大阪高等裁判所 昭和53年(う)299号 判決 1979年1月17日
本籍
韓国慶尚北道高霊郡開津面九谷洞
住居
兵庫県西宮市甲子園口北町一九番一一号
無職
松山こと許権伊
大正一二年七月一四日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五二年五月二五日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。
検察官 福屋憲昭 出席
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人児玉憲夫、同加藤幸則、同佐藤禎連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
論旨は、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認および法令の解釈適用の誤りがある旨主張し、その理由として(一)被告人は、原判示第一ホールを単独で経営していたものではなく、中川良吉と共同で経営していたものである。(二)原判決が第一ホールの昭和四二年分売上高認定の基礎資料とした浪速信用金庫京橋支店における桜井政美ほか一二名の仮名普通預金(松山圭樹名義の当座預金を含む)への入金額中には右売上金以外の金員が混入している。(三)原判決は不当な昭和四二年度の売上額を基準とし同年度の公表率(七二・六九%)により昭和四一年度の売上額を推計しているが、一般的に納税者は毎年継続して同率割合の売上除外を行うとの蓋然性は認められないから、右のような算出方法は合理的な推定計算とはいえない。仮りに同年度の売上金に一部除外が認められるとしても、浪速信用金庫京橋支店の昭和四一年度の仮名預金額四九、二五八、〇〇〇円を限度とすべきである。(四)第一ホール(パチンコ台数四四六台、一ケ月の開店日数二七日)の昭和四一、四二年度の年間売上額をパチンコ機一台当りの平均売上額から積算すると、一日の売上高を一台当り一、五〇〇円の場合には年間売上額二一六、七五六、〇〇〇円となり、同売上高を一台当り一、七〇〇円の場合には年間売上額二四五、六五六、八〇〇円となり、昭和四一年度の仮名預金と公表金額とを合算した二四九、〇〇〇、〇〇〇円とほゞ一致し、前記(三)の主張事実を裏付けるに十分である。(五)被告人は昭和四一、四二年度において金融業を営んでいたものであり、昭和四一年度において木村峯夫、日満興業株式会社に対する貸倒金三四、四一五、一四七円を(株式会社銀座の支払利息二、二一一、七四五円とともに)損失として算定されるべきであり、同四二年度においても進藤のぶゑの一〇、五〇〇、〇〇〇円は貸倒損失として処理すべきである。仮りに被告人の右貸金を雑所得にあたるとしても、昭和四二年当時既に回収不能の状態にあったから、進藤のぶゑに対する天引利息四五〇万円の範囲では、損金として計上すべきであるというのである。そこで記録に徴して以下順次検討することとする。
所論(一)について
原判決挙示の関係各証拠、特に、中川良吉の検察官に対する供述調書および被告人の検察官に対する昭和四五年二月九日付、同月一六日付、同月二四日付各供述調書を総合すると、被告人は、パチンコ店第一ホールを購入し同店を単独で経営するにあたり、昭和三七年ころ、当時使用人であった中川良吉に対し「第一ホールを手伝ってくれないか、あんたの名前を貸して欲しい」と要請し、これを受諾した同人は、同店の名目上の営業名義人となり、被告人の弟である松山圭樹こと許小権とともに現実の営業に関与していたが、その対価として被告人から給料諸手当の支給を受け終始従業員的立場にあったものであり、第一ホールの収益は実質上の経営者である被告人が享受していたものと認められ、叙上の事実関係に徴し、右第一ホール営業に関する実質所得者(所得税法一二条)は被告人であると認めるほかはない。もっとも、原審公判段階において、被告人および原審証人中川良吉、同許小権は、いずれも右第一ホールが所論のような共同経営形態であった旨供述するけれども、これらの供述自体およびその供述相互間には、原判決が「主たる争点についての判断」の項、一の1ないし5において詳細かつ具体的に説示するような曖昧、不自然な箇所があるうえ、重要な部分においてくい違いのあることがその指摘する各証拠上明白であり、これらの事実は前記供述、証言の信用性を否定せざるを得ない合理的理由に該るものと解され、当審における事実調の結果などに徴しても、他に所論の共同経営の事実を認めるに足る的確な証拠は見当らない。
所論(二)について
昭和四二年中において原判決が売上除外金額と認定した七六、七七三、五六二円(所論の仮名預金の入金額合計八二、四九四、二七六円から、公表金額との重複分一、六八〇、〇〇〇円および非売上金(現金)総計四、〇四〇、七一四円を差引いた金額、その算定方法は原判決添付別紙9のとおりである。)以外に所論のような非売上金が混入しているかどうかにつき原判決挙示の関係各証拠、特に、大蔵事務官作成の調査書とその関係証拠物件を調査して対照検討するのに、右仮名預金中、杉田忠名義の普通預金口座に昭和四二年七月三一日に入金されている小切手(他店券)額面金三二万円は、特段の事情のない限り、その性質上パチンコ店の通常の売上金とは認め難いけれども、他に所論のような非売上金混入の事実を認めるに足る的確な証拠は見当らない。もっとも、原審第三〇回公判調書中において原審証人許小権は、<1>弁護人の「個人貸のため第一ホールの売上金を利用したことがあるか」との質問に対し「あります。例えば白川健太郎、福島栄作それに高島という人らです」との供述記載、<2>弁護人の「証人の金を入れたこともあるのか」との質問に対し「勿論私の女房の金も入っています」旨、「それは元帳ではどれか指摘できるか」との質問に対し「津村という名前がありますが、これは女房の預金と思います。私個人の名前もありますが大したことはありません。しかし私は当時何千万という金を動かしていて一千万も儲けたこともあり、それもこの中に入っています」旨各供述記載がそれぞれ存するけれども、右<1>の供述部分は、具体性を欠く曖昧なもので、その貸付の具体的契約内容およびこれに伴う入出金状況は一切不明であり、<2>の供述部分もまた、頗る抽象的で漠然としたもので、右運用に供した金員の入手、調達方法、これが利得金の内訳明細も全く不明であるから、いずれもにわかに措信しがたく、前掲各証拠および当審における事実調の結果に徴すると、前掲売上除外金額についての原判決の事実認定は、前記三二万円(小切手金)の点を除き、すべて正当なものと認めるほかはない。
従って、前記非売上金三二万円(小切手金)を売上金額から控除して昭和四二年度の売上除外金額を算定(第五表のとおり金七六、四五三、五六二円)して同年度における本件所得金額、同税額およびほ脱額を算出すると、その所得金額につき原判示第二の金七八、九五四、七八二円は金七八、六三四、七八二円に、同税額につき同金四九、五六一、八〇〇円は金四九、三二一、八〇〇円に、同ほ脱額につき同金四七、〇一四、一〇〇円は金四六、七七四、六〇〇円にそれぞれ減額修正(第一表修正脱税額計算書〔昭和四二年分〕のとおり)すべきものと認められ、右金額修正の限度において原判決には事実の誤認が存在するけれども、右各金額の誤差は所得金額、同税額およびほ脱額ともに〇・五パーセントにも満たない僅かなものであるから、未だ判決に影響を及ぼすことが明らかなものとは認められない。
所論(三)について
所得税ほ脱罪を構成する所得金額は、原則として当該所得に関する収入、支出の実額によって確定すべきものであるが、右実額を把握するに足る帳簿類などの資料の一部が不備でその実額による収支計算が不能または著しく困難なときは、客観的資料により推計の基礎事実が正確に把握されうる限り、これに基づく合理的方法による推定計算が許容されているものと解されるところ、いまこれを本件についてみるに、原判決が挙示する関係各証拠によると本件公訴事実第一掲記の事業所得(昭和四一年度)につき、その売上金額の内訳明細を直接記帳した資料はなく、金融機関などの反面調査により明らかとなった仮名預金の入金状況を把握する資料もまた不備と認められるから、右売上額の算定に当っては推計によるしか方法はなかったものと認められ、また、原判決が採用した具体的推計方法は、その添付の別紙4の算定表(当審において第三表のとおり一部修正)のとおり実額計算による昭和四二年度の所得金額およびその基礎事実により算出した公表率(公表金額と売上除外金額を加えて総売上額を算定し、右公表金額を総売上額で割った比率)を基に推計するものであるが、(イ)右公表率による推計は、いわゆる本人比率による計算方法であり、被告人自身の同一事業所得について翌年分の実額計算を基礎とするものであるうえ、原判決の挙示する関係各証拠によると第一ホールにおける昭和四一年度と同四二年度の営業状況には格別の変化もなく、その売上実績は両年度ともにおおむね同一程度のものと推認され、証拠資料により算出した各仕入総額(景品購入を含む)も相互にほぼ近似していることが認められ、これらの事実関係を確かめたうえで、右公表率による推計がなされていること、(ロ)右推計の基礎事実である昭和四一年度の公表金額は、仕入先、銀行などの反面調査により収集した客観的資料および、被告人、許小権のほか関係者の確認書などの供述証拠により、昭和四一年中における中川良吉名義の当座預金入金額および景品仕入額とを正確に把握しこれらを合算して計上したものであることがそれぞれ認められ、以上認定の諸事情を考慮すると、前記推定計算は合理的かつ正当なものとして是認することができる。ただ、前認定のように昭和四二年度の総売上額には金三二万円の誤差があり、これに伴い公表率は第三表掲記のとおり〇・七二七七四(原審認定の公表率は〇・七二六九一)と修正すべきものであるから同率による推定計算の結果は、同表記載のとおり、総売上額は金二七四、六五三、一七二円、除外金額は金七四、七七七、〇七二円と認められる。しかして、右総売上額の算定結果が相当で、むしろ「控え目」な被告人にとって有利な金額であることは、客観的資料により確定できる景品仕入額またはこれを含む仕入総額とその原価率による第四表「昭和四一年度売上額算定表(仕入、原価率)」による算定結果に徴してこれを推測するに難くないから、所論は、理由がない。なお、前記公表率修正に伴い昭和四一年度の本件所得金額、同税額およびほ脱額を算定し直すと、その所得金額につき原判示第一の金四六、一一一、〇三二円を金四五、七九七、四二七円に、同税額につき同金二五、七二三、二〇〇円を金二五、五〇三、七五〇円に、同ほ脱額につき、同金二二、九八一、二〇〇円を金二二、七六一、七七〇円にそれぞれ減額修正(第二表「修正脱税額計算書〔昭和四一年分〕」のとおり)すべきものであり、その限度において原判決の事実認定には誤りが認められるけれども、これら金額の誤差はほぼ前同様に僅少なものであるから、未だ判決に影響を及ぼすことが明らかなものとは認められない。
所論(四)について
なるほど、原審第二八回公判調書中、証人益原八千夫の供述部分によると、兵庫県遊技業協同組合役員で被告人と同一業者である同証人は「パチンコ店で利益を計上するにはパチンコ台一台当り金一、二〇〇円ないし一、五〇〇円以上の売上が必要であり、大阪市内で中の上の立地条件にある第一ホールの右一台当りの売上は一、五〇〇円前後と思う」と供述しているこ、とが認められ、原審証人許小権および被告人においても右に一部符合する供述をしているけれども、右の平均売上高は合理的な計数によるものかどうか疑わしいうえ抽象的な一般論に推測事項を混ぜ合わせて第一ホールのパチンコ台一台当りの売上額を述べているに過ぎず、原審証人許小権および被告人の右に添う各供述部分も、一台当りの売上を正確な計数上の裏付けもないまま、抽象的な弁明に終始しているに過ぎないものであり、その精度については頗る疑わしく、昭和四一年度所得の前掲推計計算の結果を左右するに足りないから、この点の所論も採用できない。
所論(五)について
記録を調査検討しても、本件各事業年度ころ被告人が金融業を兼営し、その事業所得を取得していたとの証跡は見当らず、かえって、原判決の挙示する関係各証拠(特に、被告人の検察官に対する昭和四五年二月一二日付供述調書)によると、被告人には貸金業の免許がないうえ、特に、金融を業とするため事務所を設置したり帳簿類を備付けたこともなく、知人などから頼まれた場合、断り切れないで同情して貸していた程度に過ぎず、一定率の利息を徴収するなど金融を反復継続して利潤を追求していた事跡のないことが認められ、その他原判決が「主たる争点についての判断」三の一で指摘する諸事情(前掲各証拠により認められる)にも徴すると、被告人は未だ金融を業としていたものとは認め難く、これが事業所得の損失であるとの前提にたち貸倒金の経費算入を求める所論は採るを得ない。また、進藤のぶゑの大蔵事務官に対する昭和四四年八月二五日付、同年一二月三日付各供述調書および被告人の原審供述(記録一七二三丁、一七二四丁)によると、被告人は、進藤のぶゑに対し昭和四二年六月に五、〇〇〇万円、同年一一月に六〇〇万円を貸付け、翌四三年に入ってからも、屡々右貸金の返済を求めていたがこれが決済がなされないうち、さらに、同年四月に、証書貸付により金二七一万円を貸付けた結果、その元本合計は金五、八七一万円に達したが、進藤のぶゑにおいて、大原山の山林などその所有不動産を他に処分し、その売得金を右弁済に充当すべく、昭和四四年末ころまで被告人との間に決済交渉を重ねていたことが認められるから、本件事業年度である昭和四二年末の時点で、前記貸付金などの全部または一部について回収不能による貸倒れが確定していたものとは未だ認め難く、雑所得による天引利息四五〇万円の限度において損金計上を主張する所論もまた採用できない。
よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 原田修 裁判官 大西一夫 裁判官 龍岡資晃)
〔第一表〕
修正脱税額計算書(昭和42年分)
<省略>
〔第二表〕
修正脱税額計算書(昭和41年分)
<省略>
〔第三表〕
修正算定表昭和41年売上金額(第一ホール)
(42年分)
公表金額<1> 除外金額<2> 総売上額<3>
204,360,479円+76,453,562円=280,814,041円
<省略>
(41年分)
公表金額<4> 総売上額<5>
199,876,100円÷0.72774=274,653,172円
除外金額<6>=<5>-<4>=74,777,072円
〔第四表〕
昭和41年度売上額算定表(仕入、原価率による)
(42年分)
景品仕入(現金)
147,969,000円÷280,814,041円=0.52693
仕入総額
174,772,541円÷280,814,041円=0.62238
(41年分)
景品仕入(現金) 総売上額
149,445,000円÷0.52693=283,614,521
仕入総額
171,948,846円÷0.62238=276,276,303
〔第五表〕
昭和42年売上除外金額の修正算定表(第一ホール)
<省略>
○昭和五二年(う)第二九九号
控訴趣意書
被告人 松山こと
許権伊
右被告人に対する所得税法違反被告事件につき弁護人らは次のとおり控訴の趣意を陳述する。
昭和五三年四月一七日
右被告人弁護人 児玉憲夫
同 加藤幸則
同 佐藤禎代
大阪高等裁判所 第二刑事部 御中
記
控訴の趣旨
原判決を破棄し、被告人に対しさらに減刑した刑をもって処断されんことを求める。
控訴の理由
一、原判決は被告人の昭和四一年度および四二年度分所得につき、過少に分散し虚偽記載をした確定申告(白色)をなし昭和四一年度分につき金二二、九八一、二〇〇円の、昭和四二年度分につき金四七、〇一四、六〇〇円の所得税を免れたと各認定して、被告人に対し懲役一〇月および罰金一七〇〇万円(求刑は懲役一年および罰金二五〇〇万円)の宣告をなした。
二、本件公訴事実に対する争点は被告人が原審で主張した
(一) 第一ホールは被告人の単独経営か、それとも中川良吉との共同経営か
(二) 第一ホールの年間売上額は公訴事実のとおりか
(三) 貸倒金も事業所得の経費として算入すべきか否か
の三点であった。原判決はこれらの諸点につき「主たる争点について判断」の項で(二)の第一ホールの年間売上額については一部被告人の主張を認めてこれを減額したが、(一)(三)については被告人の主張を排斥して公訴事実のとおりの認定をなした。
しかし右(二)の売上額の減額は被告人にとり納得するに足るものでなく、また(一)も事実誤認である。さらに(三)は貸倒金に関する法令の解釈を誤ったものであるので本件控訴申立に及んだ。
三、第一ホールの経営者
原判決はこの点につき出資関係、不動産の所有名義、勤務状況、経営業務の把握、報告、利益分配の状況などを詳しく認定して中川良吉名義による第一ホールの所得申告を否認し、これを被告人に帰属すると断定した。しかし事実は右認定と相違する被告人は、第一ホールは中川良吉と自分が共同で経営しているものであり、持分は確かな取り決めまでしていないが、五分五分であったと主張している。その根拠として、被告人は、昭和三二、三年頃から自分が三〇〇〇万円、中川一〇〇〇万円を共同出資して日本橋商事の名義で梅田北新地にクラブBアンドBを経営していた。被告人らはこれを第三者に五〇〇〇万円で売却し、これと売掛金一三〇〇万円を資金として第一ホールの土地建物を購入してパチンコ店経営をなした。従って中川良吉にも当然経営権が存ずるという。
この第一ホールは昭和四三年一〇月京阪電車に四億七〇〇〇万円で買収されるのであるが、それまでの間被告人は実際の経営にはタッチせず、右中川と許小権にまかせ店にも一年一回位しか出向いていない。実質的には共同出資者として金は出すが経営には一切口を出さないという態度をとっている。そして出資の対価として年間約五〇〇万円を受領していたに過ぎない。
ところで被告人は、国税局に対する質問てん末書ならびに検事調書において、原審公判廷の右供述と異なり、第一ホールは自分が単独で経営していたと述べている。
この相異について被告人は、昭和四三年一一月一四日査察をうけて以来一ケ月のうち半分から二〇日位国税局に呼び出され取調を受けたので精神的に疲労したことと、弟である許小権が出入国管理令違反で在留許可の更新中であったため、同人に罪がおよび本国送還となることをおそれて自分が罪をかぶったと述べている。原審において提出済の質問てん末書の中に未だ提出されないてん末書が相当数引用されていること、また被告人の述べるようにてん末書作成に至らず取調だけの日も多かったであろうことを考えると、国税局の取調が相当執ようになされたことは充分に伺い知ることができる。また、調査開始後五ケ月を経過した昭和四四年三月二八日に至り、被告人が経営者であることを認め、同月三〇日に中川良吉が経営者は自分でなく被告人であると認めていることからすると被告人の右弁解も首肯しうるもので、これが虚偽の自認に至ったことも充分に考えられるところである。
四、第一ホールの売上額について
(一) 昭和四二年分売上額
(1) 原判決は、検察官が第一ホールの売上額につき、昭和四二年度分については第一ホールでの当座入金額(中川良吉名義)五六、三九一、四七九円と景品仕入額一四七、九六九、〇〇〇円の合計である公表金額二〇四、三六〇、四七九円のほかに浪速信用金庫京橋支店における桜井政美ほか一二名の仮空預金(松山圭樹名義の当座を含む)合計額八二、四九四、二七六円の除外(申告洩れ)売上額が存在したとして、その合計額二八六、八五四、七五五円の売上高を主張したのに対し、そのうち公表外売上額から公表売上額に振替となっている合計一六八万円の預金入金額と被告人が売上には関係なく仮名預金に入金された分として立証したもののうち兼城和夫名義の二〇〇万円、福井輝雄名義の五〇万円、山本仁名義の一三〇万円の合計三八〇万円を含めて、四〇四万七一四円(検察官主張の売上除外額八二、四九四、二七六円から前述の当座重複分一六八万円を差引いた金八〇、八一四、二七六円の五%相当額)を差引いた七六、七七三、五六二円を売上額として認定した(原判決添付別紙の参照)。
(2) ところで第一ホールの売上につき、銀行との入出金の交渉をしていたのは許小権であるが(馬場種治の原審第六回公判調書、角田享の同第七回公判調書、阪本重機の同第一〇回公判調書)、同人によると右兼城らの非売上入金の立証はこれで全てではなく、他にも売上に関係のない仮名預金への入金が存するのであり、たとえば白川健太郎、福島栄作、高島らにも個人貸をしたり、また当時何千万という金を動かし一千万も儲けたことがありこの金も第一ホールの仮名預金に入れたと供述している(許小権の第三〇回公判調書)。原判決が、これらの事実は具体性を欠いているとして右兼城ら三名しか仮名預金額から排除しなかったのは不当である。もともと桜井政美ほか一二名の仮名預金は、第一ホールの経理担当者である許小権と浪速信用金庫京橋支店の預金係によって開設されたものであるが、これら当座預金と普通預金の入金額が即売上高であるためには、右入金の中に売上以外のものが一切混入していないことが確定されなければならない。ところで、一般に、預金の預入には他の預金からの振替や当座の現金の必要なことによる出し入れがあるのが通常であり、従ってそのような混入の存しないことが確定しない限り、入金総額をもって直ちに売上と認定することは許されない。
ところで、これら各預金への振り分けを指示したという許小権によると「自らが事業をやるための信用をつけるため」多数の預金口座を持っただけで特段「売上げを隠すためでなかった」と述べている(原審第二〇回公判調書)のであって、そうとすれば非売上金が混入している可能性は大だからである。
(二) 昭和四一年度の売上額と公表率適用の違法不当性
(1) 既述のように原判決が認定した昭和四二年度の売上額については、一部仮名預金を具体的に検討することなく即売上額と認定した不当なものであるが、原判決はこの不当な昭和四二年度売上額を基準として右昭和四二年度の公表率(検察官主張の七一・二四%に対し原判決は七二・六九%とした)をもって昭和四一年度の売上額を推計するという無暴な方法を用いて除外金額を七五、〇九〇、六七七円とし、これと公表金額一九九、八七六、一〇〇円の合計額二七四、九六六、七七七円を売上金額と認定した。(原判決添付別紙4参照)すなわち翌年対比による推計計算によって売上高を算出しているのである。
(2) しかし、一定の条件のもとに推計課税の認められる租税債務確定の行政訴訟ならともかく、租税逋脱事件において、このような推計計算は許されない。この公表率、裏から言えば逋脱率の適用は納税者は毎年同じ割合の脱税を続けるであろうとの前提に立脚するものであるが、はたしてそのような前提が妥当なものであろうか。刑事裁判における事実認定は適法な証拠調手続を経由した資料のみによってこれをなすべきであって、その他の資料によって事実の存否をみだりに臆測することは許されない。税務訴訟においてすら推計の場合には推計が適用されることの妥当性と推計そのものの合理性が必要とされている。まして被告人の人権に直接かかわる刑事事件においては推計は原則として許されず、仮に推計が許されるとしても、何人によってもそれが妥当と認められる合理的範囲内のもので、しかも控え目なものでなければならない(谷口貞「税法違反事件」司法研修所論集一九七四年一号九七頁以下)。納税者は毎年継続して同率割合の売上除外を行うとの蓋然性は到底認められるものではなく、このような公表率によって推計された売上額も到底信用することはできない。原判決は昭和四一年度と同四二年度に営業状態の変動が存しなかったことと、景品仕入額の売上高に対する割合(原価率)をもって右推計の合理性を補強しているが決して納得できるものではない。
殊に、本件の場合売上の推計は直ちに訴因である逋脱税額の多少につながるものである。このような構成要件事実そのものにつながる推計は、「疑わしきは被告人の利益に」との刑事の大原則に反する違法なものである。結局昭和四一年度の本件逋脱額の認定は誤った昭和四二年度の売上額を前提としてさらに誤った推計を加えた真実にも反するのであり違法なものである。
(3) 現に昭和四二年度の公表率を昭和四一年度にあてはめると、同年度は七五、〇九〇、六七七円の売上除外が発見されなければならないのであるが、昭和四二年度に仮空名義の預金で売上除外を行っていた浪速信用金庫京橋支店の昭和四一年度の仮名預金額は、四九、二五八、〇〇〇円にしか達しないのである。(原判決添付別紙7)。昭和四一年度に他の金融機関に隠ぺい預金が存したとの立証がなされない以上仮に除外売上があったとしても右九、二五八、〇〇〇円を限度とすべきであって、右公表率を使用すべきでない。
原判決は、昭和四〇年から同四二年までの各月別の当座預金入金額と仮名普通預金入金額の割合(同別紙5)および昭和四一年と同四二年の六-八月の両預金の日別入金額の対比(同別紙8)、さらには昭和三九年から同四三年にわたる仮名普通預金の設定解約状況(同別紙6)をもって右公表率による推計の合理性を根拠づけているが、原審における馬場種治、尾崎増嗣、角田享、阪本重機、中村英祐らの証言を総合すると被告人もしくは中川、許小権は取引銀行としては浪速信用金庫京橋支店しか使用しておらず、現金は小銭を含めて同金庫に全て入金していた事実があり、他に預金口座を開いた金融機関は考えられない。原判決は営業規模や営業方針に変更なきかぎり同額の売上を挙げるものとして他に未発見の預金口座があったと考えられると判断しているが、むしろ経費支出に当てる当座預金外の預金が減っており他に預金取引がないということは営業規模や営業方針が変更しないのにかかわらず売上高が減少したことを如実に物語っているのであって、具体的証拠も挙げず別途預金を推認するのは証拠に基づく裁判を放棄するものである。
(三) 真実の売上額
第一ホールの昭和四一、四二年の年間売上額をパチンコ機一台当りの平均売上額から積算すると、原判決が認定するような二億七五〇〇万円ないし二億八一〇〇万円には達しない。
被告人らは昭和三七年一月から第一ホールを営業したが、昭和四一、四二年当時、パチンコ台数は四四六台であった兵庫県遊技業共同組合副理事長益原八千夫の証言および被告人の原審での三三回公判供述によると、昭和四二年当時パチンコ一台当り一日平均売上高は一二〇〇円ないし一五〇〇円であった(被告人の昭和四五年二月一六日付検事調書によると一日最低一五〇〇円で、多いときには一七〇〇円ないし一八〇〇円もあったであろうと述べている)。また一ケ月の開店日数は二七日ないし二八日であった(被告人の右検事調書および右公判廷の供述)。
仮に第一ホールの年間売上額をパチンコ機一台当り一日(イ)金一五〇〇円の売上が挙るとして積算すると次のとおり年間売上高は約二億一六〇〇万円となり、一台当り一日(ロ)金一七〇〇円とすると約二億四五〇〇万円となるのであって原判決の認定額との間に六〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円の差が生じるのである。
イ (1500円×446)×27×12=216,756,000
ロ (1700円×446)×27×12=245,656,800
殊に右(ロ)の金額は前述した昭和四一年度の仮名預金と公表金額の合計額二億四九〇〇万円の売上額とほぼ一致するのであって、その真実性が裏付けられるのである。
原判決認定の売上額は到底信用することはできない。
五、貸倒金の経費算入について
(一) 被告人が昭和四一、四二年度に相当数の人に貸金をなし、その中のいくつかが貸倒れになっていることは証拠上明らかである。
原判決はこれら貸付が知人、友人に対する一時的なものであり、貸金業の免許もなく独立の事務所を設けたり帳簿を備えたり広告宣伝を行っていないことを理由にこれを事業所得とみることはできず、雑所得であると認定し、右貸金により生じた被告人の損金を経費として認めなかった。
しかし事業としての貸付であるか否かは免許の存否に関係なく、要は営利の目的をもって反覆継続して、これを行っていたか否か、行う意思があったか否かにかかわるものであると解する。しかるときは、被告人の貸金も免許こそないが、必ずしも友人知人だけでなく(昭和四二年の雑収入のうちクリタ販売(株)ほか四名に対する手形割引料)、しかも担保をとって貸付を行い、他人も被告人が金融業を営むものと認めていたのであるから、金融業として把えることが充分できるのである。現に検察官も(株)銀座に対する関係では受取利息五、六二〇、八二七円に対して支払利息二、二一一、七五四円を経費として認めている。
従って、右貸付金の回収不能は貸倒損失として利得金から控除されねばならない。そうすることが長期的視点から総合的、包括的な課税をしようという事業所得の制度にも合致するのである。
(二) よって被告人の損益収支の計算に当っては昭和四一年度において木村峯夫、日満興業株式会社に対する貸倒金三四、四一五、一四七円を全額損金として算定されるべきであり、同四二年度においても進藤のぶえの一〇、五〇〇、〇〇〇円は貸倒損失として処理されるべきである。原判決は(有)銀座への支払利息二、二一一、七五四円も被告人が損金算入を主張しているとしてこれを否定しているが明らかに誤りである。
(三) 殊に右進藤のぶえの右損失金は仮に百歩譲って被告人の貸金を雑所得として把える場合でも他人物件を自己のものと偽って借入をしており、昭和四二年当時既に回収不能の状態にあったから、同人に対する天引利息四五〇万円の範囲では損金計上されるべきである。
六、情状について
既述のとおり原判決の所得額の認定は、実際より不当に高額であり肯正されるべきであるが、然るときは逋脱高および逋脱率も低下することになる。また被告人には原審での弁護人の弁論に述べたごとく本件を深く反省し、現在までに右逋脱額(所得税本税)および重加算税を支払い、従業員についても所有物件の差押を受けておって清算も間近いばかりか、本事件の発覚と右差押等により事業家の生命を断たれ現在は無為徒食している状態で再犯の可能性も全くない。
よって原判決を破棄され、原判決よりも一層減刑した判決を賜らんことを願うものである。
以上