大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1714号 判決 1980年5月30日
控訴人 朝見素一郎
<ほか二名>
被控訴人ら訴訟代理人弁護士 太田隆徳
被控訴人 金三童
右訴訟代理人弁護士 浜本恒哉
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上・法律上の主張および証拠の関係は次のとおり付加・補正をするほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
(原判決の補正)
(一) 原判決請求原因第四項(原判決二枚目裏九行目から同一二行目まで)を次のとおり改める。
「仮に、前記主張が理由がないとしても、本件五六番の一の土地は、別紙(二)表示のように、他の土地に囲繞せられて公路に通じない袋地となっている。もっとも、南東部においては原告所有の五六番の二の土地に接続しているが、その接続面は僅か一・六六メートルしかなく、このままでは本件五六番の一の土地上に建築するにつき許可が得られない状態であるから、袋地と同様にみなすべきである。そして、本件係争地が囲繞地のうち最も通行に適しているので、本件係争地につき原告は囲繞地通行権を有する。」
(二) 原判決三枚目裏六行目の「乙第一号証、検乙一、二号証の成立は認める。」とあるのを「乙一号証の成立および検乙一、二号証が被告ら主張の写真であることは認める。」と、同九行目の「検乙一、二号証」とあるのを「検乙一(昭和四九年六月一九日被告朝見素一郎が撮影した現場の写真)、二号証(同上)とそれぞれ改め、同一一行目の「子本人」の次に「検証の結果」を加える。
(控訴人らの主張)
(一) 被控訴人所有の本件五六番の一の土地は、現在では本件係争地より約一・二メートル低くなっているだけであるが、昭和四九年二月頃以前は約三メートル弱低くなっており、子供らが本件係争地で遊ぶとき転落する危険があったので、控訴人朝見は被控訴人の了解を得たうえ、昭和四二年四月一七日頃本件係争地と右被控訴人所有地との間に、木製枠に金網を張った柵を設置した。そして、右の柵は開閉することができない状態になっており、昭和四九年二月頃被控訴人が控訴人朝見に無断でこれを撤去したときまで存続していた。ところで、被控訴人は、本件五六番の一の土地から本件係争地に梯子をかけて本件係争地を日常通行していたと主張するが、右被控訴人所有地と本件係争地の接続部分は前記のように約三メートルの段差があり、そのうえ約一・二メートルの柵が固定して設置されていたから、被控訴人が右の柵を乗り越えて被控訴人所有地から本件係争地に出たり、逆に本件係争地から被控訴人所有地に入ったりすることは、梯子を用いても不可能であった。したがって、被控訴人が本件係争地を日常通行していたとする被控訴人の主張は全くの虚偽である。
(二) 被控訴人は、本件五六番の一の土地はその南東部にある被控訴人所有の五六番の二の土地と約一・六六メートルの幅で接しているに過ぎないから、法律上なお袋地というべきであると主張するが、被控訴人らは右主張を争う。被控訴人は右の五六番の二の土地上に建物を所有することによって本件五六番の一の土地の出入に不便をもたらしたものであり、かかる不便は右建物を建てるにあたって当然予期されたものであるから、被控訴人自らこれを甘受すべきであって、控訴人らの負担において解決すべきものではない。仮に、本件五六番の一の土地上に建物を建築するにつき、公道に面していないという理由で建築確認を得るにつき支障があるならば、右の五六番の二の土地上の老朽した建物を撤去することにより自力で解決すべきであり、本件係争地上に通行権を主張することは許されない。
(被控訴人の主張)
(一) 本件係争地と本件五六番の一の土地との間に柵が設けられたのは昭和四七年頃であって、控訴人ら主張の時期ではない。控訴人朝見が右の柵を設置したのは子供の転落防止のためだけではなく、そのほかに、全盲である控訴人北芳子の配偶者の転落を防止するためでもあったところ、同控訴人が六五番の三の土地を購入したのは昭和四五年五月であるから、これより以前に右柵が設置されたということはあり得ない。
(二) 本件五六番の一の土地はその南東部において、公道に面している被控訴人所有の五六番の二の土地に接続しているが、右接続部分は約一・六六メートルに過ぎないから法律上なお袋地であるというべきである。
(証拠)《省略》
理由
一 控訴人朝見素一郎が原判決添付目録記載(一)の土地を、控訴人大鶴栄が同目録記載(二)の土地を、控訴人北芳子が同目録記載(三)の土地をそれぞれ所有していることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被控訴人が昭和三八年一月二四日本件五六番の一の土地を前所有者磯野與右衛門から買受け、所有権を取得したことが認められる。
二 まず、債権契約上の通行権の有無について検討する。
《証拠省略》によれば、前記控訴人ら所有地の前所有者であった長井柳平は昭和四〇年二月頃被控訴人に対し、被控訴人が本件係争地を通行することを認める旨約したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかしながら、控訴人らが、長井柳平から右の土地を買受けた際、本件係争地につき被控訴人に通行権のあることを承認した旨の被控訴人の主張はこれを肯認するに足りる証拠がない。また、被控訴人は、被控訴人が本件五六番の一の土地から本件係争地に梯子をかけて本件係争地を日常通行しているのを控訴人らが知りながら何ら異議を述べなかったのは被控訴人が本件係争地を通行することにつき黙示の承認をしたものというべきであると主張し、《証拠省略》には右主張に副う供述があり、《証拠省略》にも、被控訴人およびその家族が本件係争地を日常通行していた旨の供述がある。しかしながら、右の供述は次の認定事実に照らしてにわかに措信することができないといわなければならない。すなわち、《証拠省略》によれば、控訴人朝見は昭和四〇年一〇月一八日現住所(前記(一)の土地)に転入し、本件係争地を公道に至る通路として使用して来たところ、当時、被控訴人所有の本件五六番の一の土地は本件係争地と接続するところで、右土地より約三メートル低く、同所は崖状をなし危険であったので、転落防止のため、昭和四二年四月一七日頃右両土地の接続部分の本件係争地上に、約四メートルにわたって高さ約一メートルの木枠に金網を張った柵を設置したこと、右柵は開閉ができない固定されたものであり、昭和四九年二月頃本件五六番の一の土地上にあった古い建物を取毀し、その廃材を本件係争地を通って搬出しようとした被控訴人により一時撤去されたが、すぐに控訴人朝見においてこれを復元し現在に至っていることが認められ、《証拠省略》中、右柵が設置されたのは昭和四七年頃であるとする部分は右各証拠に照らして措信することができず、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定したところによれば、その間が約三メートルの崖状になっている本件係争地と被控訴人所有地を往来することは、たとえ梯子を用いたとしても、右の柵が設置された昭和四二年四月一七日頃以後においては不可能に近いことであると考えられるのみならず、それ以前においても相当困難なことであったと考えられる(《証拠省略》によれば、被控訴人はかなり以前から眼が不自由であることが認められるから、被控訴人にとってはなおさらである)から、被控訴人において本件係争地を日常通行していたとは到底考えられないといわざるを得ない。そして、ほかに被控訴人が本件係争地を通行していたことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人らにおいて、被控訴人が本件係争地を通行することを黙認していたとする被控訴人の主張はその前提を欠き失当であるといわなければならない。
三 次に囲繞地通行権の有無につき検討する。
《証拠省略》によれば、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 被控訴人は、本件五六番の一の土地を買受けたのに続いて、昭和三八年一二月二三日頃右土地の南東に接続する五六番の二の土地(本件五六番の一の土地から分筆されたものではない)を前所有者磯野與治右衛門から買受けて所有権を取得したところ、本件五六番の一の土地上には昭和四九年二月頃まで被控訴人所有の古い共同住宅が建てられていて、被控訴人はこれを他に賃貸し、自らは右建物の一部と右五六番の二の土地上に建てられている被控訴人所有の建物に居住していたが、被控訴人および本件五六番の一の土地上の建物の賃借人らは右五六番の二の土地上の建物の内部に設けられている幅約〇・八七メートルの通路により南の公道に出ていた。
(二) 本件五六番の一の土地は、前記のようにその南東部において被控訴人所有の五六番の二の土地に接続しているが、そのほかの部分は周囲を他人所有地で囲まれ、右囲繞地には本件係争地を除き建物が建ち並んでいるため、本件五六番の一の土地から公道に出るためには、前記のように五六番の二の土地上の建物内の通路を通って南側の公道に出るか、本件係争地を通って北側の公道に出るしか方法がない。
(三) 前記五六番の二の土地は南の公道に約五・二一メートル面しているが、本件五六番の一の土地との接続面は幅員が約一・六六メートルしかなく、その西側の山本方所有の五七番の土地との間にはブロック塀が設置されており、同人方居宅はほぼ右ブロック塀の近くまで敷地一杯に建てられている。
(四) 控訴人らは前所有者長井柳平から前記各自の土地をそれぞれ買受け、右各土地の一部である本件係争地を、その北側の公道に出る共用の通路として使用しているが、右通路の両側の土地の所有者も右通路を通行しており、これについては控訴人らは容認している。
(五) 被控訴人は前記のように、本件係争地を日常通行することはなかったものの、その前所有者から通行することを認められたことから、本件係争地が控訴人らの所有となった後においても必要なときは通行できるものと考え、本件五六番の一の土地上の古い建物を建て替えるべく、昭和四九年二月頃右建物を取毀してその跡地に土砂を入れ、本件係争地との段差が約一・二メートルになるまで嵩上げし、その間、長井柳平を介して控訴人らに対し本件係争地の通行の許諾を求めたところ、控訴人らに拒絶されたため、本件五六番の一の土地は空地となったまま現在に至っている。
右認定したところによれば、被控訴人所有の本件五六番の一の土地はその南東において被控訴人所有の別の土地に接していて、同地上の建物内の通路により公道に出ることができるのであるから、本件五六番の一の土地上の建物が存続する限りにおいては、右通路は一応、右土地の利用を充たすのに十分なものであったということができる。しかしながら、右通路のある五六番の二の土地と本件五六番の一の土地との接続面は僅か一・六六メートルに過ぎず、被控訴人において仮に右五六番の二の土地上の所有建物を収去して現在の通路を拡張したとしても建築基準法四三条一項所定の基準を充たすものとはなり得ないことが明らかであるから、右基準を充たす通路がほかに確保されない限り、被控訴人は現在空地となっている本件五六番の一の土地に建物を建てることができないことになる。もとより、建築基準法四三条一項は防災等公益上の見地から宅地の用途を制限するものであって、それが直ちに右基準を充たす通路の開設につながるものではないが、右のように、既存の通路が土地の用法に従った利用を図るためにはなお狭隘であってそのために土地の利用をすることができないときは、公益上の見地から土地の利用関係を調節するため囲繞地の利用状況その他相隣関係における諸般の事情を勘案したうえ、その必要が認められ、かつ、隣人のこうむる損害が僅少と認められる限り、右通路を拡張開設して通行権を認めるか、又は隣地の所有者に、新たに必要な通路の開設を忍容させて通行権を認めるべきものと解するのが相当である。ところで、現在公道に至る通路のある右五六番の二の土地は本件五六番の一の土地と一・六六メートル幅で接続しているから、西隣の山本方所有地に不足分を拡張するとすれば、最少限約〇・三四メートルを加えるだけで一応建築基準法四三条一項所定の要件を充たす通路とすることができる。しかしながら、右方法によるときは、山本方所有地との境界に設置されているブロック塀を撤去しなければならないのみならず、境界線近くまで家が建てられており、通路として幅員を二メートルまで拡張することは困難である。これに対し、本件係争地は被控訴人所有の本件五六番の一の土地との間に約一・二メートルの段差があるものの、二・一七メートル幅で接しているので拡張の必要がないのみならず、控訴人らによりすでに共用の通路として利用されていて、将来右利用を廃止することがむしろ困難であるともみられ、被控訴人が右通路を通行することになってもそのために控訴人らが失うものは大きくないと考えられる。もっとも、本件係争地と本件五六番の一の土地とはいまなお約一・二メートルの段差があり、もし本件係争地につき被控訴人の通行権を認めるとすれば、両土地間に通行の妨げとなるような障壁を設置することができなくなり、通路の安全確保上若干問題がないわけではないが、通行の妨げとならない限度(設置費用は受益者被控訴人の負担)において危険防止のための障壁を設置することはさほど困難ではないと考えられるから、本件五六番の一の土地のための通行権が認められることによって、控訴人らにおいて受忍できない程重大な不利益を被ることになるということはできない。そうすると、被控訴人は本件係争地につき、民法二一〇条の通行権を有するものというべきである。
四 そうすると、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきであり、原判決は結局相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法三八四条二項、九五条本文、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 本井巽 裁判官 坂上弘 野村利夫)