解除したことはないから、他日、本件贈与が取消された場合においては、本件始期付贈与は、依然として存在価値を有するのであり、従つて、本件仮登記は、現在においてもなお、存在意義を失つていないものといわなければならない。

なお、仮登記の存在が当該仮登記物件の減価要素になるとした場合においては、租税の賦課・徴収上、その手続が多少煩瑣になるかも知れないけれども、それは、現行税制上やむを得ないところであり、若し当該仮登記に基づく本登記がなされないことが他日確定した場合等には、現行税法に規定されている更正ないし修正の手続等を活用すれば、不都合な結果の発生を避け得るから、仮登記の存在を当該不動産の減価要素とすることについて、何ら支障はないといわなければならない。

(証拠関係)<省略>

理由

(一)  次の各事実、即ち、

(1)  本件不動産につき、昭和四二年五月一二日受付で被控訴人のため同年同月一一日付始期付贈与による始期付所有権移転仮登記が経由されていること

(2)  山津鉄工において昭和四四年一一月二〇日に被控訴人に対し、その唯一の所有財産たる本件不動産を贈与し、同年同月二五日にその所有権移転登記を経由したこと

(3)  山津鉄工に関し、昭和四五年二月一二日現在において、法定納期限が昭和三七年一二月一〇日である源泉所得税の加算税一万〇五〇〇円と延滞税一万二五〇〇円、法定納期限が昭和三九年四月三〇日である法人税の加算税四五万三六〇〇円と延滞税六二万一二〇〇円、法定納期限が昭和三八年四月三〇日である法人税の本税二二四万七八〇〇円、加算税八〇万五五〇〇円、及び延滞税として法律所定の金額の各国税の滞納があつたこと

(4)  昭和四五年二月一二日当時、山津鉄工所有の財産は皆無であり、右滞納国税につき滞納処分を執行しても、その徴収は不可能であつたが、これが徴収不足は、本件贈与によつて生じたものであること

(5)  山津鉄工の発行済株式が二〇〇〇株であり、その代表取締役植田栄一、同人の妻の植田光子、右栄一の弟の植田健次、いずれも右栄一の妹婿である原田増次郎と西田勉、及び右光子の父の山本甚平において、それぞれ右株式の内二〇〇株宛を所有し、被控訴人が右栄一の長男であること

(6)  昭和四五年二月一二日当時の本件不動産の価格が一五七二万二九一二円であり、本件贈与により被控訴人において支出すべき金員が不動産取得税・登記手数料・贈与税見込額を合しても八〇三万六五五〇円であること

(7)  控訴人が昭和四五年二月一二日付で被控訴人に対し、山津鉄工の前記滞納国税に関し、国税徴収法三九条所定の第二次納税義務者として七六八万六三〇〇円の限度で納付すべき旨の第二次納税義務納付通知をしたが、被控訴人において、その納付期限の同年三月一二日までに右国税の納付をしなかつたので、控訴人において被控訴人に対し、これが国税を同年同月二八日までに納付すべき旨を催告したが、被控訴人において、その納付をしなかつたこと

(8)  控訴人において、右滞納国税を徴収するため、同年四月九日付で本件不動産を差押えたこと

は、いずれも当事者間に争がない。

(二)  ところで、右争のない事実に、いずれも成立に争のない甲第二及び第三号証、乙第一号証、原審証人植田栄一の証言により、真正に成立したと認められる甲第四号証と、右証人植田の証言、及び弁論の全趣旨を総合すると、

(1)  山津鉄工は、その代表取締役たる植田栄一において主宰し来つたものであつて、いわば同人の個人会社であつたところ、同会社においては、昭和四二年五月一一日に、右栄一の長男にして、その取締役でもあつた被控訴人との間において、本件不動産を被控訴人に対し昭和四七年五月一〇日に贈与する旨の本件始期付贈与契約を締結したこと

(2)  ところが、山津鉄工においては、昭和四四年一一月中旬に倒産し、その事業を廃止する事態になつたので、同会社は、同年同月二〇日に、その直前に同会社の取締役を辞任した被控訴人との間において、本件始期付贈与の始期である昭和四七年五月一〇日の到来を待つことなく、その始期を繰上げ、本件始期付贈与の履行として、即日、本件不動産を被控訴人に贈与する旨の本件贈与契約を締結したこと

(3)  本件不動産には、大坂市信用保証協会のために本件根抵当権設定登記が経由せられているが、その被担保債務額は、本件贈与当時、三〇〇万円ばかりであつたところ、その債務は、予てから逐次順調に弁済され来つていて、本件贈与当時においても、今後その支払が遅滞することは予想されていなかつたのであり、現に昭和五一年四月頃には、右被担保債務は弁済により殆ど存在しなくなつていたこと

をそれぞれ認めることができる。この認定を覆すに足る資料はない(なお、右甲第四号証中には、「山津鉄工は被控訴人に対し、本件不動産を昭和四七年五月一〇日までに贈与する」旨の記載があるが、前記甲第二及び第三号証と、右証人植田の証言とを総合すると、本件始期付贈与の趣旨は前記認定のとおりであると認められるのであり、右甲第四号証の記載は、前記の認定を左右するまでの深い意味を有するものとして記載されたものではないと思料される)。

(三)  そこで考えてみるに、以上の事実関係からすれば、被控訴人は、山津鉄工から受けた本件贈与により、国税徴収法三九条・国税徴収法施行令一四条・一三条一項五号・法人税法二条一〇号・法人税法施行令四条一項一号所定の各要件を充足し得ているから、国税徴収法三九条により、山津鉄工の前記滞納国税につき、被控訴人が本件贈与により受けた利益(以下、本件受益額という)の限度において、第二次納税義務を負担するものといわなければならない。なお、国税徴収法三九条所定の第二次納税義務は、同法条所定の要件が具備されれば、同法条所定の「第三者」において当然に負担すべきものであつて、右法条所定の「滞納者」や「第三者」において、当該規定にいう「処分」を通謀虚偽の意思表示によつてなしたり、または当該「処分」をなすに当り、右「滞納者」の債権者を害する意思を有していたりした場合においてのみ、右「第三者」において負担するものではないと解されるから、被控訴人が右法条により山津鉄工の前記滞納国税につき第二次納税義務を負担するか否かを判断する場合においては、同法条所定の要件を充足しているかを判断すれば足るのであり、山津鉄工や被控訴人が本件贈与に際し、山津鉄工の債権者を害する意思を有していたか否かなどは、何ら判断する必要がないのである。

そこで、次に本件受益額について考えてみよう。本件納付通知当時における本件不動産の価格が一五七二万二九一二円であり、本件贈与により被控訴人において支出すべき不動産取得税・登記手数料・贈与税見込額の合計が八〇三万六五五〇円であることは、当事者間に争がないから、その差額は七六八万六三六二円となり、他に格別な事情がない限り、右差額が本件受益額ということになる。そこで、本件において、本件不動産に関して減価事由となるべき特別な事情があるか否かについて考えてみるに、先ず、本件仮登記の存在が問題となる。ところで、この場合における判断に関し重要なことは、いうまでもないことであるが、具体的な本件の場合に即し、本件仮登記が果して被控訴人との関係において負担となるものであり、本件受益額を判断するにつき、本件不動産の減価事由となるべきものであるか否かを実質的に考えなければならないということであり、一般的に、仮登記が経由されている不動産につき、当該仮登記の存在が当該不動産の減価事由たるべきものであるか否かを抽象的に考察し、その結果を本件の場合に適用して、判断すべきではないということである。そこで、右の観点に立つて考えてみるに、前記認定の事実関係によれば、本件贈与は、本件始期付贈与の始期を繰上げ、その履行としてなされたものであるところ、それによる所有権移転登記は、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記としてではなく、本件仮登記を放置したまま、それとは別個独立の本件所有権移転登記をなしたというのである(なお、本件認定の事実関係からすれば、被控訴人においては、本件仮登記に関する契約内容の一部が変更されたとして、本件仮登記につき変更登記をなした上、本件仮登記に基づく本件贈与による所有権移転の本登記をなすことも可能であつたのである)。ところで、もともと、本件仮登記の権利者は被控訴人であつたのであり、仮登記なるものは、他日それに基づく本登記が経由された場合に、当該本登記が仮登記の順位でなされたとして取扱われるという順位保全の効力を有するのみであるから、本件受益額ということになれば、本件贈与による所有権移転登記が、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記の形式を採つた場合においても、或は本件仮登記を利用しなければならない実益がなかつた関係上、本件仮登記を利用することなく、それを放置したまま、それと別個独立した所有権移転登記をなす形式を採つた場合においても、何ら径庭がないということになる(なお、本件においては、本件仮登記を利用しなければならない必要が何らなかつたこと、前記甲第二及び第三号証によつて、明らかである)。そうすると、本件の場合、被控訴人においては、本件贈与による所有権移転登記をなす形式として、本件仮登記を利用することなく、それと別個独立に本件所有権移転登記をなすという方式を採つたのであり、その結果、本件仮登記が登記簿上に残存するという事態になつたが、本件受益額を考える場合においては、前記の説示に照らし、本件仮登記なるものは、もともと、被控訴人との関係における限り、何ら負担となるべき性質のものではなく、無害なものであつたといわなければならないのであり、従つて、その存在は、本件受益額を判断するに当り、本件不動産の減価事由たり得るものではないといわざるを得ない。

なお、本件仮登記は、右のとおり、その権利者たる被控訴人において利用されることなく、放置されるに至つたものであるが、本件不動産の登記簿上の所有名義人は、本件所有権移転登記により、現に被控訴人となつているから、本件所有権移転登記が存する限り、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記をなすことはできないといわなければならないところ、本件贈与及び本件所有権移転登記につき、無効ないし取消等の瑕疵が存在するとは思料し難いこと、それらがなされて既に一〇年に垂んとする現在に至るまで、山津鉄工ないし被控訴人において、その点に関し何らの主張がなされた形跡が認められないことに照らして、明らかであるといい得るのである。そして、それらの観点からすれば、被控訴人においては、本件所有権移転登記の手続をなすに際し、本件仮登記による順位保全効を放棄し、本件仮登記に基づく本登記をなす意思を喪失して、その手続をなしたものというべく、然りとすれば、本件仮登記は、本件所有権移転登記手続時において、抹消されるべきものであつたのであり、それは、その後、実質的な内容を何ら有しない空虚な存在として、登記簿上に残存しているに過ぎないものというべきである。そうすると、この点からしても、本件仮登記の存在は、本件不動産の減価事由には到底なし得ないものといわなければならない。

また、本件不動産には、本件根抵当権設定登記が経由せられているが、被控訴人において、その被担保債務につき引受をしたわけでもないことは、弁論の全趣旨によつて、明らかであり、前記認定の事実関係からすれば、本件贈与当時、その被担保債務は、その債務者によつて逐次順調に弁済されることが予想されていたのであり、現に、その後、その予想どおり、順調に弁済が続けられて、昭和五一年四月頃には既にその未払債務が殆ど存在しなくなつていたのであるから、これが根抵当権の存在は、本件受益額を判断する場合において、本件不動産の減価事由となす必要はないというべきである。

(四)  以上によると、被控訴人において他に格別の主張・立証をしない以上、本件受益額は前記の七六八万六三六二円ということになり(なお、相続税法二一条の三第一項によれば、被控訴人に対しては、本件贈与による贈与税が課されることはないから、本件贈与による被控訴人の実際の受益額は、右金額をかなり上廻るものである)、控訴人においても、右金額の一〇〇円未満の端数を切捨てた七六八万六三〇〇円を本件受益額として認定しているから、他に格別の主張・立証のない本件においては、右の認定を前提として控訴人においてなした本件納付通知処分及び本件差押処分は、いずれも適法であるというべく、それらの処分を違法視して、その取消を求める被控訴人の本訴請求は失当である。そうすると、右と趣旨を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法三八六条により、原判決を取消した上、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条・八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 坂上弘 野村利夫)

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