大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)530号 判決 1978年12月21日
控訴人
大栄興業株式会社
破産管財人
江谷英男
右訴訟代理人
藤村睦美
被控訴人
有限会社浜本電気商会
右代表者
真田英雄
被控訴人
真田たみ子
右両名訴訟代理人
家近正直
外五名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の予備的請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一争いがない事実
(一) 大栄興業株式会社は昭和五〇年三月五日破産宣告を受け、同日、控訴人がその破産管財人に選任され就任したこと、
(二) 破産会社は、先に吉本五郎右衛門からその所有の大阪市北区梅田三番の宅地(以下本件土地と呼ぶ)を賃借し、これに本件家屋のほか多数の家屋を建築して所有し、それらを他に賃貸していたこと、
(三) ところで、破産会社は、昭和三〇年右吉本から本件土地上の家屋全部の収去および同土地明渡を訴求され、応訴したけれども敗訴判決を受け、同判決が昭和四九年七月一五日確定した結果、破産会社は右判決で命ぜられた家屋収去義務および土地明渡義務を負担したままの状態で破産宣告を受けたこと、
(四) 破産会社は、昭和四六年五月二〇日、その所有の本件家屋を目的となし、被控訴人たみ子との間に賃貸借契約を結ぶ旨合意して同家屋を引渡したところ、同被控訴人が取締役に就任している被控訴会社が同日以降本件家屋を占有使用していること、
(五) 控訴人が昭和五〇年一一月一九日被控訴人たみ子に到達した書面をもつて、いわゆる正当事由を理由に本件家屋の賃貸借契約を解約する旨申入れたこと、
以上の各事実は当事者間に争いがない。
二収去義務・明渡義務の承継について
(一) 前示争いのない事実と<証拠>によると、
(1) 破産会社は、昭和二一年頃、前示吉本から本件土地二一一六坪三合九勺を建物所有の目的で賃借し、同地上において本件家屋を含む多数の家屋を所有していたこと、
(2) 破産会社は、右土地の賃料支払を怠つたため、それを理由に昭和二九年一一月右吉本から賃貸借解除の意思表示を受けたうえ、翌三〇年、前示争いのない提訴を受け、結局敗訴したところ、敗訴判決による土地賃料相当の損害金債権のうち昭和四四年九月以降の部分は月額一七五四万円余(坪当り八二九〇円)であつたこと、
がそれぞれ認定できる。これに反する証拠はない。
(二) 右認定事実によると、吉本は、破産会社に対し、破産宣告当時すでに多額の賃料相当損害金債権を有したばかりでなく、
(1) 土地賃貸借の終了による原状回復請求権として地上家屋収去および本件土地明渡請求債権(以下契約上の本件土地明渡債権と呼ぶ)、
(2) 本件土地所有権に対する妨害(不法占有)を排除するための地上家屋収去および本件土地明渡請求権(以下物件的土地明渡請求権と呼ぶ)、
をそれぞれ取得していたことが明らかである。
(三) 契約上の土地明渡債務の承継
(1) 破産宣告当時、破産者に対して有する債権は原則として破産債権であり、破産手続によつてのみ行使すること、すなわち金銭をもつて弁済(配当)を受けることのみが許される。しかしながら、それが本件のように特定物の現実の引渡を求める債権であり、しかも同物件が破産者以外の者の権利に属し、破産者としては単にそれを不法占有しているにすぎないような場合には、同債権は、破産債権として行使することを強制されるわけではなく、右破産宣告によつては何ら影響を受けることのないいわゆる債権的取戻権(破八七条参照)として行使することが可能である。したがつて、破産者が同宣告後もなお目的物件を占有するときは、右債権の効力にもとづき破産者に対しその引渡を求めることが可能であり、また破産管財人が同物件を破産財団に属するものと誤認しあるいはその他の事情によりその占有を現実に取得したときは、右取戻権者は、同管財人を不法行為者(引渡債権の侵害者)となし、右引渡債権の効力を理由として目的物件の引渡を求め取戻すことが許される。
(2) 右のように、取戻債権者は、破産管財人に対し前示引渡債権を有効に主張し得るのであるから、この場合には、同管財人が破産者の負担していた契約上の引渡(明渡)債務を承継していると解しても誤りではない。
けれども、この場合の債務承継は、破産宣告の効果として生じたものではなく、同管財人が破産者から目的物件の占有(不法占有である)を取得して取戻権者の債権を侵害したため生じたものと解されるから、この承継された管財人の債務は、必ずしも債務の本旨に従つた履行をまつことなく、管財人が同物件の不法占有を適法に廃止した時点すなわち債権侵害を廃止した時点をもつて免除されると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみれば、控訴人は、本件家屋の管理処分権を承継して本件土地の占有(不法占有)を承継取得したため、吉本の破産会社に対して有する契約上の本件土地明渡債権を侵害し、その結果、破産会社から前示収去・土地明渡債務を承継負担してはいるけれども、これは「債務の引受あるいは更改による債務者の交替」が行われたためではなく、単に控訴人が家屋敷地の不法占有を特定承継した結果にすぎないから、控訴人は、右不法占有を適法に廃止することすなわち債権侵害を廃止することによつて、右承継した債務を免れることが可能である。
(四) 物権的土地明渡義務の承継
吉本が破産会社に対して有する契約上の土地明渡債権が控訴人との関係でいわゆる取戻権に該当することは前述のとおりであるから、同土地に対する吉本の物権的明渡請求権が取戻権に該ることは当然であり、したがつて、同訴外人は、現に本件土地を不法に占有している控訴人に対し、所有権の妨害排除を理由として地上家屋収去・土地明渡を求めることが許される。この場合、控訴人の負担する土地明渡義務は、控訴人主張のとおり破産会社から承継したものと言えなくはないところ、この承継は、控訴人が破産会社から本件土地の不法占有を承継取得したため生じたものであること疑いはないから、控訴人は、現在の不法占有を適法に廃止することすなわち不法行為を廃止することによつて右承継した物権的明渡義務を免れ得ること前述(三)の契約上の明渡債務免脱の場合と同様である。
三土地明渡義務の免脱方法
破産管財人は、良識ある通常人と同じように己むを得ない事情がある場合のほかは他人の物件を不法に占有してはならない。殊に本件土地のように破産財団に属さないこと著明である場合には、極力その占有取得を避けるべきであり、己むなく占有を取得した場合にはその早期廃止に努むべきである。もし不法占有を継続すると、毎日のように賃料相当損害金債務(財団債務となる)が累積増大して破産財団を減少させ、善良な破産債権者の理由なき犠牲において、しかも無為のうちに、貴重な破産財団を蕩尽するという苛酷な事態を招きかねない。破産債権の平等弁済を至高の目的とする破産制度が、そのような結果を許容していないことは勿論である。
そこで、本件に必要な限度で、前示承継した義務の免脱方法すなわち破産管財人が自己の不法占有を廃止する方法につき検討する。
(一) 取戻権と破産手続
破産手続は、通常の場合、破産財団を現実に確保し、そのうち価値あるものを換価して金銭(配当財団)となし、それをもつてまず財団債権を弁済し、次で破産債権者に平等弁済(配当)をしたうえ、債権者集会において計算報告をなし、しかるのち破産裁判所の終結決定を経て終了する。
したがつて、破産管財人に対して有する前示のような取戻権は、つねに破産手続外で行使しなければならないから、破産管財人によつて誠実に行われる破産手続の迅速な進行ないし終了が右の権利行使によつて阻害される危険はない。逆にいえば、破産管財人は、取戻権に対応する義務を負担している場合には、つねに破産手続外でそれを処理すべく、同義務の存在が明白な場合に、それが原因で破産手続が遅延する旨を主張することは許されない。
(二) 破産法二八一条による士地明渡義務の免脱
破産管財人は、前述のように価値あるものを換価して得た配当財団(破産財団)をもつて、財団債権を弁済し、次で破産債権者に配当をしたうえ、破産法二八一条の債権者集会において計算報告をなし、かつ「価値なきため換価せざりし財産(たとえば本件のような家屋と敷地占有権等)」は本来の所有者あるいは占有者である破産者に処分させる旨の決議を経ることにより、同財産の管理処分権を破産者に返還して破産手続を終了させることが許される。言い換えると、右の換価せざりし財産(たとえば本件のような家屋と敷地占有権等)の管理処分権は右決議と共に適法に破産者に復帰し、再承継を生ずるから、その時点で同管財人は右財産の「占有を喪失」し、前示取戻しに応ずべき義務を免れ、かつ将来における賃料相当損害金債務をも免れる。右決議に当り特別利害関係人(本件においては吉本)の議決権行使が禁止されることはいうまでもない(破一七九条二項)。
(三) 破産法一九七条一二号による土地明渡義務の免脱
破産管財人は破産宣告により無価値のものを含め破産財団全部の管理処分権を取得する。しかしながら、破産債権者にとつて無益であり、かつ破産手続上も全く無用な財産を、破産財団内に長くとめ置くことは、管理費用(財団債務)を増大させる危険もあり望ましいことはではない。そこで、このような場合、同管財人は、その有する管理処分権のうち、無用無益の財産(たとえば本件のような敷地占有権と地上家屋所有権および同家屋賃貸権)に対する管理処分のみを同法一九七条一二号一九八条によつて抛棄し、それらの処分を破産者に一任することが許される。この場合にも、特別利害関係人の議決権行使が禁止されることはいうまでもない(破一七九条二項)。
右の抛棄によつて、前示無用無益の財産に対する管理処分権は、適法に破産者に復帰し再承継を生ずるから、同管財人は同財産の占有を喪失し、その取戻しに応ずべき義務を免れ、かつ将来の賃料相当損害金債務をも免れる。
したがつて、本件の場合、もし控訴人がその就任早々に右にいう無用無益の財産たとえば本件土地占有権と地上家屋所有権および同家屋賃貸権に対する管理処分権を抛棄する旨の手続を遅滞なく執つていたとするならば、破産財団の減少(財団債権の増大)を最少限度にとどめることができ、本件破産債権者に対しても相当な配当ができたのではあるまいか。既に破産手続費用(財団債権)が八億円近くに達している(毎月一七五四万円以上も累増する)にも拘らず、その完済が可能であるためか、今なお後記(四)の破産廃止(破三五三条)が行われていない点に徴し、右のような疑いを生ずるのは己むを得ない。
(四) 破産法三五三条による土地明渡義務の免脱
破産手続は破産債権の平等弁済(配当)を目的とする制度である。したがつて、破産財団不足により右弁済(配当)が全く不可能であること明白な場合には、もはやその手続を進めてはならずこれを廃止するのが原則である。その手続中において、財団債権が増加し、それが破産財団(手続費用の予納金を含む)を超過するに至つたときは、右にいう配当は当然不可能に帰するから、破産裁判所としては、職権または破産管財人の申立により、費用不足による破産廃止決定(破三五三条)をしなければならない。
右廃止決定の確定により、破産財団中の金銭を除いたその余の物件に対する破産管財人の管理処分権はすべて破産者に復帰し、再承継を生ずるから、同管財人は前記(二)、(三)の場合と同様に占有を喪失し、前述の取戻しに応ずべき義務等を免れる。
四家屋明渡請求について
およそ破産管財人の職務は、破産債権者のために破産財団を確保し、これを有利に換価して破産債権者に配当するにある。ところが、本訴の明渡請求は、破産債権者らに何らの利益ももたらさないのみか、勝訴の場合には家屋収去費用の支出を余儀なくされて破産財団の減少を惹起し、その限度で破産債権者に明白な不利益を招来する。破産管財人のこのような権限行使が果して正当であるか否か疑問がないわけではないが、ここでは一応その判断を避け、控訴人主張の理由による明渡請求の当否について検討する。
(一) 賃貸借契約の不成立について
控訴人は、破産会社が昭和四六年五月二〇日、被控訴人たみ子を借主として同被控訴人との間に本件家屋を目的とする賃貸借を結ぶ旨の合意をなしかつ引渡したことを自陳しながら、その頃破産会社が敷地の賃借権を喪失していたことを根拠に、右家屋賃貸借契約は未だ不成立である旨を主張する。しかしながら、家屋賃貸借は目的家屋が特定している以上、当事者双方の意思表示の合致により契約としては成立すると解するのが相当であるから、控訴人の右主張は採用できない。
(二) 条件成就による契約の終了について
控訴人は、本件賃貸借を結ぶに際し、次の条件すなわち当時係争中の破産会社と吉本の間の訴訟において、将来、破産会社敗訴の判決が確定した時点で右賃貸借を終了させる旨の特約をなした旨主張する。けれども、そのような「特約」を認めるに足る資料はなく、また仮に同特約が結ばれていたとしても、それは借家法六条の「賃借人に不利な特約」に該当すると解されるから当然に無効である。控訴人の右主張も採用の限りでない。
(三) 履行不能による契約の終了について
控訴人は、破産会社が右吉本との訴訟に敗訴し、確定判決をもつて本件家屋収去とその敷地明渡を命ぜられた結果、もはや同家屋を借家人に使用させることは不能となり、そのため本件家屋賃貸借は履行不能によつて終了した旨主張する。しかしながら、目的家屋は現になお存在しており、しかも従前どおり賃借人において契約の本旨に従つた占有使用を続けていること弁論の全趣旨によつて明らかな本件の場合、控訴人の債務が既に履行不能に帰したとみることは相当でなく、現時点ではなお履行可能の状態にあるというべきである。したがつて、履行不能による契約終了の主張は、その余の判断をするまでもなく理由がない。
(四) 正当事由による解約について
控訴人が昭和五〇年一一月主張どおり解約の申入れをなしたことは争いがないけれども、控訴人主張の正当事由はいずれも次のとおり理由がない。
(1) 控訴人は、破産会社から家屋収去義務と本件土地明渡義務を承継したので、これを履行しなければならないというけれども、控訴人は破産会社の右債務を引受けたものではなく、単に本件土地の不法占有を特定承継したことによつて右義務を承継負担したにすぎないから、破産法一九七条一二号または同法二八一条により右不法占有を廃止することによつてその義務を免れ得るものであることは前述した。
したがつて、控訴人はまず同規定に従つて右収去義務・明渡義務の免脱を図るべきである。これらの方法を採らずして、破産手続上なんら益なき本件解約をなすことは相当でない。
(2) また控訴人は、多額の土地賃料相当の損害金債務が累積して破産財団を減少させるというけれども、それは控訴人が破産手続上なんら益なき本件土地の不法占有状態を現に継続していることの結果である。もし控訴人が真に破産財団の保全を希むならば、前述三の(三)の手続(破一九七条一二号)を執り、本件土地占有権および地上家屋所有権ならびに同家屋賃貸権に対する管理処分権を破産会社に返還すべきである。さすれば、直ちにかつ容易に右損害金債務の発生を阻止できるのに、この手続を放置したまま本件解約をなすことは相当でない。
(3) 控訴人は「破産管財人としての職務を全うするためには、本件の解約をする以外に方法がない。また本件解約を無効とすれば、破産手続は永久に終了しない」というけれども、これらは前示家屋収去・土地明渡義務の免脱方法を誤解している結果であると思われる。控訴人が負担する前示収去・明渡義務は、承継された本件土地占有(不法占有)に付着するものにすぎないから、前述の方法(破一九七条一二号、二八一条)により、その占有を廃止することだけで、すなわち土地所有者が明渡を受けたか否かに関係なく、右収去・明渡義務を免れる。この明白な明渡義務が本件破産手続の実施および終結を阻害することは有り得ない(前述三の(一))。なお、右不法占有が永続して財団債権が著増し、そのため破産財団に不足を生ずる場合には、費用の不足を理由として本件破産事件を終了させ得る(破三五三条)ことは前述した。したがつて、控訴人の右の主張も理由がない。
前述のとおり、右解約につき控訴人が正当事由として主張するところは、いずれも相当とは言えないから、同解約を有効とする控訴人の主張はその余の判断をするまでもなく理由がない。
(五) 立退料提供による解約について
控訴人は予備的に相当な立退料の支払と引換えに本件家屋の明渡を求める旨主張する。しかしながら、本件家屋明渡請求が破産債権者に対し何らの利益ももたらさないこと、また破産手続上も右明渡は必要ではないこと、更に控訴人の本件家屋明渡請求の必要性は本件土地占有と地上家屋の管理処分権を前述の方法をもつて破産会社に返還することによりすべて消滅することは、すでに説示したとおりである。
したがつて、控訴人の予備的主張もまたその余の判断をするまでもなく、理由がない
以上のとおり、所有権あるいは契約終了を原因として本件家屋の明渡を求める控訴人の本訴請求はいずれも理由がないので失当として棄却を免れない。
五よつて、控訴人の本位的請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却すべく、また当審における予備的請求も理由がないので棄却するものとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(山田義康 潮久郎 藤井一男)