大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1666号 判決 1980年7月15日
控訴人 尾崎稔
<ほか一名>
右控訴人両名訴訟代理人弁護士 中垣一二三
右同 瀧瀬英昭
右訴訟復代理人弁護士 竹岡富美男
被控訴人 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 北島孝儀
被控訴人 大阪府
右代表者知事 岸昌
右訴訟代理人弁護士 道工隆三
右同 井上隆晴
右同 柳谷晏秀
右同 中本勝
右指定代理人大阪府事務吏員 岡本冨美男
<ほか三名>
主文
一 原判決中被控訴人甲野花子に関する部分を取消す。
二 被控訴人甲野花子は、控訴人等に対し、各金九七八万四六八九円および内金各九一八万四六八九円に対する昭和五〇年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人等の被控訴人大阪府に対する本件控訴を棄却する。
四 控訴人等と被控訴人甲野花子間の訴訟費用は、第一、二審とも、同被控訴人の、控訴人等と被控訴人大阪府間の控訴費用は、控訴人等の各負担とする。
五 この判決は、第二項につき、仮に執行することができる。
事実
一 当事者双方の求めた裁判
1 控訴人等
(一) 原判決中控訴人等敗訴部分を取消す。
(二) 被控訴人等は、各自控訴人等に対し、各金九七八万四六八九円および内金各九一八万四六八九円に対する昭和五〇年三月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人等の負担とする。
(四) 仮執行の宣言。
(控訴人等は、当審において、被控訴人等に対する本訴請求を減縮。)
2 被控訴人等
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は、控訴人等の負担とする。
二 当事者双方の主張および証拠関係
次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表六行目「二才」とあるのを「三才」と訂正。)。
1 主張
(一) 控訴人等
(1) 被控訴人甲野関係
(ⅰ) 被控訴人甲野(以下単に甲野という。)は、本件土佐犬の共同占有者である。
(イ) 甲野は、昭和四四年頃、自分の居住する建物を建築しようとした関係で、原審被告光永一美(以下単に光永という。)と知り合い、右建物の建築費用を安くする、その代り右建物の一部を光永の事務所に貸与するとの約で、同人に右建物の建築関係の遂行を依頼し、右建物の建築後、右約定を履行して、右建物の一部を同人の事務所に貸与した。そして、右両名は、これを契機として右建物(以下本件建物という。)で同棲を始め、内縁関係を結ぶに至った。
右事実から明らかなとおり、光永が右建物で本件土佐犬を含む闘犬を飼育すること(以下本件飼育という。)と、甲野が負担すべき右建物の建築費とは相関関係に立ち、甲野は、右時点で、既に間接的にせよ闘犬を飼育することによって利益を得る関係にあった。
しかして、光永が闘犬を飼育したのは、単なる趣味からではなく、右飼育によって利益をあげ得るからである。即ち、闘犬の経済価値は、極めて大きく(ちなみに、本件土佐犬の価格は金二〇〇万円である。)、光永は、飼育した闘犬を闘犬大会に出場させ、勝利を得てその価値を高め、順次これを売却して利益を得ていた。
甲野も、光永の右の如き利殖の目的を十分承知していた。だからこそ、甲野は、後述のとおり、闘犬の飼育に協力していたのである。
結局、右両名は、本件建物において、甲野が場所の提供および飼育を担当し、光永が飼育販売するという形態で、共同のうえ、本件飼育に従事していたものである。
(ロ) 甲野が本件飼育に関与する度合は高く、次に述べる、右飼育の場所、頭数、時間が同人の生活において占める割合からすれば、同人が右飼育に対して補助的立場にあったとは、到底首肯し得ない。
(a) 本件建物一階は二室から成るが、内一室が炊事場、後の一室が本件飼育場所、となっていた。
(b) 昭和四四年四月以降本件事故が発生した昭和五〇年三月二二日までの約六年間、本件建物内において、その頭数に多少の変動があるにせよ、常時、約一〇匹前後の闘犬が、飼育されていた。
(c) 甲野は、本件飼育における食事調理の殆ど全てを担当し、光永不在の間(同人は、少くとも一カ月の内約一五日不在であり、仕事の関係から一カ月の全部を不在にすることもあった。)は、右飼育に必要な全て(飼育犬の食事、散歩、飼育場所の清掃)を担当した。
特に、甲野は、光永と前述のとおり同棲生活を送っていたものの、その金銭面は、所謂ギブアンドテイクの関係に立ち、当時光永から、一カ月当り、本件飼育場所の使用料および小米代、子供(光永の子)の世話料の合計金三万円を受取っていた。
(ハ) 闘犬の飼育が極めて営利性の高いものであること、本件もその例に洩れないこと、は前叙のとおりであるが、その営利的傾向は、近時特に顕著になっている。
民法七一八条は、当初、本件を含め、右の如き営利性を持つ動物飼育の欠陥から生じた事故を予定していなかったし、ただ危険責任の観点のみから理解されて来た。
しかしながら、右の如き近時の傾向に鑑み、本件の如く営利性を持つ動物飼育の欠陥から生じた事故に対して右法条を適用する場合には、危険責任の観点に所謂報償責任の観点をも加味し、その責任主体の有無を判断すべきである。つまり、右法条の責任主体である占有者ないし保管者の認定には、本来的意味での動物に対する支配力という点、とその者が客観的にその動物の存在によって、如何なる内容の如何なる程度の利益を得ているかという点とに留意し、右二要件が肯認されれば、その者を右法条の責任主体と認定すべきである。
これを本件に即し、甲野についてみると、同人は、前述の如く本件飼育に深く関与しているから前者の要件を具備しているし、後者の要件についても、前述の如き本件建物建築のいきさつ、同人が光永から本件飼育場所の使用料を受取っていること、同人自身が光永の闘犬売却により生活上の利益を得ていること等から、その存在を認めるに十分である。
かくして、本件において、甲野は、光永とならんで、右法条上の責任主体である占有者である、というべきである。
(ⅱ) 控訴人等は、予備的に、次の主張をする。
(イ) 甲野には、民法七〇九条に基づき、本件事故に対する責任がある。
(a) 本件飼育の場所、頭数、時間等が、甲野の生活において占める割合は、前述のとおりである。
(b) 本件飼育によって発生した事故は、原判決添付一覧表記載の分だけでも一〇件におよび、甲野は、その都度被害者から抗議ないし管轄保健所からの注意を受け、その間管轄警察署所属の警察官から一度警告を受けている。
(c) 本件飼育において、飼育される土佐犬が成犬となった場合、当該土佐犬の体格の大きさ、強さは、他の犬と比較にならず、逆にそのような土佐犬が人畜に対して危害を加える可能性は大きく、そのため、その成犬を訓練するには、訓練者自身一定の体力と技術を必要とする。
甲野は、右事実を、自ら本件飼育により、又、右の如き事故の都度抗議ないし注意警告を受けることによって、十分承知していた。
(d) 以上の事実を総合すると、甲野は、少くとも光永不在の間は、予め光永又は第三者をして、本件飼育場所にある犬舎に施錠装置を造らせる等して、飼育にかかる闘犬が他に危害をおよぼさないようその管理に十分なる注意をすべきであった。
しかるに、甲野は、右注意を尽さず、本件事故直前本件土佐犬が入っていた犬舎に施錠等せず、ただ、これにベニヤ板一枚を立て掛けて置いただけにして置いたため、飲酒のうえ足元も定かでなかった訴外黒田石男が、容易に右土佐犬を外に連れ出し、本件事故を惹起したのである。
(ロ) 甲野は、本件において、民法七一七条所定の工作物の占有者に該当するから、同人には、右法条に基づき、本件事故に対する責任がある。
(a) 本件土佐犬が入っていた犬舎は、甲野所有の本件建物に接し、かつ、同人所有の私道上に設置されていた。したがって、右犬舎は、右法条所定の工作物に該当する。
しかして、甲野が、前述の如く、光永不在の間本件飼育に従事していたことからすれば(光永の子は年少であるから本件飼育に従事することは殆どできない。)、甲野が、人体に危害を加える右犬舎を占有していたといえる。
(b) 右犬舎は、前述の如く施錠設備を有していなかった。
右事実は、右犬舎の瑕疵に該当する。
(c) 甲野は、犬舎の維持管理上容易に右犬舎に施錠装置をするよう気付いて、これを光永に注意して当該設備をさせるべきであった。しかるに、甲野が、これをしなかったため、前述のとおり、黒田が、本件土佐犬を容易に連出し、本件事故を惹起した。
(2) 被控訴人大阪府関係
本件事故は起るべくして起きたものであり、右事故が発生したのは、管轄警察署の警察官に過失があったからである。右警察官には、甲野の本件飼育を排除する考えが殆どなかった。
(二) 被控訴人等
(1) 被控訴人甲野
控訴人等の主張事実中甲野が時折本件飼育にかかる土佐犬に食事を与えていた点は認めるが、その余の主張事実は全て否認。
甲野は、光永の財に頼ることなく、独立して生計を営んでいた。即ち、甲野は息子からの仕送りと家賃とで不自由ない生活をしていたものである。
本件飼育についていえば、甲野は、あくまでも光永の占有補助者に過ぎないのであり、甲野にまで本件事故の責任を拡張しようとする控訴人等の主張は、全て失当である。
(2) 被控訴人大阪府
控訴人の主張事実は全て否認。
本件管轄警察署担当者は、警察官として採り得る範囲内で、最大限の努力をし、その範囲内で可能な措置を全て採った。したがって、被控訴人大阪府は、いかなる点からしても、本件責任を負うものでない。
2 証拠関係《省略》
理由
一 次に付加するほかは、原判決の理由説示と同じであるからこれを引用する(ただし、原審被告光永に対する請求に関し判断した部分を除く。)。
二 被控訴人甲野に対する請求について
1 責任原因について
(一) 控訴人等の、甲野も、光永とならぶ、本件土佐犬の占有(共同占有)者であるとの主張について
(1)(ⅰ) 控訴人等の主張事実中甲野が時折本件飼育にかかる土佐犬に食事を与えていたこと、は当事者間に争いがない。
(ⅱ) 確に、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。
(イ) 甲野は、昭和四四年頃、古い建物を取壊しその跡に本件建物を新築しようとしたが、その関係から、光永と知り合い、右建物の建築費用を安くする、その代り右建物の一部を光永の事務所に貸与するとの約で、同人に、右建物の建築関係の遂行を依頼し、右建物が完成した同年四月頃、右約にしたがい、右建物一階一室を光永の事務所に貸与した。
そして、右両名は、これを契機として、同年六月頃から、本件建物で同棲を始め、内縁関係を結ぶに至った。
(ロ) 本件建物の一階は二室から成り、その内一室は、前叙のとおり光永の事務所として使用され、他の一室は、炊事場であった。
(ハ) 光永は、甲野と同棲生活を始めた後、右事務所で、土佐犬の飼育を始めたが(その時期については後示認定のとおり。)その後その飼育頭数を漸次増加させ、昭和四九年六月当時には、本件建物前路上に犬舎四個を置き、その中で成犬の土佐犬を、右事務所内で、その小犬四匹位を、各飼育し、本件事故が発生した昭和五〇年三月二二日当時は、右路上に犬舎一〇個(路上分六個、その上に重ねて四個。)を置き、その中で土佐犬(本件土佐犬は、右犬舎の内一番大きい犬舎で飼育されていた。)を飼育していた。
そして、光永が飼育していた、右土佐犬は、いずれも闘犬用のものであった。
(ⅲ)(イ) しかしながら、控訴人等の当該主張事実中右認定事実以外の事実は、これを認めるに至らない。
蓋し、前掲《証拠省略》では、未だ、右主張事実を認めるに足りないし、他にこれを認めるに足りる証拠がない、からである。
なお、当審証人藤岡廣子の、光永が本件事故に至るまでの間建築関係の仕事のため長く留守にすることもあり長い時には一カ月位留守にすることもあった旨の供述部分は、《証拠省略》と対比して、にわかに信用することができない。
又、甲野の前叙供述中、同人は光永から事務所使用料と子供(光永の子)の世話代として一カ月金三万円を受取っていた旨の部分は、《証拠省略》と対比して、にわかに信用することができない。
(ロ) かえって、《証拠省略》によれば、光永が前叙土佐犬の飼育を始めた時期(昭和四五年頃)、その動機、飼育犬の所有関係、本件飼育およびその管理の内容、その主体、甲野の右飼育に対する態度、同人の本件飼育への関与の程度、就中同人の本件土佐犬に対する飼育管理の程度も他の飼育犬と同じであった点等原判決認定(同判決一三枚目裏一行目「被告光永は、」から同二行目「飼いはじめ、」まで、同四行目「これらの」から同一四枚目表五行目「のである。」まで。)の各事実が認められるから、これを引用する。
そして、《証拠省略》を総合すると、甲野は、本件事故当時、本件飼育に関し、本件犬舎を含め個々の犬舎の状況就中その扉の施錠装置の設置やその補強の要否、効果等についても、光永のなすがままにしていたこと、が認められる。
右認定に反する、《証拠省略》は、にわかに信用することができない(ただし、甲野が光永不在の間管轄警察署警察官や管轄保健所担当係員が行なった本件飼育管理に関する調査に際し右警察官や担当係員に直接応答したこと、その応答の内容等については、後記認定のとおり。)。
右認定事実に照らしても、控訴人等の前叙主張事実は、これを認めるに至らない。
(2) 叙上の認定からして、控訴人等の、甲野も、光永とならぶ、本件土佐犬の占有(共同占有)者であるとの主張は、その根拠事実の全部を認めることができないから、未だ、これを肯認するに至らず、かえって、前叙認定にかかる、甲野と光永の、本件土佐犬の飼育その管理における役割、甲野のそれに対する関与度等に基づくと、甲野は、光永との身分関係にもかかわらず、本件土佐犬の占有に関しては、未だ、光永の占有補助者の域にあった、というのが相当である。
しからば、甲野は、本件事故につき、民法七一八条に基づく責任を負わない、というべきである。
(二) 控訴人等の予備的主張中、甲野は民法七〇九条に基づき本件事故に対する責任を負うとの主張について
(1) 甲野は前叙認定説示のとおり本件土佐犬の占有補助者であるところ、右土佐犬を事実上保管するについて同人に過失があった場合には、同人は、民法七〇九条に基づく本件責任を免れ得ない、と解するのが相当である。
そこで、甲野の右過失の有無について判断する。
(一) 甲野が光永と内縁関係を結ぶに至った経緯とその時期、本件建物一階の構造、光永が右建物内で土佐犬を飼育するようになった時期、右飼育頭数が年順に増加した点、特に本件事故当時における右飼育頭数とその飼育管理の状況、甲野が右飼育を容認し右飼育管理に関与していた点、その関与の程度等は、前叙認定のとおりである。
(二)(1) 《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。
(ⅰ) 訴外尾形光世(当時一八才)は、昭和四五年七月八日午後二時頃、本件建物前路上において、右建物前路上の犬舎にいた土佐犬から、その左足太股付根を咬まれ、通院約一週間の傷害を受けた。
訴外上谷幸一は、昭和四八年八月二二日午後七時頃、本件建物前路上において、右建物前路上の犬舎にいた土佐犬から、右太股の着衣を咬まれ、右部分が破損した。右土佐犬は右犬舎から突如飛び出して来て、同人に咬みついたものである。
本件飼育にかかる土佐犬の一部は、昭和四五年七月八日から昭和四九年三月一四日までの間、右認定の事故を含め少くとも前後一〇回にわたり、近所の人やその飼犬に咬みつき、人身やその着衣に損傷を与え、その飼犬を死傷させた。
(ⅱ) 甲野は、前叙尾形光世が受傷した後、同人宅に赴き、同人の父尾形光敏に右事故につき陳謝し、その後、昭和四九年二月一八日、附近住民からの届出により調査に来宅した管轄警察署(西成警察署)所属の警察官および管轄保健所(西成保健所)の担当係員に対し、飼育犬保管の落度(当該土佐犬を犬舎内の鎖でつなぎ右犬舎の扉を留め金で留めるのを忘れたこと。)を認め、同年五月二九日、同じく調査のため来宅した右保健所担当係員から、土佐犬の飼育管理上の注意を受けた。
(ⅲ)(イ) 本件飼育にかかる土佐犬が全て闘犬用のものであること、は前叙認定のとおりであるが、右土佐犬の成犬の体格や体力は、通常の飼犬とは比較にならない程、大きく、かつ強く、その性格も獰猛であるから、土佐犬の成犬を訓練するには、訓練者自身一定の体力と技術を要する。したがって、成人であっても、右の如く要求される体力と技術がなく、しかも、当該土佐犬と親しんでいない場合に、右土佐犬に接近しこれに触れることは、極めて危険である。
(ロ) 本件土佐犬が雄で本件事故当時三才で体重五〇キログラムあり(この事実は当事者間に争いがない。)、
右土佐犬は、当時、ともに本件建物前路上の犬舎で飼育されていた他の土佐犬成犬に比較して一廻り大きい体格を有し、したがって、収容されていた犬舎(以下本件犬舎という。)も、右犬舎中で一番大きく、道路に面して横一・四四メートル、高さ一・二メートル、縦(奥行)二メートルあり、道路に面した部分が鉄製檻で、同所に縦一・二メートル、横一メートルの扉が付けられていた。
しかして、本件事故直前、右扉には、一個所に簡単な差込錠一個が付されていたに過ぎず、右犬舎全体に、ベニヤ板一枚が立て掛けてあったものの、その開扉は、容易であった。
加えるに、本件土佐犬は、本件事故当日、翌日の闘犬大会に出場するため特別に訓練を受けて興奮しやすい状態にあった。
なお、右犬舎があった、本件建物前路上の通行人量は、可成り多かった。
(ⅳ) 甲野は、黒田石男と本件事故前の昭和五〇年三月一九日夕刻自宅で初めて会ったのであるが、本件事故に至るまでの間、黒田が本件事故の前日である二一日午後六時過頃光永とともに本件土佐犬を散歩に連れ出したこと、黒田が本件事故当日の二二日午前六時頃光永や甲野が未だ就寝している間に無断で本件飼育土佐犬の内「アカ」を散歩に連れ出し、その後起床した光永の指示で同土佐犬「横綱」を散歩に連れ出したこと、を知っていた。即ち、甲野は、右二一日午後六時過頃、本件土佐犬の散歩に際し、黒田と右土佐犬につける追い綱の授受をし、その後光永の指示で同人に酒を与え、翌朝(本件事故当日)には、光永と居合せ、散歩から帰った黒田に、ねぎらいの言葉をかけている。
しかして、甲野は、本件事故直前、本件犬舎の状況、就中その開扉の難易に対して、別段配慮することもなく、前叙認定の状態で、所用のため外出し、本件事故当時、光永ともども、本件建物には不在であった。
(ⅴ) 黒田石男は、本件事故直前、約二合の酒を飲み酔が廻っていたが、本件犬舎の扉を容易に開け、本件土佐犬を連れ出し、本件事故を惹起した。
(2) 右認定に反する、《証拠省略》は、前掲各証拠と対比して、にわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠がない。
(3) 叙上の認定にかかる各事実を総合すると、甲野は、本件土佐犬を事実上保管する者として、光永不在の間でかつ少くとも自分が所用のため外出しその間本件建物を不在にするに際しては、犬舎の状況少くともその開扉の難易に注意し、前叙認定の諸事情に鑑みるとき、既に施してあった差込錠一個では未だ安全とはいえないから、右錠に加えて右扉を針金で緊縛する等通常の方法では容易に開扉できないよう安全措置を完うし、もって、本件土佐犬が右犬舎の開扉に伴い第三者に与える損害の発生を未然に防止すべきであったのに、本件事故前、右注意を尽さず、ただ右犬舎の扉を一個の差込錠で留めたままの状態で、漫然所用のため外出した過失により、黒田の右犬舎の開扉に起因する前叙行為を、ひいては本件事故を、発生せしめた、と解するのが相当である。
しからば、甲野には、本件土佐犬を事実上保管するについて過失があった、したがって、同人は、民法七〇九条に基づき、本件事故に対する責任を負う、というべきである。
被控訴人甲野は、本件事故は甲野不在の間に黒田が勝手に本件犬舎から本件土佐犬を連れ出したため発生したものであり、甲野にとっては予見不可能な防ぎようのない事故であった旨主張する。
しかしながら、前叙認定にかかる、甲野と光永の身分関係、その生活歴、本件飼育に関する光永の態度、甲野と黒田の初対面の時期、黒田の本件飼育土佐犬に対する態度、就中本件事故前日の二一日夕刻から本件事故当日の早朝にかけ三度も本件土佐犬や他の土佐犬を散歩に連れ出し(特に本件事故当日早朝一回目は無断。)ている点、甲野も黒田の右行動を知悉していた点等を総合すると、甲野は、光永が本件土佐犬を前叙闘犬大会へ出す積りであること、それに備えて黒田が頻繁に本件土佐犬をはじめ他の土佐犬を散歩に連れ出すこと、それは闘犬大会終了まで続くこと、を知っていた、と推認でき、右認定にかかる、主観的事情と上来認定して来た客観的事情とを総合すると、甲野において同人の不在中黒田が再び来宅して本件犬舎の扉を開け本件土佐犬を連れ出すのを予見し得た、と認めるのが相当である。
右説示に反する、被控訴人甲野の右主張は理由がなく、採用できない。
なお、本件において、甲野と本件土佐犬の占有者として民法七一八条に基づき本件事故に対する責任を負う光永とは共同不法行為者の関係に立つと解するのが相当であるから、甲野は、光永と連帯して、控訴人等の本件損害を賠償する責任がある、というべきである。
(2) 控訴人等の予備的主張は、右認定説示の点で理由がある。
2 控訴人等の本件損害について
控訴人等の本件損害については、原判決認定(同判決二二枚目表四行目「1歩の逸失利益」から同二三枚目裏六行目「相当と認める。」まで。)のとおりであるから、同判決が右認定のため挙示した証拠とともにこれを引用する。
なお、控訴人等は、当審において、甲野に対する本訴請求を、右認定額の限度に減縮したから、原審における当該請求中右減縮部分は当然に訴訟係属を失った。
3 叙上の認定説示に基づくと、甲野は、原審被告光永と連帯して、控訴人等に対し、本件損害の総額各金九七八万四六八九円およびその内弁護士費用相当分各金六〇万円を除く各金九一八万四六八九円に対する本件事故の当日であることが当事者間に争いのない昭和五〇年三月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金を支払う義務がある、というべきである。
三 被控訴人大阪府に対する請求について
1 控訴人等は、本件事故は起るべくして起きたものであり、右事故が発生したのは管轄警察署の警察官に過失があったからである旨主張する。
しかしながら、右主張事実は、これを認めるに足りる証拠がない。
かえって、控訴人等の主張する警察官に、本件事故を含め、原審被告や甲野の土佐犬による咬傷事故の危険を防止するため採るべき措置を採らなかった不作為義務違反があるといえないこと、は原判決認定説示(同判決一九枚目裏四行目「(一)警察官に」から同二一枚目裏一一行目「ない。」まで。)のとおりであるから、同判決が右認定説示のため挙示した証拠とともに、これを引用する。
右認定説示に照らしても、控訴人等の右主張事実はこれを肯認することができない。
2 しからば、控訴人等の被控訴人大阪府に対する本訴各請求は、爾余の主張事実の当否につき判断を加えるまでもなく、右認定説示の点で、既に理由がない。
四 以上の次第で、控訴人等の本訴各請求中被控訴人甲野に対する部分は全部理由があるからこれを認容し、被控訴人大阪府に対する部分は全部理由がないからこれを棄却すべきである。
しからば、これと結論を一部異にし、控訴人等の被控訴人甲野に対する本訴各請求を、被控訴人大阪府に対する本訴各請求とともに棄却した原判決は、一部失当であって、その限りで取消を免れ得ず、したがって、控訴人等の本件各控訴中被控訴人甲野に対する分は全て理由があるからこれを認容し、被控訴人大阪府に対する分は全て理由がないからこれを棄却すべきである。
よって、原判決中被控訴人甲野に関する部分を取消して、被控訴人甲野に対し主文二項掲記のとおりの金員の支払いを命じ、控訴人等の被控訴人大阪府に対する本件控訴を棄却し、控訴人等と被控訴人甲野間の訴訟費用、控訴人等と被控訴人大阪府間の控訴費用、の各負担につき、民訴法八九条、九五条、九六条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 鳥飼英助 裁判官岩川清は差支えのため署名捺印することができない。裁判長裁判官 大野千里)