大阪高等裁判所 昭和53年(う)996号 判決 1979年1月16日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
ただし、この裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人本田陸士作成の控訴趣意書及び同補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は大阪高等検察庁検察官事務取扱検事丸谷日出男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらをいずれも引用する。
一 控訴趣意一(原判示各犯行の動機に関する事実誤認及び審理不尽の主張)について
論旨は、原判示各犯行の動機について、当時飲酒酩酊していた被告人が、警察官から参議院議員選挙用ポスター毀棄の嫌疑で事情聴取を求められ、かつパトカー数台が生駒郵便局の出入口や付近路上に駐車して被告人が局外に退出するのを待機するという状況の下で、極度の緊張状態に陥った結果、長年勤務しかつ組合活動をしてきた職場をやめさせられるであろうと考えるに至り、この上は同局の管理職員に対し同局の厳しい労務管理につき日頃考えていることを訴えようと思い、管理職員を一か所に集めようとした過程の中で、本件各犯行に及んだものであるのに、原判決が右の動機を積極的に認定することなく、動機として被告人に有利に斟酌すべき事情を発見しがたいなど認定しているのは、原判決に影響を及ぼすことが明らかな審理不尽及び事実の誤認であるというにある。
そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、
1 まず審理不尽の所論についてみるに、記録によれば、原審は検察官請求証拠はもとより、弁護人請求の池上一夫証人の尋問を除くその余の全請求証拠を採用して取調べ、かつ被告人に対しても本件各犯行に対する弁明の機会を十分に与えていること、右池上証人の不採用については、先に検察官請求の証人として同人を尋問した際弁護人が反対尋問をしようとしなかった経過に照らすと、後日弁護人が右証人の供述を弾劾する目的で再度の証人申請をしたのに対し原審がこれを却下したのはやむをえないところであり、かつ同証人を再度尋問していたとしても本件各犯行の動機を解明できたとは思われないこと、更に原審において右動機を明らかにしうる他の特定の証拠を覚知していたような形跡は窺えないことが認められ、右事実によれば原審が本件各犯行の動機を解明するための審理を尽くさなかったものとはいえない。その他記録を調査しても原審の訴訟手続に法令違反の点は見出せない。論旨は理由がない。
2 次に事実誤認の所論についてみるに、記録によれば、被告人は原審公判廷において、酒に酔っていたため本件各犯行の動機については記憶がない旨供述していることが明らかであるから、右動機についてはその余の証拠からこれを推認するほかはないのであるが、証拠によれば、原判示第一の事実中山田孝二に対する庶務会計事務室前廊下における暴行及び右事務室内における午後八時過ぎころの暴行、原判示第二の河原金に対する暴行はいずれも被告人が日頃考えていることを訴えようとした過程で暴行に及んだものとは認めがたいし、また右各暴行及び原判示第五の木森政太郎に対する暴行はいずれも各被害者を一か所に集めようとした過程で暴行に及んだものとは認められないから、被告人の本件各犯行の動機を所論のように被告人が当局の労務管理に対する日頃の考えを訴えるため管理職員を一か所に集めようとした過程の中で本件各犯行に及んだものであると統一的に理解することはできないし、また前記各暴行を除くその余の山田孝二、池上一夫及び塚本弘明に対する各暴行の動機も、本件各犯行の推移やその際の被告人の言動が本件犯行当日の午前中に行なわれた局長折衝の席上で組合側が申し入れた事項に関するものであるように窺われることに照らすと、前記所論のようなものであったか疑問が残るといわなければならない。したがって原判決が、所論の動機を一つの可能性としては認めながらも、結局これを積極的に認定せず、その他動機として被告人に有利に斟酌すべき事情は見当らないと判断したことは正当であり、その他記録を調査しても原判決には事実誤認のかどはない。論旨は理由がない。
二 控訴趣意二(量刑不当の主張)について
論旨は原判決の量刑が重きにすぎると主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は被告人が飲酒酩酊のうえ勤務時間外に勤務先郵便局の局舎内でおりから執務中であった同局管理職員五名を執拗に次々と殴打してまわった事案であり、各被害者に何らの落度もなかったことや河原金の蒙った傷害の程度が重かったことなどをも考慮すると、犯行の態様が悪質であるといわざるをえないこと、本件各犯行の動機として被告人に有利に斟酌すべき事情が見当らないこと、被告人が各被害者に対し十分な謝罪をすることも、また慰藉の措置を講ずることもしておらず、反省の情が乏しかったこと及び原審公判段階での被告人の言動に照らすと、被告人の刑事責任は重大であるといわざるをえないから、五か月弱の間勾留されていたこと、前科がないこと、本件のため懲戒免職処分になったこと及び被告人の家庭の事情などを考慮しても、原判決の時点を基準とするかぎり、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑が不当に重いということはできないが、原判決後、一度請求した再保釈を撤回して本判決言渡までの七か月余の間未決勾留に甘んじ反省の情を示したこと、被告人は各被害者に対し拘置所内から手紙を出して本件各犯行を謝罪し、被告人の妻も各被害者に謝罪してまわったこと、傷害を蒙った河原金に対しては弁護人を介して五〇万円を郵送し慰藉のための誠意をあらわしたこと、原審の公判段階で被告人に対し影響力を及ぼしていたと認むべきいわゆる支援者グループのうちの中心的なメンバーが、当審公判廷において、原審公判廷で喧騒にわたるなどして審理を妨害するなどの振舞に及んだことの非を認め、被告人自身も当審公判廷においては真面目に審理に応じており、これらの事実からも被告人の改悛の情が窺知できることなどの事情を斟酌すると、本件各犯行の被害者が被告人を未だに宥恕していないことなどを考慮してもなお、原判決の刑をそのまま維持するのは相当でないというべきであり、右の限度で論旨は理由がある。
三 よって刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい更に裁判することとし、原判決の認定した事実にその挙示する各法条のほか刑法二五条一項を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀧川春雄 裁判官 吉川寛吾 重吉孝一郎)