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大阪高等裁判所 昭和53年(う)74号 判決 1978年6月20日

控訴人 原審弁護人

被告人 川戸健一

弁護人 海藤寿夫

検察官 増田光雄

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人海藤寿夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点について

論旨は、要するに、原判示第一事実について、時速約二〇キロメートルの低速で進行していた先行車両の運転者が窓から手を出し「前に進め」と指示して同車を道路左端に寄せたので、これを追越すため被告人車は道路右側部分に出て進行したものであつて、このような先行車両は道路交通法一七条四項三号にいう「その他の障害」に当たるから、道路の右側部分にはみ出して通行したとしても同法一七条三項の違反とならないのに、同条項に違反するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、道路交通法一七条四項三号にいう「障害」とは、法文上から明らかなように「当該道路の左側部分を通行することができない」こととなるような障害をいうと解するのが相当であるから、進行中の先行車両はこれに含まれず、たとい後続車両に追いつかれた低速の先行車両であつて、その運転者が後続車両に対し「前に進め」と指示した場合であつても、同様というべきである。したがつて、所論はこの点においてすでに失当である。のみならず、原判決挙示の関係証拠、特に原審証人佐々江章、同藤田敏和の各証言、司法巡査作成の実況見分調書(検甲第一四号証)によれば、被告人車は、時速約四〇キロメートルで先行する軽四輪自動車を追越すべく、これに追いついたのち約一五〇メートルにわたつて道路右側部分にはみ出して進行したものであることが認められるほか、被告人の原審公判廷における供述をみても、先行車両は、低速で、運転者が窓から手を出し「前に進め」と指示して自車を道路左側に寄せたと述べる一方、時速三〇キロメートル位で、左の方に避けるように寄つたのでその横をすり抜けたと述べるなど、供述に一貫性が欠けており、信用することができないので、先行車両が低速で進行しており、その運転者が「前に進め」と指示した旨の所論の前提事実もまたこれを認めることができない。なお、付言するに、本件の右側通行は、左側部分の幅員が六メートルに満たない道路(本件道路全体の幅員は六・八メートルであるから、その左側部分の幅員が六メートルに満たないことは証拠上明らかである。)において、先行車両を追越そうとするときに行つたものであるから、道路交通法一七条四項四号の除外事由の有無が一応問題にされなければならないけれども、原判示のとおり、右道路においては、道路標識等によつて追越しのため右側部分にはみ出して通行することが禁止されていたのであるから、右同号もまた適用がないことはもちろんである。してみると、原判決が被告人の所為に対し同法一七条三項を適用したのは、正当であつて、何ら所論のような法令解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

論旨は、要するに、原判示第一事実について、被告人車は低速の先行車両が先に行くように指示して道を譲つてくれたため同車を追越すため道路右側部分に進出して進行したものであつて、その進出部分も僅かであり、何ら危険を伴うものではなく、かつ、巷間多く見られる通行方法に従つたものであるから、可罰的違法性がないのに、原判決が道路交通法一七条三項に違反するとして同法一一九条一項二号の二を適用し、被告人を処断したことは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用を誤つたものである、というのである。

しかしながら、道路交通法一七条三項、四項三号は、右側通行によつて具体的に交通の危険又は妨害が生じたか否かを問うことなく、所定の事由が存在する場合に限り右側通行を許容し、その他の場合の右側通行はこれを禁止し、もつて道路交通の安全と秩序を全体として確保しようとする趣旨の規定であると解されるから、右の禁止に違反する行為は、そのことだけで法の予定する違法性を具備するものというべきである。また、同法一七条四項四号は、左側部分の幅員が六メートルに満たない道路において、他の車両を追越そうとする場合について、反対の方向からの交通を妨げるおそれがないなどの一定の要件のもとに特に右側部分の通行を許容しているけれども、同時に、道路標識等により追越しのため右側部分にはみ出して通行することが禁止されている本件のような道路については、右の通行は一律にこれを禁止する旨を明文で定めているのであるから、交通を妨げるおそれがないという理由で右側通行の違法性がないとの所論は、法に明示された趣旨に反するものというほかはない。したがつて、被告人車の追越しのための右側通行は違法というべきであるから、原判決が被告人の行為を同法一七条三項違反とし、同法一一九条一項二号の二を適用して処断したことは、正当であつて、所論のような法令解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

論旨は、要するに、原判決が判示第二事実の認定資料とした原審証人佐々江章、同藤田敏和の各証言は、いわゆるパトカーを被告人車の後方約二〇メートルに接近させ、そのまま等間隔を保持して約二〇〇メートル追尾し、速度計の指針で約八〇キロメートル毎時を測定したというものであるところ、時速約八〇キロメートルで進行中の車両の安全な車間距離は制動距離に相当する約五〇メートルであつて、僅か二〇メートルの車間距離を保持して追尾した本件パトカーには道路交通法二六条の違反があるから、このような違法行為によつて得られた現認結果を内容とする右各証言を採用し、これを有罪認定に用いた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで検討するのに、原判決挙示の関係証拠、殊に原審証人佐々江章、同藤田敏和の各証言によれば、警察官である佐々江章、同藤田敏和の両名は、原判示の日時場所でパトカーに乗務して交通の取締りに従事中、法定制限速度を超えて進行している疑いの濃い被告人車を認め、所論のように被告人車との間に約二〇メートルの間隔を保持しつつ約二〇〇メートルにわたつてこれを追尾したうえ、その速度を時速八二キロメートルと測定したことが認められる。したがつて、パトカーが被告人車を追尾した際の速度からみて、その間の右車間距離は道路交通法において必要とされる距離を保つたものとはいえず、その意味において、パトカーには道路交通法二六条所定の義務に違反するところがあるといえよう。

ところで、道路交通法三九条、四一条、四一条の二は、緊急自動車及び消防用車両(以下、これらを緊急自動車等という。)に対し、同法上の特定の義務規定を列挙してその適用を除外しているところ、所論は、このことを根拠として、適用を除外されていない規定については、緊急自動車等に対してもその適用があることはもとより、それらの規定に違反する場合に、その違法性は常に阻却されないものと主張する。しかしながら、右各規定が緊急自動車等について特定の義務規定の適用を除外しているのは、それら自動車に課せられた特殊な任務にかんがみ、運転時の具体的事情のいかんを問わず、常に、又は「第二二条の規定に違反する車両等を取締る場合」(四一条二項参照)などの類型的な付加要件のもとに、特定の義務を免除する必要があるとの判断に出た趣旨とみるのが相当であり、所論のように、適用を除外されていない規定に違反する運転については、当然に職務行為としての正当性が失われ、運転時の具体的事情のもとにおける正当な職務行為として刑法三五条による違法性の阻却を認めることをも排除する趣旨を含むものと解すべきではない。すなわち、刑法三五条に基づく違法性阻却の有無の判断は、あくまでも具体的事情のもとでの個別的、具体的な判断であるから、前記道路交通法の適用排除の規定によつて、その外に置かれた行為の違法性阻却が一般的に否定されたものとみるのは妥当でないばかりでなく、道路交通の秩序維持を目的とした道路交通法が、刑事訴訟法その他各般の法令に基づく職務行為についてまで正当性を有する範囲を全面的に画しているものと解するのは相当でないのである。したがつて、車間距離の保持を義務づけた道路交通法二六条に違反する行為についても、刑法三五条の見地から、その違法性阻却の有無をあらためて検討する必要がある。

これを本件についてみると、前記パトカーは、道路交通法三九条一項、四一条一項、二項にいう「緊急自動車」にあたり(同法施行令一三条一項一号)、かつ、同条三項にいう「もつぱら交通の取締りに従事する自動車で総理府令で定めたもの」(道路交通法施行規則六条参照)にあたり、当時交通の取締りに従事中であつて、被告人車の法定速度違反を現認し、違反事実を確認するとともに被告人を検挙すべく追尾したものである。このように高速で進行する車両を追尾してその速度を測定するには、パトカーもこれと等速度で走行するほかないことはもちろんであり、また、その速度に見合う車間距離を保持しようとすれば、車間距離を一定に保つこと自体が困難となり、ひいては違反車の速度を正確に測定することも不可能となつて、取締りの目的を達し得ないことになるのである。しかも、本件の場合、パトカーの警察官らは、道路及び交通の状況に注意を払い、具体的な交通の危険を生じさせないように留意しながら被告人車に追尾し、その速度を測定したのであるから、その行為は正当な職務行為であつて、刑法三五条により、道路交通法二六条違反の違法性は阻却されるものというべきである。

したがつて、本件パトカーには所論のような捜査手続上の違法はなく、右の違法のあることを前提とする論旨は理由がない。

控訴趣意第四点について

論旨は、要するに、原判示第二事実について、被告人は法定最高速度を超え八二キロメートル毎時で走行した事実はないといつて、原判決の事実誤認を主張するのである。

しかしながら、原判決挙示の関係証拠、特に原審証人佐々江章、同藤田敏和の各証言によれば、被告人が原判示のように法定の最高速度六〇キロメートル毎時を超える八二キロメートル毎時の速度で自動車を運転した事実は十分これを肯認することができる。所論は、原審証人佐々江章、同藤田敏和がパトカーの前照灯の照点を被告人車の後部バンバーに当てながら等間隔を保つて被告人車の速度を測定したと証言している点をとらえ、測定中の本件道路部分には三個所にわたりコンクリート製の橋が架けられているばかりでなく、橋と橋との間の道路には撓みがあつて、高速で進行すれば橋と撓みの部分で車両が大きく動揺する状態となつていたのであるから、本件パトカーは右の動揺で等間隔による追尾が不可能であつたはずであり、したがつて等間隔を保つたとする右各証言も、その測定結果も信用できないと主張する。ところが、前掲証人佐々江章、同藤田敏和の各証言及び原審の検証結果によれば、原判示道路には約四六〇メートルの間に所論のように三個所で橋が架けられているが、被告人車の速度を測定した区間である第一の橋を通過後第二の橋を経て第三の橋の手前までにおいて、検証の際には時速約六〇キロメートルで進行してみたところ、車両に特に動揺がなかつたことが認められるから、右の動揺のあることを前提とする所論は採用できず、また、法定最高速度を超えていないとする被告人の原審公判廷における供述は単に自己の平常時における運転速度を根拠とするものであつて措信できない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条によつて本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瓦谷末雄 裁判官 山田敬二郎 裁判官 香城敏麿)

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