大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1709号 判決 1979年4月27日
控訴人 吉田勲
右訴訟代理人弁護士 松浦武
同 畑村悦雄
同 岡野良治
被控訴人 株式会社近畿相互銀行
右代表者代表取締役 菊久池博
右訴訟代理人弁護士 松永二夫
同 宅島康二
被控訴人 株式会社三和銀行
右代表者代表取締役 赤司俊雄
右訴訟代理人弁護士 久保井一匡
同 福原哲晃
同 森信静治
被控訴人 株式会社百五銀行
右代表者代表取締役 金丸吉生
右訴訟代理人弁護士 坪井俊輔
同 本庄修
被控訴人 三重県信用農業協同組合連合会
右代表者理事 山羽幸助
右訴訟代理人弁護士 吉住慶之助
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは控訴人に対して連帯して二五〇万円及びこれに対する昭和三八年二月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。被控訴人株式会社近畿相互銀行、同株式会社三和銀行、同株式会社百五銀行は控訴人に対し連帯して五〇〇万円及びこれに対する昭和三八年二月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言、被控訴人ら代理人は主文同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
1 控訴人は、請求の原因1(原判決二枚目裏九行目から同三枚目裏二行目まで)記載の第一ないし第三手形(以下本件手形という。)を被控訴人近畿相互に取立委任した昭和三八年一月二八日の直前に本件手形の振出日を「昭和三七年九月一日」と補充したものであって、原判決はこの点の事実の認定を誤っている。
2 仮に、控訴人が本件手形の振出日を補充することなく被控訴人近畿相互に取立委任をしたとしても、被控訴人らは、善良な管理者の注意義務を負う者として、受任の際控訴人に対し本件手形の振出日の補充を促すか、自らこれを補充すべき義務があったのに、これを怠った。被控訴人らにこのような注意義務を負わせても過大な負担を課することにはならない。すなわち
(一) 控訴人からの直接の受任者である被控訴人近畿相互は、受任時に控訴人に対し本件手形の振出日が白地であるとの指摘をしておらず、取立委任を受けた銀行は手形の白地補充をする義務を負わないとも説明していない。控訴人に代金取立手形通帳を交付した際にも補充義務を負わない等の説明をしていない。右代金取立手形通帳にもそのような趣旨の記載はない。同被控訴人は、その他の機会にも文書又は口頭で銀行は手形の白地補充義務を負わない等の説明・指摘をしていない。したがって被控訴人近畿相互ひいてはその余の被控訴人らは控訴人から本件手形の適法な呈示・取立を受任したというべく、白地補充義務を負うというべきである。
白地手形による支払のための呈示は、不適法で、裏書人らに対する遡求権を保全する効力がないことは為替取引の専門家である被控訴人ら銀行の熟知するところで、銀行が取立委任を受けた白地手形の補充義務を負わないとすると、銀行は単に手形を支払人に示すことを受任したにすぎないこととなって、委任者である控訴人には到底承服しえない。
(二) 被控訴人近畿相互は無償で本件手形の取立委任を受けたのではない。同被控訴人が控訴人に交付した前記代金取立手形通帳の規定第六項には、「取立に要する手数料・返送料その他の費用は当行の定めるところによって頂きます。」との記載があり、控訴人は同被控訴人の従業員から手数料はのちに徴収する旨の説明を受けている。仮に被控訴人らが控訴人から本件手形の取立手数料等を得ていないとしても、被控訴人ら銀行が委任を受けて手形の取立をした場合には取立代金は通常取立銀行の委任者の預金口座に振込まれ、最終的には銀行の貸付資金となるのであるから、巨視的にみれば銀行の取立業務は見返りのない無償の役務というべきものではない。
そして、委任契約が有償であるか否かによって受任者の注意義務の程度が異るとする法文はなく、銀行の手形取立業務が前記の如き実質のものである以上、被控訴人らの受任者としての注意義務が軽減されるいわれはない。確定日払いの手形の振出日の補充は満期前の年月日を記入すれば足りる裁量の余地のない軽易な事務であるから、少なくとも被控訴人らの本件手形の白地補充義務が免除されるものではない。
(三) 前記代金取立手形通帳の規定第三項には、「特別の申出のない限り取立手形の引受又は支払拒絶証書の作成その他権利保全の手続はいたしませんからこれによって生じた損害については当行は一切その責を負いません。」との記載があるが、これは被控訴人近畿相互に取立委任を受けた手形を適法に呈示すべき義務はないとしたものとはいえない。また同規定第五項には、「手形及び付帯物件の郵送中に生じた事故については原因のいかんにかかわらず当行は一切その責を負いません。」との記載があるが、これも取立の方法、再取立委任先の選択、郵送の時期等について受任者としての善管義務違反があった本件被控訴人らの責任を免れさせるものではない。
(被控訴人近畿相互の主張)
振出日や受取人白地の手形の取立を依頼された銀行は、依頼者に白地補充を促したり、自ら補充する義務はない。振出日、受取人白地のままの手形が交換に回っても不渡とはならず(大阪手形交換所規則施行細則六五条一項)、支払銀行は手形金の支払をすることとされている(当座約定書)。
(被控訴人三和の主張。)
1 銀行は、顧客から手形の取立委託を受けた場合、手形の支払場所が自己の本・支店の所在地にあるときは当該本・支店へ取立手形を仕向けて、支払場所が自己の本・支店の所在地にないときは為替取引契約を結んでいる他の金融機関に取立を再委任して、取立を行っている。銀行が手形の取立を為替取引契約を結んだ金融機関を通じて行うのを原則とする(預金取引のある場合も行う。)ことは銀行法一条に明定され、銀行業の発達の沿革からしても当然のことである。本件において、被控訴人三和銀行神戸支店は、被控訴人近畿相互から本件手形の支払人及び裏書人に対する取立に必要な一切の事務を行うことを委任されたのではなく、被控訴人三和が為替取引契約を結んでいる金融機関を通じて手形の取立を行うこと、換言すれば本件手形の支払人に対する取立のための事務の一部を行うことを委任されたものであって、被控訴人三和は復代理人として被控訴人近畿相互から委任を受けた右範囲において本人たる控訴人に対し義務を負っていたにすぎない。したがって被控訴人三和は、控訴人に対し本件手形の裏書人に対する取立のために必要な白地補充を促したり、自ら補充すべき義務を負っていなかったし、為替取引契約を結んでいる金融機関のなかで本件手形の支払場所に最も近い被控訴人百五銀行錦支店へ本件手形を即日発送したもので、受任者としての注意義務違反はない。
現在各種金融機関に対して取立委任される手形の約三分の一は白地手形であって、取立委任を受けた金融機関が委任者に白地補充を促したり、自ら補充することはその事務量からして不可能であり、これまでもこれを行ったことはなく、この点からしても、金融機関に右の如き義務があるとすることは正当ではない。
(被控訴人近畿相互、同三和の主張)
被控訴人主張の前記2、(一)の事実中、被控訴人近畿相互が控訴人に対しその主張の指摘・説明をしなかったこと(但し代金取立手形通帳の規定第三項には控訴人主張の前記2、(三)記載の定めがあった。)、同(二)、(三)の事実中、代金取立手形通帳の規定第三、第五、第六項に控訴人主張のとおりの定めがあったことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
(被控訴人百五銀行の主張)
被控訴人百五は、控訴人に対し本件手形の振出日の補充を促したり、自ら補充すべき義務はなかった。すなわち
1 同被控訴人は、被控訴人三和との為替取引契約に基き本件手形を取立に回わすことだけを同被控訴人から委任されたもので、白地補充をすることまで委任を受けてはいない。被控訴人百五は、同三和から受任した際少額の実費手数料を得ただけであり、このような無償の委任事務処理について多額の損害賠償義務を負わなければならないとするのは不合理である。
2 被控訴人三和から本件手形の取立再委任を受けた同百五としては、本件手形の振出日をいかに補充すべきか明らかでなく、また確定日払いの手形は振出日が白地であっても支払銀行はこれに対する支払をすることとされていることから、膨大な数の振出日白地手形が取立委任されていて、銀行はこれまでその補充をしないで交換に回わしており、これを補充することになると銀行の窓口業務は破綻することが確実で、商慣習となっていた迅速かつ安価な手形決済制度を維持しえなくなること必至である。この点においても控訴人の主張は正当ではない。
(被控訴人三重県信連の主張)
1 金融機関に対する手形の取立委任の目的は、手形を支払人に呈示し、これに対して支払われた手形金を手形所持人の預金口座に振込ませることにあり、遡求権保全はその目的に含まれないから、金融機関は、特別の授権がない限り、遡求権保全のために必要な手形の白地補充をなすべき義務はない。
2 被控訴人近畿相互は、控訴人から本件手形の取立委任を受けるに際し、特別の申出のない限り同被控訴人は振出日の補充等を含む権利保全手続をしない旨約しており、控訴人は同被控訴人に特別の申出をしなかったから、同被控訴人は委任契約上の債務不履行はなく、被控訴人三重県信連が同近畿相互の復代理人であるとしても、本件手形の振出日を補充すべき義務はなかった。
理由
一 当裁判所も控訴人の本訴請求は失当であると判断するものであって、その理由は、次に付加・訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一三枚目裏二行目の「甲第一ないし第三号証」の次に「(振出、引受及び第一ないし第三裏書部分の存在を含む。)」を挿入し、同一四枚目裏八行目の「成立に争いのない戊第八号証」を「控訴人と被控訴人三重県信連との間では成立に争いがなく、その余の被控訴人らとの間ではその方式及び趣旨により公務員が職務上作成した文書と認められるから真正な公文書と推定すべき戊第八号証」と訂正し、同一五枚目裏一一行目の「見当らないこと、」の次に「被控訴人近畿相互銀行神戸支店、同三和銀行神戸支店、同百五銀行錦支店においては、その行員が前記他所代金取立手形記入帳、取立手形送達状、送達状を記入・作成するに当っては、いずれも当該取立手形に記載された手形要件はすべて転記する定めであったこと」を挿入する。
2 同一六枚目表五行目末尾に次のとおり挿入する。
「乙第一号証は、摘要欄において二通を除いて手形番号の記載がなく、本件第一手形の記載欄において「発送日」、「取立日」の記載のないこと、甲第六号証の三には「期日又は振出日」の記載欄があること、丙第一号証の代金取立手形受託通帳には「期日」の記載欄があるが、「振出日」の記載欄がないことはいずれも右各号証に徴し明らかであり、戊第四号証の手形の種類欄には「約手」との記載があり、これは引用にかかる原判決認定事実(原判決一三枚目裏一行目から同一四枚目表末行まで)に照らし誤記と認むべきものであるけれども、これらをもってしても本件手形は振出日が白地のまま支払人(引受人)に支払呈示されたとの原判決認定事実を動かすに足りない。」
3 同一六枚目裏五、六行目の「成立に争いのない丙第五ないし第一八号証」を「控訴人と被控訴人三和との間では成立に争いがなく、その余の被控訴人らとの間では弁論の全趣旨によって成立を認めうる丙第五ないし丙第一八号証」と訂正する。
4 同一七枚目表六行目末尾に次のとおり挿入する。
「敷衍するに《証拠省略》によると、被控訴人近畿相互は、控訴人に対し、本件手形の取立の委任を受けたのち支払呈示の間までに本件手形の振出日が白地であると指摘したことはなく、同被控訴人は本件手形の白地を補充する義務はないとの口頭説明をしたことはない(以上は控訴人と被控訴人近畿相互、同三和との間では争いがない。)こと、《証拠省略》によると、被控訴人近畿相互が控訴人に交付した代金取立手形通帳の規定第三項には、控訴人の当審における前記主張2、(三)記載のとおりの定めがある(この事実は控訴人と被控訴人近畿相互、同三和との間で争いがない。)ことが認められるが、この定めは、被控訴人近畿相互には控訴人の取立委託にかかる本件手形の振出日の補充を促したり、自ら補充する義務はないとする合意を含む趣旨とは認められず、その他控訴人と被控訴人近畿相互との間で、本件手形の取立委任契約を結ぶに当って、白地の補充について特段の合意があったと認むべき証拠はない。そうであるからといって、被控訴人近畿相互は当然に補充義務があったと認めることはできず、控訴人の当審における前記主張2、(一)は失当である。そこで控訴人の被控訴人近畿相互に対する本件手形の取立委任契約を解釈して、控訴人が同被控訴人に白地補充等の委託をしたか否かを確定することがまず必要である。
《証拠省略》によると、本件手形が取立に回わされた昭和三八年ごろにおいて、各種金融機関に取立委任される確定日払いの手形には振出日、受取人欄が白地であるものが多数あったが、金融機関は、手形所持人に白地の補充を促したり、自ら補充したりすること(窓口事務処理上実施困難でもあった。)なく取立に回わすのが慣習であったこと、手形交換所の定めによって確定日払いの手形の振出日、受取人欄が白地であることは「形式的不備」に該当しないとされ、金融機関は顧客との約定に基づき右の如き手形に対する支払をしていたこと、したがってこのような取扱によって手形取立委任者としても一般商取引における本来の取立目的を達成しうること、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右の認定事実によると、控訴人と被控訴人近畿相互間の本件手形の委任契約において、控訴人から同被控訴人に対し本件手形の白地の補充を促すことあるいは同被控訴人が補充することの委託があったとは認め難いし、被控訴人らは本件手形の取立の受任者として負担すべき善管義務の一部としても本件手形の白地を補充する等の義務があったとも認められない。」
二 そうすると本件控訴は理由がなく失当として棄却することとし、訴訟費用について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨 大出晃之 裁判長裁判官山内敏彦は退官のため署名押印することはできない。裁判官 高山晨)