大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)426号 判決 1979年6月22日

控訴人 高山徳一こと高元河

被控訴人 国 ほか一名

代理人 高須要子 友次英樹 山下博 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実<省略>

理由

一1  原判決二枚目表三行目から三枚目表一二行目までの事実は当事者間に争いがない。

2  右事実に基いて判断するに、控訴人は、平和条約が発効した昭和二七年四月二八日までは日本国籍を有していたが、日本法上朝鮮人としての法的地位を有しており、平和条約の発効と同時に韓国籍を取得したものである。その理由は原判決理由一(原判決一一枚目裏一一行目から一七枚目表一一行目まで)に説示されたとおりである(但し、一七枚目表七、八行目の「第一婚姻の届出は受理要件を欠き、」を削除する。)から、これを引用する。

してみると、民事局長の第一次指示は違法であつて、長田区長が右指示に従い第一婚姻の届出に基いて第一戸籍を編成し、その後昭和四八年一月一九日大阪入国管理事務所長からの通知によりその誤りを指摘されるまで控訴人が日本国籍を有することを前提としてした戸籍事務の処理は違法であるといわなければならない(以下本件行為という。戸籍事務管掌者その他これに関与した者の過失の有無についてはしばらくおく。)。

3  しかし、長田区長が右通知を受取つた昭和四八年一月一九日以後、昭和五〇年四月七日に至りはじめて控訴人の戸籍を職権訂正(消除)した点については、戸籍法上相当な措置であつて、違法といえない。その理由は以下に述べるとおりである。

右の点にかかる事実関係は、原判決二四枚目表五行目から二七枚目表初行まで(但し、二四枚目表五行目「(1)の」を削除し、同一〇、一一行目及び同一二行目の「原告」を「原審および当審における控訴人」と改め、同末行末尾に「(なお、当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が長田区役所に出頭した昭和五〇年三月一九日松本ミチエも第一婚姻に関し同区役所に出頭したことが認められるが、この事実は後記(ヘ)の認定の妨げとはならない。)」を付加し、同裏一〇行目、二五枚目表初行、同裏二行目、二六枚目表七行目、同一一行目の各「姜宣[女先]」をいずれも「姜宜[女失]」と改め、同初行「、同条一項に基づく」を削除し、同五行目「同年」を「昭和四八年」と、同裏四行目「三宅愛子と訴外古高治郎」を「同区役所戸籍担当吏員三宅愛子、同古高治郎」とそれぞれ改める。)を引用する。

前記争いない事実及び右事実に基いて判断するに、控訴人につき日本人としてなされた第一、第二各戸籍の編成は、前記のとおり長田区長の過誤によるものであるから、戸籍法二四条一項本文による通知を要する場合には当らない。しかし、戸籍が人の身分に関して有する重要性に鑑みると、戸籍訂正は軽微なものあるいはその記載の錯誤遺漏が届書の記載に反して生じたものでない限り届出人不知の間に戸籍事務管掌者等において職権でこれをなすことはなるべくこれを避けるべきものであり、長田区長が直ちに職権で訂正するよりも控訴人に事情を説明して戸籍訂正の申請をさせるのが相当であると判断し、控訴人の出頭を待つたことは戸籍法上相当な措置であつたといえる。そして、控訴人は、昭和四八年一月一七日には自己の戸籍と国籍が誤つていることを知つたのであるから、その通知は、<証拠略>のように単に戸籍に関し出頭を促す旨の通知でも十分であつたというべきである。

二  そこで、控訴人の主張する損害について被控訴人らの本件違法行為と相当因果関係があるか否か、法律上保護すべき利益の侵害によるものか否かを判断する。

1  財産上の損害について

(一)  日韓往復旅費について

<証拠略>によれば、控訴人がその主張の頃四回にわたり日本・韓国間を往復し、合計一七万二三八〇円の旅費を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

そして、控訴人がかねてから日本に在住し、昭和四七年四月二二日姜との婚姻届をしたことはさきに述べたところであり、右尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、姜は当時韓国に居住し、控訴人の前記往復はいずれも妻を訪ねたものであることが認められるので、特段の事情のない限り、右往復旅費は日本・韓国と離れて居住する婚約者あるいは夫婦にとつて通常の出費と解するのが相当である(控訴人と姜との別居が昭和五〇年になつても本件違法行為によるものといえないことは後述(三)のとおりである。)。

控訴人は、右往復のうち昭和四七年の二回は無効となつた第二婚姻に、昭和五〇年の二回はその離婚手続に関するものであつて、いずれも本件違法行為(控訴人が日本人として扱われたこと)の結果余儀なくされた無駄な出損であると主張するが、昭和四七年四月二二日受理された第二婚姻の届出(当事者間に婚姻・届出の意思のあつたことは弁論の全趣旨により明らかである。)が日本及び韓国法上有効であつて、これを韓国戸籍に記載する方法の存することは、被控訴人らの前記主張三1のとおりであるから、右主張は前提を欠き採用しえない。

(二)  招請手続費用について

<証拠略>によれば、控訴人は昭和四七年七月一三日中国観光株式会社に姜を日本に招請する手続一切を依頼し、同会社にその費用として金一二万円を支払つたが、右金員の返還を受けていないことが認められ、右招請(入国査証申請)が認められなかつたことは当事者間に争いがない。

さきに引用した原判決理由五(三)(2)の(二)及び(ト)(二五枚目表一〇行目から同裏三行目までと二六枚目表五行目から同裏二行目まで)の事実によると、右査証申請(招請)が認められなかつた理由は、控訴人が大阪入国管理事務所長の示唆や長田区長の通知を受けながら遅滞なく戸籍訂正及び外国人登録の手続をしなかつたためであるといわなければならない(原審証人戸村順郎の証言に徴すれば、控訴人が右手続をとつていれば、遅滞なく右査証申請は認められたことが窺われる。)。

(三)  仕送り費用について

<証拠略>によれば、昭和四八年二月以降現在に至るまで控訴人は日本に、姜は韓国にそれぞれ居住し、控訴人に対し仕送りをしていることが認められる。

ところで、控訴人は右別居につき前記招請手続に支障がなければ姜は昭和四八年二月には日本に入国できた旨主張するが、右招請手続の支障か本件違法行為に因るといえず、むしろ、控訴人の手続懈怠によるものであることは前記(二)に述べたとおりであつて、その後現在まで姜が日本に入国しないことが本件違法行為に起因すると認めるに足りる事情は本件証拠上見当らない。

2  精神上の損害について

(一)  潜在的苦痛について

不法行為を理由に賠償されるべき損害は現実に発生したものであることを要するところ、控訴人主張のように控訴人が昭和四八年一月日本人でないと知らされて怒りを覚え屈辱感を味つたこと認めるに足りる証拠はない。

(二)  不安による苦痛について

<証拠略>並びに弁論の全趣旨によると、かねてから戸籍上日本人とされてきた控訴人が昭和四八年一月大阪入国管理事務所職員から日本人でないと知らされ、その後昭和五〇年四月七日、日本戸籍が消除され、同年一一月五日姜との婚姻が韓国戸籍に記載される(<証拠略>)までの間種々の不安を味つたことが窺われる。しかし、かかる不安が右のように継続したのは、前記のとおり控訴人において所要の手続を遅滞なくとらなかつた結果というほかはなく、この点を除外し、右不安をもつて控訴人に賠償を受けるべき損害があつたとみるのは相当でない。

(三)  後遺症的苦痛について

控訴人は、昭和四八年初頭姜の招請ができず、我が子の出生に居合わせ、その成長を目のあたりにすることができず、その後も姜との別居を余儀なくされた旨主張するが、これらのことは、前述のとおり控訴人が遅滞なく所要の手続をとらなかつたため同女の招請が認められなかつた結果といわなければならない。

控訴人は、その他、当初から韓国人として扱われていれば、同胞との対き合い、永住許可などの利益を受けていたであろうところ、これらの利益を失つたと主張するが、当審における<証拠略>によると、控訴人は以前から自己の国籍につきさほどの関心をもたず、昭和四六年三月一日松本と離婚した後は(戸籍の記載に拘らず)自己が韓国人であると考えていたことが認められ、この事実からすると、控訴人は戸籍上日本人として扱われていたため、在日韓国人らとの関係が疎かになつていたとみることはできず、また、控訴人が松本ミチエと離婚前永住許可の問題につき考慮した形跡が証拠上窺われないので、控訴人が戸籍上日本人として扱われていなければ永住許可申請をしていたと速断することは困難である。仮に控訴人が日本人として取り扱われたことにより永住許可の申請をすることができなかつたとしても、控訴人はその後外国人登録をすることにより引続き何らの支障もなしに日本に在住しているのである(このことは弁論の全趣旨により窺われる)から、控訴人が永住許可の申請ができなかつたことにより金銭をもつて慰藉すべき程の精神的苦痛を被つたものとは到底認めることができない。

その他控訴人が戸籍上日本人として扱われていたために特段の不利益を被つたことを認めるに足りる証拠はない。

3  以上のとおりであるから、控訴人主張の損害については、被控訴人らの本件違法行為と相当因果関係があり、かつ、法律上保護すべき利益の侵害によるものと認めるに足りるものがない。

三  してみると、控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないといわなければならず、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲西二郎 高山晨 大出晃之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例