大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1602号 判決 1979年11月20日
控訴人
花房よの子
右訴訟代理人
桑島一
被控訴人
上田養豚株式会社
右代表者
清水源一
右訴訟代理人
吉田隆行
主文
1 被控訴人は控訴人に対し、金三九五万〇五六九円及びこれに対する昭和四七年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、第一、二審及び上告審を通じて被控訴人の負担とする。
3 この判決は、仮りに執行することができる。
事実
第一 申立
一 控訴人の求めた裁判
1 被控訴人は控訴人に対し、金三九五万〇五六九円及びこれに対する昭和四七年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え(当審における訴の交換的変更に基づく新請求)。
2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
3 仮執行宣言
二 被控訴人の求めた裁判
1 控訴人の請求を棄却する。
2 訴訟費用は控訴人の負担とする。
第二 主張
控訴人は、当審において本件執行文付与の訴を取下げたうえ、当審における新請求につき、以下のとおり主張した。
(控訴人の請求原因)
1 控訴人は昭和四二年七月八日午後二時頃、京都市左京区北白川法然院道を帝産タクシー株式会社のタクシーに乗車して走行中、訴外株式会社上田養豚(以下、訴外会社という)の従業員井上健二の運転する同会社所有の普通貨物自動車に追突され、腰背部打撲・鞭打症候群等の傷害を受けた。
2 このため控訴人は、当日は第二日赤救急病院で治療を受け、引き続き、同四二年七月一一日から同四三年四月二〇日まで五回にわたつて大津赤十字病院へ通院し、同四二年七月一二日から同年八月二日まで二二日間にわたつて嶋田外科医院に入院し、同四二年八月七日から同年九月一三日まで二一回にわたって京都大学医学部附属病院整形外科へ通院し、同四二年九月一八日から同四三年五月二五日まで四七回にわたつて大阪医科大学附属病院へ通院し、同四三年五月二〇日から同四四年六月一一日まで五四回にわたつて永山医院へ通院し、同四四年六月三〇日から同四七年一一月三〇日まで約一五四回にわたつて細野診療所へ通院し、同四四年五月から同四七年一一月三〇日まで約一九〇回にわたつて山本治療所へ通院してそれぞれ治療を受けた。
3 本件事故によつて控訴人のこうむつた損害は次のとおりである。
(一) 治療費等
(イ) 前記細野診療所(主として漢方薬、鍼灸により治療)及び山本治療所(マツサージ治療)での治療費
五三万四五二〇円
(ロ) 永山医師の指示による低周波医療器具購入費 一万七〇〇〇円
(ハ) 通院交通費(前記各病院及び医院へ通院するのに要したタクシー代、バス代、電車賃)
四万六〇三〇円
(ニ) 家事代替者に対して支払つた賃金(昭和四二年七月一〇日から同四四年一〇月九日までの分)
八九万六〇〇〇円
(二) 逸失利益
控訴人は昭和一九年に嵯峨流華道師範の資格を得て以来、家事万端をみるかたわら、華道教授として月々相当の収入を得、その額は、本件事故当時一か月平均三万五〇〇〇円を超えていたが、本件事故により、昭和四四年一〇月九日までの約二年二か月の間、その収入が全く得られなかつたため、合計八一万四〇〇〇円の収入減となつた。
その後、同四四年一〇月九日付で永山医師によつて症状固定と診断され、災害補償保険一二級一二号の後遺障害の判定がなされたので、控訴人の労働能力は右後遺障害により一四パーント減少したものというべきところ、控訴人の収入は右華道教授と家事労働とをあわせて一か月金五万円は下らないとみるのが相当であるから、右後遺障害が持続したものとみられる昭和四四年一〇月一〇日から三年六か月間の労働能力の喪失による逸失利益(昭和四五年一二月二五日における現価)は二八万三〇一九円である。
以上合計 一〇九万七〇一九円
(三) 慰藉料 一二〇万円
本件事故によつて控訴人の受けた傷害の部位、程度、その治療経過、本件事故の態様、その他諸般の事情をあわせ考えると、本件事故によつて控訴人のこうむつた精神的損害を慰藉すべき慰藉料の額は金一二〇万円が相当である。
(四) 弁護士費用 三六万円
控訴人は控訴代理人に本件訴訟を委任するにあたつて着手金として金五万円を支払い、事件解決の際には報酬として金四五万円を支払う約束をしているが、本件事故によつて生じた損害として賠償さるべき弁護士費用は、そのうち金三六万円とみるのが相当である。
(五) 損害の填補
控訴人は、自賠責保険による後遺障害補償金として金二〇万円を受領し、これを慰藉料の内金に充当した。
4 しかして、訴外会社は自己のために前記普通自動車を運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、控訴人に対して右損害の合計額金三九五万〇五六九円及びこれに対する本件事故の日より後である昭和四七年一一月三〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務を負うものである。
5 しかるところ、被控訴会社は、訴外会社の右債務の支払を免れる意図の下に設立されたものであり、法人格を濫用したものであるから、いわゆる法人格否認の法理により、控訴人は被控訴会社に対しても右損害の賠償を請求することができるものというべきである。被控訴会社が訴外会社の右債務を免れる意図の下に設立され、法人格を濫用したものであることは、次の諸事情からも明らかである。
(一) 訴外会社は、昭和二五年九月二六日、豚の飼育販売等を目的として設立された会社であり、また、被控訴会社は、同四六年三月一日、豚の飼育等を目的として設立された会社である。
(二) 訴外会社は、養豚業を営んでいたところ、昭和四六年二月ごろには経営困難に陥つており、しかも、控訴人から提訴された本件事故による損害の賠償請求訴訟においても早晩敗訴を免れない状況にあつた(同月一六日には第一審の京都地方裁判所が訴外会社に金五三三万五一七〇円の支払を命ずる判決を言い渡している。)。
(三) 右のような状況のもとで、訴外会社の代表取締役であつた上田義雄は、義兄の清水源一に資金の援助を求めたが、訴外会社には控訴人に対する損害賠償債務を含め多額の債務があつたので清水がこれに難色を示したところから、右上田を含む訴外会社の役員らは、右債務の履行を事実上免れる意図のもとに、清水の出捐する資金で新たに別個の会社を設立し、これによつて養豚業を継続することを計画した。
(四) かようにして、清水源一は金一〇〇〇万円を出捐し、他から融資を得るなどして同年三月一日被控訴会社の設立手続を了し、同会社において訴外会社から営業設備一切及び飼育中の豚を無償で譲り受け、かつ、その従業員をそのまま引き続いで訴外会社の従前の事業場において養豚業を営み、訴外会社は有名無実の存在となるにいたつた。なお、被控訴会社が訴外会社の商号「株式会社上田養豚」に類似する「上田養豚株式会社」なる商号を用いたのは、従前訴外会社が有していた取引上の信用等を自己の営業活動に利用するためであつた。
(五) 訴外会社の代表取締役は上田金三郎及び上田義雄、取締役は上田太郎、上田政信及び三谷正行であり、他方、被控訴会社の設立当時における代表取締役は清水源一及び上田太郎、取締役は上田政信及び上田あ子であるところ、上田太郎、上田政信及び上田義雄はいずれも上田金三郎の子であり、上田あ子は上田義雄の妻、清水源一は上田あ子の兄であつて、清水源一には養豚業の経験がなく、被控訴会社の経営は事実上訴外会社の役員であつた者らの手に委ねられている。
6 よつて、控訴人は被控訴会社に対し、前記損害の合計額三九五万〇五六九円及びこれに対する昭和四七年一一月三〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<以下、事実省略>
理由
一控訴人主張の請求原因1の事実については当事者間に争いがなく、右事故について訴外会社が自賠法三条所定の運行供用者責任を負うものであることも被控訴人においてこれを認めて争わないところであり、かつ、<証拠>によれば、同2の事実を認めることができる。
二請求原因3の事実のうち(一)の(ハ)の通院交通費中七八三〇円分及び控訴人が後遺障害一二級一二号の認定を受けたことは当事者間に争いのないところ、<証拠>を総合すれば、請求原因3の(一)、(二)の事実のうち右争いのない事実を除くその余の事実を認めることができる。
三本件事故により控訴人の受けた傷害の部位、程度、その治療の経過、本件事故の態様、その他諸般の事情を考えあわせると、本件事故によつて控訴人のこうむつた精神的損害を慰藉すべき慰藉料の額としては、金一二〇万円が相当である。なお、右金一二〇万円のうち金二〇万円について弁済を受けたことは控訴人の自認するところである。
四<証拠>によれば、控訴人は、本件事故による損害の賠償を請求する訴訟を訴外会社に対して提起する際、弁護士に訴訟委任をして金五万円の着手金を支払うとともに、事件が解決したときの成功報酬として金四五万円を支払うべきことを約したことが認められるけれども、本件事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌すれば、そのうち金三六万円が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。
五そうすると、訴外会社は控訴人に対し、右総計金三九五万〇五六九円及びこれに対する本件事故の日より後である控訴人の主張する昭和四七年一〇月三〇日以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務を負うものというべきところ、請求原因5の(一)及び(五)の役員関係・身分関係については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右5の(二)ないし(四)の事実及び(五)の事実のうち右争いのない事実を除くその余の事実を認めることができるのであつて、右事実関係によれば、被控訴会社は訴外会社の債務の支払を免れる意図の下に設立されたもので、法人格を濫用したものといわざるをえないから、いわゆる法人格否認の法理により、控訴人は被控訴会社に対し、訴外会社に対すると同一の損害賠償請求をなしうるものといわなければならない。
六以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し、本件事故による損害金合計三九五万〇五六九円及びこれに対する昭和四七年一〇月三〇日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるので、控訴人の当審での新請求を全部認容することとし(執行文付与の訴は、当審において取下げられたことにより当初より係属しなかつたものとみなされ、これを棄却した原判決も当然にその効力を失つたものである)、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(唐松寛 藤原弘道 平手勇治)