大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)684号 判決 1980年7月17日
控訴人(被告) 医療法人清心会
被控訴人(原告) 坂本道子 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする」との判決を求め、被控訴人らは主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張、証拠の提出・援用・認否は左に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。
(控訴人の主張)
一 除名の効力について。
原審相被告(組合)のした除名の事由については、原審における組合の主張事実をすべて援用する。
右事実によれば、被控訴人らが一一月一七日に本件ビラを配付したことは、労働者共闘という組織が職場実力闘争という政治指向型の組合運動を組合の組合員に持ち込もうとした点で、明らかに組合破壊を目的とする分派的活動である。又、右ビラが年末一時金要求の組合大会の直前に組合員の勤務する全職場に配付されたこと(非組合員のみの職場には配付していない)は、組合の組合運営と団結に重大な影響を与えるもので、組合の規律に反することは明らかである。しかも当時被控訴人らは組合の役職にあつたものであるから、その規律違反についての責任は一層重大である。
かかる組合破壊の分派活動をし、組合の団結を破壊し、秩序を乱す行為をした被控訴人らを組合から除名しなければ、到底組合の秩序と団結を維持することができないものといわなければならない。よつて組合規約第七二条一、二、三号に基づきなしたる本件除名処分は正当にしてかつ妥当なものである。
二 賃金請求権の存否について(原判決の誤り)。
原判決は、(一)ユニオン・シヨツプ協定は労働者と無関係に使用者・組合間において任意に締結したものであり、たとえ、使用者は除名処分の正当性について調査しうる立場にないとしても、自らが任意で締結した協定を理由に、これと直接関係のない労働者との間の労働契約における自己の債務の不履行について、不可抗力の事由として主張することは許されない旨及び、(二)除名処分に関する組合の判断の誤りは労働者と使用者の間においてはユニオン・シヨツプ協定の当事者である使用者の方でその危険を負担すべき旨判示するが、いずれも不当である。
即ち、右(一)の点は、労働組合は、労働者が使用者と実質的に対等の立場に立ち、労働条件の維持、改善を図らんがために集結組織したものであり、その組織強化のために使用者と締結するのがユニオン・シヨツプ協定である以上、組合員である労働者が、使用者・組合間において右協定を締結するにあたつて無関係ではあり得ないことは明らかであり、原判示はユニオン・シヨツプ協定の性質について根本的な誤りを含むものである。又右(二)の点は、ユニオン・シヨツプ協定の締結により使用者が不当な損害の甘受まで同意したとは到底解されず、組合の判断の誤りについて専ら協定当事者の一方である使用者のみに危険を負担させる点で全く納得し難く、組合員の代表者としての組合に判断の誤りがあれば、民法五三六条一項との関係において、使用者の方でその危険を負担すべき理由はない。
仮に本件解雇が無効としても、除名処分を無効とする本案判決確定までの間についての賃金請求は失当である。
三 後記被控訴人らの主張三の主張について。
使用者には組合敗訴判決の反射的効力は及ばない。それは、賃借人或いは主債務者敗訴判決の反射効は、第三者たる転借人或いは保証人には及ばないのと同じであつて、使用者の解雇は、組合の除名処分を前提としているという実体法上の依存関係は、使用者が組合勝訴判決の反射効として、これを有利に援用できるというに止まり、その敗訴判決の反射効まで及ぼして、使用者から馴合訴訟防止の手段まで奪おうとするのは、実体上の根拠を欠き、故なく既判力の拡張を図らんとするもので失当といわねばならない。
(被控訴人らの主張)
一 除名の効力について。
本件ビラは、これを一読すれば組合と無関係であることが容易に了解しうるものであり、そこには、組合からの脱退を呼びかけたり、新たな団体に加入することを訴える趣旨の記載はなく、職場実力闘争をあおつたことが組合の活動方針に反するとしても、これが直ちに組合の破壊と分裂を意図したものとはいえないのであり、本件ビラ配付は組合とは別個の個人の政治活動にすぎない。これを統制権の対象とすることは、結局個人の政治活動を規制するもので許されない。
ユニオン・シヨツプ協定が締結され、除名が直ちに解雇をもたらす場合においては、除名についての統制違反行為の認定はとくに厳格でなければならない。又、組合が労使協調路線をとつている場合において、統制違反を理由とする懲戒は、往々にして右路線を批判する組合員を企業から排除するための手段として濫用される。本件もその一例である。組合の運動方針に対する批判的意見の表明や、組合自体の活動とは直接には無関係な領域における活動(政治活動を含む)の自由は当然に保障されなければならず、本件において、組合が同盟方針をかかげ、議会主義の政治路線を強く支持していたとしても、そうした政治レベルにおける組合方針が個々の組合員の政治的発言や活動を拘束することは許されない。
本件ビラを刊行した労働者共闘準備会は、労働組合ではなく、一種のサークルであり、その考え方に同調した被控訴人らが政治的啓蒙ないし宣伝活動としてこれを配付したに過ぎない。当時組合が沖繩返還協定についての具体的行動方針を提起していたこともないから、本件ビラが具体的に組合と反対する行動に組合員をせん動したという事実はありえない。仮に一定の政治方針が組合によつて提起されたとしても、これに反する政治文書を配付したこと自体は、それが具体的な組合行動に対する反対を組織するような積極的な性格のものでない限り、これを懲戒の対象とすることは許されない。
二 賃金請求権に関する原判示は極めて正当であり、控訴人の主張は理由がない。
三 本件除名処分の無効を確認した原判決は組合との間では確定した。従つて控訴人との間においても、右除名処分が無効であることを前提に処理されなければならず、本訴においてあらためてその効力を審理するのは不適法であり、控訴人は除名処分の有効性を前提にした解雇の有効性を主張することは許されない。
即ち、債権者と主債務者間の訴訟で主債務者勝訴の勝訴判決が確定した場合、保証人が債権者に対してこの勝訴判決を援用できる(反射的効力)が、それは、主債務の存在しないところに保証債務も存在しないという関係があるからであつて、同様の関係が、組合と被控訴人ら間の訴訟の対象である除名処分と、本件訴訟の対象である解雇処分の間にも見い出される。除名処分が無効の場合は、解雇も無効たらざるを得ないのであつて、保証債務の存在が主たる債務の存在を前提とし、主たる債務の不存在が保証債務の不存在を導くのと同じである。ユニオン・シヨツプ協定による解雇は、協定の締結当事者である組合に対する協約上の債務履行としてなされるのであり、除名が無効な場合には、使用者に解雇義務は生じない。しかし、使用者が独自に除名の効力を判断して解雇を行わないことはユニオン・シヨツプ協定の意義を没却するもので原則として許されないと同時に、被除名者と組合との間で除名無効が裁判上確定した場合は、使用者の解雇義務の不存在が実体的に確定したことにより、使用者は、解雇前の状態に被除名者の地位を回復する義務を負うのである。
ユニオン・シヨツプ協定による除名解雇において、被除名者と組合の馴合によつて除名無効の判決がなされることは考えられないが、仮にこうしたことがありうるとしても、使用者は協定を締結し、これに基づいて解雇した以上、除名無効が被除名者と組合間に確定された場合、これに拘束され、別に争うことは許されない。
(証拠関係)<省略>
理由
一 原判決理由第一を、その四枚目表四行目の「四七年」を「四六年」と訂正して引用する。証人松坂賢二の当審証言によつても右認定及び判断を左右するに足りない。
なお、本件において被控訴人らと組合との間で組合の敗訴判決(除名無効)が確定した事実は、控訴人と被控訴人らの間の本件訴訟につき裁判所を拘束するものではなく、控訴人は独自の立場で除名の有効性を主張することを妨げられない。それは債権者・主債務者間の訴訟における主債務者敗訴の確定判決が、債権者・保証人間の訴訟において保証人を拘束しないのと同様である。被控訴人らの前掲主張三は独自の見解であつて採用できない。
二 除名の効力について
組合が当時、全日本労働総同盟大阪一般同盟に加盟し、非暴力による合法主義の枠内で労働条件の向上を目指すことを運動方針の基調としていたことは証人松坂賢二の当審証言により明らかであるから、これと全く相反し、暴力主義をも容認する職場実力闘争をあおりつつ、沖繩返還協定国会批准阻止行動への結集を呼びかけた本件ビラの基調とする政治路線が、右組合の運動方針とは全く相容れないものであつたことは、控訴人の主張するとおりである。従つて、本件ビラは、その発行主体を示す「労働者共闘(準)」なる表示及びその内容と相俟つて、これを一見しただけで、組合とは無関係であり、被控訴人長谷川が組合の教宣部長であり、同坂本が職場代議員であるにしても、その配布は同人らの個人的な政治活動としてなされたもので、組合自体がその運動方針を修正してその配付を許したものでないことは、右当時の組合の運動方針を認識している組合員らには容易に了解し得たものと推認し得るが、その反面、そのように、組合員の中に組合の基本方針と相容れない政治路線を信奉する者がおり、しかもその一人は教宣部長の要職にあるということが、組合員に今後の組合の団結及び組織運営を阻害するのではないかという危惧を抱かせ、それなりの不安・動揺を与えたことも拒めない事実と思われる。
しかし、労働組合からの除名が労働者の解雇につながるユニオン・シヨツプ協定を採用している労働組合においては、かような組合員のした政治行動ないしは政治的見解(思想・信条)の表明が、単に労働組合の団結及び組織運営に対する抽象的な不安と動揺を与えたというだけの理由で、直ちに除名処分にまで及ぶことは、労働組合の統制権の行使としても行き過ぎであつて、右組合員の言動が、これを通じて労働組合の団結に干渉し、具体的な分派行動をそそのかすに及んで始めて、これを除名処分の対象となし得るものとしなければならない。これを本件についてみれば、被控訴人らはかねて組合及びその加盟する同盟の運動方針に不満を抱き、個人的に労働者共闘に加入していたところ、本件ビラの配布は、たまたま右共闘が沖繩返還協定国会批准阻止行動をなすに当り、これへの参加を呼びかけたもので、組合との関係においては、組合員らに前記抽象的な不安・動揺を与えたにしても、直接かつ具体的に、その団結に干渉して分派行動をなすことを呼びかけたものではない。右「阻止行動」への参加も、その「行動」の基調となつている政治的立場(思想・信条)が前記組合の運動方針の基調となつている政治的立場と相容れないというだけでは、これに組合の統制権を及ぼすことはできず、そこに参加した組合員ら(現実には被控訴人らの他には存在しなかつたが)が相寄つて具体的分派行動を策したり、或は当該「行動」に組合の名を以て参加したりしたときにはじめて統制権を及ぼすことができるものというべきである。被控訴人らにおいても、左様な行為があつた事実は認められない。それゆえ、被控訴人らが本件ビラを組合員に配布し、自ら右「阻止行動」に参加したことは、それ自体独立した除名処分の理由とはなし得ないものである。
次に、昭和四六年一二月三日以後に行われた組合三役及び賞罰委員会の調査等に対する被控訴人らの言動は、組合に対してかなり反抗的であり、かつその過程を通じて、被控訴人らが、前記組合の運動方針の基調となつている政治思想と相容れない思想・信条の持主であることが明らかになつたと認められるけれども、これ又、それだけでは除名の理由とはなし得ないのであり、被控訴人らが具体的な分派行動を策し又はこれに及んだ事実は認め得ない。即ち、被控訴人らの右組合に対する反抗的な言動は、組合が本件ビラの配布及び一一月二〇日の大会への無届欠席を捉えて、これに反省を促す措置をとろうとしたのに対し、被控訴人らはこれを個人の思想・信条への介入であると受けとめて反撥したことに因るものであり、その手段方法において執拗なビラ配布を繰り返すなどの行き過ぎもあり、又、自己の立場の表明においても、自分らの言動が前記のように組合員に或る種の不安と動揺を与え得ることについての反省のないまま、いたずらに戦闘的な言辞を弄して、組合との訣別をも表明するかの如くして自らを抜き差しならない立場に追い込んでしまつたということはできるが、だからといつて、それらが、組合に対する具体的な分派活動であるとか、又、将来それを行うことを表明したものとは直ちに認め難いのである。右被控訴人らの言動もこれを捉えて除名の対象となすことを得ないものといわなければならない。そして、これを前記本件ビラの配布の事実と総合評価しても、なお被控訴人らが具体的な分派行動を策したものとみることはできない。
もつとも、被控訴人らが前記のような立場を表明し、以後も組合員らにその宣伝弘布を行ない、職場実力闘争を表明する団体の行なう行事への参加を呼びかけることを止めようとしないので、組合は、そのようないわゆる「跳上り分子」を組織内に抱え込んで行くことが、その後の組織運営を妨げる虞れがあると危惧し、被控訴人らによる将来の組合組織の破壊行動を予防する目的で本件除名を敢えてしたものと認められるが、前記のように、組合からの除名が直ちに解雇につながるユニオン・シヨツプ協定の下においては、そのような危険分子の予防的排除も、その危険が現在かつ明白なものとして現存する場合に限りこれをなし得るところであつて、本件においては左様なさし迫つた危険の存在を認め得る証拠はない。
他に本件除名処分を有効とすべき理由は見当らない。
三 賃金請求権について
使用者がユニオン・シヨツプ協定に基づき、労働者が労働組合から除名されたことを唯一の理由として解雇して労務の受領を拒否したが、右除名が無効であつたため、使用者にも右協約上の解雇義務が生ぜず、ために右解雇が解雇権の濫用として無効とされる本件の場合には、右解雇労働者(被控訴人ら)は使用者(控訴人)に対する賃金請求権を失わないものと解すべきである。けだし、使用者は労働組合のする除名処分について審査権を有せず、又、除名が常に有効である保証はないけれども、解雇権を行使して労務の受領を拒否すること自体は、使用者が自らユニオン・シヨツプ協定を締結したことに基づき、使用者の責任においてなされたものであるから、たとえ労働組合に対する関係においては、協約上の義務履行としてなされたものであつても、解雇労働者との関係においては、右解雇が無効であるのに、これを有効としてした労務の受領拒否による労働者の不就労は、これを使用者の責任領域にその原因があるものとして使用者の責に帰すべき事由(民法五三六条二項)に因るものと解すべきだからである。
この場合、解雇労働者がユニオン・シヨツプ協定締結当事者である労働組合の組合員である事実は、使用者が右協定に基づき労働組合に対して解雇義務を負うところから生ずる使用者・労働組合間の法律関係と、使用者・労働者間の雇傭契約上の法律関係とが別個の法律関係であることに影響を及ぼすものではない。又、除名処分が無効であれば、使用者に解雇義務が生ぜず、これを理由とする解雇も無効とされるものであるからには、ユニオン・シヨツプ協定に基づく解雇には、自己の責任によらずしてそれが無効となる危険が常に存在するといい得るのであつて、自己の自由意思でかかる危険のある協約を締結した使用者は、そのような協約に基づく解雇であることを免責の事由として援用し得ないものというべきである。(使用者は、解雇労働者の不就労による損害につき、これを労働組合に対し求償する権利を取得し得る。)
四 よつて被控訴人らの本訴請求はいずれも正当であるからこれを認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小西勝 潮久郎 藤井一男)